サラの日記421(助けて欲しいという思いが、カリンさんに届くように。)

銀菓神暦2016年5月31日

ずっと考えていて、決めました。
放課後の屋上で西瀬忍を吹きました。
助けて欲しいという思いが、カリンさんに届くように。

カリンさんからは何も返ってきません。
届いているのかどうか、ここからでは確かめようがありません。
でも、拒否されているような気配は感じません。

カリンさんの所に訪ねて行くのが一番早いのかもしれません。
でも、そうはできない複雑な気持ちも、西瀬忍に吹き込みました。

「決めた」と思ったけど、ちゃんとは決められていない。

アロゼの休憩室42「光の笛と闇の笛」

楽しいこと工房初の絵本、
『Peanuts Orchestra シリーズ1 篠笛のカリンさん ――篠笛との出合い――』
の制作は大詰めを迎えています。
https://www.facebook.com/tanoshiikotokoubou/

さて、最近のサラちゃんの様子から察するに、これからの数話では、『サラの日記』の方のカリンさんも活躍してくれそうです。
テーマは「光の笛と闇の笛」です。
漆塗り(うるしぬり)の技法のひとつである「曙塗(あけぼのぬり)」と「根来塗(ねごろぬり)」のイメージから生まれた物語です。
黒漆の下から朱漆が覗く曙塗の笛を「光の笛」、
朱漆の下から黒漆が覗く根来塗の笛を「闇の笛」として物語は進んでいきます。

どうぞお楽しみに(^^)/

ちなみに、私が愛用している笛は曙塗です。
「光の笛」……ですね(^_^)

サラの日記420(使い過ぎることは、ルセット先生の意識体には毒になってしまう。)

銀菓神暦2016年5月30日

カリンさんにお願いしていいものかどうなのか、ずっと迷っています。
放課後の屋上で、西瀬忍(にしせしのべ)を眺めていました。
私の西瀬忍は曙塗(あけぼのぬり)です。今のルセット先生の意識体と同じ。光がゆっくりにじみ出て来るような……。
で、「はっ」としました。
――もしかして、カリンさんのは根来塗(ねごろぬり)? 闇が、ゆっくりにじみ出て来るような……――

「サラさーん! 何してるんですかぁー?」
ツグミさんの声がしました。階段を駆け上がって来たのか、息を切らしています。
ツグミさんは西瀬忍に目をやると、「わぁ、素敵。サラさん、これ吹くんですか? 聴いてみたい!」と目を輝かせました。
西瀬忍の音色を聴いたツグミさんはこう言ってくれました。
「光がにじみ出てくるような音ですね。サラさんにぴったり」

分かったような気がしました。
私の西瀬忍は、光の笛。使い過ぎることは、ルセット先生の意識体には毒になってしまう。

サラの日記419(ルセット先生の意識体にできてしまった光をふさいでもらう。)

銀菓神暦2016年5月29日

研究室はお休み。
でも、試してみたいことが次々に頭に浮かんで、なかなかゆっくり休めません。

ルセット先生には内緒で、天戸キャンパスの、あの鳥居の所に行きました。
鳥居の中に、ルセット先生の闇の力の欠片が漂っていないかを確かめるためです。
もう、私の力では集められそうにないほど細かい、ルセットの力の欠片の気配は感じましたが、闇の力は感じられませんでした。
――やっぱり消えちゃたのかな……――

自分の意識体の中に闇の部分ができていないかを、自分で確かめてみることも試みました。
表面から見たのでは光の乱反射で見付かりにくい闇も、自分の内側から探してみれば見付かるかもしれないと思ったのです。
もし、私の意識体の中に闇の部分ができていれば、ルセット先生の意識体と繋がることでお互いを補い合える。
でも、見付からなかった。

あとは……。
あとは、カリンさんの邪の力をもらう。
カリンさんの邪の力で、ルセット先生の意識体にできてしまった光をふさいでもらう。
でも、実行するのはちょっと怖い。

サラの日記418(銀菓宝果の飲み物を飲む回数が増えているような気がするんです。)

銀菓神暦2016年5月28日

やっぱり、ルセット先生は無理をしていらっしゃるようです。
銀菓宝果の飲み物を飲む回数が増えているような気がするんです。

こんな時、今までの私なら、ルセット先生に癒しのアロゼを掛けることを考えたと思うんです。でも、私が癒しのアロゼを掛けることで、ルセット先生の意識体に光の部分が増えてしまったら……と思うと、簡単に掛けることはできなくなってしまいました。

実は、ルセット先生が銀菓宝果の飲み物を、これまで以上に飲み続けることにも不安を感じています。銀菓宝果物は、その見た目の通り、光の植物だからです。ルセット先生の意識体に光の部分が増え続けて、闇の力が弱体化してしまったら、ルセット先生の生命力も低下してしまうかもしれません。

――光の力を使うことなく、ルセット先生を助けられる方法ってあるのかな……。闇の力が欲しい――

サラの日記417(ルセット先生に見てもらうことにしました。)

銀菓神暦2016年5月27日

気になって、ルセット先生に見てもらうことにしました。
私の意識体に、闇の部分が、根来塗(ねごろぬり)のように現れてきてはいないかを。

ルセット先生が、私の前に両手をかざして目を閉じられます。
「……うん。大丈夫。サラは光のまま。闇は出てないよ」
「じゃあ、どこへ行っちゃったんだろう。ミシェルの闇の欠片(かけら)」
「あの鳥居が返してくれなかった分が少しと、あとは、多分……、浄化されたんだ。サラの、癒しのアロゼの力で」
ルセット先生の優しい視線が、困惑した表情の私をとらえます。
ルセット先生は続けられました。
「大丈夫だよ。心配しなくていい。サラの、光の力が強くなってきてる証拠だよ。この調子なら、いつ仮称号の『仮』が取れても大丈夫だね」
「治るの? また、きれいな闇に戻る?」
「分からない。……まあ、戻らなくてもいいかな。サラにもらった、大切な光だから」
「弱ったりしない?」
「しない」
ルセット先生はそう言われると、銀菓宝果の飲み物を、ぐいっと一気に飲み干されました。

サラの日記416(そこが一番苦手)

今年も、花綵(はなづな)アグルム地方には、梅雨の気配が近付いてきました。
メランジェ先生が言われます。
「夏休みが過ぎると時間の流れが速くなりますからね。個人の研究は今のうちにどんどん進めておくといいですよ」

このところ、ルセット先生絡みの色々で頭の中がごたごたしていましたが、そう言えば、夏休み明けには仮称号の「仮」を取るための試験が待ち構えています。ルセット先生の件を放っておくわけにはいきませんが、自分のことも、そろそろ本気で取り組み始めなければなりません。
でも……。何からどう進めていけばいいのか……。
メランジェ先生に相談してみました。

「サラさんの場合は……。今までやってきたことそのままで大丈夫ですよ。あとは学術的にまとめるだけですかね……」
それがメランジェ先生からいただけたアドバイスでした。

――『学術的に』かぁ……。そこが一番苦手なんだけどな……――

サラの日記415(こんな日でもないとゆっくり読むことのない)

銀菓神暦2016年5月25日

昨日までの青空から一変し、雨がしとしと降っています。
居心地の良い中庭で過ごすことのできないこんな日は、居心地の良い第二の場所、図書館へ。
こんな日でもないとゆっくり読むことのない、「高等銀菓神装」のテキストを開きました。
読んでいると、ルセット先生の、おかしな着装のことが頭の中をぐるぐると回ります。
――もう、前みたいな真っ黒な着装ってできないのかな……――
ちょっぴり寂しい気持ちになります。

気分を変えたくなって、植物館に移動しました。
ジャックさんがハーブの手入れに来ていました。
私に気付いたジャックさんが手招きします。
行ってみると、ジャックさんがある一点を指差しました。
蝶(チョウ)がさなぎから出ようとしています。羽化(うか)です。
くしゃくしゃで頼りなげな羽が、ゆっくり、ゆっくり、さなぎから出てきます。

最近のルセット先生の変化と重なって、心がざわざわして、涙が出てきました。
「あれ? サラちゃん、そんなに感動する?」
ジャックさんが私の涙に気付いて驚いています。
「……うん」

サラの日記414(闇の隙間(すきま)から光が差してるみたいに)

銀菓神暦2016年5月24日

夕方、ルセット先生と一緒に帰ろうと思って研究室を覗きに行くと、銀菓神使スーツを何度も着装したり解除したりしているルセット先生の姿が見えました。

「どうしたの? 銀菓神使スーツ、何かおかしいの?」
「うーん……」
ルセット先生は着装した姿をステンレスのボールに映して、首元に手をやっています。

「ねえサラ。ルセットの力だけで着装しても、ここが白いままなんだ……」
ルセット先生が首元に手をやったまま私の方を向きます。
「やっぱり……」
私がもらしたその言葉に、ルセット先生は「えっ?」と反応します。

「実は昨日、ミシェルの意識体を覗いてみたの。そしたら、漆(うるし)の曙塗(あけぼのぬり)みたいになってたの」
「漆の曙塗? ……って何?」
ルセット先生は着装を解除されました。
「カリンさんが作ってくれた横笛みたいな漆の塗り方。朱漆(しゅうるし)の上に黒漆を塗って、部分的に下の朱が見えるように研ぎ(とぎ)出す塗り方。ミシェルの意識体、前は真っ暗闇だったのに、昨日見てみたら曙塗みたいになってた。闇の隙間(すきま)から光が差してるみたいに」

ルセット先生はしばらく黙り込んだあと、ぽつりとこう言われました。
「怖いよサラ。自分が変わっていくのが怖い」
「……私のことは、たくさん変えてきたくせに」
冗談半分にそう言うと、ルセット先生はいつものように穏やかに微笑んでくださいました。

サラの日記413(例えるなら……根来塗(ねごろぬり)の逆さまの、曙塗(あけぼのぬり)。)

銀菓神暦2016年5月23日

ケンジさん、すっかり銀菓神局の人でした。
制服も違和感なく似合っていて……。

あ、違和感と言えば、ルセット先生は、戻って来たルセットの力に違和感があるようで、力を使う度に首をひねっています。それと、あの鳥居に残ってしまった力の欠片のことも気になっているみたい。

「どうする? 今度また行ってみる?」
「ん、ううん。いいよ。これでやってみる」
ルセット先生はそう言われますが、私は、ルセット先生が首をひねる度に気になって気になって仕方ありません。

ルセット先生には内緒で、ルセット先生の意識体の中を覗いてみました。
以前見た時には真っ暗闇だったはずのルセット先生の意識体ですが、今日は、ところどころにぼんやりとした明かりが見えます。
例えるなら……根来塗(ねごろぬり)の逆さまの、曙塗(あけぼのぬり)。
――闇の力が薄くなっちゃったの?――

サラの日記412(この鳥居は……、あなたは不機嫌なの?)

銀菓神暦2016年5月22日

研究室はお休み。
天戸キャンパスの不機嫌な鳥居の前。

――不機嫌? この鳥居は……、あなたは不機嫌なの? それなら……、もしかして……――
急に思い立って、鳥居に癒しのアロゼを掛けてみました。

「何をしてるの?」
ルセット先生が、不思議そうな不安そうな表情で私を見つめます。
「うん……」
ルセット先生への返事もそこそこに、癒しのアロゼを掛け続けます。

「サラ?」
ルセット先生が、さっきよりも一層目を見開いて私を見つめています。
「戻った?」
私の問いに、ルセット先生が深くうなずきます。

「そこの二人! 何をしている!」
誰かが叫びながらこちらに走って来ます。
――ケンジさん!?――

ケンジさんは、鳥居の前に居るのが私とルセット先生だと認識すると、驚いた顔をされました。
「こんなところで何を?」
ルセット先生は、なんでもない顔をしてケンジさんの前に立ちました。
「磁場の乱れがあって以来こちらに来れていなかったので、置いたままだった資料を取りに」
ルセット先生の言葉を聞きながら、ケンジさんの視線は鳥居の中を探っています。その視線が、ゆっくりとルセット先生の方に戻りました。
「ご用が済み次第、できるだけすみやかにお帰りくださいね。磁場の安定が完全ではないので、厳重警戒中なんです。今日は丁度僕が当番で……」
そう話すケンジさんの顔からは、緊張感が少しずつ薄れていきます。

不安になって、ケンジさんの顔を見つめました。
「仕事ですので報告書には書かせていただきますが、お二人はこちらに置いたままにされていた資料を取りに来られた、ということで間違いありませんね?」
「はい」
私はケンジさんを見つめたまま、そう返事をしました。

ケンジさんの持っている銀菓神使ミエットの力でなら、鳥居にわずかに残っているルセットの力の欠片(かけら)を感じ取れたはず。そして、本当は私たちが何をしていたのかも簡単に想像できたはず。
――分かっていて見過ごしてくれるの?――

そう思った瞬間、ケンジさんから交信が入りました。
<僕の前では何も考えないでください。僕は、見ていないものは見ていない。見ていなかったものを必要以上に詮索するようなことはしたくない>

サラの日記411(どんな方法がある?  私にできることは?)

銀菓神暦2016年5月21日

明日。明日までに、ルセット先生に、残り5分の4の力を戻す方法を考えなければ……。
どんな方法がある?
私にできることは?
私は、アロゼの力が使える。ミエットの力も少し。あとは、陰陽五行の技。
どう組み合わせれば最大になる?
アロゼの力とミエットの力を組み合わせるだけではだめだった。あれは最大じゃない。もっとできるはず。
陰陽五行の技も組み合わせればいいの?
どうやって?

天戸キャンパスのあの鳥居は、
どうしてルセット先生の力を吸い取ってしまったんだろう。
磁場が乱れてたって言ったって、なにも、ルセット先生の力を吸い取ってしまわなくてもいいのに。
まるで、銀菓神使の力が欲しかったとでも言うかのように、ルセット先生の力を大事に保護するかのように漂わせてる。

どんな方法がある?
天戸キャンパスの、あの鳥居のご機嫌を直す方法。

アロゼの休憩室41「『篠笛のカリンさん』制作中!」

表題の通りでございます。
連日頑張っております。

当初、コピー本で手作りのハードカバーを予定していたのですが、
材料費が予想外にかさむことが分かり、印刷・製本を外注することにしました。
すると、イラストを印刷向きのカラーや解像度に手直ししなければならないという問題が発生。
ここ1週間ほどはそんな作業に追われていました。
問題は解決し、制作の進度も予定していたものに追い付きつつあります。

ピーナッツ・オーケストラ シリーズの絵本は、小学校中級から一般向けの内容で、
「プロの世界とは別次元で音楽をすること」に興味・関心のある方に楽しんでいただける内容になっているかな……という感じです。
第一作の『篠笛のカリンさん』は、その序章にあたるお話になっています。

サラの日記410(分かって良かった。)

銀菓神暦2016年5月20日

パートナーにも言えないお仕事を抱え込んでいるルセット先生。
ツグミさん絡みなのかな……。
でも、分かって良かった。
ルセット先生から、パートナーにも言えないお仕事を抱え込んでるってことを聞けて良かった。
それだけで十分。

天戸キャンパスのあの鳥居の中に漂っている、残り5分の4のルセットの力を、早くルセット先生に戻してあげたい。
できるだけ短い時間で、一気に全部を集められる方法って無いのかな……。

明後日(あさって)。
明後日、残りの5分の4をルセット先生に戻し切る。

サラの日記409(今の僕にはそれすらできない)

銀菓神暦2016年5月19日

私が勝手に色々考えてしまっているだけで、ルセット先生の態度に変わった様子はありません。
いつものように穏やかで優しい。
ツグミさんのことが話題に出ることはありません。
無理に話さなければならないことでもないし、守秘義務もあるし、それは分かっているつもりです。

色々考えてしまうことに疲れてきました。
よく考えずに、思ったままに、出勤前のルセット先生に抱き付いてみました。
「どうしたの?」
ルセット先生の優しい声が聞こえます。
「今、こうしたいと思っただけ」

<サラがうらやましいよ>
<どうして?>
<そばに居るだけで、癒しのアロゼを感じられる。僕には……、もしもルセットの力が全て戻っても、僕にはそんな技は使えない。処方箋を作ることしかできない>
<……何か困ってるの?>
<困りごとを解決するための処方箋を書くのが僕の仕事。でも、今の僕にはそれすらできない>
<どんな処方箋を書こうとしてるの?>
<守秘義務だ。それはパートナーでも言えない>

サラの日記408(届いているのかどうか分からないメッセージを送ります。)

銀菓神暦2016年5月18日

研究室にも、製菓室にも、ルセット先生の姿がありません。
一人で鳥居を使った気配もありません。
――だったら……、地下?――

久しぶりに地下製菓室のドアに手を掛けました。
鍵は掛かっていませんでした。
中から声が聞こえます。ルセット先生と……ツグミさんの声。とっても仲の良さそうな……。
そのまま、屋上まで階段を駆け上がりました。
1年生の時の、地下製菓室でのルセット先生との思い出が、一気に頭の中を駆け抜けていきます。

何か個別指導が必要なことがあったのかもしれないってことは、頭では分かっています。
ツグミさんの本当のお目当てがルセット先生ではないことも、なんとなく分かっています。
でも……。

――私だけじゃないんだ……――
そう思ってしまって、制御できない気持ちが涙になって溢れてきます。

胸の奥で、誰かの声が聞こえます。
<……サラさん。……サラさん>
ケンジさんの声のような気がしました。けれど、声はそれっきり聞こえません。

<今はだめなの。ケンジさんには頼れない>
届いているのかどうか分からないメッセージを送ります。

サラの日記407(ルセット先生は、しょんぼり下を向かれました。)

銀菓神暦2016年5月17日

昨日ほどではないけれど、また、身体中に嫌な感覚が走りました。
<何かやってるの?>
ルセット先生にたずねてみます。
<ん、ううん。何も>
ルセット先生からは、何かをごまかしたような返事です。

マヤちゃんやルシアちゃんが居た時のことを考えて、それらしいテキストを手に取り、ルセット研究室に行きました。

ルセット研究室には誰も居ませんでした。
部屋を出ようとした時、奥の準備室から大きな音が聞こえました。

「痛たたた……」
鳥居の前で、ルセット先生が腰をさすっています。
「何してるの? 鳥居を使ったの?」
私はちょっと怒った顔でそう言いました。
「ごめん。じっとしていられないんだ……」
ルセット先生は、しょんぼり下を向かれました。

「絶対に全部回収するから。それまで我慢して」

サラの日記406(ツグミさんはちょっと嬉しそうにして頭を下げると、)

銀菓神暦2016年5月16日

身体中に嫌な感覚が走りました。と同時に、これはルセット先生だと思いました。
<ミシェル? どこ? 何かあった?>
<ごめん、サラ。植物館……>

ルセット先生は、しゃがみ込んだままの格好で倒れていらっしゃいましたが、意識はありました。
「……ごめん。5分の1じゃ、新入生以下だ……」
「無理に力を使ったのね?」
ルセット先生は、申し訳なさそうな表情でうなずかれました。
癒しのアロゼを掛けて、立ち上がれるようになったルセット先生に肩を貸して、研究室に向かいました。

途中でツグミさんに会いました。
「どうされたんですか? 私も手伝います」
ツグミさんがルセット先生に肩を貸そうとすると、ルセット先生はさりげなく よけられました。
曇った顔のツグミさんに、ルセット先生は穏やかに言われます。
「次の授業は実習ですよね。遅刻は原点されますよ。早く行きなさい」
ツグミさんはちょっと嬉しそうにして頭を下げると、1年生の棟の方へ走って行きました。

サラの日記405(それ以上の長居(ながい)は無用です。)

銀菓神暦2016年5月15日

研究室はお休み。
今週も、ルセット先生と天戸キャンパスに行きました。
天戸でも鳥居の使用が解禁されたそうなので、ここ数週間のうちにルセットの力を集め切ってしまわないと、事態はどんどんややこしくなりそうです。

先週と同じように、結晶化横笛でルセットの力を集めて、その笛を吹くことで、ルセット先生に力を戻しました。
その作業を4回ほど繰り返して、本来の力の5分の1ぐらいは戻せたのじゃないかと思います。
多分、1日の作業で集められる力はこのぐらい。
誰にも内緒の作業だから、それ以上の長居(ながい)は無用です。
誰かに見付かったら、それこそ一巻の終わりです。

サラの日記404(お鍋と一緒に行くから)

銀菓神暦2016年5月14日

<今日は誰も居ないんだ。こっちに来ない?>
ルセット先生からの交信がありました。
<んー、今、シロップの途中なの>
<こっちでやってもいいよ>
<何かあるの?>
<何もないよ。何もないんだけど、こっちに来ない?>
<ん……。じゃあ、ちょっと待ってて。お鍋と一緒に行くから>

鍋を持ってメランジェ製菓室を出ようとすると、ジャックさんが声を掛けてきました。
「どうしたの? 失敗?」
「ううん。お鍋と一緒にルセット研究室に行くの」
「ふうん……」
ジャックさんは不思議そうな顔で見送ってくれました。

なぜ呼ばれたのか、ルセット研究室に行ってみてすぐに分かりました。
ドアを開けた途端、「僕は不安で仕方ありません」って空気が、私の中にどっと流れ込んできたから。

サラの日記403(なんだか素直に呑み込めません。)

銀菓神暦2016年5月13日

構内の鳥居の使用が解禁されました。
解禁のきっかけは、先日、私とルセット先生が、無事に銀菓宝果の保管場所に行って帰って来られたことのようです。
ただし、少しでも異常を感じたら使用しないことという条件付きです。
この条件、今のルセット先生の様子を見ていると、
――異常を感じた時にはもう遅いのよ――
なんて思ってしまって、なんだか素直に呑み込めません。
しばらくは、陰陽五行の技で出す緊急用鳥居以外の鳥居は使わないつもりです。銀菓宝果の保管場所への移動以外は。
私の力では、まだ、銀菓宝果の保管場所に繋がる緊急用鳥居を出せません。あそこの空間は特別仕様なのです。

ルセット先生のように、銀菓神使の力を使えなくなってしまうことも怖いけど、
銀菓神使の力を使えなくなってしまうことで、ルセット先生を支えてあげられなくなるようなことがあっては嫌だから。

サラの日記402(気付かない方が良かったかもしれないことに気付いてしまった気分です。)

銀菓神暦2016年5月12日

1年生の棟の屋上に、ツグミさんの姿を見付けました。
真剣な様子で一点を見詰めています。
ツグミさんの視線の先には、談笑するエマルション先生とミナミ先生。
気付かない方が良かったかもしれないことに気付いてしまった気分です。
――でも、エマルションとセパレじゃ、お互いを打ち消し合ってしまう……――
なんとなく、ツグミさんに声を掛けたくなって、屋上に上がりました。

「ツグミさん。今日はよく晴れて気持ちがいいわね」
先輩面(せんぱいづら)して、そんなことを言ってみました。でも、本当はどきどきしていました。私ってこんな感じの人だったっけ……って。
ツグミさんは身体を少しびくっとさせて、こちらに振り向いてくれました。
「あ、サラさん……」
ツグミさんが動揺しているのは明らかでした。私はわざと、全く関係の無い話題を振りました。
「お昼、一緒に食べない?」
余裕ぶっているけど、私の頭の中は真っ白です。
ツグミさんは目をぱちぱちさせて返事に困っています。
私はどんどん話を進めます。
「ツグミさんはお弁当? 食堂?」
「食堂……です」
ツグミさんはどまどいながらも答えてくれました。
「じゃあ、行こう? 混まないうちに」
私はツグミさんの手を取って、食堂へ向かいました。
向かいながら、頭の中は真っ白でした。
――私って、こんな感じだったっけ。私ってこんな……――

サラの日記401(――なんか嫌だなぁ……。こんな気持ちになるの――)

銀菓神暦2016年5月11日

屋上に居ると、ツグミさんがルセット先生を追っかけまわしている様子がよく見えます。
でも、以前ほど焼き餅な感情はありません。
今のルセット先生には銀菓神使の力が使えない。パートナーである私が居ないと何もできない。そんな優越感からなのかもしれません。

――なんか嫌だなぁ……。こんな気持ちになるの――
だけど、もう一方の私がこうとも思っています。
――焼き餅を焼かなくなったのは、ツグミさんの、目には見えない陰の部分が見え始めたから――

ツグミさんがルセット先生に救いを求めているのなら、ルセット先生がそれを解決できるようにサポートするのが、パートナーである私の務め。

アロゼの休憩室40「Peanuts Orchestra シリーズ初の絵本執筆中!」

ゴールデンウィークも終わり、またいつもの生活が戻って来ました。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

楽しいこと工房関係の色んなところでお知らせしているのですが、
当方は、ただいま、Peanuts Orchestra シリーズ初の絵本、『篠笛のカリンさん~篠笛との出合い~』を執筆中です。
『銀菓神使アロゼ』とはガラッと雰囲気の違う、コロコロした可愛いピーナッツたちのお話です。

今回の『篠笛のカリンさん~篠笛との出合い~』では、
カリンさんの子供時代から現在までの笛人生をベースに、なぜカリンさん愛用の篠笛が一般的な篠笛ではないのかや、カリンさんがPeanuts Orchestra入団への切符をどのようにして手に入れたのかを描いています。
著者の実体験とフィクションをミキシングしたお話になっています。
(6月30日発行、A5判ソフトカバー、30頁、定価1,000円+消費税 の予定です。)

インターネット上で見ていただけるサンプルを製作予定です。
できあがり次第お知らせいたします。
興味・関心を持っていただけるようでしたら、ぜひ応援よろしくお願いいたします。

サラの日記400(その間、一度も銀菓宝果の様子を見に行っていないので気になっていました。)

銀菓神暦2016年5月10日

構内の鳥居が使用禁止になって随分経ちます。
その間、一度も銀菓宝果(ぎんがほうか)の様子を見に行っていないので気になっていました。
モンテ学長に相談してみたところ、ルセット先生が同伴されるのなら見に行ってもいいだろうとのお返事をいただきました。
いただいたのですが……。
モンテ学長は、現在ルセット先生が銀菓神使の力を使えなくなっていることをご存じありません。
ルセット先生の職位に関わることなので、それを打ち明けるわけにもいきません。
なので、形だけルセット先生に同伴していただきましたが、実質は一人です。
いえ、一人分の銀菓神使の力で、二人が、銀菓宝果の保管場所へ移動する鳥居をくぐらなければならないのです。

ルセット先生の中の私の意識体を優勢に切り替えました。
手を繋いで、一気に鳥居をくぐり抜けます。
銀菓宝果の木々は、黄金色に輝いていました。

「意識体をサラと半分ずつにしたことが、こんなことに役立つとは思ってもみなかった……」
ルセット先生が、くぐって来た鳥居を振り返りながら言われます。
「そうね。でも私、もうへとへとよ。鳥居をくぐっただけなのに。新入生の頃に戻った気分」
私はその場に座り込みました。
ルセット先生が、木成り(きなり)になっていた銀菓宝果を1つもいで手渡してくださいました。
「救護措置。おいしくないかもしれないけど」
「うん。ありがとう」
私は生の銀菓宝果を、「相変わらず酸っぱいなぁ」って思いながら ほおばりました。

サラの日記399(この間私が炊いた、シラヌヒ(不知火、デコポン)のジャムです。)

銀菓神暦2016年5月9日

タツキちゃんが、ジャムの瓶を覗き込んでいます。
この間私が炊いた、シラヌヒ(不知火、デコポン)のジャムです。

「何か変なの入ってた?」
私もタツキちゃんの横からジャムの瓶を覗いてみました。
――えっ? これ何? すごい!――

私の反応に気付いたタツキちゃんが、嬉しそうに言います。
「映せるようになったの」
ジャムの表面が鏡のように変化して、月で仕事をしているグラセさんの様子が映っています。
そのグラセさんも何かを覗いています。
――カップ? あ、そっかぁ……。タツキちゃんがジャムの表面を鏡にしているように、グラセさんはカップの中の飲み物を鏡のようにしているんだ……――

サラの日記398(できるんじゃないかと思う気持ちの方が大きかった。)

銀菓神暦2016年5月8日

研究室はお休みです。
陰陽五行の技で緊急用鳥居を出して、ルセット先生と一緒に天戸キャンパスに行きました。
今の私の力でどのぐらいのことができるのかを試すためです。

ルセットの力が漂っている鳥居の前で、結晶化横笛の技を使ってみました。
シロップの材料になる成分を集めるのと同時に、鳥居の中のルセットの力も集めようとしてみました。
失敗してアロゼの力を失ってしまう不安もあったけれど、できるんじゃないかと思う気持ちの方が大きかった。

試してみた結果、アロゼの力に影響はなさそうだということが分かりました。

わずかな量だったけれど、ルセットの力が取り込まれた結晶化横笛ができました。
ルセット先生の中に戻れという念を込めて笛を吹きました。
5、6分して、結晶化横笛が散っていったあと、ルセット先生がにっこりされました。
「成功だよ、サラ。かすかにだけど、戻って来る感覚があったよ」

サラの日記397(あんなにたくさん結晶化横笛を作ってどうするんだろう……)

銀菓神暦2016年5月7日

今日はツグミさんに会わない日でした。
周りを うろうろ されたら されたで うっとうしいのだけど、全く姿が見えないのも落ち着かない感じです。

ルセット先生の着装を、こっそり手伝うことには慣れました。
多分、誰にも ばれていません。
ルセット先生の研究室のマヤちゃんとルシアちゃんが、特定の役割と称号を持つ銀菓神使ではなく、銀菓神局付きの、何でも屋的な銀菓神使を目指していることは幸いでした。
私の力では、称号持ちの銀菓神使を指導できるほどのお手伝いをするのは、きっと難しいです。

ミエットの力を増幅させる練習を始めました。
結晶化横笛の持続時間を少しずつ伸ばすことから試しています。
不意に誰かに見られても、この練習方法なら、アロゼの力を使う練習と見分けが付かないだろうから、
時間を見付けてはどこででも繰り返しています。
仮に、こっそり見ている人が居たとしたら、「あんなにたくさん結晶化横笛を作ってどうするんだろう……」と思うかもしれません。

サラの日記396(――守ってあげたい。この、ちょっと面倒で手の掛かりそうな後輩を――)

銀菓神暦2016年5月6日

一人になりたいのに、ツグミさんは私の周りから離れようとしません。

「授業には出なくていいの?」
私は、――お願いだからどこかへ行って――という気持ちを込めて、ツグミさんにそう言いました。
「今日は授業無いんです」
ツグミさんは さらっと かわします。
「研究室は? 何先生?」
私は、少しきつめの口調でたずねました。
「エマルション先生の研究室です。セパレの称号を目指してます……」
ツグミさんは、しゅんとして上目づかいに私を見ましたが、私は笑いがこみ上げてきてしまいました。

「やっぱり変ですか?」
ツグミさんは上目づかいのまま、私を見詰めています。
「ううん。変じゃない。変じゃないけど、エマルション先生がセパレの指導を引き受けるなんて、ちょっと意外だったから」
「やっぱりそうですよね……」
ツグミさんは しゅんとしたままです。

そんなツグミさんを見ていたら、なんだか不思議な気持ちになってきました。
――守ってあげたい。この、ちょっと面倒で手の掛かりそうな後輩を――

自分たちのことでいっぱいだったはずの頭だけど、ぐいっと寄せると、彼女の分の隙間ができてしまいました。

サラの日記395(一瞬ほっとしてしまったのだけど、 いや、これはまずいのかも……。)

銀菓神暦2016年5月5日

中庭にツグミさんが居ました。
できることなら話し掛けられずに離れたい……と思いましたが、ツグミさんが駆け寄ってきました。

「サラさん、大丈夫ですか?」
ツグミさんの言葉に、この間のような勢いはありません。ちょっと拍子抜けしました。
「え? 大丈夫って……」
「ルセット先生とうまくいっていないみたいだったから……」
ツグミさんは心配そうな表情で、上目遣いに私を見ています。
「え? あ、……うん。大丈夫……。うん、大丈夫」

どうやらツグミさんは勘違いしているようです。
ルセット先生と私の仲がうまくいっていなくて、付き合いをやめようという話になっているのだと。
一瞬ほっとしてしまったのだけど、
いや、これはまずいのかも……。
ツグミさんのさっきのあの表情は……。
心配していると見せ掛けて、隙をうかがってる?

サラの日記394(「やめよう……」)

銀菓神暦2016年5月4日

城に帰れば色んな人の目があるから、ルセット先生と2人、放課後の地下製菓室で、ミエットの力を増幅させる方法を考えていました。

「やめよう……」
ルセット先生がぽつりと漏らされました。
「え?」
「サラに負担が掛かり過ぎる」
ルセット先生はゆっくり視線を合わされます。
「全然。全然負担になってないから」
私は慌てて首を横に何度も振りました。
「ジャックが言ってた。最近サラがおかしいって」

ドアに何かが当たる音がしました。
ルセット先生が様子を確かめに行かれます。
私もルセット先生に続きました。
ほんの一瞬でしたが、階段を駆け上がるツグミさんの後ろ姿が見えました。

「聞かれたかな……」
ルセット先生が力の無い言葉を発せられます。
「大丈夫よ。そうと分かるような言葉は出してなかったから」