サラの日記451(闇の西瀬忍を吹いたあとの、身体中にのしかかるような重い空気。)

銀菓神暦2016年6月30日

闇の西瀬忍を吹いたあとの、身体中にのしかかるような重い空気。
銀菓宝果の飲み物を飲んだあとも、その感覚は何度もよみがえりました。
でも、自分でなんとか回復できる範囲で闇を使えていることは確かです。
もう少しで出口が見えそうです。
考えていた、新月の7月4日には間に合いそうな気配が感じられます。
あとは、ツグミさんに応援をお願いするタイミングを計らなければ……。

ルセット先生の意識体ににじみ出てきてしまっている光。
闇と光を分離して、闇の部分に開いてしまった穴をふさぐ。
それだけのこと。簡単なこと。
大丈夫。できる。
メランジェ先生とエマルション先生の力の欠片を利用して、その時のダメージを最小限に抑える。

もし失敗したら?
それは、その時になってみないと分からない。
でも大丈夫。
できるから。
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アロゼの休憩室45「明日は 発売&試し読み の開始です!」

明日、6月30日は、楽しいこと工房初の絵本、
『Peanuts Orchestra シリーズ1 篠笛のカリンさん ―篠笛との出合い―』の発売&試し読み開始日です。
ホームページ(http://tanoshiikotokoubou.web.fc2.com/)は明日の午前中に「発売&試し読み モード」に更新します。
お話って、読んでもらってナンボなので、試し読みだけのご利用、大歓迎です。
「Peanuts Orchestra」シリーズは、年間2、3作のペースで、最低50作は書(描)こうと思っているので、どんどん試し読みしていただいて、もしも手元に置いておきたいお話に出合った時に、本も購入していただけたら嬉しいな・・・と考えています。
どうぞよろしくお願いいたします。

サラの日記450(三十過ぎのおじさん)

銀菓神暦2016年6月29日

昨日は少し落ち着いていた空も、今日は再びの雨です。
本来なら領地の見回りに出向かなければならないルセット先生ですが、昨日あれからの不調が続き、見回りの方はジャックさんに任せることになりました。

「兄貴も、もう三十過ぎのおじさんだからなぁ……。ま、ゆっくりしててよ」
ジャックさんはいつもの調子でふざけていますが、ルセット先生は机に肘をついたまま、ぼんやりと何かを考え込んでいらっしゃいました。

二人だけになった研究室で、ルセット先生は、ぽつりぽつりとこんなことを話されました。
「……なんでもできると思ってた。あの日も、『磁場ぐらいのことで……』なんて思ってた。昨日も、自分の力でなんとでもなるって思ってた。……でも、……なんにもできないんだ。……サラにも、……銀菓神使の称号を取る前の大事な時期なのに、……しなくてもいいことばかりさせてしまって……」

「ねえ、こっち向いて」
私はルセット先生の両頬に手を添えて、ルセット先生の顔を自分の方に向けました。
ルセット先生の目は、自信を失った、ぼんやりとした輝きを放っています。
「ミシェルが今、そんなふうになってるのは、光の力にのまれてるだけよ。闇のアロゼを……使うわ。直接は無理でも、媒体を使えば……」
私はカリンさんからもらった闇の西瀬忍を吹きました。
――お願い。助けて。力を貸して――

<ミシェル。……何か感じる?>
<……温かい……闇>
<いいわ。このまま聴いてて>
<サラは? サラは大丈夫?>
<大丈夫。のまれる前にやめればいい>

不意に研究室のドアが開きました。ジャックさんです。
「忘れ物しちまったよ・……。何これ、すっげー気持ち悪い空気。俺まで具合悪くなりそう。窓開けた方がいいんじゃね?」
ルセット先生の顔に、笑みが戻りました。

サラの日記449(ルセット先生を抱えたまま緊急用鳥居を出して)

銀菓神暦2016年6月28日

誰にも見つからないように、闇を扱えるようになりたい。
のまれてしまうことはないと確信できるほどの力を身に付けたい。

放課後のツグミさんへの特別講座が終わった頃になっても、ルセット先生が帰ろうとされる様子がないので、地下製菓室を覗きに行きました。
ドアの隙間からこっそり覗くと……、
ルセット先生が、あの酸っぱい闇寄りの銀菓宝果の飲み物を片手に、アロゼの技を使っていらっしゃいました。

――どういうこと? ルセット先生が光の技を?――
自分の中だけで思ったはずだけど、あまりの動揺に、ルセット先生にも通じてしまったようです。
「ばれちゃったか……」
ルセット先生が照れ笑いしながらドアの方へ歩いて来られました。
「僕なら技の処方箋も調整できる。光にはのまれない。自分を光から守るためではなく、サラを闇から守るために光を使いたいと……、そう思ったらできた」
ルセット先生はそう言いながら私を抱きしめてこられましたが、なんだか様子が変です。
ルセット先生の身体から力が抜けて、体重の全てが私に預けられました。
声を掛けても返事がなく、気を失っていらっしゃいます。

――うそばっかり。失敗してるじゃない。ミシェル、光にのまれてるじゃない……――
ルセット先生を抱えたまま緊急用鳥居を出して、城に帰りました。

サラの日記448(私の感情に重なるように、鍋が焦げ付いて、煙を上げ始めました。)

銀菓神暦2016年6月27日

銀菓宝果の飲み物闇寄りバージョンを、もっとおいしいものにしようと思って、メランジェ製菓室にこもって あれこれ試していました。
今日は誰も来ないと思っていたのに、不意にドアが開きます。
「あれ? サラちゃん何作ってんの?」
ジャックさんが鍋を覗きに来ます。
「だめ! 見ないで! どっか行って!」
思わずジャックさんに突っかかってしまいました。
ジャックさんは驚いた様子で部屋を出ていきました。
私の感情に重なるように、鍋が焦げ付いて、煙を上げ始めました。
警報器が鳴ります。
メランジェ先生とルセット先生が慌てて部屋に飛び込んで来られました。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
私はそう言いいながら泣いているのがやっとで、処理はメランジェ先生とルセット先生がやってくださいました。

<サラにこれ以上の闇の扱いは無理だよ。のまれてしまう。無理はするな>
ルセット先生から流れてきたその言葉には、優しさと厳しさが入り交じっていました。

サラの日記447(銀菓神使の力は、自分の利益のためには使えない)

銀菓神暦2016年6月26日

研究室はお休み。
銀菓宝果の飲み物、闇寄りバージョンを、ルセット先生に飲んでもらいました。

グラス半分ほどを飲んだルセット先生は、顔にぎゅーっと力を入れて、「んーっ、酸っぱい!」と感想をくださいました。
「やっぱり……」
がっかりしている私。
「大丈夫だよ。まずくない」
「処方箋は苦手なの。これ、おいしく直せない?」
「学部生の時に習ったこと、覚えてる?」
ルセット先生は闇寄りバージョンの続きを飲みながら言われました。
「学部生の時に?」
「うん。銀菓神使の力は、自分の利益のためには使えない」

はっとしました。基本中の基本を忘れてしまっていました。
ルセット先生はグラスの続きを飲み干し、にっこりしてこう言われました。
「ありがとう、サラ。うまくはないけど、いつものよりは楽だよ」

サラの日記446(闇寄りの方で仕上げる)

銀菓神暦2016年6月25日

ルセット先生が銀菓宝果の飲み物を飲まれる間隔が、日に日に短くなっています。

今日はやってみたいことがあって、一人でメランジェ製菓室に居ました。
光の力を持つ銀菓宝果の飲み物を、闇仕様で作れないかどうか試してみたかったのです。

四次元時空間の橘を、五次元時空間で、銀菓神使の手によって育てられたものが銀菓宝果。
四次元時空間の橘を陰陽で分類すると、皮の部分は陽、身の部分は陰です。
だから、作り方によっては、銀菓宝果の飲み物も、闇寄りの方で仕上げることができるんじゃないかと考えたのです。

――これ、ルセット先生の分野なんだけどな……――
なんて思いながら、伝統の処方箋を書き換えていきます。
それから、こんなことも考えます。
――ルセット先生の力でなら、こんなこと、そんなに難しいことではないはずなのに、どうして今までやってこなかったんだろう……――

できあがったものを飲んでみました。
味はまずくはありません。いつものより少し酸味が強いぐらい。
でも、私の身体では、光と闇の掛け合いがどうなのかを感じ取ることはできません。
自分でもう少し飲んでみて、明日になっても大丈夫そうなら、ルセット先生に試してもらおうと思います。

サラの日記445(心配な大雨が続いています。)

銀菓神暦2016年6月24日

昨日の晴れ間から更に一転。心配な大雨が続いています。
ルセット先生とジャックさんは、領地の果樹園の見回りの手配に忙しくしています。

私は、銀菓神局からの要請で、タツキちゃんと一緒に、四次元時空間の見回りに行ってきました。
畑の亀裂や地滑りがみられ、とても危険な状態です。
銀菓神使が四次元時空間でできることは、四次元時空間の人たちの第六感に働きかけることだけです。
なんとか力になりたいという思いを込めて、アロゼとミロワールの技を注ぎます。
アロゼの技には不安や緊張をときほぐす効果を込めて。ミロワールの技には災いを跳ね返す効果を込めて。

おそらく、四次元時空間の人たちのほとんどがこのことには気付かない。
私たち銀菓神使が四次元時空間に対してはたらきかけることに、果たして意味があるのかどうかも分からない。
だけどゼロではないだろうと、はたらきかけ続けている。

サラの日記444(冷たいシロップが炊ければいいのに……)

銀菓神暦2016年6月23日

昨夜は、城の屋上の小屋が流れてしまうんじゃないかと思うぐらいの大雨でした。
一転、今日は汗が止まらないぐらいの暑さ。
こんな日にシロップを炊くのはうんざりです。
――冷たいシロップが炊ければいいのに……――なんて思いながら廊下を歩いていると、冷たいシロップが炊けるのかもしれないタツキちゃんに会いました。

「ねぇねぇ、タツキちゃん。タツキちゃんって、冷たいシロップ炊ける?」
「ん? 冷たいシロップ? 炊く?」
「うん。もう、暑くて暑くて。シロップ炊くの、うんざり」
すると、タツキちゃんは くすくす笑い出しました。
「サラちゃんでもそんなこと思ったりするんだ……」
「炊ける?」
「無理よぉ。炊くのはやっぱり火に掛けないと。……でも、サラちゃんのシロップを冷たいデザートにすることならできるわよ」
「できるの? やってやって!」

早速タツキちゃんと一緒にメランジェ製菓室に向かいます。
タツキちゃんは、私のシロップの鍋に手をかざします。
シロップが、みるみる凍っていきます。が、タツキちゃんが隠し技を使ったのか、ただ凍るだけではなく、ふんわりと空気を含んだ細かい粒子になりながら凍っていきます。
シャーベットとかき氷の間のような食感です。

サラの日記443(全く同じにはできない)

銀菓神暦2016年6月22日

「抱え込み過ぎていませんか?」
突然のメランジェ先生の言葉に、どきっとしました。
「あ、はい。大丈夫です」
私が慌てて返事をすると、メランジェ先生はゆったりと微笑まれました。

やっぱりメランジェ先生は不思議です。知られていないはずの全部を、知っていらっしゃるんじゃないかと思ってしまいます。
これは、銀菓神使メランジェの力というよりも、メランジェ先生自身が持っていらっしゃるものなのだということが、メランジェ先生の力の欠片を手にした今、とってもよく分かります。

だいたいの予想はついています。
私がメランジェの力を使おうとしても、メランジェ先生が使うのと全く同じにはできない。
私がエマルションの力を使おうとしても、エマルション先生が使うのと全く同じにはできない。
結局は、自分で見付けるしかない。

サラの日記442(その気持ちをぐいっと抑え込みました。)

銀菓神暦2016年6月21日

混合、乳化、分離……と来て、すぐにでもツグミさんに話したい気分になりましたが、その気持ちをぐいっと抑え込みました。
ツグミさんに話すには、私自身がもっと、メランジェ先生の力とエマルション先生の力のことを分かって、具体的な使い方も確立させて、ルセット先生の許可も得なければなりません。
それに、ツグミさん自身にも成長してもらわなければなりません。
まだ仮称号も得ていないツグミさんには、重過ぎる仕事かもしれません。
それと、ツグミさんが、このことについての他言無用を守り切れる人なのかどうかも見極めなければなりません。
一時の思い付きで、簡単に声を掛けるわけにはいきません。
でも、もしもこの一件をやり遂げることができたら、ツグミさんにとって、これ以上ない良い経験になることは間違いないと思うのです。
セパレの力を、他人を助けるために使う。
これこそが、今のツグミさんに一番必要な経験。
私がこんなことを思ったりすること、おこがましいのかもしれないけれど……。

サラの日記441(この二つの力を、光と闇の掛け合いにどうやって使うか……。)

銀菓神暦2016年6月20日

ルセット先生の放課後特別教室。ツグミさん、今日はちゃんと出席のようです。
私は、メランジェ先生とエマルション先生の力の欠片(かけら)の分析です。

メランジェ先生の力では、水と油はいつまでも水と油。
エマルション先生の力だと、微妙なバランスを保つ事によって、水と油は混ざり合う。
例えるなら、メランジェ先生の力で混ぜた水と油はサラダドレッシングで、
エマルション先生の力で混ぜた水と油はマヨネーズ。
そんな感じ。
この二つの力を、光と闇の掛け合いにどうやって使うか……。

混合、乳化、分離……。
分離?
あれ? これって、セパレの力を待つツグミさんに出番のあることなのかもしれない。

アロゼの休憩室44「音の無い音楽活動」

最近力を入れている「Peanuts Orchestra」シリーズですが、
一作目の発売もまだなのに、次が描きたくて書きたくて、早速二作目の制作に取り掛かりつつあります(;^ω^)
近日公開予定(ただいま準備中)の、一作目の試し読みのコーナーに、二作目についてのお知らせを入れていますので、
興味のある方はぜひご覧ください。

「Peanuts Orchestra」シリーズでやりたいこと、色々あるんですけど、
一番のテーマは、音の無い音楽活動・・・かなぁ。
どうしてそうなのかは、一作目を読んでいただくと分かってもらえるのではないかと思います。
絵本という音の無い世界で音楽活動をしてみたいなぁ・・・と思っています。
「Peanuts Orchestra」シリーズは、私にとって、「やっと私の居場所が見付かった」的な場所です。
年間2、3作のペースになると思いますが、おばあちゃんになっても、書ける限り書き続けて、
最低50作は作りたいなぁ・・・なんて思ったりしています。
どんなことが、どれだけのことができるのか、今からとっても楽しみです。

サラの日記440(ツグミさんはセパレの力が好きではないようです。)

銀菓神暦2016年6月19日

研究室はお休み。
ルセット先生とゆっくり話をしました。
ツグミさんのことです。
ルセット先生は、教官としての守秘義務を考慮しながら、私が知っておくべきことだけを話してくださいました。
心配していた通り、ツグミさんはエマルション先生と私のことを誤解していて、私にセパレの術を掛けていたようです。
過去の時代の苦しい夢を見たのも、そのせいかもしれません。
ルセット先生は、私がエマルション先生に近付いていたのにはちょっとした訳があったという話もしてくださったそうです。
心配していた、ルセット先生の「正体を明かそうか問題」ですが、昨日の時点では、ツグミさんからはそう深い質問は出なかったようで、正体は明かさずに終わったようでした。

銀菓神使のなり方には色んなパターンがあります。
私のように、周りの環境に押されて専門を決めるパターン。
ルセット先生のように、やりたいことがあって専門を決めるパターン。
ツグミさんの場合は、もともとその一芸に秀でて(ひいでて)いたから、それを専門にしたパターン。

ツグミさんはセパレの力が好きではないようです。
分けたり別れさせたりすることしかできないと思い込んでいるようです。
ルセット先生は、ツグミさんのそういう考え方を克服させてあげられるようなレシピを考案中のようです。

サラの日記439(「そういうことに使ってはいけない!」)

銀菓神暦2016年6月18日

「やめなさいっ!」
背後で、ルセット先生の叫び声が聞こえました。びっくりして振り返ると、ルセット先生の手のひらから術封じの赤黒い光が出ていて、その光に当たったらしいツグミさんが倒れていました。
「そういうことに使ってはいけない!」
ルセット先生はツグミさんに向けて術封じを続けられています。
「私には、こういうことしかできないんです!」
ツグミさんは鋭い目つきでルセット先生をにらみつけています。
「そうじゃないことを教えたはずだ!」
「できません!」
ツグミさんがそう叫んだところで、ルセット先生は術封じの手を下ろされました。
ツグミさんは泣きじゃくっています。
「サラさんが……。サラさんが……。私の……私の欲しいものを全部取っていってしまう……」

<サラ。教官の仕事だ。少しはずしてくれ>
<はい>

サラの日記438(「修了まで待たなくちゃだめ?」)

銀菓神暦2016年6月17日

昔の夢を見ました。光の銀菓神だった時代の夢と、その前の、菓子屋の娘だった時代の夢。
ルセット先生との間を引き裂かれた時の、魂を引き裂かれるような苦しさがよみがえってきました。
髪が、涙でべとべとになっていました。
隣で目を覚ましたばかりのルセット先生に言いました。
「修了まで待たなくちゃだめ?」
「……ん」
ルセット先生は、何を言われているのか分かっていないような様子で、私をぼんやりと見つめています。
「正式な結婚は、研究室の修了まで待たなくちゃだめ?」
言いながら、また涙が溢れ(あふれ)出てきました。
「どう……した?」
ルセット先生の手が、ゆっくりと私の髪に触れ(ふれ)ます。
「また、今度も、一緒になれないような気がするの……」
「大丈夫。そうならないためにサラを捜して、見付けて、今、一緒に居る」
「もう前みたいなのは嫌なの」
「ごめん……。まだ だめだ。今の僕の立場じゃ、まだ、今すぐには無理だ」
「いつまで待てばいい?」
「……ジャックと、ゾエが育つまで」

前世の記憶が、何度も何度もよみがえります。
起きていても、眠ってみても、苦しい……。

サラの日記437(「今日は和菓子の日だからね。これ食べて元気出して」)

銀菓神暦2016年6月16日

朝、実家の菓子工房ミヤマエの手伝いに行くと、帰りに母が、アジサイをかたどった練り切りを持たせてくれました。
「今日は和菓子の日だからね。これ食べて元気出して」
父は洋菓子専門だけど、母は若い頃に和菓子も少しかじっていたようで、事あるごとに和菓子を出してくれます。

空き時間にルセット先生から交信がありました。
<植物館においでよ。梅の実を採って(とって)るんだ>
<ん? 梅?>
<うん。梅干しを漬けようと思って>
<ん……。梅干しを漬けるの?>
<そうだよ。早くおいでよ。全部採り終わっちゃうよ>

植物館に行くと、梅の木に向かう、楽しそうなルセット先生の姿がありました。自分に突き付けられている大変な問題のことなんか、すっかり忘れてしまっているような雰囲気です。
「どうしたの? 急に梅干しなんて……」
「そういう文化に育った人を選んだんだ。だから、やってみたいんだよ。分かりたいんだ」
「ふーん……」

サラの日記436(顔のパーツの全てを外側へ引き伸ばして)

銀菓神暦2016年6月15日

朝からツグミさんを捜して走り回っていました。
一番確実だと思った、エマルション先生の研究室も覗いてみました。
ツグミさんの姿はありませんでしたが、ドアを半開きにして中を覗き込んでいる私に気付いたエマルション先生が、「何かご用ですか?」と出てきてくださいました。
「いえ。あの……。ツグミさんは……」
「ん? そう言えば今日はまだですねぇ。いつもは時間通りにここに来るんですが……。えーっと。失礼ですが、あなたは……」
「あっ、メランジェ研究室のサラです」
「あぁ! あなたがサラさんですか! ルセット先生の……」
金髪に青い瞳のエマルション先生が、顔のパーツの全てを外側へ引き伸ばして、私の顔を覗き込みます。
エマルション先生の瞳の中に吸い込まれてしまいそうな勢いです。
同じ吸い込まれそうでも、ルセット先生のそれとは違います。ルセット先生の場合は、淡い甘さによって引き付けられてしまうような感覚ですが、エマルション先生の場合は、勢いだけで無理矢理ぐいっと引きずり込まれそうな感覚です。
一瞬思いました。
――ツグミさんは好きなのかもしれないけど、私は好みじゃないわ。あり得ない――
そう思ったことをエマルション先生には悟られないように、にこっと作り笑いをして、できるだけ感じ良く、そっとドアを閉めました。
背中に、誰かの視線を感じます。
誰の視線なのかはもう分かっています。
誤解のもとが、また一つ増えてしまったかもしれません。

サラの日記435(「さぁーてと。彼女には僕の正体を明かすしかないかな?」)

銀菓神暦2016年6月14日

今日中にいただく覚悟です。
エマルション先生の力の欠片を。
アロゼの力で闇を使えそうだということは確信しましたが、使い方が分かったわけではありません。そのヒントに、やっぱりエマルション先生の力の欠片が必要です。
エマルション先生の姿を追いかけていると、やっぱり誰かに見張られているような気配がするのですが、そんなことを構っている暇はありません。

エマルション先生が、植物館の鳥居をくぐってどこかに行かれました。
チャンスです。
ミエットの力を使って、鳥居の中に散っている、エマルション先生の力の欠片を集めます。
ケンジさんにいただいた、ペンダントの鳥居の中に、メランジェ先生の力の欠片とエマルション先生の力の欠片が集まりました。

後ろが気になって、勢いを付けて振り返りました。
はっとした表情のツグミさんがこちらを見ています。
私も、ツグミさんがここに居るわけを悟って、はっとしました。
「違うの!」
そう言ってツグミさんを追いかけますが、途中で見失ってしまいました。

1年生の棟にも、私が笛を吹く屋上にも、ツグミさんの姿は見当たりませんでした。
放課後の製菓室を覗いてみると、待ちぼうけしているルセット先生がいらっしゃいました。
「あ、……あっ、サラか……」
「ツグミさん、来てないの?」
「うん。ちょっとおかしな子だけど、無断欠席するような子じゃないんだけどな……」
「ねえミシェル。私、ツグミさんに誤解されてるかもしれない。どうしよう……」
「どうしたの?」
ルセット先生はいつものように落ち着いて、ツグミさんの誤解のもとになっているであろうできごとの一部始終を聞いてくださいました。

「さぁーてと。彼女には僕の正体を明かすしかないかな?」
私の話を聞き終えたルセット先生は、冗談めかした口調でそんなことを言われました。
「だめよ!」
「大丈夫だよ。嘘はつかないが、全てを言う必要もない。そうだろ?」

サラの日記434(闇に支えられて輝いている光。)

銀菓神暦2016年6月13日

メランジェ製菓室にこもって、何もかも忘れて、ただ一心不乱にシロップ作りに励みました。
アロゼの力が加わったシロップは、宝石のようにきらきら光ります。
アロゼの力は光側の力。闇側になることはできない。

でも……。
宝石のようにきらきらしているシロップを何時間も眺めていると、あることに気が付きました。
ぷくぷくと泡立つシロップの玉のその外側には、シロップの玉を縁取るような影があります。
――……闇?――
闇によって、闇に支えられて輝いている光。

――できる! アロゼの力で闇を使える!――

サラの日記433(「本来、こういうのが僕たちの仕事のはずなんだ……」)

銀菓神暦2016年6月12日

研究室はお休み。
実家の、菓子工房ミヤマエで一日過ごしました。
ルセット先生も一緒です。

「本来、こういうのが僕たちの仕事のはずなんだ……」
ルセット先生がぽつりともらされました。
「うん。……回り道ばっかりしちゃってる」

母がハーブティーを淹れてくれました。
「さ、これを飲んで、そのうっとうしいのを吹き飛ばしてちょうだい。せっかくいい材料を仕入れても、あなたたちのせいで台無しになってしまうわ。ね、お父さん?」
母は父にもハーブティーの入ったカップを手渡しました。

ジャックさんが淹れてくれるハーブティーとは違った優しさを感じます。
銀菓神使とは違う、一般人だからこその風味を感じます。

サラの日記432(光のようにも見え、闇のようにも見えます。)

銀菓神暦2016年6月11日

頭の中の大半を占めているのは、どうしたらこっそりエマルション先生に近付けるかということです。
授業の合間、研究の合間に1年生の棟の周りをうろうろしています。
でもやっぱり、ずっと誰かに見張られているような感じがして、思うようにうごけません。
今日はエマルション先生のことは諦めて、メランジェ先生の力の欠片を分析してみることにしました。
分析……と言っても、何からどう手を付けていいのかわかりません。
ただただ観察してみただけです。
ケンジさんからいただいた、銀菓神使ミエットの力を使って観察しました。
メランジェ先生の力は、光のようにも見え、闇のようにも見えます。
何かのヒントにできそうな気配は感じますが、何をヒントにしていいのかは分かりません。
メランジェ先生の力を観察してみたことによって、エマルション先生の力を観察してみたいという気持ちは一層大きくなりました。

サラの日記431(こっそり拝借しようだなんてことを考えてるから)

銀菓神暦2016年6月10日

時間を見付けては、エマルション先生に会えそうな場所をうろうろしていました。
まさか面と向かって「力の欠片(かけら)をください」なんて言えっこないから、何かの拍子に拾えないかと狙っているわけです。
でも……、エマルション先生の力の気配ではない、もう一つの妙な気配を感じます。尾行されているような……。
気になって振り返ってみるのですが、誰も居ません。
そんなことが何度かありました。
――エマルション先生の力の欠片をこっそり拝借しようだなんてことを考えてるから、そんなことを感じちゃうのかな……――

今日はエマルション先生を見掛けることはできませんでした。

アロゼの休憩室43「『篠笛のカリンさん ―篠笛との出合い―』脱稿です」

先日、『篠笛のカリンさん ―篠笛との出合い―』を脱稿&入稿しました。

書いて(描いて)いて、「伝えるってなんだろう・・・」ということを考えるようになりました。

一般的な視力と一般的な色覚を持った人にはどう伝わるか。
視力や色覚に個性を持った人にはどう伝わるか。
人からの音読で本を楽しんでいる人にはどう伝わるか。

このことは、私が『銀菓神使アロゼ』を書き始める動機のひとつとなった、
「発語」という伝える手段にハンディを持った、場面緘黙のことにもつながってきます。

「伝えるってなんだろう・・・」をテーマに、二作目『篠笛のカリンさん ―カリンさんの日常―(仮)』の準備に取り掛かりつつあるのでした。

『篠笛のカリンさん ―篠笛との出合い―』の試し読みや購入方法については現在準備中です。
発表まで今しばらくお待ちください。

サラの日記430(根拠のない手応えを)

銀菓神暦2016年6月9日

メランジェ先生とエマルション先生の研究に関する資料の中から、闇の波動と癒しのアロゼを混ぜるヒントを探しています。
でも、銀菓神使の力って、公(おおやけ)のデータにはなっていないものの方が多いんです。
資料として公開されているものは、授業のテキストにもあるようなものばかり。

だけど不思議なもので、闇の波動と癒しのアロゼを混ぜることばかりを考えていると、自然とヒントに導かれていくようです。
偶然、メランジェ先生の力の欠片が拾えてしまいました。
量が少な過ぎて分析するには至りませんが、それでも、根拠のない手応えを感じることができました。

エマルション先生の力の欠片も少し拝借することができれば、何かがつかめるかもしれません。

サラの日記429(ルセット先生はまだちゃんとは許してくださっていません。)

銀菓神暦2016年6月8日

私が根来塗(ねごろぬり)の、闇の笛を吹くことを、ルセット先生はまだちゃんとは許してくださっていません。
許してはいないけれど、諦め(あきらめ)てはくださっているようで、無理矢理止められるということもありません。

闇の笛を吹きながら、癒しのアロゼを放出します。
笛を吹くと、闇の波動が出ていることははっきりと感じます。でも、同時に放出している癒しのアロゼは、光の性質をもつ癒しのアロゼのままなのです。
この癒しのアロゼを、闇のアロゼに変えたいのです。

どうすれば光と闇を混ぜることができるのか……。
メランジェ先生かエマルション先生に相談できれば近道なのかもしれません。
でも、相談すれば、ルセット先生がなぜこのような状況におかれているのかを話さなければならないことになりかねません。

――資料が欲しい。メランジェ先生とエマルション先生の研究資料が欲しい――

そう思ったとたん、居ても立っても居られなくなりました。
図書館に駆け込んで、夢中で資料探しを始めました。

――なんでもいい。ほんのちょっとのヒントだけでも見付かれば……――

サラの日記428(闇にでもなんにでも)

銀菓神暦2016年6月7日

ルセット先生が、思い出したように言われます。
「サラ、『闇を使う』って言ってたよね」
「……うん」
「やめよう……」
「やめない!」
「でも、闇の道具は闇を持って生まれた者にしか使いこなせない」
「使えるわ!」
私は、カリンさんにもらった根来塗(ねごろぬり)の笛をルセット先生の顔の前に突き出しました。

「っ、……カリン……。吹いてみたの?」
ルセット先生がゆっくりとした口調できかれます。
「うん。吹いてみた。大丈夫。私にも使える」

ルセット先生は苦しそうな表情で目を閉じ、ゆっくりと首を横に振られました。
「だめだ。使わないで。サラが飲み込まれてしまう」
「大丈夫よ。私、もうそんなに弱くないから。……ミシェルを助けるためになら、闇にでもなんにでもなるわ。そのあとで、必ず元の私に戻るから」

サラの日記427(どうやってうまく混ぜ込むか……)

銀菓神暦2016年6月6日

根来塗(ねごろぬり)の笛を吹いている時の、あの、どこまでも果てしなく続くかのような闇に包まれる感覚には、少しずつ慣れてきました。
あとは、この笛の波動と癒しのアロゼをどうやってうまく混ぜ込むか……です。
混ざらないと思います。
でも、混ざらないであろうものを混ぜてしまわなければならないのが私の役目。

月齢1の細長い月に雲がかかっています。
光を闇で覆っても、それは隠しきれない。
じゃあ、新月なら?
次の新月は7月4日。

サラの日記426(明らかに違う波動を感じます。)

銀菓神暦2016年6月5日

研究室はお休み。

昨日カリンさんから根来塗(ねごろぬり)の笛をいただいたことは、まだルセット先生には話していません。
吹けることを確かめてから話そうと思っています。

ルセット先生の目を盗んで、城の屋上の小屋に入って、恐る恐る根来塗の笛を吹いてみました。
私の、曙塗(あけぼのぬり)の西瀬忍(にしせしのべ)とは、明らかに違う波動を感じます。
闇に包み込まれてしまいそうで、何も見えなくなってしまいそうで怖い。
この笛を一番気に入っているだなんて、カリンさんは、もし銀菓神使になっていれば、すぐに幹部クラスの仕事に就けるほどの実力者だったのかもしれません。

この笛は疲れます。
これと同じことを、ルセット先生は光に対して感じているの?

銀菓宝果の飲み物を口にしました。
この笛さえ使いこなせれば、ルセット先生を光の侵略から助けられる。
私には、これの飲み過ぎも毒にはならない。

サラの日記425(名残り程度の力)

銀菓神暦2016年6月4日

もう、ルセット先生を助けたいということ以外、何も考えていません。
陰陽五行の技で非常用鳥居を出して、カリンさんのところへ行きました。

カリンさんは、私が非常用鳥居を抜けたすぐ目の前に立っていらっしゃって、まるで、私が来るのが分かっていたかのようでした。
「闇の笛を、根来塗(ねごろぬり)の笛を使いたいんです」
私がそう言うと、カリンさんは奥の間へ入って行かれました。
しばらくすると、カリンさんが戻ってこられました。
カリンさんは、「これ、一番気に入ってるの。でも、今の私には吹けないから、サラさんにあげる」と、根来塗の笛を私に差し出されました。

「あの……」
カリンさんに聞いてみたいことがありましたが、躊躇してしまいました。
「何? なんでも聞いて」
カリンさんは落ち着いた表情でにっこりしてくださいました。
「カリンさんって、……」
「ん?」
「読めるんですか?」
その質問に、カリンさんは一瞬戸惑う表情を見せられましたが、ゆっくり首を横に振られました。
「私はもうすっかり一般人だから、笛のことしか分からないわ」
「でも……」
「少しかじっちゃったからね。名残り程度の力は残ってるのかもしれない。……サラさんは、ちゃんとした銀菓神使になってね。ここで応援してるから」
「私が吹いて……いいんですね」
カリンさんは微笑みながら、深くうなずいてくださいました。

サラの日記424(闇を使うわ)

銀菓神暦2016年6月3日

空き時間にルセット先生の研究室を訪ねてみました。
ルセット先生は机に肘を付いて、頭を抱えるようにして居眠りしていらっしゃいました。
机の端には、飲みかけの銀菓宝果の飲み物が置かれています。
私が隣に座ると、気配に気付かれたようで、ルセット先生は頭を上げられました。
「あれ? サラ……」
「大丈夫? 無理してるんじゃない?」
「……大丈夫。これ、今日中に仕上げておきたいのに、寝ちゃってたよ」
ルセット先生は書きかけの処方箋を指差しながら笑われました。
「お仕事なら仕方ないけど、無理しないでね。これの飲み過ぎも……」
私は銀菓宝果の飲み物を取り上げました。
「分かってるよ。でも、これに頼らないと一日もたない」
ルセット先生は銀菓宝果の飲み物を取り返されました。
もう、今度こそ本当に心が決まりました。
「ねえ。……私、闇を使うわ」
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