サラの日記329(後悔と不安でいっぱいです。)

銀菓神暦2016年2月29日

昨日は貸し切りで使えたメランジェ製菓室。
今日はジャックさんとタツキちゃんが あれこれ広げて忙しそうにしていたので、私は遠慮してみました。
で、構内をうろうろしてみたけど、ここという場所も見付からなくて、結局メランジェ製菓室に戻ってきました。
研究ノートをまとめながら、ジャックさんとタツキちゃんの様子をぼんやり眺めていました。
ジャックさんとタツキちゃんの様子を眺めていたら、
やっぱり、
ケンジさんが研究生であるうちに、ジャックさんとタツキちゃんみたいに正式にセカンド・パートナーを組んで、2人で何かをしたいって思いました。

メランジェ製菓室を飛び出して、
モンテ先生の研究室や、ケンジさんが食堂の裏からもらってきた材料を使って料理をしてくださった製菓室、2年生の棟の屋上を捜してみましたが、ケンジさんは居ませんでした。
ケンジさんだけではなく、2年生の姿を見掛けません。
修了認定も修了後の進路もほぼ決まった今、2年生は修了式の日まで研究室には来ないのかもしれません。

昨日までは、今すぐ急がなくても、いつかその時が来れば……と思っていたのに、
今日は、このまま2度と会えないような気がして、後悔と不安でいっぱいです。

唯一の心の支えは、ケンジさんがくださった、小さな鳥居のペンダントです。
この小さな鳥居の向こうに、ケンジさんの、銀菓神使ミエットの力を感じます。

――会えなくても繋がってる。会えなくても繋がってる……――
心の中で、何度も自分に言い聞かせました。
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サラの日記328(遠慮なしに確認されてしまう。)

銀菓神暦2016年2月28日

メランジェ製菓室に こもっていました。
アロゼの力を活かせる処方箋を研究中です。
できるだけ たくさん作りたいと思っています。
でも、あと1年もしないうちに仕上げなきゃならないのに、なかなかうまくいきません。
失敗作ばっかり。
私、大丈夫かな……。

今日の私には、なぜかやる気がみなぎっていて、
城に帰ってからも、今日失敗した処方箋の手直しをノートにまとめていました。
ルセット先生が私の髪に顔をうずめて、
「今日は甘ーい 甘ーい匂いがするね。頑張ったんだね」
って、冗談めかして言われました。

そう。
ほかの先生の目はごまかせても、
ルセット先生の目は(……鼻は?)、ごまかせない。
遠慮なしに確認されてしまう。

あー。やだやだ。
研究室なんか さっさと修了して、
早くルセット先生と同じ場所に立ちたい。
先生と教え子って立場なんか さっさと卒業して、
早く ただのパートナーになりたい。

サラの日記327(「サラさんには暖かいんですね」)

銀菓神暦2016年2月27日

モンテ先生の研究室を訪ねました。
鍵は開いているのに、部屋の中には誰も居なくて、準備室も覗いてみたけれど、やっぱり誰も居ませんでした。
どうしても聞いておきたいことがあったので、そのまま待っていることにしました。

この間来た時にも思いました。
モンテ先生の研究室は、暖房がついているわけでもないのに、ぽかぽかして暖かい。
眠くて……。

「おやおや、こんなところで居眠りしていたら風邪をひきますよ」
モンテ先生の声が聞こえて、飛び起きました。
「ごめんなさい。暖かくて、うとうとしてしまって……」
私がそう言うと、モンテ先生は変な顔をされました。そして、寒そうな手つきで暖房のスイッチを入れられました。
それから、独り言のように こう言われました。
「サラさんには暖かいんですね」

「あの……。伺いたいことがあるんです」
「なんでしょう」
「ケンジさん、ここを修了したあとはどうされるんですか? 配属先とか、決まっていらっしゃるんですか?」
「銀菓神局の本部に内定していますよ」

少し安心しました。
このまま ちゃんとした話もできずに離れてしまっても、
銀菓神局の本部に勤めているのなら、その気になれば いつでも会える。

モンテ先生は、そう思った私のことを悟られたかのように、
「そうですね。今ここで急がなくても、これからの方がずっと長い」
と、つぶやかれました。

サラの日記326(昨日の夢の もやもやが、ゆっくり癒されていきます。)

銀菓神暦2016年2月26日

植物館で雑草コーナーの手入れをしていました。
ほとんどの雑草は枯れて、緑の色を失っています。
でも、枯れ草の色も、緑とは違った趣(おもむき)があって好きだな……。

鳥居のペンダントを通して、ケンジさんの笛の音が伝わってきました。
荒削りで素朴な、安心できる音です。
昨日の夢の もやもやが、ゆっくり癒されていきます。
セカンド・パートナーを組むことは拒むのに、どうして?

パートナーでもセカンド・パートナーでもないケンジさんとは、意識体でのやり取りはできないし、様子を感じ取ることもできない。
なのに、まるで私のことが見えているかのように、今、ケンジさんの笛の音が伝わってくるのはなぜ?
私の、こぼれた力が見えたように、乱れた波動も見えるの?

人の気配を感じで顔を上げると、ルセット先生でした。
「大丈夫?」
「……うん」
「朝より顔色がいいね」
「……ケンジさんがね、ミエットの力を送ってくれてる」
「そっか……」

サラの日記325(弓の使い手は、光の銀菓神の従者。)

銀菓神暦2016年2月25日

夢を見ました。
闇の銀菓神を狙って、1本の矢が放たれます。
『永遠(とわ)の記憶の呪縛』が掛けられた矢です。
弓の使い手は、光の銀菓神の従者。
私が、一番信頼を寄せていた従者(じゅうしゃ)。
銀菓神使……ミエット。

ミエット!?

驚いて目が覚めました。
でも、夢の中のミエットが着装していた銀菓神使スーツは、ケンジさんのものではありませんでした。

私が見たのは、約500年前に起こった本当のことなのでしょうか。
それとも、ルセット先生やジャックさんの言葉をもとに、私が勝手に作り出してしまった ただの夢なのでしょうか。

ふと見ると、隣りで眠っていたはずのルセット先生も目を覚まされていました。
「……ごめん、サラ。このところ、昔の夢は見なくなってたから油断してた。変なものを見せてしまったね……」
「……違うのよね? あれ、ケンジさんじゃないのよね?」
「……違うよ。ケンジじゃない。違うよ……。ケンジは関係ない。何代も何代も昔のことなんだ。ケンジは関係ない」
ルセット先生は、自分にも言い聞かせているような様子でそう言いながら、私をぎゅっと抱きしめてくださいました。

――ケンジさん。あの時、私と組めないと言われたのは、この歴史を知っているからですか?――

サラの日記324(「ねぇ、サラちゃん……。それ、兄貴から?」)

銀菓神暦2016年2月24日

メランジェ研究室で、ジャックさんと一緒にお昼を食べていました。
ジャックさんが、私の胸元、多分、鳥居のペンダントを見たまま話し掛けてきました。
「ねぇ、サラちゃん……。それ、兄貴から?」
「この鳥居の? 小さくてかわいいでしょ。手作りなのよっ」
「兄貴じゃないよねぇ……。前にさ、サラちゃんが具合悪くなった時に感じた、副作用のようなものと おんなじ感じがする……」
ジャックさんの口調は ぼんやりとしていました。
「銀菓神使ミエット……なの。私には……合わない?」
私が こわごわジャックさんの顔を覗き込むと、ジャックさんは何かを考えているような口調で尋ねてきました。
「サラちゃんの……セカンド・パートナー?」
「ううん。でも、力になってもらっている人。ミシェルにも話してる」
「そっか……。兄貴が知ってるんなら大丈夫なのかな……」
ジャックさんは首をかしげました。
「大丈夫じゃないことが、何かあるの?」
私は心配になって、さっきまでよりもジャックさんに近付きました。
「分からないけど……。んっ! 解毒は俺の専門だから。何かあったら力になるよ。もれなくルヴィーブル付きで」
ジャックさんは、いつものように ちゃらちゃらした感じで、鼻をこすりながら笑ってくれました。

サラの日記323(「んー……。ちょっと違う。でも、一緒に居るのは嫌じゃない」)

銀菓神暦2016年2月23日

久しぶりにメランジェ研究室でゆっくり過ごしました。
ジャックさんとタツキちゃん、それから、グラセさんが遊びに来られていたので、ルセット先生もメランジェ研究室に来られました。
グラセさんは、銀菓神局からの辞令で、もう1年、月での勤務が決まったそうです。

そう言えば、私の知らない間に、グラセさんとタツキちゃんが仲良くなっていました。
まあ、パートナーなんだから仲が良くて当たり前なんだけど、
以前は形式だけって雰囲気だったのが、今は、気持ちの面もちゃんと繋がっているように見えました。
最近タツキちゃんの姿を見掛けないなと思ったら、時間を見付けてはグラセさんのところに行っていたそうです。

「月、怖くないの?」
「うん。行く時はちょっと怖いけどね。行ってしまえばグラセさんが居るから平気」
タツキちゃんはちょっぴり恥ずかしそうにグラセさんの方に目をやりながら、にっこりしました。
グラセさんはそんなタツキちゃんに笑い返されました。

タツキちゃんは、周りのみんなには聞こえないように、私の耳元で教えてくれました。
「まだ、好きかどうかは分からないの。でも、帰る時が寂しい。ずっと一緒に居られたら寂しくないのにって思うの」
「それって、……好き……とは違うの?」
「んー……。ちょっと違う。でも、一緒に居るのは嫌じゃない」

サラの日記322(ルセット先生は、言いたいことは分かるだろうとでも言うかのように、私の顔を きょろっとした目で見つめられました。)

銀菓神暦2016年2月22日

早朝の、実家の工房での手伝いから戻って来ると、
「あんまり休んでばっかりもいられないからね」
と、ルセット先生は研究室に出掛ける支度をされていました。
心配なので、今日はずっとルセット先生の研究室に一緒に居ました。
訪ねて来る人はいなくて、静かな1日でした。

なんとなく、雰囲気で打ち明けました。
「あのね。ノート、見ちゃったの。何が書かれているのかは全然分からなかったんだけど……」
ルセット先生は、いつものように静かに微笑みながら言われました。
「知ってる。サラが触ったと教えてくれた。あと、どこまで知ったのかも」
「えっ? 誰か見ていた人が居たの?」
驚いている私を見て、ルセット先生の口元がさっきまでよりも大きく緩みました。
「誰にも……んー、人には見られてないよ」
「どういうこと? ちゃんと教えて!」
「んー……。あれは闇の銀菓神の力で書いたノートなんだ。今の僕はもう闇の銀菓神ではないから、正しくは闇の銀菓神だった時の力の欠片(かけら)で書いた……ってことになるのかな。誰かが触ると僕に分かるようになってる」
「でも、あんなに不用心に置いておいていいの?」
「あれは闇の銀菓神の力のある者にしか読めないんだよ。そうでない人が見ても、ただの真っ白なノート。もし何かが書いてあると見える人が居たとしても、……解読は無理だろうな。まだ教えていない」
ルセット先生は、言いたいことは分かるだろうとでも言うかのように、私の顔を きょろっとした目で見つめられました。
そんなルセット先生を見ながら、あのノートを読めるようになりたいような、なりたくないような、複雑で不安な気持ちになっていたら、
「大丈夫だよ。サラはまだ知らなくていい。教えるつもりもない。サラの中の僕の意識体のせいで、何かが書かれているのが見えてしまっただけだよ」
と、ルセット先生はもう一度にっこりされました。
でも、『教えるつもりもない』と言われると、ちょっぴりがっかりです。
中途半端ですっきりしません。

サラの日記321(「あそこはいずれ、ジャックとゾエのものになるよ」)

銀菓神暦2016年2月21日

研究室はお休みです。

ルセット先生が、城の中でなら歩けるようになったので、2人でゆっくりお散歩しました。
でも、行き先はジャックさんのところのハーブ園と屋上。
だから、いつもとあまり変わらない。
だけど今日は、いつもと変わらないことをルセット先生と2人でできるっていうことが幸せでした。

ジャックさんが淹れてくれたハーブティーを持って、屋上でゆっくりいただきました。
いつだったか実家の菓子工房に移動用鳥居を建ててくださった方たちが、王子が屋上でお茶をするらしいという噂を聞きつけて、「この時季に屋上でお茶会はお寒いでしょう」と、屋上に簡易小屋を建ててくださいました。

ケンジさんと一緒に2年生の棟の屋上で作業をしていた時、
枯れ葉をクッション代わりにしたり、銀菓神使スーツを着装して寒さをしのいでいたのを思い出しました。
――小屋を建てちゃえば良かったんだ――
って思ったり、
――いやいや、学校の屋上に勝手に小屋は建てられないな……――
なんて思ったりしました。

ルセット先生は いつもの調子で、新しくできた簡易小屋でのお茶に彼らを誘われましたが、簡易小屋は2、3人用の広さしか無くて、彼らは、「殿下、窮屈過ぎて小屋が壊れてしまいますよ」と笑いながら引き上げて行かれました。
多分、私たちを気遣ってくださったのだと思います。

できあがった簡易小屋は、今はプラクミーヌの領地になっている、ルセット先生の別宅に似た雰囲気がありました。
そう思ったのがルセット先生に伝わったみたいで、ルセット先生は、
「あそこも彼らが建ててくれたんだ」
と遠い目をされました。
「帰りたい?」
私がたずねると、ルセット先生は、
「あそこはいずれ、ジャックとゾエのものになるよ」
と遠い目のまま返されました。
でも、その目は寂しそうな目ではありませんでした。
温かくて余裕のある、何かを見守っているかのような目でした。

アロゼの休憩室32「リミッターをはずしました」

楽しいこと工房」という屋号を設けて活動しています。
以前は「宇宙製菓学研究室」という屋号で活動していたのですが、
宇宙とか製菓とかっていうことに縛られて、その枠からはみださないようなことばかりを考えていました。
結果、何も動けなくなってしまいました。

リミッターをはずすために、屋号を「楽しいこと工房」と改めました。
「楽しいこと工房」では、様々な手法を使って物語を描くことによって、楽しいことを作っていこうということで活動しています。

現在、活動の中心となっているのは、『銀菓神使アロゼ』と『Peanuts Orchestra』の執筆です。
『銀菓神使アロゼ』の方は、この記事を読んでくださっている方ならご存じの通り、ブログ小説として毎日連載を継続中です。
『Peanuts Orchestra』の方は、篠笛担当のカリンさんの物語を執筆中で、年内に手作り絵本として発表できることを目標にしています。このカリンさんの物語では、私自身が経験してきた笛人生を描いています。自分で言うのもなんですが、「事実は小説より奇なり」という言葉があるように、「へぇ~。そんなことってあるんだぁ」とか「えーっ! どうなっちゃうの?」とかって感じで、結構面白いものができそうです。

『Peanuts Orchestra』の企画は、もしも屋号が「宇宙製菓学研究室」のままだったなら、生まれて来なかったかもしれない案です。
うまく表現できないのですが、今日のこの記事では、自分が「ここまで」とか「この範囲」とか決めてしまうと、決めた境界線以下のことしかできなくなってしまうことを感じたということを書きたいと思いました。

もしも、私が作る「楽しいこと」を、「楽しい」とか「楽しみ」だと感じていただける方がいらっしゃいましたら、これからも応援よろしくお願いいたします。

サラの日記320(それはきっと、その日が今日ではなかったからです。)

銀菓神暦2016年2月20日

もう気持ちは固まっています。
もしも もう1度機会があるのなら、ケンジさんとセカンド・パートナーを組みます。
でも、その機会を無理に作ろうとは思っていません。
今日は会えなかったけど、それはきっと、その日が今日ではなかったからです。

会えなかったけれど、ケンジさんがくださった小さな鳥居のペンダントを通して、ミエットとアロゼの力はいつでも繋がることができます。
もし、またケンジさんが私とセカンド・パートナーを組むことを拒まれても、私たちはもう、この鳥居のペンダントで繋がっています。
だから、セカンド・パートナーを組む組まないは大した問題ではありません。
ケンジさんに助けて欲しい時は、助けて欲しいと伝えるだけのことです。

こんな風に気持ちを楽に構えられるようになったのは、ルセット先生のおかげです。
だから、鳥居のペンダントを、服に隠れない位の長さに手直ししました。
もう、変に隠す必要はありません。
セカンド・パートナーがどうだとかということに関係なく、
ケンジさんは私が頼りにしている仲間です。

サラの日記319(「じゃあ、話をしよう」)

銀菓神暦2016年2月19日

眠れないまま夜が明けました。
でも、起き上がる気力は無くて、そのまま横になっていました。
「今日は出掛けないの?」
ルセット先生が私の髪を撫でながら声を掛けてくださいました。
「うん……」
「じゃあ、話をしよう」
ルセット先生は、私の中に、カリンさんの闇の部分が暴走して実体化してしまった怪物と闘っていた様子を流してこられました。
そして、こんなことを聞かれました。
「カリンの笛の波動に何かが足りないと思ったことは?」
「……透明で、邪の気配がなくて・……、あ……」
「うん。カリンが無意識に自分の中から追い出してしまっていた闇の部分は、浄化してカリンの中に戻した。これからのカリンの波動は強くなる。透明なだけでは出せなかった力が出せるようになる……はずだよ、理屈では。カリンが、闇や邪を持った自分を受け入れられるようになれば、僕たちのアウトサイド・パートナーになることも受け入れてくれるはずだ」
「ねぇ……」
「ん?」
「ミシェルが、そこまでしてまでカリンさんをアウトサイド・パートナーにしたいのはなぜ? カリンさんが想ってくれているから? それとも、カリンさんには私たちの得になる力があるから?」
「……両方だよ。放っておけないんだ。だけど、近付き過ぎるのは違うと感じる。……サラは、カリンがアウトサイド・パートナーになるのは嫌か?」
「ううん。嫌じゃない。カリンさんなら居て欲しい。妬いてる(やいてる)わけじゃないの。ただ、パートナー以外の人を受け入れる時の気持ちってどんな感じなんだろうって思って……」
「何かあった?」
ルセット先生は私の方に寝返りを打たれました。
私は小さくうなずいて、初めてケンジさんに声を掛けられた日から昨日までのことを、ルセット先生の意識体に流しました。
ルセット先生は目を閉じて、しばらく何かを考えていらっしゃるような様子でしたが、
「正直なところ、ミエットを受け入れるのには抵抗がある。おそらく、ミエットもルセットを受け入れることに抵抗があるはずだ。でも、ケンジはいい奴だ。サラが望むのなら、反対はしない。モンテ先生のおっしゃる通り、ミエットとアロゼの相性はいい。それに、僕に万が一のことがあった時、サラを守る手立てを作っておくことも僕の責任だ。だから、サラとケンジがよく話し合って決めればいい。それと……。気付かなかった。何度も倒れまでして……。ありがとう」
と微笑んでくださいました。

独りだと、色々悩んで自分の気持ちもよく分からなくなっていくのに、
ルセット先生と話していると、そんなことは とても小さなことだと思えてくる。
『永遠(とわ)の記憶の呪縛』によって、約500年前の、闇の銀菓神だった頃の記憶を持っているルセット先生が今も持ち続けている闇の力は、人を陥れる(おとしいれる)ためのものじゃない。人の闇を救うためのもの。
闇の銀菓神と一対の、光の銀菓神だったという私の中に、もしも光の力が残っているのだとしたら、
私は その力で何ができるだろう……。

サラの日記318(「……彼女とは組めません」)

銀菓神暦2016年2月18日

モンテ先生の研究室を訪ねました。
ルセット先生が身体を起こせるようになったことを報告しました。
そのどさくさに紛れて、セカンド・パートナーの話をお断りするつもりだったのですが……。
「今、丁度居るのでね……」
と、モンテ先生が、研究室の奥にある準備室のドアを半分ほどだけ開けて首だけ中に入れて、準備室に居た誰かを呼び出されました。
出て来た人を見て、一瞬、身体中の筋肉が硬直しました。
出て来た人はケンジさんでした。
ケンジさんも、私と目が合ったまま固まっていらっしゃいました。
モンテ先生は私たちの様子を不思議そうに見ていらっしゃいました。
ケンジさんは私と目を合わせて固まったまま、
「……彼女とは組めません」
と小さな声で言われました。
その場に居るのが苦しくなって、研究室を走って出ました。

もしもセカンド・パートナーを組まなければならないのなら、相手はケンジさんがいいと思っていました。
モンテ先生が選んでくださっていたのは、偶然にもケンジさんでした。
でも、ケンジさんは私とは組めないと言われました。
色んなことが一度に複雑に絡み付いてきて、自分の気持ちがどうなのかも分からなくなっています。

研究室を走って出た足のまま城に帰って、
ルセット先生がうとうとされていたベッドの隣りに潜り込んで、小さく丸まって震えていました。
ルセット先生の手がゆっくり伸びてきて、背中をとんとん と優しくたたき続けてくださいました。

サラの日記317(早まった保険は要らない。)

銀菓神暦2016年2月17日

ルセット先生が目を覚まされました。ベッドの上でなら身体を起こすことができるようになりました。
今日、ルセット先生が目を覚まされるまでは、
目を覚まされたらすぐに昨日のモンテ先生からのお話を相談しようと思っていました。
でも今は、立ち上がれるようになられたら……なんて思ってしまっています。
思ってしまっていたら、ルセット先生の方が先に話を始められました。
「何か……あるよね? サラの意識体にずっとロックが掛かってるのが気にかかってた。聞いてやる余裕が無かった……」
「……ううん。大丈夫。なんでもない」
そう答えてしまいました。
癒しのアロゼを掛け続けていたことやケンジさんとのことは もういいとして、
モンテ先生からのお話のことを話す良い機会だったのに、言い出せませんでした。
ルセット先生は、私の表情から何かを感じ取ってくださったようです。
「じゃあ、サラの準備ができたら話してね」
そう言ってくださいました。

今日のルセット先生を見ていて思いました。
やっぱり、私にセカンド・パートナーは必要ありません。
例え その相手がケンジさんだったとしても。
ルセット先生が何かとの闘いのことばかりだったから、寂しかっただけなのかもしれない。
ルセット先生に万が一のことがあっても、その時のことは その時考えればいい。
ルセット先生が無謀で危なっかしい人だってことは、パートナーになる前から知ってた。
知ってて、そういうのもひっくるめて好きになって、パートナーになった。
早まった保険は要らない。
明日、モンテ先生に断りを言いに行くつもりです。

サラの日記316(「どちらの迷いですか? 組む方? 組まない方?」)

銀菓神暦2016年2月16日

モンテ学長の研究室を訪ねました。
ルセット先生の現在の状態を話して、今期の試験結果も教えていただきました。
取り敢えず、全科目合格点が取れていました。
マヤちゃんとルシアちゃんへはモンテ先生から連絡していただけるとのことだったので、お願いしてきました。
用件は一通り済んだので、研究室を出ようとすると、モンテ先生に呼び止められました。
「サラさん?」
「はい」
「すでにご存じだとは思いますが、ルセット先生は研究生だった頃から単独で無謀なことをやってしまうようなところがある人でね……」
「はい……」
「まあ、今回は命があったので良かったのですが……。こんなことを言うと、んー、あれなんですが、セカンド・パートナーを組んでおく気はありませんか?」
「……え?」
「万が一の時の保険です。ルセット先生を信用していないわけではないのですが、少々無謀が過ぎる。私の研究室に いいのが居るんですがね。会うだけ会ってみませんか? アロゼとは相性がいいはずです。丁度そろそろここに来る時間なんですよ」
「あの……、あの……、急なお話で……、そういうのは私の考えだけで今すぐ決められません。ルセット先生に相談してからにさせてください」
「どちらの迷いですか? 組む方? 組まない方?」
「……どちらでもないんです。あの……、いえ、それもルセット先生に相談してからにさせてください」
そう言いながら、私の頭の中にはケンジさんのことが浮かんでいました。
もしも誰かとセカンド・パートナーを組むことになるのなら、
相手は……モンテ先生が薦めてくださる人ではなくて、ケンジさんがいい。
そろそろ研究室に来るという誰かに会ってしまわないように、早足でその場をあとにしました。

中庭の辺りまで歩いたところで、向こうから見覚えのある人影が近付いてくるのが見えました。
「こんにちは、サラさん。……会ってしまいますね」
ケンジさんが鼻をくしゃっとしながら にっこりされました。
「そう……ですね」
私も にっこり返しました。
私もケンジさんも、それ以上の話をすることなく、それぞれの方向へ歩いて行きました。

サラの日記315(昨日みたいに拒まないでね)

銀菓神暦2016年2月15日

銀菓神使ミエットの力無しでは、ルセット先生に癒しのアロゼを掛け続けることはできません。
ジャックさんに応援を求めました。
ジャックさんは、ゾエさんの、銀菓神使ルヴィーブルの力でなら、なんとかなるかもしれないと、ゾエさんを連れて来てくれました。
すばらくすると、ルセット先生からのメッセージが流れてきました。
<この力は、ゾエ? か?>
<そうよ。ゾエさんが助けてくださってる。昨日みたいに拒まないでね>
<……ゾエに、すまないと伝えてくれ>
<伝えない。ミシェルが自分で言うのよ。ちゃんと元気になって>
<……そうだね。……サラは大丈夫か? 昨日のサラは変だった>
<大丈夫よ。ミシェルの傷が深過ぎて、私の手には負えなかっただけ>
<そうか……>
<……ねえ>
<ん?>
<必要な時は、私の中のミシェルの意識体を優勢にして構わないから>
<ありがとう。でも今はやめておくよ。サラの身体まで傷つけてしまいそうで心配だ。……あ、学長への連絡だけはお願いする>
<はい。ゆっくり休んでね>
<うん。お休み>

ルセット先生の身体は眠ったままですが、意識体でのやり取りができたことで、少し気持ちが落ち着きました。
落ち着いたところで思い出しました。
今日は試験結果の発表の日だったはずだけど……。どうするの?
ルセット先生に尋ねようと試みてみたけれど、もう、なんの応答もありません。

サラの日記314(<僕に掛けている、その邪魔な力を止めてくれ>)

銀菓神暦2016年2月14日

ルセット先生に掛け続けている癒しのアロゼは、いつも以上にぐんぐん吸い取られていくのに、疲労感は全くありませんでした。
分かっています。
ケンジさんが、銀菓神使ミエットが、ペンダントの小さな鳥居を通して、私に力を注ぎ続けてくれています。

お昼を過ぎた頃、ルセット先生の意識体からメッセージが流れてきました。
<誰だ?>
<私よ。サラ>
<嘘を言うな。お前は誰だ>
<嘘じゃない。私はサラ>
<誰でも構わない。離れろ。近付くな>
ルセット先生の顔が、苦痛にゆがんでいます。
そして、こんなことを伝えてこられました。
<僕に掛けている、その邪魔な力を止めてくれ>
胸がちくっとして、どきどきして、苦しくなって、これまで掛け続けてきた癒しのアロゼを止めて、部屋を出ました。

城の屋上の鳥居に、気持ちのままに手をかざしたら、くぐり抜けた先は、大学院の2年生の棟の屋上でした。
どしゃ降りの雨の中に、ケンジさんが立っていました。
「どうされたのですか? サラさん」
混乱したのと安心したのがごちゃごちゃに混ざって、
「ミシェルに邪魔だと言われたの」
と、ケンジさんに飛びつきました。

ケンジさんに促され、空き教室に入りました。
暖房を強めて、タオルを手渡してくださいました。
「邪魔なのはサラさんではなく、ミエットの力ですよ。今日は癒しのアロゼが売り切れ状態でしたからね。ミエットの力の割り合いが多くなり過ぎてしまって、いつもと違うと感じられたのですよ」
ケンジさんは優しく微笑んでくださいました。
「……じゃあ、何日も癒しのアロゼを掛け続けていても気付かれなかったのは?」
「んー。……これ以上無いパートナー……だからですかね。自分のものだか相手のものだか区別が付かないぐらいの。……やっぱり僕には入る隙間もない。……さ、落ち着かれたら戻ってくださいね。あ、髪と服はちゃんと乾かしてからの方がいいですよ」
ケンジさんはそう言うと、木の枝の形がそのまんまの横笛を吹き始められました。
この間、空気ではないものを伝わって届いた、荒っぽくて不器用な感じの、あの音でした。
だけど、荒っぽくても、あの音、なんか好きだな……。

「また、会えますよね?」
うんと言ってくださるのを期待していましたが、
ケンジさんは ただ微笑んで、会えるとも会えないとも答えてくださいませんでした。

サラの日記313(ごめん、サラ。疲れた。しばらく休む)

銀菓神暦2016年2月13日

「サラ……。サラ……」
今朝はルセット先生の声で目が覚めました。
でも、声がしたはずなのに、ルセット先生は眠ったままでした。
意識体からのメッセージでした。
私も意識体で呼びかけました。
<ミシェル? 大丈夫? 何があったの?>
<カリンがアウトサイド・パートナーになることを拒む原因と闘ってた>
<拒む原因?>
<カリンの闇の部分が実体化してしまっていたものと闘ってた>
<……闇の部分? 実体化?>
<浄化して、カリンの中に戻した>
<もど……戻しちゃっていいの?>
<自分の中から闇の部分を排除してしまうことがカリンの最終手段だったんだ。……でも、行き場を無くした闇の部分が暴走した。……ごめん、サラ。疲れた。しばらく休む>
<え、 あ、……しばらくってどれくらい? ねぇ、ミシェル? 大丈夫なの? ねぇ……>
ルセット先生の意識体からのメッセージはそれっきりでした。
ルセット先生の身体は、ずっと眠り続けています。
私には、癒しのアロゼを掛け続けることしかできません。

サラの日記312(空気ではないものを伝わって届く音です。)

銀菓神暦2016年2月12日

2年生の棟の屋上に行ってみたけれど、ケンジさんの姿はありませんでした。
それでも ひょっとしたら……と思って、ずっと屋上に居ました。
泣きたくても、泣くことはできませんでした。
泣き顔を見せたら、ルセット先生に知られてしまうから。

外に流すことのできない涙が、心の中で川になって、渦を作りながら荒れていました。
西瀬忍(にしせしのべ)を吹きました。
これまではルセット先生のために吹いてきた西瀬忍を、自分のために吹きました。
これまでは、遠くへ遠くへ……と吹いてきた西瀬忍を、自分の中に向けて吹きました。

西瀬忍の音に合わせて、遠くで別の笛の音が聞こえたような気がしました。
聞いたことのない音色です。
のし棒横笛でも、カリンさんの音でもない、荒っぽくて不器用な感じの音。
耳をすましても聞こえないのに、西瀬忍を自分の中に向けて吹いていると聞こえてきます。
空気ではないものを伝わって届く音です。
不思議な音色を追っているうちに、
心の中の涙の川は渦を巻くのをやめて、細く、弱々しい流れになっていました。

西日が強くなり始めた頃、ルセット先生からメッセージが流れてきました。
<サラ? どこに居る? まだ構内?>
柔らかな雰囲気のするメッセージでした。
<うん……>
<研究室においで。一緒に帰ろう>

ルセット先生の研究室に着くと、ルセット先生は私にもたれかかるようにして、私をぎゅっと抱きしめられました。
ルセット先生から、泥臭い、生臭い匂いがただよってきました。
「どうしたの?」
「終わった」
「何が?」
「カ……が……」
ルセット先生は何かを言いかけて、そのままその場に倒れ込まれました。
医務室の先生に助けていただいて、ウィルさんに迎えに来ていただきました。
ルセット先生はずっと眠り続けられています。

サラの日記311(……僕が、……崩してしまう)

銀菓神暦2016年2月11日

朝、2年生の棟の方へ向かっていたら、後ろでルセット先生の気配がしました。
でも、振り返ってみると誰も居ませんでした。

ケンジさんは心配してくださっていました。
「あまり頻繁にここへ来ない方がいいですよ。ルセット先生が勘違いされるかもしれません」
「……」
「これを」
と、ケンジさんは私の手に何かを握らせてくださいました。
手を開いてみると、木の枝を削って作った、小さな鳥居のチャームが付いたペンダントでした。
「これは?」
「銀菓神使ミエットの力を届けるための鳥居です」
ケンジさんは そう言いながら、私の手から鳥居のペンダントを取ると、私にペンダントを掛けてくださいました。
アグルムの聖石のペンダントよりも少し長くて、服の下にすっぽり隠れました。
急に寂しくなりました。
「もう……会えないってことですか?」
「これ以上僕に関わらない方がいい。サラさんがこれまで積み重ねてきた想いが崩れてしまいます。……僕が、……崩してしまう」
「もう少し……、ケンジさんの色んな話を聞きたいんです」
一瞬の沈黙のあと、ケンジさんは ゆっくり首を横に振りました。

アロゼの休憩室31「銀菓神使アロゼ×Peanuts Orchestra」

学生の頃、遊びで、超短編無声パラパラアニメ『Peanuts Orchestra』というのを作っていました。
先日、独身時代の荷物の片付けをしていたら、『Peanuts Orchestra』の保存に使っていたフロッピーディスクが出て来て……。
DSCN4261.jpg

また復活させたいなって思ったんです。

最初の企画として、DIYで絵本を作ってみようとしています。
予算が無いので、ISBN無しの手作り絵本です。
ハンドメイド品として販売することを考えています。
当時は白黒だったのですが、それをカラーにしてみたり、
当時は個々のキャラクターを持たせていなかったものにキャラクターを持たせてみたりしているところです。
最終的には、『Peanuts Orchestra』に出て来るナッツ缶のデザインで、中に本物のナッツが入っているものが作れたらいいのにな……なんて考えたりしています。
ほーる小


というわけで、今回は
『銀菓神使アロゼ』×『Peanuts Orchestra』のバレンタインVersionのイラストUPです。
からん&ころんマスクのバレンタイン小
※『Peanuts Orchestra』の情報は、
楽しいこと工房のホームページで随時更新中です。

サラの日記310(「……変わった研究してるんだね」)

銀菓神暦2016年2月10日

私は銀菓神使アロゼの仮称号保持者で、パートナーは銀菓神使ルセット。
ルセット先生は花綵(はなづな)アグルムの第1王子で、私はその婚約者。
ルセット先生は大切な人。
ルセット先生を守るためになら、多少自分の身が犠牲になっても構わない。
うん。大丈夫。ちゃんと分かってる。
でも、ちゃんと言い聞かせておかないと、自分が誰だか分からなくなって、そのまま迷子になってしまいそう。

では次の質問。
じゃあ、ケンジさんは?
ルセット先生に癒しのアロゼを掛け続けるために利用しているだけ?
もしもそうなら、銀菓神使ミエットの力が必要な時にだけ会いに行けばいい。
ミエットの力に関係なく、ケンジさんのことを もう少し知りたいと思うのはなぜ?

2年生の棟の屋上で、ケンジさんと一緒に作業をしていたら、ルセット先生からのメッセージが流れて来ました。
<メランジェ研究室じゃないんだね。どこ?>
<ん、あ、図書館>
<あれ? さっき行ってみたんだけどな……>
<え? あ、……ちょっと植物館にも行ってた>

ケンジさんへのあいさつもそこそこに、走ってルセット先生の研究室に向かいました。

ルセット先生は私の髪に手を伸ばして、何かをつまんで、それをじっと見詰めていらっしゃいました。
作業中に付いてしまっていた木くず。
植物館で付いたのかもしれないと言い訳するには、明らかに人工的過ぎる形の。

ルセット先生は ぽつりと言われました。
「……変わった研究してるんだね」
でも、それ以上のことは聞かれませんでした。

サラの日記309(ケンジさんがここに来なくなったあとも)

銀菓神暦2016年2月9日

朝、ルセット先生に聞かれました。
「今日も研究室行く?」
「うん……」
「サラは熱心だね。僕のところの2人は、もう春休み気分らしいよ。試験が終わった日から姿が見えない」
ルセット先生は おどけたため息をつかれました。
「……2年生になってから慌てたくないし」
口ではそう言ってみましたが、頭の中はケンジさんのことでいっぱいでした。
ケンジさんと、同じキャンパスに通う研修生同士として会える時間があと1か月ほどしかないのかと思うと、1日1日が貴重でした。
春になれば、ケンジさんと知り合えたことは過去の思い出になってしまう。
あんな授業もあったし、こんな実習もあったね……と同じような思い出になってしまう。
でも、……これは思い出にはしたくない。
残された時間の中で、思い出にしなくてもいい方法をつかみたい。

2年生の棟の屋上で、今日もケンジさんは作業されていました。

「聞いておきたいことがあるんです……」
「なんでもどうぞ」
ケンジさんは作業の手を止めて顔を上げ、防寒服代わりに着装していた銀菓神使スーツを解除すると、にっこりしてくださいました。
「私に……こぼれた力の再生術を教えてください。ケンジさんがここに来なくなったあとも、あの術、使いたいんです。それと、……ケンジさんと知り合えた証し(あかし)を残しておきたくて……」
「術をお教えするのは難しいのですが……、大丈夫ですよ。代わりになることを準備中なんです。サラさんを不安にさせたまま居なくなったりはしません」
ケンジさんはそう言うと、再び銀菓神使スーツを着装して、作業に取り掛かられました。
私も銀菓神使スーツを着装して、ケンジさんの隣りに座りました。
そんなつもりは無かったのに、急に力が抜けて、ケンジさんの肩にもたれかかってしまうのを感じました。

目を開けると、どこかの教室の天井が見えました。
ケンジさんの声がします。
「こんなになってまで癒しのアロゼを掛け続けるなんて、僕には入る隙間もない……」
声にはしなかったけど、思っていました。
――ケンジさんが助けてくれると分かっているから……できる――

サラの日記308(銀菓神使ミエットのパートナーは誰ですか?)

銀菓神暦2016年2月8日

1時限目が始まるよりも早い時間に、2年生の棟の屋上に行きました。
ケンジさんよりも早く行って、ゆっくり待っているつもりでした。
でも、……屋上にはもう、銀菓神使スーツを着装して作業しているケンジさんの姿がありました。
ケンジさんは私が来たことに気付くと、着装を解除して
「おはようございます。早いので驚きました」
と白い息であいさつされました。
「おはようございます。ケンジさんこそ こんな早くから?」
「サラさんがいつ来られてもお待たせすることの無いように、門が開くのと同時に入りました」
ケンジさんは照れ隠しのように頭をかきながら そう言われました。

――このままなんでもないおしゃべりが始まってしまう前に聞かなきゃ――
「あの……。銀菓神使ミエットのパートナーは誰ですか?」

私の質問に、ケンジさんはその場にしゃがみ込んで、しばらく下を向いたまま黙っていらっしゃいました。
そして、かすれるような小さな声でこう言われました。
「……慣習のパートナーは、アロゼです」
「アロ……ゼ?」
私の頭の中は混乱しながらフル回転していました。
ケンジさんは私の混乱を悟ったかのように、ゆっくり話し始められました。
「アロゼのパートナーはルセットで間違いないんですよ。でも、……ミエットのパートナーもアロゼなんです。銀菓神界の歴史が創り出してしまった、哀しい(かなしい)慣習です」
「……どうして? どうしてケンジさんはそういう話を知ってるんですか? どうして私にはそういう情報が入って来ないんですか? 銀菓史の教科書にも書かれていないのに、どうして知ってるんですか? どうして?」
振り返ってみると、今までは特に気に留めていなかったけれど、今までにもこんなことがあったという気持ちが急に吹き出して、気が付いたらケンジさんにそんな風に気持ちをぶつけていました。
ケンジさんは下を向いたまま、
「サラさんは、ルセット先生に守られているんですよ。僕には真似できないほどの大きな力で」
それから、ゆっくり顔を上げて立ち上がると、私の肩に優しく手を置いて、
「だけど、もしもサラさんの想いが叶わないようなことがあったら、僕はいつでも話を聞きます」
と微笑まれました。
そんなケンジさんを見ていたら、なんだか胸が苦しくなって涙が出てきました。
どこにも持って行き場の無い感情で、胸がいっぱいになりました。
ケンジさんはもう一度にっこりして こう言われました。
「都合の悪い慣習は変えてしまえばいいんです。良い相手が見付かれば、その方とパートナーを組むことも考えます」

サラの日記307(私がこれまでに見たことが無かった世界を知っている面白い人。)

銀菓神暦2016年2月7日

研究室はお休み。
だけど心は2年生の棟の屋上。
明日、ケンジさんと作業の続きをする約束をしました。

ケンジさんが何を作っているのかは まだ知りません。
昨日はケンジさんが言われる通りに木の枝の仕分けをするだけで終わりました。
枯れ葉はクッション代わりでした。
屋根も壁も無い屋上を秘密の作業場にしているケンジさんの防寒対策。
いつもは枯れ葉の上に そのまま座っちゃうらしいのですが、昨日は私のために、枯れ葉の上に布を掛けてくださいました。
古くなって製菓や料理には使わなくなった晒(さらし)です。
結局、銀菓神使スーツを着装してしまったので、枯れ葉クッションの効果のほどは よく分からなかったのだけど、
何かがとても温かだった。

ケンジさんは私がこれまでに見たことが無かった世界を知っている面白い人。
もっと色んなことを教えてもらいたいのに、もっと色々話をしたいのに、あと1か月ほどで会えなくなってしまう。
もっと早くに知り合えていたら良かったのにって思ったり、
今、こうして知り合えたのだから、知り合えないままだったよりは良かったんじゃないかって思ったりする。

私が、ルセット先生のことばかり見ていたことを知ってくれている人。
ずっと見てくれていた人。

ずっと……。

ずっと?
最初から?

この間、ケンジさんが冗談めかして言われたことが、ふと頭の中によみがえりました。
『もしもサラさんの想いが叶わないようなことがあったら、僕が代役を買って出るつもりでした。もちろん今でもそうですよ』

明日ケンジさんに会ったら、聞いてみたいことがあります。

サラの日記306(屋根も壁も無くて寒いので、ケンジさんも私も銀菓神使スーツを着装して作業しました。)

銀菓神暦2016年2月6日

私が受講している科目の試験は昨日で全部終わったのだけど、
成績発表までは大学院に行く必要はないのだけど、
メランジェ研究室でやらなければならないことは たくさんあるし、
ケンジさんにお礼を言えないままになっていることも気になっているし、
いつも通りに出掛けました。

お昼に食堂の周りを少し うろうろしてみましたが、いつもより人影がまばらで、
特に誰ということはないのだけど、見付けて欲しくない人に見付かってしまいそうで、
すぐに植物館の方に移動しました。

植物館の中を散歩していたら、なんとなく鳥居をくぐってみたくなりました。
特に目的地は無いのだけど、
何も考えずにくぐってみたらどうなるのかな……なんて。

鳥居をくぐった先は、前に何度かルセット先生と一緒に来たことのある、4次元時空間の植物館の前でした。
両手で何かを抱えて こちらに向かって歩いている人がいました。

「あれ? サラさん? こちらにご用事ですか?」
ケンジさんでした。
「いえ、あの……。なんとなく来てしまいました」
「サラさんって面白い人ですね。なんとなく来ただなんて」
ケンジさんは笑いながら私の目の前に来られ、抱えていたのは木の枝や枯れ葉だということが分かりました。
「これ、どうするんですか?」
「ん? あ、研究生時代の思い出に、記念の品でも作ってみようかと思いまして……」
「これで?」
「ええ。もし よろしければ一緒にいかがですか?」
「……はい!」
一瞬迷ったけれど、嬉しくなって、やる気満々の返事をすると、ケンジさんはまた笑われました。
「やっぱりサラさんは面白い人ですね」

ケンジさんの秘密の作業場は、2年生の研究室のある棟の屋上でした。
ケンジさんが言われるには、屋上は普段は誰も見上げることが無くて、秘密の作業場として使える絶好の穴場なのだそうです。
でも、屋根も壁も無くて寒いので、ケンジさんも私も銀菓神使スーツを着装して作業しました。

サラの日記305(今期最後の試験は、ルセット先生の『銀菓処方実習』。)

銀菓神暦2016年2月5日

今期最後の試験は、ルセット先生の『銀菓処方実習』。
当日出されるお題に沿った処方箋を書くというもの。
テキストとノートの持ち込みが可能。
自分でまとめたノート、
以前ジャックさんが見せてくれたノートを自分なりにまとめ直したもの、
それと、ケンジさんから頂いたノートを持ち込みました。
ケンジさんがくださったノートに『銀菓処方実習』は無かったのだけど、お守りのつもりで持ち込みました。
でも、実際、『銀菓処方実習』と『銀菓薬膳』とは内容の重なる部分がたくさんあって、
ケンジさんのノートは今日の試験で大活躍してくれました。

試験中、ルセット先生が見回りに来られる度に どきどきしました。
ノートの筆跡が私のものでないと気付かれるのではないかと思って。
ひょっとしたら、ケンジさんの書く文字を見たことがあるのじゃないかと思って。
ルセット先生が回って来られる度に、ケンジさんのノートが下になるように、さりげなくテキストや他のノートを重ねました。

試験が終わったあと、ふと寂しくなりました。
もう、ケンジさんが書き綴ったノートの文字を、今日までの数日間のように真剣に見ることが無くなるのかと思うと、胸の奥がチクッと寂しくなりました。

サラの日記304(余裕が無くて構ってられません)

銀菓神暦2016年2月4日

今日の試験は『銀菓神式祝詞(のりと)』。
受講前は、祝詞を知らない銀菓神使なんてあり得ないって思っていたけど、
勉強してみると、やっぱりそんなに得意じゃなかった。
取り敢えず型だけ丸暗記。
丸暗記したことが頭の中から逃げ出さないうちに試験を受けられたら良かったのだけど、
試験は午後の2時限目。
お昼もゆっくり食べられない。
食べるのを止めて、図書館でケンジさんから頂いたノートとにらめっこ。

そんな時に限って……。

「こんにちは」
と小声であいさつをして、隣りの席に座ってきたのはケンジさん。
「こんにちは。ごめんなさい。余裕が無くて構ってられません」
私がノートにしがみついたままそう言うと、
ケンジさんは音になるかならないかぐらいの小さな笑い声を立てられました。それから、
「試験は何時限目なんですか?」
と尋ねられましたが、なんだか気が立ってきて、
「午後の2時限目です。ん、もう話し掛けないで!」
と無愛想に返してしまいました。
ケンジさんはすっと席を立ってどこかへ行ってしまわれましたが、
行ってしまわれたあとで気付きました。
あの、ほんの短い時間の間に、再生の術を掛けてくださってた。
掛けられていた私自身も気付かないうちに。
思い違いかとも思ったけど、再生の術を掛けてもらった時の感覚を確かに感じる。

あんな無愛想にしてしまって、ケンジさんにひと言お礼を言わなきゃと思って、
試験のあと、思い付く限りの場所を捜してみたけれど、どこにも見当たりませんでした。

サラの日記303(「自分で勉強できるようになったんだね、サラ」)

銀菓神暦2016年2月3日

午前中に『銀菓薬膳』の試験がありました。
ケンジさんにいただいたノートを最大限に活用させていただきました。
私の専門分野でもない、ジャックさんの専門分野でもない、出どころ不明な解答を見て、
ルセット先生はケンジさんの存在に気付いてしまわれるかもしれません。
でも私、薬草とか薬膳とかの分野は本当にどうしようもなく苦手なんだから仕方ない……。

もしもケンジさんのことがルセット先生に ばれたら、
ルセット先生にその経緯(いきさつ)を話すことができる。
そうすれば私も、ルセット先生が何と闘っているのかを聞くことができるのに……。
今日の試験の解答で、ケンジさんの存在に気付いて欲しい。

でも、癒しのアロゼを掛け続けるということを通して、いつもルセット先生のそばに居たいから、
ケンジさんのことには気付かないでいて欲しい。
ルセット先生は、私に見せないようにして何かと闘っているんだから、
私が癒しのアロゼを掛け続けていることを知ったら、きっと「やめろ」と言われる。

夕食の時、ルセット先生が ぽつりと言われました。
「自分で勉強できるようになったんだね、サラ」
何かに気付いたとも、気付いていないとも取れる言葉。
その瞬間、なぜだか決心が固まりました。本能的な感覚でした。
――ケンジさんのことは、隠せるだけ隠し通そう――
そして、ルセット先生に向かって出た言葉は、
「うん。図書館に通って色々頑張ってるの」
「そっか……」
そう言われたルセット先生の瞳の奥が少し淋しそうに見えたのは、
今の私の心境のせい?

サラの日記302(ルセット先生の意識体が、すごい勢いで癒しのアロゼを吸い取っていくのを感じました。)

銀菓神暦2016年2月2日

午後から『銀菓神装の理論と実習』の試験でした。
実習の方は講義時間中に数回試験があったので、今日の試験は記述のみです。

試験中に何度か意識が遠くなりました。
ルセット先生の意識体が、すごい勢いで癒しのアロゼを吸い取っていくのを感じました。
取り敢えず ささっと一通り書き上げて、意識がはっきりしている合間合間に見直しをして仕上げました。

でも……、
試験時間が終わった時のことを覚えていないんです。
気が付いたら医務室のベッドの上でした。
見回すと、ジャックさんの後ろ姿が見えました。

「……ジャックさん」
「あ、サラちゃん、気が付いたんだ。もう、びっくりしたよぉ。いきなり椅子から転げ落ちて、そのまま倒れてるんだから」
「そう……だったんだ。……ねぇ! このこと、ミシェルには言わないで! お願い!」
「う、うん……。いいけど、どうして?」
「倒れちゃった原因は分かってるの。でも、心配掛けたくない……」
すると、ジャックさんは下を向いて、チッと舌打ちをして、
「俺もさ、銀菓神使エルブの名を語る者として、なんとなく分かってるんだよ。最近のサラちゃんの不調の原因。……兄貴、鈍い(にぶい)からさぁ、あんまり無理すんなよな? あーあ、俺がサラちゃんのパートナーだったら、サラちゃんをこんな目に合せないんだけどな……」
と、私の髪を撫でてくれました。

ジャックさんは、私がルセット先生のために銀菓神使の力を使っていることには気付いているようですが、ケンジさんのことには気付いていないようです。
少しほっとしました。

サラの日記301(今日の試験は『銀菓神学』。)

銀菓神暦2016年2月1日

今日の試験は『銀菓神学』。
午後1番の時間でした。
少し頭痛が残っていましたが、午前中、植物館をぶらぶらして ゆっくり過ごしているうちに、なんとなく調子が戻っていました。
モンテ先生の試験は毎年同じような内容だという噂があったのですが、噂通り、ケンジさんからいただいたノートそのままが出題されていました。

試験のあと、すぐにでもケンジさんに会いに行きたいような気分でしたが、ケンジさんも試験中なわけなのだから、今週は会うのはやめておこうと思いました。
ケンジさんのところへ向かってしまいそうな足を、無理矢理 図書館の方へ向けました。

今週1週間、ケンジさんに会わないとなると、
ケンジさんの術無しで、ルセット先生の意識体に癒しのアロゼを掛け続けても大丈夫なのかどうか不安……。
でも、ルセット先生に癒しのアロゼを掛け続けることは、ケンジさんに出会う前に決めてたことだから、
私がしっかりしていれば平気。

今日のルセット先生には、個人的に動ける時間がたくさんあったはずです。
ルセット先生の意識体を読もうとすると、今日新しくできた傷がたくさん見えます。
傷と……、鬼のような顔をした龍のようなものも……。
ルセット先生の闘いの相手は、あの怪物?
でも、ちょっと不思議。怪物からは実体を感じられない。黒い霧か、黒い雲のよう。
ルセット先生は一体何と闘っているんだろう。
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