アロゼの休憩室36「年度末になりました。」

年度末になりました。
今日、近所を少し外を歩いてみただけで、4、5件の引っ越し現場に遭遇しました。
明日から新しい1年が始まりますね。

私が場面緘黙児だった頃のこの時期といえば、
不安と心配と緊張が99%、ひょっとしたらという期待が1%というもので胸がいっぱいでした。
新しいクラスで、やっぱり何もしゃべれなかった夢や、
しゃべれたのはしゃべれたけれど、その場の雰囲気をぶち壊しにしてしまうようなことしか言えなかった……って夢を、
毎晩毎晩見ていました。
そんなふうに、春休みの間じゅう、最低最悪のことばかりを考えていて、
実際に新学期になって学校に行ってみると、
夢で体験したことよりは少しは まし な現実で、
ほっとして帰宅……というのが毎年の恒例でした。

サラちゃんの新学期は4月7日に始まります。
2年生になったサラちゃんも、引き続き応援よろしくお願いしま~す!

『サラの日記』は、春休み中も毎日22時更新です!

サラの日記360(「大丈夫ですよ。アウトサイド・パートナーとしての無償の協力です」)

銀菓神暦2016年3月31日

朝の仕事が終わって、少し休憩していたら、ケンジさんがいらっしゃいました。
早速、アロゼの力でシロップを結晶化させて、横笛を作りました。
ケンジさんはそれを手に取ると、時間を掛けて隅々まで観察されました。

「少し吹いてみていただけますか?」
ケンジさんは横笛を私の手に返してくださいました。
「吹くと、4、5分しかもたないんです。光の粒になって消えてしまうから」
「いいですよ。それも見せてください」

横笛が光の粒になって消えてしまうと、ケンジさんは何度か大きくうなずいて、こう言われました。
「受け取ってください」
「え? 何を?」
「シロップの横笛の完成に必要な力をお分けします」
「え? あの……」
私が返事に困っていると、ケンジさんはにっこりして、
「大丈夫ですよ。アウトサイド・パートナーとしての無償の協力です」
と言いながら、私の手のひらを自分の手のひらに合わされました。
それから、こう付け加えられました。
「この力は、サラさんが銀菓神使でいらっしゃる限り消えることはありません。万が一、僕がサラさんのアウトサイド・パートナーでいられなくなるようなことになったとしても。……さ、もう一度作ってみてください」

ケンジさんに促されるままに作った2つ目の横笛は、私が思い描いていたそのものでした。
ケンジさんは、その音色を聴きながら、少しふらつかれました。
奥のソファに案内すると、そのまま眠ってしまわれました。
私に力を分けてくださることは、かなりの負担だったようです。
ケンジさんに癒しのアロゼを掛けて、普段の仕事に戻りました。

お昼になって、ケンジさんの様子を見に行くと、既にケンジさんの姿はありませんでした。
お礼だけでも伝えたくて、ペンダントの鳥居を使って交信しました。
<今日はありがとうございました。身体、もう大丈夫なんですか?>
<すみません。だらしないところをお見せしてしまって……>
一瞬、時間が止まったかのような間があって、ケンジさんが続けられました。
<ルセット先生のお気持ちが、少しだけ理解できたような気がしました。自分の力の一部が、大切に思っている人の中にあると思うと、……強くなれます>

サラの日記359(指定の場所にシュークリームを持って行くと、)

銀菓神暦2016年3月30日

お昼過ぎ、店番をしていたら、予想外のお客様がいらっしゃいました。
「あっ! いらっしゃいませ。ケンジさん」
「こんにちは。シュークリームを12個いただけますか?」
「ごめんなさい。今日はこの4つでおしまいなんです」
「夕方までに作っていただくことは?」
母の方に視線をやると、母はにっこりうなずいてくれました。
「はい! お受け致します!」

指定の場所にシュークリームを持って行くと、
ケンジさんと従者と思われる方々が、桜の木の下でおしゃべりに花を咲かせていらっしゃいました。
ケンジさんはすぐに私に気が付いて、シュークリームを受け取りに来てくださいました。
「ありがとうございます。よろしければ、サラさんも一緒にいかがですか?」
「いえ、私、仕事中なので……」
「お仕事は何時までなんですか?」
「お店は19時までなんですけど、中は24時間営業なんです……」
「では、休憩ということにしては? 休憩ならいいですよね?」
ケンジさんが熱心に誘ってくださるので、少しだけご一緒することにしました。

ケンジさんは一通りの引き継ぎが終わって、今日と明日がお休みなのだそうです。
なんとなくの流れで、シロップをアロゼの力で結晶化させて横笛を作っているのだけど、いまひとつ納得できないんだって話をしたら、
「もしよろしければ協力させてください。結晶化はミエットの得意分野ですから」
って、明日工房に来て、見ていただけることになりました。

サラの日記358(ジャックさんはいつの間にそんなことに気が付いたんだろう)

銀菓神暦2016年3月29日

朝、今日はジャックさんも一緒に来てくれました。
作業中、ジャックさんと何度も目が合いました。
私のことを探ってるみたい。
でも、ルセット先生からは、そんな気配はこれっぽっちも感じられない。
パートナーがジャックさんだったなら随分楽だったろうな……なんて思ってしまいます。
ゾエさんやタツキちゃんって幸せなんだろうな……なんて思ってしまいます。

ジャックさんが何気ない様子で隣に来て、私の耳元でこんなことを言ってくれました。
「兄貴のは一種の職業病だからさ。サラちゃんはここでゆっくりしてれば大丈夫だよ」
ジャックさんはいつの間にそんなことに気が付いたんだろうって不思議でしたが、その一言で少し元気が出てきました。

朝の仕事が終わって、自分の部屋の窓を開けたら、シュウちゃんが配送分の果物を車の荷台に積んでいるところでした。
窓を開けた音に気付いたシュウちゃんが、こちらを見上げて手を振ってくれました。
声を掛ければ届きそうな距離だったけれど、私も手だけ振って見送りました。

商店街の並木桜は、もうすぐ満開を迎えます。

サラの日記357(普段よりも微笑み1.2倍増しで)

銀菓神暦2016年3月28日

ルセット先生はいつもの時間に仕事に来られました。
「何かいいことあった?」
ルセット先生の瞳が私の瞳を覗き込みます。
「ううん。何も……」
「そう?」
ルセット先生はそう言いながら、普段よりも微笑み1.2倍増しで仕事に取り掛かられました。

シュー生地が次々に焼き上がります。
花綵(はなづな)アグルムは今年もお花見の季節を迎えました。
この時期、何故か毎年シュークリームがよく売れるのです。
普段の3倍の量を用意しても、お昼過ぎには完売です。

そう言えばこの2日間、ルセット先生の意識体からの交信はありません。
前は毎日交信してきてくれたのに、ちょっぴり不安です。
近くに居過ぎると寂しいから実家で過ごしてみることにしたはずなのに、本当になんにも構ってもらえなくなるのは不安です。
もしかして、私が居ないのをいいことに、カリンさんに会いに行ってばかりしているんじゃないかなんて、悪いことばかり想像してしまいます。

――それならそれでいいや。ルセット先生と一緒に居ることで背負ってきた色んなものをぜーんぶ手放して、ただこの菓子工房の娘として、ごく平凡にここを継いでいけばいいんだもん。きっと、今よりずっと楽になるんだもん――

強気でいるはずなのに、勝手に涙が出てきます。

サラの日記356(シロップをアロゼの力で結晶化させて作る横笛です。)

銀菓神暦2016年3月27日

「おはよう。ゆっくりできた?」
ルセット先生はいつものように穏やかです。
ルセット先生の言葉にうなずいたあとは、特に話すことも思い浮かばなくて、ただ黙々と仕事をこなしました。

朝の仕事が終わったあと、工房の道具を借りて、開発中の「あれ」を作ってみました。
シロップをアロゼの力で結晶化させて作る横笛です。
まだもう少し、べた付き感がすっきりしないのだけど、どんな音が出るのかを早く試したくて、自分の部屋でそーっと吹いてみました。
4、5分吹くと、さーっと結晶が崩れて、光の粒になって消えていきました。

夕方、母に呼ばれてお店に下りてみると、シュウちゃんが居ました。
「サラちゃん帰ってたんだね。元気にしてた?」
「うん。どうしたの?」
「昼間、サラちゃんの部屋から笛の音が聞こえたからさぁ、帰ってるのかなって」
「あ、聞こえてた? ごめんなさい。小さい音のつもりだったのに……」
「きれいな音だったよ。気持ちが うきうきしてきて、吹いてる人を確かめたくなるような。……で、来てしまったんだけど、……いや、その、そんなつもりじゃなくて……。いや、そんなつもりって言うのは、そんなのじゃなくて、あの……」
シュウちゃんは、私の知ってる いつものシュウちゃんではありませんでした。こんなに高揚した感じのシュウちゃんを見るのは初めてです。
でも、瞬間的に分かりました。これはあの笛の効果です。聞いた人々の気持ちが うきうきするような、生きる力が湧いてくるような、そんな力を持った音を放つ笛になって欲しいと、思いを込めて作った笛の効果です。
「ありがとうシュウちゃん! もっと研究してみる!」
私は工房に直行しました。

あれ? シュウちゃん、あのあとどうしたかな……。

サラの日記355(そんな強がりを思ってみたりしています。)

銀菓神暦2016年3月26日

実家の工房で、いつも通りに早朝の仕事を終えたあと、
ルセット先生は城に帰って行かれましたが、私はそのまま残ることにしました。

久しぶりの自分の部屋。
少し埃(ほこり)っぽくなっていた空気を入れ替えて、ほっと一息ついていると、母が入ってきました。
「何かあった?」
「ううん。なんにも」
「そう? 泣いてたんじゃない?」
母は私の顔を両手で包み込むと、私の目を覗き込みました。
「もう。泣いてないから」
私は母の手をすり抜けました。

朝別れたっきり、ルセット先生からの交信はありません。
――まあいいか。明日の朝、また会えるし……――
そんな強がりを思ってみたりしています。

サラの日記354(1年生の修了式。)

銀菓神暦2016年3月25日

1年生の修了式。
銀菓神局の方たちがいらして、仮称号の取得確認と、2年生への進級の意思確認が行われました。

それから……。
ルセット先生に話してみました。
「あのね。春休みの間、実家に帰ろうかと思うんだけど……」
「うん。行っておいで」
ルセット先生はいつものように穏やかに微笑んでくださいました。

でも……。
以上。終了。
それ以上の話になる様子はないし、心配している様子もありません。
もっと色々聞いて欲しかったし、もっと驚いたり心配したりして欲しかったのに……。

離れようがないほど近くに居るのに、
ルセット先生は私のことをなんにも分かってくれていない。
寂しくて寂しくて、壊れてしまいそう。

サラの日記353(でも、こんな話、どうやって切り出そう……。)

銀菓神暦2016年3月24日

明日は1年生の修了式。
ルセット先生を驚かそうと思って、明日までに完成させようと張り切っていた開発だけど、
ルセット先生の頭の中はカリンさんのことばっかりだから、やる気が無くなっちゃいました。

カリンさんと私の違いってなんだろう……。
どうしてルセット先生はカリンさんのことばかり気に掛けるんだろう。

明日の修了式が終わったら、しばらく実家で過ごさせてもらおうかな……。
近くに居れば居るほど寂しいから。

「しばらく」のつもりが「ずっと」になっちゃうことってあるのかな……。
もしも そうなったら後悔する?

ううん。「ずっと」には なりっこない。
だって、私の中にはルセット先生の意識体の半分が、ルセット先生の中には私の意識体の半分が入っているんだから。
しばらく離れてみても大丈夫。多分……。

でも、こんな話、どうやって切り出そう……。

ルセット先生は、少し丸くなったカリンさんの音色を、満足そうな表情で感じ取っていらっしゃいます。

サラの日記352(ルセット先生は、カリンさんの涙には気付いても、私の涙には気付いてくれない。)

銀菓神暦2016年3月23日

ルセット先生に言われるままに、西瀬忍を預けました。
ルセット先生は、西瀬忍に何かを付けて磨いていらっしゃいます。
すーっとするような、お香のような、落ち着いた香りが広がります。

「これは何?」
興味津々の私に、ルセット先生はちょっぴりもったいぶりながら答えてくださいます。
「油だよ。オールスパイスの実が漬けてある。良い波動を出すためのおまじない」
「えーっ? 私、いい波動が出せてないってことぉ?」
ちょっとふざけて聞いてみました。
「そうじゃないよ。カリンに……」
ルセット先生の声が小さくなりました。
「カリンさんが、何?」
「……ごめん。カリンに使わせてみる前の実験なんだ……」
ルセット先生は私から視線をはずして、申し訳なさそうにされました。
それから、
「吹いてみて」
と、西瀬忍を私に返されました。

オイルを付ける前と付けた後でどんな違いがあるのか、試してみたい気持ちが半分。
でも、そのオイルがカリンさんのためのものだっていう焼き餅な気持ちが半分。
だけど……、仕方ないか。ルセット先生の頼みなら。
そんなことを思いながら西瀬忍を吹いてみました。

ルセット先生は目を閉じて、西瀬忍から放たれる波動を感じ取っていらっしゃいます。
しばらくすると、大きくうなずいて、
「カリンのところへ行ってくる」
と、研究室の奥の準備室へ入って行かれました。

ルセット先生がみんなに優しいのは知ってる。
特に花綵アグルムの国民には。
でも、カリンさんのことは、花綵アグルムの国民だからって域を越えてるよね?
私の胸の中で、不安と焼き餅が、どんどん大きく膨らみます。

――ルセット先生の ばか! 今になって心配するぐらいなら、カリンさんに、無理矢理にでも、銀菓神使の称号を取らせておけば良かったのよ! 無理矢理にでも、誰かとパートナーを組ませておけば良かったのよ! 特別枠に居るんじゃ、ライバルにもなれない……――

鳥居の中に消えて行ったルセット先生からの交信。
<さっき何か言った?>
<……ううん>

ルセット先生は、カリンさんの涙には気付いても、私の涙には気付いてくれない。

サラの日記351(1度切りのものに、そんなに手間を掛ける?)

銀菓神暦2016年3月22日

どうしたら べた付きを解決できるのか……。
この結晶の特性として、べた付きそのものを抑えることが難しいのなら、
上から何かを掛ける?
パウダーのようなものを。
でも、1度切りのものに、そんなに手間を掛ける?

うん!

1度切りのものだから、
その1度に全てを掛けられるように、
できる限りの手間を掛ける。

私がお菓子の道を歩きたいと思ったのは、
食べてしまえば一瞬で消えてしまう、その瞬間のために最善を尽くす、儚さ(はかなさ)と美しさに魅かれたから。

じゃあ、この結晶に1番相性のいいパウダーを見付けなきゃ。

アロゼの休憩室35「食べることに関する緘動の体験談」

私が場面緘黙の真っ只中にいた、小・中学生の頃、
給食が苦手でした。

食べ物の好き嫌いとかの苦手ではなくて、家族以外の人たちと一緒に食事をするという行為そのものが苦手でした。
手の動きがぎこちなくなって、スプーンやフォークを上手く口に運べないのです。
家では普通に使えているのに。
緘動(かんどう)です。

仕方がないので、食器を口元まで持ち上げて、スプーンやフォークから口元までの距離をできるだけ短くすることでごまかしていました。
瓶入りの牛乳も苦手でした。
片手では震えてしまって持ち上げられないんです。
両手で握りしめるようにして飲んでいました。
両手でも震えてしまうことはよくあって、机に肘を付いて固定してごまかしていました。
行儀悪く見えてしまうであろうことが気にはなっていましたが、そうするしか仕方ありませんでした。

だけど、ごまかしていても、小・中学生の頃って、そういうことに敏感&遠慮なく発言しちゃう子が、どのクラスにも1人2人は必ずいて、
私の食べ方がおかしいって話がクラス中に広まることは常でした。
給食時間になると面白半分で覗きに来る子もいました。
もちろん、そういう子たちには、先生が注意はしてくださるのだけど……。

高校生になっても、短大生の頃も、大学生になってからも、
場面緘黙の症状は少しずつ薄れながらも、
やっぱり、家族以外の人と食事をすることは苦手でした。
フォークなら刺してしまえばごまかせますが、
家族以外の人の前で箸やスプーンを使うのは苦手でした。
まあ、高校からはお弁当でしたので、お弁当箱を口元まで持ち上げて食べることで、なんとかごまかせていました。

困るのは、家族以外の人との外食でした。
口元まで手が上がらなかったり、
それを振り切って、思い切って普通に食べようとすると、手が震えて、食器から口までの距離の間に全部こぼれてしまったり、
こぼさないようにゆっくり動かすと、周りの人たちに比べて、食べ進め方が異常に遅くなってしまいます。

数人のグループで会食という時は、あまり食べられないふうを装ってごまかせるのですが、
1対1で食事するとなると、そうもいきません。
相手のペースに合わせれば、私は めちゃめちゃ食べ残しの多い人だと思われるでしょう。
相手が私のペースに合わせてくれる人だったら、私は めちゃめちゃ食べるのが遅い人だと思われるでしょう。
だから、そういう機会がある度に悩みました。
悩んで、それでも、どう思われても、やっぱり一緒に過ごしたいと思う人からのお誘いだけを受けていました。

社会に出て、仕事をして、少しずつ度胸もついてくると、
食事に関する緘動のごまかし方も上手になっていきました。
すると今度は、お嬢さまぶってるとか、かわい子ぶってるとかって思われてしまうことが増えました。
お嬢さまぶってとか、かわい子ぶってそういう格好をしているのではなくて、両手でしっかり支えてでないと食べられなかったから、仕方なくそういう格好になってしまっていただけなのだけど……。
でも、変な子だと思われたままでいるよりは、そういう個性なんだと思われる方がずっといいと思ったし、ずっと楽でした。

主婦になった今では、家族以外の人たちと会食なんて機会は ほぼゼロになり、
今の自分の状態がどうなっているのか、自分でもよく分かりません。
付き合い始めの頃には緘動の症状が出てしまっていた主人の前でも、今は普通に食事することができるので、
いつの間にか治っているのかもしれません。

さ、ここ数回、どうでもいいような内容の『アロゼの休憩室』をお送りしてしまっていたので、
今回は、少しは それらしいことを書かなきゃ……と思って頑張りました。
私には専門的な知識は無く、こうして少しずつ体験談を書くことぐらいしかできませんが、
そうすることで、同じようなことで悩んでいらっしゃる方々が前に進むための、何かの参考になればと思っています。

また、人生の中で一番楽しい時間のひとつであるはずの、10代、20代という時代を、
苦しかったり寂しかったりという思いばかりで過ごしてしまうことがないように、
場面緘黙や緘動の症状が見られる園児や小・中学生のみなさんや、その保護者の方々には、
できるだけ早期に専門医や専門機関などからの支援を受けられることをおすすめします。
当時、場面緘黙についての正しい情報が多くなかったために、
必要だったであろう時に必要な支援を受けることなく、
長い年数を苦しんで過ごしてしまった、失敗経験者の私の願いです。

非営利民間団体の
かんもくネット(http://kanmoku.org/)さんが、場面緘黙についての分かり易いサイトを公開していらっしゃいます。

サラの日記350(なんのべた付きなのかはまだ内緒。)

銀菓神暦2016年3月21日

色んなことを考えてしまって、昨夜はよく眠れませんでした。

タツキちゃんがグラセさんに向き合おうとしていること、
ジャックさんがゾエさんを大切にしていること、
カリンさんがルセット先生への気持ちを昇華しようと努めていること、
ケンジさんが、私たちに丁度良い距離を見付けようとしてくださっていること。

みんな、誰かのために頑張っているということ。

私は頑張れているのかな?
私に関わる人たちに、どんな風に見えているのかな?

今開発中のもの。
まだもう少しべた付きが気になっています。
なんのべた付きなのかはまだ内緒。

サラの日記349(船の姿が見えなくなっても手を振り続けていらっしゃいました。)

銀菓神暦2016年3月20日

ルセット先生に連れられて、港に行ってきました。
来年度から地球外に派遣が決まった方の見送りです。
鳥居を使ってしまえば一瞬で移動できるのだけど、
大学院を修了したばかりの新人を送り出す時には、儀式的な意味合いもあって、この港が使われます。

水面に、光の鳥居がゆっくりと浮かび上がり、
その下を、新人を乗せた船がくぐります。
ご家族らしき方たちがいらして、船の姿が見えなくなっても手を振り続けていらっしゃいました。

案内係として、グラセさんも同乗していらっしゃいました。
手を振るタツキちゃんの目に涙が浮かんでいます。
タツキちゃんは私が見ているのに気が付いて、こんなことを言いました。
「会おうと思えばすぐ会えるんだけどね、やっぱり遠いなぁって思うこともあるの。何かあっても、波動の異変では気付けない遠さって言うか……」

サラの日記348(構内が、がらーんとしています。)

銀菓神暦2016年3月19日

構内が、がらーんとしています。
特に、2年生の棟からは人の気配が全く無くなりました。
でも、2年生の担当だった先生方は、なんだか忙しそうに動き回っていらっしゃいます。
新1年生を迎える準備が始まったようです。

4月からは、私たちの居る棟の方が2年生の棟になります。

――私、去年の2年生の人たちみたいになれてるのかな?――

新しい1年の気配を感じながら、メランジェ研究室にこもっていました。

実は今、メランジェ先生にもルセット先生にも内緒で開発中のものがあります。
春休みまでのあと1週間でなんとか形にして、春休みには試用したいのだけど、間に合うかな……。

ケンジさんが居なくなったら寂しくなるのかなって心配でしたが、
次に会う時までにはもっと強くなっていたいなとか、もっと色んな力を使えるようになっていたいなとか、
やりたいことが次々に浮かんできて、寂しく思っている暇はなさそうです。

サラの日記347(銀菓神局附属大学 花綵(はなづな)キャンパス 大学院の修了式でした。)

銀菓神暦2016年3月18日

銀菓神局附属大学 花綵(はなづな)キャンパス 大学院の修了式でした。
講堂の上手(かみて)に、銀菓宝果(ぎんがほうか)の木が輝いています。

銀菓宝果に関することは銀菓神使アロゼの仕事なのですが、
私はまだ仮称号なので、
昨日、モンテ学長とルセット先生の監督の下(もと)、運び込みました。
で、修了式が終わって、講堂に誰も居なくなるまで、銀菓宝果の警備係。
というわけで、昨日の晩から講堂に泊まり込みでした。

銀菓宝果って、入学式の時にもあったっけ……。
全然覚えていません。

銀菓宝果を片付けたあと、ケンジさんを捜そうと思っていたら、
モンテ先生が、おそらくみんなで集まっているだろうからと、研究室に呼んでくださいました。

それっぽい言葉を交わし合ってはいるけれど、いつもと何も変わらない。
ただ研究生ではなくなるだけ。
そんな雰囲気でした。

ケンジさんが にっこりしながら言われます。
「じゃあまた。仕事に慣れた頃に、ひょっこり連絡します」
「はい。『ひょっこり』なんですね。楽しみにお待ちしています」

サラの日記346(戸惑いと…… 小さな安心感。)

銀菓神暦2016年3月17日

カリンさんの、涙の波動がぷっつりと途絶えました。
これはいいことなのか、それとも……。
気にはなるけれど、私の立場でこれ以上カリンさんに関わることは、更にカリンさんを苦しめることになってしまう。

西瀬忍を抱きしめて、カリンさんを感じることを試みてみました。

戸惑いと……
小さな安心感。

そんなものが伝わってきます。

ルセット先生かな……。
ん? 違う……。
ルセット先生は何もしていない。
じゃあ、……誰?

これはいいことなの?

サラの日記345(気付いてしまいました。 あれは、私にではなくて、ルセット先生に言ったのだと。)

銀菓神暦2016年3月16日

ルセット先生に叱られました。
まだ自分の気持ちを昇華できずに、独りで必死に闘っているカリンさんに、なぜ会いに行ったのかと叱られました。
でも、放っておけなかった。
西瀬忍を通したカリンさんの波動に触れると、もう一人の自分を見ているような感覚になってしまうんです。
2本の西瀬忍が姉妹笛だからなのかもしれません。

大丈夫だと言ってくれたのに、今日も泣いたままのカリンさんの波動を感じながら、私は気付いてしまいました。
あれは、私にではなくて、ルセット先生に言ったのだと。
自分には ここがあるから大丈夫だとか、まだ邪の波動に慣れていないだけなのだとか、
私にではなく、ルセット先生に……。
そして、本当は大丈夫じゃないから、大丈夫だと自分に言い聞かせていた。

気付いてしまってから、心が引き裂かれるように苦しい。

サラの日記344(私には手の施しようがないほど、高過ぎる密度で、)

銀菓神暦2016年3月15日

暖かくて良いお天気でした。
午前中は1人で1年生の棟の屋上に上がって、ゆっくり西瀬忍を吹いて過ごしました。
研究室を怠けていたわけではありません。
西瀬忍をよく知って、吹きこなせるようになることも、
銀菓神使アロゼの候補者としての大事な仕事です。

だけど、過ごし易いお天気とは裏腹に、寂しい波動が伝わってくるのです。
カリンさんです。
間違いありません。
西瀬忍の波動を送って、カリンさんの反応を待ちました。
……ただ泣いているだけの波動が返ってきます。

前に1度、ルセット先生が、カリンさんの居る島が見える場所に連れて行ってくださったことがあるのを思い出しました。
カリンさんのことが無性に気になって、その記憶を頼りに、移動用の鳥居をくぐりました。
カリンさんの波動をたどって行くと、思ったより簡単にカリンさんのもとへたどり着けました。

「あ……」
竹やぶの中で笛を吹いていたカリンさんが、驚いた顔をして私を見ています。
頬が涙で少し濡れています。
「なんだかいつもと違ったから……」
そう言う私に、カリンさんは、はっとした顔をして、そのあとすぐに にっこりして、こう言われました。
「大丈夫。私にはここがあるから」
その言葉からは、
寂しさと愛情が、私には手の施しようがないほど、高過ぎる密度で、カリンさんの中に存在していることが感じられました。
カリンさんは もう1度、優しく言葉を発してくださいました。
「大丈夫よ。まだ、邪の波動の扱いに慣れていないだけなの。すぐに こんなことは無くなるから」

サラの日記343(シロップの鍋をかき回しながらです。)

銀菓神暦2016年3月14日

メランジェ研究室に行ったら、メランジェ先生が背中で微笑んでくださっていました。
タツキちゃんも、ほっとした表情です。
もちろんジャックさんも元通り。

小さな鳥居を通して、ケンジさんに報告しました。
またジャックさんに色々言われると面倒なので、シロップの鍋をかき回しながらです。
<ジャックさんとは仲直りできたみたいです>
<そうですか。安心しました。……あの>
<はい>
<いえ、なんでもないです。……こういう交信って、やりづらいですね。思ったことが全部サラさんに伝わってしまう>
<伝えてください。なんでも。もう、ちゃんとしたアウトサイド・パートナーですから>
<はい、分かりました。……では……、こういう交信は苦手なので、また会ってください。直接お話しする方が楽です。あ、あの、……ルセット先生やジャックさんたちと一緒で構いませんから>
<大丈夫ですよ、私1人でも。でも、そうですね。私もその方がお話ししやすいです。……ジャックさんに変に詮索されなくて済みますから>
私がそう伝え終わると、ケンジさんの笑い声が伝わってきました。

そうしているうちに、シロップの泡が大きくなってきました。
<あの、そろそろ終わります。シロップが煮立ってきちゃって……>
<了解です。……実は、サラさんの今の状況、なんとなく分かるんですよ>
ケンジさんは笑っていらっしゃいました。
<私も……、私も分かるんですよ。研修、怠けないでくださいね>
<はいっ! ……じゃあまた>
ケンジさんが慌てて研修に戻られる様子を感じました。

サラの日記342(ただなんでもない おしゃべりをしに。)

銀菓神暦2016年3月13日

研究室はお休みです。
と言っても、後期の成績発表が終わった時点で、ほぼ春休み状態なのだけど……。

ルセット先生と一緒に、ジャックさんの部屋を訪ねました。
ただなんでもない おしゃべりをしに。

ジャックさんは、気まずそうにしながらも部屋に入れてくれました。

お茶を飲んで、なんでもない おしゃべりをしている間に、いつもの調子のジャックさんが戻って来てくれました。
得意気に、早春のベランダハーブ園を案内してくれました。
ジャックさんのお気に入りはワイルドストロベリーだそうです。
白い小さな花がたくさん咲いていて、ところどころに可愛らしい実が付いているのが見えます。
もっとたくさんの実が熟したら、お菓子に加工して、ごちそうしてくれるそうです。
あと、「美白パックにもおいで」って誘ってくれました。
それから、マリーさんが飲むお茶の選定もジャックさんがやっているそうです。
マリーさんにも、生まれて来る赤ちゃんにも優しいお茶だそうです。
ジャックさんのやってることって、薬屋さんみたいで面白い。

サラの日記341(「ジャックさんとは仲良くしてくださいね。僕を悪者にしてくださっても構いませんから」)

銀菓神暦2016年3月12日

やっぱりジャックさんと一緒に居るのは息が詰まりそうなので、
メランジェ研究室には行かずに、モンテ研究室に行ってみました。
ケンジさんの姿が無かったので、ほかに行こうとしましたが、
モンテ先生がお茶を入れてくださったので、そのままモンテ先生とお話ししていました。

「サラさんのおかげで、ケンジを安心して送り出すことができますよ」
「え、はい……」
「彼は誰にも頼ろうとしない割に繊細なのでね、誰か正式に組める相手が居れば、そういった面の支えになるのではと思っていたのですよ」
「……」
「いいんですよ。相手が居るというだけで」
「はい……」

そうしているうちに、誰かがモンテ研究室に入って来られました。

「あ、サラさん」
ケンジさんが嬉しそうに笑ってくださいます。
モンテ先生がカップをもう1つ用意して、ケンジさんのお茶も入れてくださいました。

「今日はモンテ先生に?」
「いえ。……ジャックさんと一緒には居づらくって」
ケンジさんだけに聞こえるぐらいの小声で答えました。
モンテ先生は席を立って、準備室の方へ入っていかれました。
そのあと、ほかの研究生の方が入って来られるまで、ケンジさんと2人でお話ししていました。

ケンジさんが最後に言われました。
「ジャックさんとは仲良くしてくださいね。僕を悪者にしてくださっても構いませんから」

アロゼの休憩室34「きらきら」

サラの日記338(間違えようがないぐらいに きらきらしてる)』では、少しスピリチュアルな話を書いてみました。

というわけで、今回はちょっぴりスピリチュアルなお話です。

私、霊感とかそういうのは多分全くないのですが、「きらきら」を感じる人に会ったことはあるんです。
もうウン十年前のことです。
無数の流れ星が その人の身体からにじみ出て来て、流れるようにすっと消えて行く……そんな感じでした。
時間にすると、ほんの一瞬。
見えるのではなくて、感じたんです。
初めてその人に会った時、その人の3次元的なものではなく、その不思議な感覚が気になって、
「あれ? 今の誰?」って、そこで初めてその人の3次元(姿)を見たんです。普通の人でした。
その後、その人からは、それまで閉め切っていた、私の中の扉という扉が開くような影響を受けました。
「これしかない」と思い込んで しがみついていたものを、簡単に手放すことができたほどの影響力でした。
でも、場面緘黙症を引きずっていたそのころの私には、素直に扉を全開にすることができませんでした。

その「きらきら」は、とっても居心地が良かったんです。
どっぷり浸かっていました。
離れるのには、その時もそうでしたが、今思い返しても、これまでの人生の中で一番エネルギーを使いました。
あれを乗り越えられたんだから、多少のことは大丈夫……ってぐらい。
でも、気が付くと、いつも代わりの「きらきら」を探していました。
代わりの「きらきら」は見付かりませんでしたが、「それを全部包み込んであげるよ」みたいな、ふんわりした気に出合いました。
「きらきら」によく似た感覚ではあるけれど、「きらきら」よりも とーっても柔らかくて穏やかな、ふんわりした気でした。
その時も、人の姿よりも先に、「それを全部包み込んであげるよ」を感じたんです。
その気の持ち主の姿を知ったのは、気に出合ってから約ひと月後のことで、
代わりの「きらきら」を探し始めてからは十ウン年後のことでした。
それからウン年経って、今度は小さくて丸っこい、太陽の光のようなものを持った人と出会いました。
この時もやはり、人としての姿ではなくて、「小さくて丸っこい、太陽の光のようなもの」の方と先に出合いました。
小さいけれど元気のある光に、半ば強引に照らされるような感覚でしたが、寂しくなくなりました。

実は昨年、「きらきら」に再会しました。
その人の姿が目に入るよりも先に「きらきら」を感じました。
3次元としての姿は歳を重ねていても、「きらきら」は初めて出合った時と同じでした。
無数の流れ星が その人の身体からにじみ出て来て、流れるようにすっと消えて行くような感じ。
まさに、「間違えようがないぐらいに きらきらして」いました。
声を掛けようと思えば掛けられたのかもしれませんが、敢えて掛けませんでした。
再会の瞬間、今慌てて声を掛けなくても、必要な時には また必ず会える(合える)と確信したからです。
今回の再会は、私にそう確信させるためのものだと感じたからです。
だって、本当に、間違えようがないぐらいに きらきらしているんですから。
大切にしています。
いつ再会しても恥ずかしくないような生き方をしていようと頑張れる、
離れていても、同じ時代に生きている、と頑張れる、
私の大切なエネルギーです。

サラの日記340(「やめてくださいよ。息ができなくて苦しいです」)

銀菓神暦2016年3月11日

昨日のあれから、ジャックさんと口をきいていません。
それに、気まずくて、メランジェ研究室にも行けません。
もちろん、数日前に送り出してもらったばかりのルセット研究室に駆け込むわけにもいきません。
ルセット先生の意識体には伝わっているはずなのに、昨日のことについては何も言われません。
自分の出る幕ではないと判断されているのでしょう。
仕方が無いので図書館に行きました。

両手いっぱいに本を抱えたケンジさんが、返却カウンターに並んでいらっしゃいました。
ケンジさんから見える位置に立って会釈すると、気付いたケンジさんも会釈を返してくださいました。

返却を終えたケンジさんに声を掛けました。
「紙の本、お好きなんですか?」
「職業病のようなものですよ。紙の本には、その本を手に取った人の波動のかけらが残ってることがあるのでね、それを見付けるのが楽しいんです」
「来週ですね。修了式」
「はい。でも、もう研修に入っていますし、修了式の翌日からも仕事ですから、あんまり実感ないんですよ。……だけど……、なんだか安心しているんです」
ケンジさんは雑誌コーナーのソファに腰かけ、私にも座るよう促してくださいました。

「もしも仕事で何かあっても、ここにもう1年サラさんがいらっしゃると思うと、帰って来られる場所がある……とでも言うか、なんだか安心なんです」
「じゃあ、あと5年ぐらい居ましょうか。留年しまくって……」
ケンジさんの顔を覗き込みながらそう言うと、ケンジさんはお腹を抱えて笑い出されました。図書館なので、声は必死に抑えて……。

ケンジさんに腕をつかまれて、図書館の外に出ました。
ケンジさんは思いっ切り大きな声で げらげら笑っていらっしゃいます。
「サラさんって、王太子妃って感じしないですね」
「はい。ご予約はいただいておりますが、まだ庶民ですから」
ケンジさんが面白がってくださるのが楽しくて、わざと真顔でそう言ってみました。
「やめてくださいよ。息ができなくて苦しいです」
ケンジさんは、こみ上げ続ける笑いと格闘されていらっしゃいました。

サラの日記339(「なんだか……、あの……、面接みたいですね」)

銀菓神暦2016年3月10日

胸の小さな鳥居を通して、ケンジさんの声が伝わってきます。
<今日はどちらにいらっしゃいますか?>
<今日は夕方までメランジェ研究室に居ます>
<伺っても構いませんか?>
<あ、はい。どうぞ……>
<では後ほど>

隣りに居たジャックさんは、私とケンジさんとの交信に気付いたようです。
「あいつ?」
ジャックさんはとっても嫌そうな顔でたずねます。
私がうなずくと、ジャックさんは「ちっ」と舌打ちをしました。
「なんの用だったの?」
「今日、ここに来るって……」

お昼過ぎ、ケンジさんがメランジェ研究室を訪ねて来られました。
ジャックさんはケンジさんの真正面に座って、足を組んで、腕を組んで、ぶすっとして、ケンジさんをにらみつけています。
そんなジャックさんの態度に、メランジェ先生は、呆れて笑ってしまわれています。
私はジャックさんの隣りに座りました。

「なんだか……、あの……、面接みたいですね」
困った様子のケンジさん。
「用があるんなら さっさと言えよ」
ジャックさんは いつもよりも低い声です。
「いえ、あの……、研究室の荷物を片付けに来たついでに、お顔を拝見できればと思っただけですよ」
ケンジさんは ふんわり答えます。
「じゃ、顔見れたんだから用事は済んだんだろ? さっさと帰れよ。サラちゃんにはちゃんとしたパートナーがいるんだからな。気安く近付くんじゃねえよ」
「やだ、ジャックさん、そんな言い方。ケンジさんだって、私のちゃんとしたアウトサイド・パートナーなんだから」
私がそう言うと、ジャックさんは くるっと私の方に向きを変えました。
「アウトサイドってなんなんだよ。ちゃんとしてないからアウトサイドなんだろ? サラちゃんも、よくそんなのと組めるよね」

――ジャックさんはこの件の上辺だけしか知らないくせに!――
なんだか いらいらしてきました。
机を両手でバンとたたいて立ち上がって、ケンジさんの腕をつかんで部屋を出ました。
タツキちゃんが追いかけて来てくれようとしているのを、ジャックさんが止めているのが分かりました。

「サラさんは お幸せですね。あんなに心配してくださる方がいらして」
そう言ってくださるケンジさんの中に、誰にも言えない寂しさの空間があるのを感じました。
小さな幸せのかけらを1粒1粒大切に集めて、必死に、その空間を埋めようとしているのを感じました。

サラの日記338(間違えようがないぐらいに きらきらしてる)

銀菓神暦2016年3月9日

最近、少しずつキッチンの模様替えをしています。
マリーさんのお腹が、以前は不自由なく通れていた通路に引っかかってしまうことが増えてきたからです。
それと、マリーさんは大丈夫と言ってはくださっていますが、やっぱり立ちっぱなしでは辛そうに見える時があるので、自分の部屋に戻らなくても、その場でちょっと休める場所も、少しずつ作っています。

それから……、
ちょっと想像してしまいます。
ルセット先生と私には、どんな子が生まれて来てくれるのかな……って。
やっぱり、「永遠(とわ)の記憶の呪縛」が絡んだ子が生まれて来るのかな……。

メランジェ研究室に引っ越して2日目。
前から感じてはいたんだけど、確信したことがあります。
いつもは感じないんだけど、ルセット先生としばらく離れていると、次に会った時に、ルセット先生の周りに、きらきらってしたものを感じるんです。
何かの目印のように きらきらしてる。
見えるのとは違う、感じる きらきら。
それと同時に、私の中の何かが ざわざわします。

きらきらのこと、ルセット先生には話さないつもりでした。
たった2日で大げさだって言われちゃいそうだから。
でも、私の中のルセット先生の意識体を通じて、ルセット先生に伝わってしまっていました。

<サラにも付いてるよ。魂の約束を交わした者同士にしか分からない目印。間違えようがないぐらいに きらきらしてる>
<魂の約束?>
<うん。『永遠の記憶の呪縛』なんかよりもずっと強い>
<どうして今まで教えてくれなかったの?>
<サラに気付いてもらえる自信が無かった。……僕がちゃんと見付けたから、サラには気付いてもらえなくてもいいと思ってた>

ルセット先生は私の手を取ると、恥ずかしそうにしながら、指を1本ずつ絡めてこられました。
10本の指がすべて繋がると、今度は意識体を絡めてこられました。

2人の意識体から、同時に溢れ出る想い。
<もしもこの先、離れ離れになるようなことがあっても、今の、この人生こそは全う(まっとう)しよう。何があっても、絶対に、途中でやめることはしない。それこそが、私たちの魂の使命。そして願い>

サラの日記337(ルセット研究室を遠くに感じる。)

銀菓神暦2016年3月8日

メランジェ研究室に引っ越して初めての日。
これまでもメランジェ研究室に出入りしていたわけだけど、たった数メートルのことなのだけど、構内の景色全てが、これまでとは違って見えます。
――ジャックさんとタツキちゃんには、メランジェ研究室がこう見えていたんだ……――

それと、……ルセット研究室を遠くに感じる。
でも平気。
私の中にある意識体の半分はミシェル、ルセット先生なんだから。
どこに居ても、一番近くに。誰にも引き離せない場所に。

ルセット先生の公私の境界線は、鋼鉄の壁のよう。
でも、その内側は、ふわっふわに柔らかい。

知ってる。
仕事が早く終わったからと、いつもより早くメランジェ研究室に迎えに来てくれたけど、
本当は、無理矢理仕事を切り上げて迎えに来てくれたこと。

ルセット先生は、少しずつ、上手に私を離してくれる。
私のことを、本当にずっと昔から知ってくれている人なんだなって思う。
私たちには、1000年前からの記憶しかない。
でも、もっとずっと前から一緒だったんじゃないかと思ったりもする。
ルセット先生に掛けられている「永遠(とわ)の記憶の呪縛」は、負の記憶に強く作用するのかもしれない。
だって、「魔法」ではなくて「呪縛」だしね……。
私たちには、幸せに生きた歴史もあるのかもしれないけれど、悲しい別れの記憶しか残っていない。
大切に生きたい。
この人生では、悲しい別れ方をしなくて済むように。

どうしてこんなことばかり考えちゃうんだろう。
たった数メートル先の研究室に引っ越しただけなのに。

サラの日記336(公私の境界線が鋼鉄の壁のようなルセット先生)

銀菓神暦2016年3月7日

4月からの私の所属が、メランジェ研究室になることが正式に決まりました。
これまでは、ルセット研究室の所属でメランジェ研究室に出向って感じの中途半端な扱いだったのが、ちゃんとメランジェ研究室生として扱ってもらえるようになるってことです。
でもそれは、大学院構内では、もう、今までのようには気安くルセット先生に甘えることができなくなるということ。
公私の境界線が鋼鉄の壁のようなルセット先生なら、なおさら。
ちょっぴり心細いけど……。
ん、でも大丈夫。私はもう、去年の私じゃない。

早速、ルセット研究室に置いてある私物の整理を始めていたら、マヤちゃんが、
「4月からなんでしょ? まだ そんなに急がなくてもいいんじゃない?」
って、私の作業の手を止めようとしてきました。
「うん……。でも、勢いでやっちゃわないと、いつすればいいのか分からないもん」
私がそう言うと、今度はルシアちゃんが、
「じゃあ、ずっと置いとけばいいよ。私たち、全然邪魔にならないし。急にサラちゃんの全部が居なくなったら寂しい……」
と言い出しました。

ちょっと嬉しかった。
マヤちゃんとルシアちゃんには、私の存在なんて、あっても無くても関係ないんじゃないかと思ってた。
なのに、引き留めようとしてくれたり、寂しいって言ってくれたり……。
数メートル先の部屋に移るだけなのに。

結局、今日の荷物整理はあまり進まないまま、
マヤちゃんとルシアちゃんが、送別のお茶会を開いてくれました。

「ねえ。荷物は やっぱりメランジェ先生のところに持って行こうと思うんだけど、このカップだけ置いといていいかなぁ……。時々お茶飲みに来るから」
マヤちゃんとルシアちゃんは、にっこりしながら、何度も何度も小刻みに、頭を縦に振ってくれました。

そんな私たちの様子を、ルセット先生は窓際の机で書き物をしながら、背中越しに聞いていらっしゃいました。

サラの日記335(「探り? 誰が? 何を?」)

銀菓神暦2016年3月6日

ルセット先生が誰かと交信しているようです。
相手は私じゃないのは確かだから、……カリンさん?

交信を終えたルセット先生は、私と目を合わせると、こう言われました。
「カリンのところに探りが入ったらしいよ」
「探り? 誰が? 何を?」
「おそらくケンジだ。従者と思われる何人かが僕の身辺を探ってるらしい」
「どうするの?」
昨日、ジャックさんがケンジさんを疑うようなことばかり言っていたから、悪いことばかりを想像してしまって、少しそわそわしました。
でも、ルセット先生はいつものように落ち着いていらっしゃいました。
「どうもしないよ。陰であっても、ケンジはプラクミーヌの王子なんだ。当たり前のことだよ」
「カリンさんは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。カリンは、ああ見えて肝が据わってる」
ルセット先生は にっこりされました。
「そうね」
私も にっこり返しました。

「ねえ。カリンさんから返事はもらえた?」
「ん? アウトサイド・パートナーの?」
「うん」
「まだだよ。多分……、返事をもらえるまでに、あと1年は掛かるかな……」
「どうして?」
「んー。なんとなく。なんとなく そんな気がするんだ。……カリンはそういう人なんだよ」
カリンさんのことを思い浮かべてでもいるかのような表情のルセット先生に、ちょっぴり焼き餅を焼きました。
そんな私を見て、ちょっと嬉しそうにしているルセット先生を見て、もうちょっと焼き餅を焼きました。

サラの日記334(淡いブラウンの瞳が、何かをたずねたそうにしています。)

銀菓神暦2016年3月5日

ケンジさんとアウトサイド・パートナーを組んだこと、ジャックさんに話しました。
銀菓神使ミエットの力に不信感を抱いて(いだいて)いるジャックさんは、表面では「おめでとう」と言ってくれているけれど、不服でいっぱいの様子です。

「あんな奴と組ませるなんてさ、サラちゃんに何かあったら兄貴のせいだからな!」
ジャックさんはルセット先生に突っかかっています。
「大丈夫だよ。何かあるのなら、サラにじゃなくて僕にだよ」
ルセット先生は余裕のある表情でジャックさんをなだめます。
「……ちぇっ。……でも、ミエットでプラクミーヌだぜ? なんか引っ掛かるんだよなぁ……」
ジャックさんはまだ ぶつぶつ言っています。
「その片割れのゾエを信頼してパートナーを組んでるんだろ? ジャックは」
ルセット先生は、ため息交じりに言われます。
「ゾエちゃんは あいつとは違うよ。俺を助けてくれた恩人」
ジャックさんの勢いが失速しています。
「ケンジも同じだよ。サラや僕を助けてくれた。たまたまルセットの力とミエットの力が合わない同士だったってだけだ」
ルセット先生がそう言われると、ジャックさんは、
「そんなきれいごとばかり言っちゃってさ、サラちゃんを取られても知んねぇからな!」
と、ルセット先生をにらみつけました。

ルセット先生の視線が私の方にやって来ました。
淡いブラウンの瞳が、何かをたずねたそうにしています。

<こんなに真っ直ぐ過ぎる人、心配で心配で、放っておけない>
<ありがとう。サラ>

「なに内緒話してんだよ……」
ジャックさんは面白くなさそうです。

サラの日記333(火は消したはずの鍋がぐつぐつと泡立って、丸い飴玉のようなものがたくさんできあがりました。)

銀菓神暦2016年3月4日

メランジェ製菓室でシロップを炊いていました。
なんの想いも入れずに、なーんにも考えずに作ったら、どんなのができあがるんだろうと思って、無のままで炊いていました。
当たり前のように、ただ甘いだけのシロップができあがりました。
――材料、無駄にしちゃったかな……――
そう思いながら、シロップの入った鍋をぼんやり見詰めていました。

火は消したはずの鍋がぐつぐつと泡立って、丸い飴玉のようなものがたくさんできあがりました。
どうしちゃったんだろうと鍋の周りをあれこれ見回していると、後ろで笑い声が聞こえました。
振り返ると、ルセット先生とケンジさんの姿がありました。

ケンジさんが言われました。
「先程ルセット先生にはお返事させていただいたのですが、やはりセカンド・パートナーのお話はお受けできません」
「そう……ですか……」
「ですが、アウトサイド・パートナーでということなら受けさせていただこうかと……。あれから色々考えたのですが、結局、公(おおやけ)には相談しませんでした。ゾエと、信頼できる、ごく近い従者にしか話していません」
「いいんですか?」
私がきょとんとしていると、ケンジさんは微笑みながら うなずいてくださいました。
「それと、意識体は繋げないでおきましょう。ミエットの力がルセット先生に及ぼす影響が心配なんです。交信が必要な時には そこから……」
ケンジさんは鳥居のペンダントを指差されました。
今日のケンジさんからは、とっても事務的なものがただよっていました。
でも、なんとなく分かりました。それが、プラクミーヌの陰の王子という立場でありながら、私たちの力になってくれようとしている、ケンジさんの優しさなのだと。

あ、鍋の中身は やっぱり飴でした。
ケンジさんお得意の、リサイクル製菓です。
塔のように積み上げて、アウトサイド・パートナーを組むことになった記念のお菓子にしました。