サラの日記513(外に出ることしか考えていなかったので……)

銀菓神暦2016年8月31日

メランジェ先生からご提案いただきました。
「夏休みが明けたら、学部の方で教育実習してみませんか?」
「教育……実習ですか?」
急な話に戸惑っている私に、メランジェ先生は続けられます。
「学部の講師としてこのキャンパスに残りませんか?」
「え、あの……」
メランジェ先生は、私が何かを話すのを待っていらっしゃいます。
「あの……、あの……。外に出ることしか考えていなかったので……」
「そうですね。私も、サラさんには、外へ出るための指導ばかりしていました。ですが、外に出るのはもう少し先でもいいのではないかと……」
「私、まだ外に出るには早いんですか? 勉強が足りないってことですか?」
「いえいえ、そうではないのですよ。サラさんならどこへ行かれても、きっときちんとお勤めでしょう。ただの年寄りのわがままです。手放すのが惜しくなった……とでも言うのですかね。悪い癖です。ルセット先生のことも、そうやって引き止めました。もっとも、彼は、私に言われなくてもここに残っていたでしょうがね」
メランジェ先生は穏やかな笑みを浮かべながら、準備室の方へ入っていかれました。

サラの日記512(誰かに聴いてもらうことにその存在価値がある。)

銀菓神暦2016年8月30日

昨日は見学生のご要望で、急遽、メランジェ研究室で特殊着装演奏会でした。
防音も何も施されていない普通の研究室で笛を吹くのだから、そこらじゅうに笛の音が響いてしまって、全然関係ない人たちまでメランジェ研究室に集まって来ちゃって、私、そういうのに慣れていないし、緊張しっぱなしで疲れました。
でも、楽しかった。
技を掛けるために笛を吹くのではなく、人に聴いてもらうために吹いたのは久しぶりでした。
やっぱり、楽器から出る音って言うのは、誰かに聴いてもらうことにその存在価値がある。
そのことが、身体中に染みわたる一日でした。
今日も、その時の余韻で、心地良い感じが続いています。

久しぶりに、のし棒横笛を吹いてみました。
カリンさんからもらった西瀬忍からはとっても張りのある音が出るのに、久しぶりの のし棒横笛からは、かすれた、ぺたんこな音しか出ません。
カリンさんのに慣れちゃったのかな?
ま、いいや。
これからずっと、カリンさんの笛だけ吹いてればいいんだから。

サラの日記511(ルセット先生の研究室志望らしいです。)

銀菓神暦2016年8月29日

昨日のイベントを観て、早速個人的な見学の申し込みがありました。
ルセット先生の研究室志望らしいです。

ドアが開けっ放しになっていたルセット先生の研究室から、こんな声が聞こえてきます。
「ルセット先生の研究室では特殊着装を専門にできるんですよね?」
「あ、昨日の特殊着装ですね? 昨日の彼女は、メランジェ先生の研究室所属なんですよ」
「え、そうなんですか?」
「良かったらメランジェ先生の研究室も見学して行かれませんか?」

ルセット先生と見学生がこちらに向かって来そうな感じになったので、メランジェ研究室のドアの向こうに引っ込みました。

ドアをノックする音が聞こえて、ルセット先生と見学生がメランジェ研究室に入って来られました。
見学生が、私を見て声を上げます。
「あっ! 昨日のかっこいい人!」

アロゼの休憩室51「まだ子どもにご飯の炊き方も教えていないのに、万が一のことがあったらどうしよう」

8月も最終週になりました。
子どもたちの夏休みも終わりが近付いて来ました。

私、今年の春休みが終わってすぐに経験したんですが、
子どもの学校が始まって、一人の時間が増えて、寂しくなって、
急に胸がキューっと苦しくなって、動悸が頻繁に起こるようになって、
「まだ子どもにご飯の炊き方も教えていないのに、万が一のことがあったらどうしよう」
なんてことがありました。
家に誰か居る時は安定しているので、精神的なものなのだろうな…とすぐに察しはつきました。

で、今回もそうなるんじゃないかと心配で、怖くて、
外に、一か月程度の短期のアルバイトに出てみることにしました。
で、今日採用が決まったんです。

アルバイトの期間が終わる頃には、子どもの学校のPTA行事で忙しくなる予定が入っているので、ちょうどいいはずの計画になっています。
さて、どうなることやら(#^.^#)

サラの日記510(大学院での行事に参加しました。)

銀菓神暦2016年8月28日

大学院での行事に参加しました。
銀菓神局附属大学 花綵(はなづな)キャンパスの学部生を対象に、
大学院ではどんなことが学べるかということや、どんな生活をしているのかということを紹介するイベントです。
私の担当は、銀菓神使スーツの着装と解除を紹介するステージでした。
ちょっとした役者気分。
観に来てくれた学部生のみなさんも、何かのショーを観ているような、わくわく感が伝わってくるような様子でした。
一番盛り上がったのは、特殊着装での西瀬忍の演奏でした。

私、学部生の時にこういう行事に行かなかったなぁ……。

朝から雨がぽつぽつと降っていたのだけど、
無事に一通り終わった頃に、雨が本降りになってきました。

サラの日記509(「そんなことしたら、銀菓神局法規違反で、即、称号取り消しだよ」)

銀菓神暦2016年8月27日

実家、菓子工房ミヤマエの、増改築工事の視察に行きました。
これまで私の部屋だったところを多目的部屋に、地下に私たちの部屋を、屋上にウィルさん一家の部屋を、という予定で増改築が薦められています。
ウィルさんたちは、最近多発している地震の影響を心配して、私たちの部屋が地下ではない方がいいのではないかと言ってくださいましたが、銀菓神使と、もうすぐ銀菓神使になるであろう私たちには、部屋が何階にあるかなんてことはほとんど関係ありません。緊急用鳥居を使えば、避難は瞬時にできます。
ウィルさんたちも、そういうことなら、かえって、私たちの部屋が地下にある方が都合がいいかもしれないと納得してくださいました。

ウィルさんが、ふと もらされました。
「そう言えば、ミシェル殿下のお仕事仲間の皆さんは、一度も黙って城においでになられたことはありませんね」
「そんなことしたら、銀菓神局法規違反で、即、称号取り消しだよ」
ルセット先生は笑みを浮かべながらウィルさんの疑問に答えられます。
「では、ミシェル殿下は忍びがお得意なのですね」
ウィルさんが笑みを含んだ言葉を返されます。
「しっ。仮にも教え子の前だ」
ルセット先生はいたずらっぽい笑みを浮かべたまま、私の方を見られます。
「私、知らなくていいんですよね?」
私も、ルセット先生とウィルさんのやり取りにのっかってみました。
「「知らなくてよろしい」」
笑いをこらえながらのルセット先生とウィルさんの声が、同時に聞こえてきました。

サラの日記508(銀菓神使アロゼの力でできること)

銀菓神暦2016年8月26日

夏休み中の課題の整理をして過ごしていました。
夏休み中の課題と言っても研究活動の一環なので、いつもと変わらないのだけど。
今日考察したのは、「銀菓神使アロゼの力でできること」。
主に、光のアロゼと闇のアロゼについて。
光のアロゼと闇のアロゼのことは、研究論文に書く内容として扱ってもいいものかどうか迷っていました。迷ったけど、将来、私が銀菓神使を引退したあと、私のあとを引き継いでくれる後輩のために、探せば見付けられる資料として残しておこうと思ったんです。秘密事項の多い銀菓神使だけど、発展のためには、必要な資料は残しておいた方がいいのではないかと感じたから。
こんな考えを持って、それを実行しようとしていることも、大きな意味で捉え(とらえ)れば、「銀菓神使アロゼの力でできること」になるのかな……なんて思ったりもするんです。

サラの日記507(僕らの魂の約束とは別の約束をしてきている)

銀菓神暦2016年8月25日

朝、ベッドの中でうとうとしながら、ルセット先生と交信で会話していました。

<迎え入れなくていいの?>
<今さら迎えられない>
<本当はそうしたい?>
<……>
<……>
<僕らの、……僕らの魂の約束とは別の約束をしてきている>
<どんな?>
<覚えていない。……きっとカリンも。だから混乱している>
<思い出せないの?>
<……大事な人なんだ。サラを想う気持ちとは少し違う。それしか思い出せない>

サラの日記506(小屋の扉を開けてびっくりしました。)

銀菓神暦2016年8月24日

朝から、カリンさんの笛の波動が伝わってきています。
使えるようになって日の浅い、闇の力に安らぎを感じます。
なんだかとても気分が良くなって、城の屋上の小屋に、西瀬忍を吹きに行きました。
小屋の扉を開けてびっくりしました。
「あれ? ミシェルも?」
「うん。今日はここでのんびりしたい気分なんだ。急用で呼び出されない限りはね」
ルセット先生は木べらギターを抱えていらっしゃいました。
「あの……」
ルセット先生に、カリンさんのことを聞こうかとも思いましたが、やっぱり聞かない方がいいのかな……と思い、口を閉じました。
「……サラが今感じてるので合ってるよ」
ルセット先生は視線を木べらギターに落としたままそう言われました。
「うん……」
私はほかにどんな言葉を発すればいいのか分からなくて、そうとだけ返しました。

サラの日記505(私に必要であれば、その時に教えてくれるはず。)

銀菓神暦2016年8月23日

ルセット先生は、公務や菓子工房ミヤマエに拠点を移す準備のほかに、大学院の後期の準備にも取り掛かり始められています。
二年生の後期は、どんどん実践に関わっていくので、それに伴って、先生方の準備も大変なようです。

分かる時になれば分かるのだろうし、分からなければ分からないままの方がいいのかもしれないから、ルセット先生とカリンさんの意識体の中に見える小さな青紫色の光のことは、これ以上気にしないことにしました。
ルセット先生のことだから、私に必要であれば、その時に教えてくれるはず。

大工さんたちから、新しい部屋の希望をきかれました。
ルセット先生と話し合って、できるだけ、城の、今の部屋の雰囲気のままがいいと返事をしました。
広さが今の半分ほどになってしまうらしいのですが、その方が寂しくなくていいかな。私が大学院を修了すれば、一緒に居られる時間はぐんと少なくなるのだから。嫌でも顔を合わせちゃうぐらいの大きさの方が、寂しくなくていい。

サラの日記504(気になるけれど、知りたいけれど、)

銀菓神暦2016年8月22日

気になるけれど、知りたいけれど、何も聞けないままでいます。ルセット先生の意識体のところどころに、ルセット先生の瞳の奥に、小さく舞っている青紫色の光のこと。

確認したくて、カリンさんの意識体を覗くことを試みてみました。
――カリンさん、勝手に覗いてごめんなさい――

同じです。カリンさんの意識体のところどころに舞っている小さな光は、ルセット先生の意識体に舞っている青紫色の光と同じ。
そう言えばこの間、少し気になることを言ってたけど、ルセット先生はこのこと知ってるのかな……。
でも、カリンさんは?
ここから感じるカリンさんの波動からは、知っているような気配は感じられません。

サラの日記503(職務上、一緒に試験会場には入れないルセット先生は、)

銀菓神暦2016年8月21日

「じゃあ、ここで」
職務上、一緒に試験会場には入れないルセット先生は、銀菓神局本部の正門まで見送ってくださいました。
「うん」
そこへタツキちゃんが駆けてきました。
「おはようございます、ルセット先生。おはよう、サラちゃん」
私とタツキちゃんが合流したのを見届けたルセット先生は、安心した表情で城に戻っていかれました。

試験が終わって城に戻ると、ジャックさんとゾエさんが来ていました。
先月、私とタツキちゃんよりも一足先に受験した、称号試験合格の報告です。
銀菓神使エルブと銀菓神使ルヴィーブルの誕生です。

私の試験のこと、ルセット先生にゆっくり報告したかったのに、今夜はこの二人のお祝いで終わってしまいそうです。
でも良かった。おめでとう。

サラの日記502(大丈夫。かえって光栄よ。)

銀菓神暦2016年8月20日

銀菓神使称号試験はいよいよ明日。
銀菓神使スーツを着装して、最終点検をしました。
私の着装した姿をじっと見ていたルセット先生が、ゆっくりと私の首元に手を伸ばされました。
「サラにも出ちゃったね」
「えっ? 何が?」
ステンレスの壁に自分の姿を映してみます。
以前はカシスピンク一色だった首元が、白とのマーブルになっています。

「大丈夫。かえって光栄よ。ミシェルのおかげで、光と闇の両方の力を使えるようになった。ミシェルとお揃いだし」
私は着装を解除して、ルセット先生に笑い掛けました。
笑い返してくださったルセット先生の瞳には、今日も小さな青紫の光が舞っています。

サラの日記501(ルセット先生方式で、行き当たりばったりで)

銀菓神暦2016年8月19日

銀菓神使称号試験が、いよいよ明後日になりました。
もう、何をどう準備すればいいのかよく分からなくなっていて、
ルセット先生方式で、行き当たりばったりでぶつかってくるつもりです。

「僕はもっと真面目に準備してたよ」
ルセット先生は少し口をとがらせました。
「うそばっかりぃ! 私、メランジェ先生に聞いたんだからっ」
「いや、サラの方がうそつきだね。サラがそんなことできるはずがない」
「あら。私もう、一年前の私じゃないのよっ。ミシェルの知らないところで色んな人と繋がってるんだから」
すると、ルセット先生は私の両頬を両手で包み込んで、じっと目を合わせたあと、静かにこう言われました。
「真っ直ぐで可愛らしい人。誰も知らない、本当の僕を知っても、……今のままのサラでいて」
ルセット先生の瞳の奥に、小さな、青紫色の光が漂っているのが見えました。

サラの日記500(ルセット先生は私の両肩に手を掛けたまま黙り込んで、目を伏せてしまわれました。)

銀菓神暦2016年8月18日

アグルムの聖石は力のある輝きを取り戻しました。
ついでに自分の身体も癒されたような気がしています。

「もしもね、もしもの話なんだけどね、もしも私が、昨日みたいなここの秘密を知ったまま嫁ぐのをやめたら、どうする?」
冗談のつもりで言ったその言葉に、ルセット先生は予想以上に敏感に反応されました。
「どうした?」
「ん……。もしもそうなったらどうなのかなって思ってみただけ」
「……構わないよ。全ては僕の考えでやってること。サラは自由だ。今も、これからも」
「冷たい……」
「ん?」
「その言い方、冷たい」
「じゃあ……訂正する。サラと、同じ時代の同じ世界に、居られるだけ幸せだと思ってる。今、こんなに近くに居られることは……」
ルセット先生は私の両肩に手を掛けたまま黙り込んで、目を伏せてしまわれました。
「どうしたの?」
「オレリア……」
ルセット先生は一つ前の時代の私の名を口にしながら、私の肩を抱きしめられました。

私は、普段の生活でほとんど意識することのない「永遠(とわ)の記憶の呪縛」だけど、ルセット先生はずっと苦しんでる。
私に、癒しのアロゼに、今のルセット先生を癒せるだけの力があるのなら……と、アグルムの聖石を握りしめながら、ルセット先生に癒しのアロゼを掛けました。
――あれ?――
ルセット先生の意識体の中に、小さな青紫の光のかけらのようなものが舞っています。
まるで、ルセット先生の意識体の一部であるかのように、癒しのアロゼに反応しています。
メンテナンス直後のアグルムの聖石は、私にいつもよりも強い感性を与えてくれています。
――カリンさん? ううん。違う。これはミシェル。カリンさんじゃない――

サラの日記499(アグルムの聖石(ひじりいし)から)

銀菓神暦2016年8月17日

ペンダントの、アグルムの聖石(ひじりいし)から疲れ切った波動を感じました。
そう言えば、ルセット先生にいただいてから約一年間、一度も手を掛けていませんでした。

「ねえ、ミシェル。ちょっと疲れてるみたいなの」
私はペンダントをルセット先生に見せながら言いました。
「ん?」
ルセット先生はアグルムの聖石を手に取って、しばらく眺めていらっしゃいました。
「そうだね……。じゃあ、行こっか」
「ん? どこに行くの?」
「おいで」
ルセット先生は赤の火(か)の鳥居を出されました。

鳥居をくぐった先に、小さなドアがありました。宝石や貴金属で豪華な装飾が施されています。
「ここ、どこ?」
「城の地下だよ。僕らのほかには、王と王妃とジャック、それから歴代の管理人しか知らない」
「いいの? 私」
「大丈夫だよ。もうすぐ王太子妃になる人だ」
ルセット先生はそう言いながら、ドアの鍵を開けられました。

中は鍾乳洞(しょうにゅうどう)のようになっていました。
奥まで進んだところに、アグルムの聖石の母体がありました。
「ここに置いてごらん」
ルセット先生がアグルムの聖石の母体を指差します。

ペンダントのアグルムの聖石は、母の手に抱かれた(いだかれた)子どものように、ゆったりとした波動を発し始めました。

サラの日記498(「えーっ! それじゃルセット先生と一緒じゃない!」)

銀菓神暦2016年8月16日

久しぶりの曇り空です。
ほんの少しですが、過ごし易い気がします。
メランジェ研究室で、称号試験に向けて、テキストの復習をして過ごしました。
やっぱり、行事作法の分野が苦手です。
読めば読むほどこんがらがってきます。
そんな私に、タツキちゃんはこう言ってくれます。
「大丈夫よ。サラちゃんは実技で稼げるから」
「えーっ! それじゃルセット先生と一緒じゃない!」
思わず叫んだら、向こうを向いて座っていらっしゃったメランジェ先生の背中が揺れて、笑い声も聞こえてきました。
「おやおや、サラさん」

サラの日記497(外はしゃりしゃり、中はぷるぷる。)

銀菓神暦2016年8月15日

実家の手伝いに行っていました。
花綵(はなづな)アグルム地方では、この時期、ご先祖様の魂にお供えするお菓子がよく出ます。
特によく出るのは砂糖菓子。
今年私が担当しているのは寒天を使った砂糖菓子です。
外はしゃりしゃり、中はぷるぷる。
ゼラチンを使ったものとは違った優しい歯ごたえが、私もほっとできて大好きです。
その歯ごたえを何度も何度も楽しみたくて、あんまり食べ続けていると、今度は渋いお茶が恋しくなります。
私は、このお菓子を食べる時には、冷たくした緑茶が好き。
作る時は暑くて熱いお菓子なんだけど、この時期には、お供えにも食べるのにもぴったりなお菓子。

サラの日記496(声を掛けてもらっただけで、少し元気が戻ってきました。)

銀菓神暦2016年8月14日

実家の、菓子工房ミヤマエの増改築工事が始まりました。
ご近所には分からないように進めるので、本当に少しずつです。

その間、私とルセット先生は菓子工房の方を手伝っていました。
毎年思いますが、花綵(はなづな)アグルム地方のこの時期は、本当にお菓子作りには向いていません。
クリームやバターなどの扱いは大変だし、シロップやジャムを炊くのも暑さとの闘いです。
先日の四次元時空間での暑さを思い出しながら、――四次元時空間の花綵(はなづな)アグルム地方でお菓子作りを職業にしている人たちって、本当に気の毒だわ――なんて思いながら、シロップの鍋をかき混ぜたりしていました。

ルセット先生が声を掛けてくださいました。
「鍋、代わろうか?」
「ううん。大丈夫」
声を掛けてもらっただけで、少し元気が戻ってきました。

サラの日記495(植物館の手入れをしに行きました。)

銀菓神暦2016年8月13日

植物館の手入れをしに行きました。
私がほとんど趣味でやっている雑草コーナーは、背丈ほどに育った雑草でいっぱいです。

「少しは刈ったらどう?」
ルセット先生はそう言われます。
「えーっ。せっかくここまで育ったのに……」
「他の植物に影響が出ちゃうよ」
「出ないようにするから」
「どうやって?」
「ん……」
「刈ってね」
ルセット先生は確信をもってそう言われました。
「はい……」
言われるようにするしかなかった私。
でも、小さくて目立たない子はこのまま育て続けます。

サラの日記494(季節の流れが、四次元時空間よりもずっと穏やかです。)

銀菓神暦2016年8月12日

暑い日が続いています。生まれたのが五次元時空間で良かったと思います。季節の流れが、四次元時空間よりもずっと穏やかです。
が、今日はひとりで四次元時空間に出掛けてきました。色々な季節の条件下での過ごし方を心得ておくことも、銀菓神使に必要なことです。
花綵(はなづな)キャンパス の四次元時空間施設で、日差しの強さを楽しみながら、ケンジさんの失敗作らしきものを手直しした笛を吹いたりしていました。
一時間もするとへとへとでした。

五次元時空間のキャンパスにもどって、メランジェ研究室で涼みました。身体は熱いのに、頭から血の気が引いていきそうです。
「おやおや、日に当たり過ぎたんじゃないですか?」
メランジェ先生はそう言いながら、冷たいハーブティーを淹れてくださいました。
メランジェ先生がいらっしゃる前で、こんなに疲れ切った自分をさらけ出したのは初めてです。
本当に、きちんとはしていられない程疲れました。

サラの日記493(この光がカリンさんにも届けばいいと、伝心(でんしん)のアロゼを使いました。)

銀菓神暦2016年8月11日

空が暗くなった頃、城の屋上で花火大会をしました。
集まったのは、ルセット先生とジャックさん、ゾエさん、ウィルさん一家。それと大工さんたちも。設営をしてくださったのは大工さんたちです。
――タツキちゃんも一緒だったら楽しかったんだろうな……――
そう思いましたが、でも、ジャックさんとゾエさんが二人一緒のところには呼べませんでした。やっぱり。

この光がカリンさんにも届けばいいと、伝心(でんしん)のアロゼを使いました。
ほかの人たちは気付いていない様子でしたが、ルセット先生はちらりと私の方を見られました。でも、それだけで、特に何かを聞こうとはされませんでした。

気が付くと、城の周りには人だかりができていました。
花火の音に気付いた人たちが城からぞろぞろと出てきて、公式行事にしては小さ過ぎる私たちの仲間内だけの花火大会に、いつの間にか参加してくださっています。

上弦の月が、きれいに輝いています。
月の輝きの中に、一瞬、青紫の小さな光が重なったような気がしました。

サラの日記492(自然の状態で、潜在的なもので繋がっている。)

銀菓神暦2016年8月10日

ルセット先生が、窓の外をぼんやりと見つめながら、でも、何かに神経を集中させています。
そんなルセット先生の背中を見ながら、悪いとは思いつつ、意識体を覗いてみました。
でも、すぐにやめました。
これは、私は知らない方がいいこと。
ルセット先生の意識体の中に見えた、青紫に輝く小さな光。

小さいのは、それがカリンさんの意思ではないから。
そして、ルセット先生の意思でもないから。
自然の状態で、潜在的なもので繋がっている。

この世界の力は、自分たちではどうしようもできないほど大きくて、
ただ、その流れを、あるがままに受け入れることしかできない。

サラの日記491(ジャックさんとゾエさんが、花綵(はなづな)アグルム城に遊びに来ました。)

銀菓神暦2016年8月9日

ジャックさんとゾエさんが、花綵(はなづな)アグルム城に遊びに来ました。
付き人は全てプラクミーヌの人たちなのだけど、それでも、
ジャックさんは久しぶりの自室に、伸び伸びできている様子です。

ゾエさんは、付き人の方たちに少しはずすように伝えられました。
合わせるように、ルセット先生もウィルさんに目配せされました。

ゾエさんが話されます。
「私、心が決まりました。ジャックさんと一緒なら、プラクミーヌと花綵(はなづな)アグルムの垣根を越えた、新しい国交を進めていけそうな気がします。ただ、両親は、そう簡単には納得してくれないでしょうから、私たちの時代になってからのことです」
「ありがとう。ゾエ」
ルセット先生は、ゾエさんとジャックさんとに、交互に目を合わせながらそう言われました。
ゾエさんは少しの間私を見つめられたあと、ルセット先生にこう言われました。
「ミシェル殿下。仲間内の時は、ルセット先生とお呼びしてもいいですか?」
「いいよ。その方が僕も落ち着く」

ルセット先生はきっと気付いていません。
それが、ゾエさんの気遣いと優しさだということに。

アロゼの休憩室49「夏休みも約半分が過ぎました。」

夏休みも約半分が過ぎました。
二年間の連載で一区切りの予定の『サラの日記』の方も、起承転結の「結」の部分を迎えようとしています。
が、思い出して欲しいのは、『サラの日記』は ~アロゼ誕生前の物語~ だということです。
今書いているのは、始まるための物語だということです。
『銀菓神使アロゼ』本編がどんな物語になっていくのかを楽しみにしていただきながら、残り約半年の連載を楽しんでいただければと思っています。
これからも、応援、どうぞよろしくお願い致します。

サラの日記490(力を秘めてる子かもしれない。)

銀菓神暦2016年8月8日

予想通り。
ツグミさんはにこにこして昨日の試験の報告に来てくれました。
考えてみれば当たり前のことです。
だって、ツグミさんは、ルセット先生の意識体から光を分離する作業を、普通にやってのけたんだから。
ひょっとすると、今年私たちと一緒に称号試験を受けても大丈夫なくらいの力を秘めてる子かもしれない。

さて、再来週は私とタツキちゃんの番。
変に慣れちゃったと言うかなんと言うか、だめなら来月再挑戦すればいい……なんて呑気(のんき)に構えているのだけど、心の一番中心ではやっぱり、一回でも早い機会に称号を得たいと思ってる。

色々、変わっていく。
この心細さを、
これまでの、数多くの先輩たちも、
乗り越えてきたの?

サラの日記489(明日までお預け)

銀菓神暦2016年8月7日

今日はツグミさんの仮称号試験です。
昨日の「月行き」は見事に成功したんだから、今日の試験は簡単に感じるはずです。
きっと良い報告が聞けるだろうから、ツグミさんに会うのが楽しみで楽しみで仕方ないのですが、今日は研究室がお休みなので、明日までお預けです。

私は、ルセット先生と一緒に、実家の両親に呼び出されていました。
父が、私たちとの同居を前向きに考えてくれ始めました。
里帰り用としてではなく、ルセット先生の、王太子としての活動拠点としてです。
でも、父の背中が少し小さく見えました。

サラの日記488(銀菓神使の仮称号試験が明日に迫ったツグミさん)

銀菓神暦2016年8月6日

ルセット先生は、銀菓神使の仮称号試験が明日に迫ったツグミさんの指導に追われています。
後輩への指導は私の勉強にもなるので、ルセット先生に同行しました。

今日は最後の練習日。「月行き」の日です。
緊張で、いつもより青白い顔をしているツグミさん。一年前の私を見ているような気分です。

「月、絶対行かなきゃならないんですか?」
ツグミさんが小さな声でたずねます。
「いや。行ってるのはメランジェ先生と僕の教え子だけ」
ルセット先生はツグミさんの表情をいたずらっぽい目線でうかがいながら答えます。
「……そうですかぁ」
ツグミさんはそう言うと、一度大きく深呼吸して、銀菓神使スーツを着装しました。
私はツグミさんに耳打ちします。
「ルセット先生、はちゃめちゃな指導だけど、ほかの先生に指導してもらうよりも早く近付けると思うわ。エマル……」
ツグミさんは、私が最後まで言うのをさえぎるようにこう言いました。
「はい! 行ってきます!」

ツグミさんが鳥居の中に消えていったあと、ルセット先生は私にきかれました。
「ツグミさんに何を言ったの?」
「ん? 一年前の私が思ってたこと……かな」

サラの日記487(何かに使えそうだけど、何に使えるのかな?)

銀菓神暦2016年8月5日

ケンジさんの失敗作の手直しが完成しました。
この笛の波動には、ケンジさんの癖がたっぷり入っています。
でも、手直ししたのが私なので、私の波動も少し混ざってしまっています。
何かに使えそうだけど、何に使えるのかな?
取り敢えず今は必要なさそうなので、引き出しの奥にしまっておきます。

衝動に駆られて夢中になっていた笛の手直しが終わってしまうと、次に何をすればいいのか分からなくなってしまいました。
取り敢えず、称号試験対策になりそうなテキストを数冊めくってみましたが、あんまり頭に入りません。
シロップを炊こうと思ってメランジェ製菓室にこもってみましたが、思うようなシロップは炊けません。
まるで、私の中の全てが、あの笛に吸い取られてしまったかのようです。

サラの日記486(吹いては削り、吹いては削り)

銀菓神暦2016年8月4日

昨日四次元時空間で拾ってきた、ケンジさんのものと思われる笛の失敗作を、
吹いては削り、吹いては削りしてみています。
削り過ぎても大丈夫。失敗作はまだまだたくさんあったから。

ほかにやらなきゃならないことはたくさんあるのだけど、なんだか急にこれがやりたい。
気になって仕方がないから、今は吹いては削り、吹いては削り……。

この衝動に、何か意味があるのかな……。
意味があるのか無いのか、やってみなくちゃ分からない。
だから今は、吹いては削り、吹いては削り……。