サラの日記208(「忍者の流派かなんかじゃない? ……おぉーっ、あったけぇー。これがうまい季節になったよぉ」)

銀菓神暦2015年10月31日

大学院での授業は午前中だけでした。
ルセット先生は今日も天戸へ……
いえ、今日は天戸へは行かれないようで、
「『西瀬忍(にしせしのべ)』で間違いないよね?」
と確認されたあと、
「ちょっと人に会ってくる。夜になるかもしれないから、先に休んでていいよ」
と、研究室の鳥居の中に入って行かれました。
その後ろ姿がからは、ちょっぴり嬉しそうな雰囲気が……。

研究室のドアをノックする音が聞こえて、ジャックさんが顔を覗かせました。
「あれ? 兄貴は?」
「今、出掛けちゃった。何か用事だった?」
「ううん。なんとなく寄ってみただけ」
ジャックさんは部屋の中に入ると、ハーブティーを入れ始めました。

「ねぇ、ジャックさん。『西瀬忍(にしせしのべ)』って聞いたことある?」
「にしせ? ん? それがどうかしたの?」
ジャックさんは『西瀬忍』を知らないようでした。

「忍者の流派かなんかじゃない? ……おぉーっ、あったけぇー。これがうまい季節になったよぉ。サラちゃんもどうそ」
ジャックさんはそう言いながら、湯気の立つカップを両手ですっぽり包み込みました。
「うん、ありがとう……。西瀬流忍者? ミシェルに忍者の知り合いっている?」
私はカップを受け取りながら、ジャックさんに向かって首をかしげました。
「いるんじゃない? 聞いたことないけどさ」

――だけど……、忍者なら「しのび」だよね。「しのべ」じゃなくて……。本当に忍者のことなのかなぁ……――

サラの日記207(――で、『西瀬忍(にしせしのべ)』って……なに?――)

銀菓神暦2015年10月30日

午前中の講義が終わったあと、ルセット先生は天戸キャンパスに行かれました。
ルセット先生から、
「天戸の教官室に結界を張っておくから、のし棒横笛の波動で、その結界を破れるかどうか試して欲しい」
という宿題が出ました。
自分の持っている波動を、のし棒横笛などの道具を使って増幅させる練習だそうです。
結界を破って、その中に何があるかを確認するという課題でした。

<始めていいよ>
とルセット先生からメッセージが届いたので、
花綵(はなづな)アグルム城の屋上で のし棒横笛を吹き始めました。
自分の波動と のし棒横笛の波動は、思うようには うまく交わらなくて、
吹き続けているうちに頭がくらくらしてきました。
今日ほど弦のルセット先生やジャックさんのことを うらやましく思ったことはありません。
というか、頭がくらくらする前に結界を破れるぐらいの力を身に付けないといけないのだけど……。

そんなことを色々考えながら のし棒横笛を吹き続けていると、
突然、足元の方から ぐわん と大きな波動が全身を伝って、
のし棒横笛の波動と交わり、
鳥居の中に消えていきました。
それと同時に、のし棒よこ笛の音が鳴らなくなりました。
跳ね返って来た弱い波動の中に、
『西瀬忍(にしせしのべ)』
というのが見えました。

<何か見えた?>
ルセット先生からでした。
<うん。『西瀬忍(にしせしのべ)』って……>
<分かった。おつかれさま。僕はもう少し掛かるから、ゆっくり休んでて>

――で、『西瀬忍(にしせしのべ)』って……なに?――

サラの日記206(「疲れたぁ……。もう疲れたよ。俺、お姫様とパートナーなんて無理だよ」)

銀菓神暦2015年10月29日

朝の講義室で、
ジャックさんが椅子を並べた上に寝っ転がっていました。

「どうしたの?」
って声を掛けたら、
ジャックさんは寝っ転がったまま伸びをして、
「疲れたぁ……。もう疲れたよ。俺、お姫様とパートナーなんて無理だよぉ」
だって。
「そんなに気負わなくてもいいんじゃない? どうせそのうち、あの時けんかで死にかけた やんちゃです!って ばれるんだから」
「あれは けんかじゃねぇよ。対決だよ、対決」
ジャックさんは起き上がって、椅子を直し始めました。

「未来の王太子妃には こんなに乱暴な口がきけるのにね?」
椅子を直すのを手伝いながら言ってみたら、
「サラちゃんは なんか違うんだよ。……うまく説明できないけどさ」
って、答えを一生懸命考えている様子でした。

まあ、ジャックさんにはジャックさんの色々があるみたいだけど、
取り敢えず いつものジャックさんに戻ったみたいで良かった。
作ったみたいなジャックさんじゃ、私も調子が出ないもん。

帰宅後、廊下で会ったジャックさんがこんなことを言いました。
「ゾエちゃんってさ、俺がなんでグラセさんと対決したのか知ってるよね?」
「うん」
「知っててもパートナーになってくれるかなぁ……」

サラの日記205(昨日までの「違う」とはまた少し違う、「違う」になってる。)

銀菓神暦2015年10月28日

ジャックさんがいつもと違う。
昨日までの「違う」とはまた少し違う、「違う」になってる。
いつものジャックさんにはあり得ない、作ったような笑い方。
作ったような歩き方。
作ったような話し方。

いつもなら授業中でも足を組んで斜めに座っていたりする椅子に、
今日は休憩時間でさえ、きちんと真っ直ぐに座ってる。

見ていたら、思わず笑ってしまいました。

いつもなら、
『なんで笑うんだよ!』
と突っかかって来そうなところを、作ったように落ち着いた表情で、
「どうして笑ってるの?」
だって。
もう、笑い過ぎてお腹が痛い。

さらに、
「僕、何かおかしい?」
だって。
『僕』? ジャックさんが『僕』?
笑いが止まらなくなって、お腹を抱えて笑いながら、何度もうなずきました。

ルセット先生が言ってました。
「原因はゾエだろ? 未来のパートナーがお姫様だと知って意識してるんだろ? このまま少しは落ち着いたやつになってくれればいいんだけど、いつまでもつかな」

色々と想像してしまいました。
いつかジャックさんとゾエさんがパートナーになる日が来て、
ゾエさんがジャックさんの素性を知ったら……。
プラクミーヌの領地で倒れていたり、ゾエさんに会いたいがために お菓子屋さんで売り子をしてみたり、ライバルと対決して死にかけてみたりしていた人が、
そして今、こんなことしてる人が、
花綵(はなづな)アグルムの第2王子だと知ったら……。
ゾエさん、ジャックさんの全てを 笑って受け止めてくれる人だといいな……。

サラの日記204(中庭のベンチに座っていたジャックさんの横に座ろうと思ったら、ジャックさんが立ちあがって歩き始めました。)

銀菓神暦2015年10月27日

お昼休み。
中庭のベンチに座っていたジャックさんの横に座ろうと思ったら、ジャックさんが立ちあがって歩き始めました。
「待って。座って」
ジャックさんの腕をつかんでベンチの方へ引っ張ると、ジャックさんは渋々ベンチに座ってくれました。

「ね、何かあった?」
「何も知らない」
ジャックさんは低い声で答えました。
「え? 何も知らないって? 私、『何かあった?』って聞いただけなのに。何を知ったの?」
私がそう言うと、ジャックさんは「しまった」という表情をして、自分の膝に顔を埋め(うずめ)ました。
それから、膝に顔を埋めたままでこう言いました。
「見たんだ……」
「何を?」
「……ゾエちゃんが……兄貴と できてる」
ジャックさんはそう言い終わると、さらに深く膝の間に顔を潜り込ませました。

「試験の時、天戸キャンパス覗いたのね?」
私はジャックさんの肩を掴んで、ジャックさんを起こしました。
ジャックさんは力なく うなずきました。
「それ、ジャックさんの勘違いよ」
私がそう言うのを、ジャックさんは不思議そうに、さっきまでよりも少し力が戻って来たような視線で見ていました。
この一部始終をルセット先生に意識体のメッセージで送ると、
<2人で研究室においで>
と返事が返ってきました。

ルセット先生は、
以前からゾエさんに銀菓神使の力によく似た波動を感じていたこと、
ジャックさんとグラセさんの一件でゾエさんが銀菓神局から引き抜かれたこと、
ゾエさんはプラクミーヌの王女で、完全護衛付きの天戸キャンパスに所属することになったこと、
ルセット先生は花綵(はなづな)キャンパスでの仕事が無い時に天戸でゾエさんを教えていること、
ゾエさんは銀菓神使ルヴィーブルの候補者だということをジャックさんに話しました。

「いずれパートナーになる者だから教えた。ここまでは銀菓神使養成機関の教官としての話だ。で、今から言うことは銀菓神局には関係ない。花綵アグルムの王太子の立場からのお願いだ。ゾエのことは、まだ ほかには漏らさないで欲しい。ゾエにも、まだ素性は明かさないで欲しい」
ルセット先生は話の最後にそう言われました。
ジャックさんは黙ったまま うなずきました。

サラの日記203(ジャックさんが何か言いたそうな表情で ちらちら見ています。)

銀菓神暦2015年10月26日

昨日から おかしかったんだけど……。
ジャックさんが何か言いたそうな表情で ちらちら見ています。
いつものジャックさんとはちょっと違う。
こっちから聞いてみた方がいいのかな……。
試験がうまくいかなかったの?
でも、そういう雰囲気じゃなかったしなぁ……。

授業中も、休憩時間も、
机に肘(ひじ)をついて、視線はどこか遠いところで、
でも、頭の中だけは高速回転してる感じ。

ちゃらちゃらもしていないし、ひょうひょうともしていないジャックさん。
ジャックさんじゃないみたい。

「なんかね、ジャックさんの様子がいつもと違うの」
ジャックさんには聞けなかったけど、ルセット先生に話してみました。
「そう? ま、たまにはそんなこともあるだろ」
ルセット先生は特には気に掛けていない様子。

思い切ってジャックさんに直接聞いてみようと思って目を合わせたら、
ジャックさんはにっこり笑ってどこかへ行ってしまいました。
その様子で確信しました。
ジャックさんに何かがあった。
私たちには話せない何かがあった。

サラの日記202(寒さを感じるようになった日の出前の空気からベッドに引き戻されるのは、暖かくて心地いい。)

銀菓神暦2015年10月25日

研究室はお休み。

日の出前、
実家の手伝いに出掛ける支度をしようとベッドを出ようとしたら、
「もう少しここにいて」
と、ルセット先生に捕まえられました。
寒さを感じるようになった日の出前の空気からベッドに引き戻されるのは、暖かくて心地いい。
何をするでもなく、何を話すでもなく、ただ見詰め合って横になっているだけ。
ルセット先生が指を絡めてきたので、私も応じたけど、ただそれだけ。
メッセージが流れてくることもないし、私も流さない。意識を読まれる気配もないし、私も読まない。
そのまま眠ってしまって、次に目が覚めたのは、空が白んでくる頃でした。
二度寝で起きづらくなってしまった身体。
ルセット先生が大きくゆっくり背中を撫でてくださると、少しずつだるさが抜けていきました。

身支度を整えて部屋を出ると、ジャックさんが出掛けるのが見えました。
今日はジャックさんの仮称号試験の日です。
「行ってらっしゃい、ジャックさん」
「おぅ。行ってきまーす! あ! サラちゃん、今日 実家?」
「うん」
「ゾエちゃんに会ったら よろしくぅー!」

そっか……。
ジャックさんはゾエさんの素性や今何をしてるのかを、ちゃんとは知らないんだ……。
ジャックさんの中のゾエさんは、実家のお店で会ったゾエさんのまま。
――ゾエさんは天戸(あまと)。今日はお店には来ないよ――
心の中でそう言いながら、ジャックさんの後ろ姿にうなずきました。

サラの日記201(青は木(もく)、赤は火(か)、黄は土(ど)、白は金(ごん)、黒は水(すい)。)

銀菓神暦2015年10月24日

今朝も1時間目の前に地下の製菓室で練習しました。

「見たことあるよね?」
ルセット先生はそう言いながら空中に手刀で鳥居を描きました。
縦に2本、横に2本。
手刀で描いた跡が、青い光を放ちました。
その光が消えると、ルセット先生は再び手刀で鳥居を描きました。
赤色の鳥居が現れました。
続いて、黄、白、黒の鳥居も描かれました。
「青は木(もく)、赤は火(か)、黄は土(ど)、白は金(ごん)、黒は水(すい)。どれを何に使うかは、銀菓神使の個性や、その時求めているものによって変わる。僕がこの前使ったのは赤の火(か)。あの時は緊急ゲートとして使った」
ルセット先生はそう言うと、私の手を取って、一緒に鳥居を描いてくださいました。
白い光を放つ鳥居が現れました。
「初めて描いた時に出た色がその人の得意な色。サラは白だね」
「ミシェルは何色だった?」
「赤。僕の場合、大抵は赤で事足りる。本当は全部使いこなせればいいんだけどね」

ルセット先生は私の手を取ったまま、何かを考えていらっしゃるような様子でした。
目を閉じてルセット先生の意識に近付いてみたら、大学院に入学してからの色んな私が見えてきました。ルセット先生目線の……。
<ありがとう、サラ。僕を信じてくれて。僕を受け入れてくれて。僕が求めなければ、何も知らないまま、自由に、どんな未来でも描けたはずの、サラの新しい時間を、僕は過去の記憶で汚してしまってる……>
ルセット先生がそんなことを伝えてきたので、今度は私目線のルセット先生を、ルセット先生の意識に流してみました。
<独りでいるのは自由じゃなかった。何かに縛られてた。今、ミシェルと一緒に居られることが私の自由。ミシェルと一緒に居ることは、新しい時間の私が選んだ自由>
<サラが優しいと苦しいんだ……>
ルセット先生は私のおでこに唇を当てると、部屋を出て行かれました。

アロゼの休憩室20「500円玉事件」

30数回やって来る予定の『アロゼの休憩室』も、とうとう20回目を迎えました。
いつの間にか後半戦に突入してしまっていましたが、
最初に「書きたい」と思っていたことのどれぐらいのことを書けているんだろう……
と反省してみたり、しみじみしてみたり です。

今日はね、表題にある通り、『500円玉事件』のことを書きます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

500円玉は、それまで紙幣だったものに代わって1982年に登場しました。
私は小学4年生でした。

ある日、クラスメイトの女の子が自宅に遊びに来たんです。
学校でしゃべれない私は、唯一のびのびできる場所である自宅には、
できれば遊びに来て欲しくなかったんだけど、
やんちゃな子で、断っても来ちゃうような子で、結局断れませんでした。

彼女は私の部屋の小物入れを勝手に開けて、母が「記念に取っておこうね」と入れてくれていた500円玉を見付けると、それを持って、私を駄菓子屋さんに連れて行ったんです。
で、当時流行っていた小振りのアイスクリームを2つ買って、1つは自分が食べ、1つは私に食べさせました。

まあ、それはそれで良かったんです。
当時、頼まれたおつかいや、学校で使うノートや消しゴムを学校の購買で買うことしか経験したことの無かった私には、
子どもだけでお店に行って、その場で好きなものを選んで買うっていうのは、とっても新鮮なできごとでした。
「この子は学校じゃないところでは こんな風にして過ごしているんだな……」なんて思ったりして。

だけど、買い物に使ったお金は、母が「記念にとっておこうね」とくれた500円玉だったんです。
首を縦に振るか横に振るかでしか友達への意思表示ができなかった私には、
「母が記念にとくれた500円玉だから使いたくない」と伝えることができなかったんです。

小物入れの500円玉が無くなっていることに気付いた母に問いただされ、使ってしまった経緯を話しました。
母はすぐにクラスメイトのお母さんに電話し、私を連れて彼女の家に……。
夕方を過ぎて、少し薄暗くなり始めた頃で、
彼女の家の庭先で、私の母と彼女のお母さんが話しをしていた場景を覚えています。
私は気まずさでいっぱいで、母たちが何を話していたのかは覚えていないのですが、
母は彼女を責めるのではなくて、私が外でしゃべらない子だから……という方向で話してくれていたように思います。
彼女のお母さんは布団たたきが折れるぐらい叱る人らしくて、
私の母は、『500円玉事件』の話はしておかないと……と思ったけど、そのことで彼女がまた たたかれるのはかわいそうだし、そのようなことが無いように穏やかに話したそうです。

後日談があります。

彼女、学校では やんちゃで有名な子でしたが、そろばんが上手で、何級だったかは忘れちゃったけど、上の方の級も取っていて、頭の回転のいい子でした。
走るのも めちゃめちゃ速くて、いつも学年1,2位を争っているような子で、やれば勉強も運動も何でもこなせる子でした。
誘われて、彼女の通っているそろばん教室に数回一緒に行きました。
私はそろばんはやる気が無くて、数回でやめちゃったんだけど。

それと彼女、私がちゃんとOKの意思表示をするまで、自分の判断だけでことを進めるってことをせずにいてくれるようになりました。
5年生の時にクラスが別になって、6年生でまた同じクラスになったのですが、
嫌な事をする やんちゃさんではなくて、守ってくれる やんちゃさんになっていました。
彼女の仲間の やんちゃさんたちも一緒に。

これ、どっちが悪いとかどうとかって話じゃないです。
私が、家族以外への意思表示が難しい子だったために起こってしまった『500円玉事件』。
私が、「嫌なものは嫌」と、家以外の場所でも意思表示できるように努力を始めるきっかけになった事件です。
そう言えばあんなことあったな……って話です。

ただ、親の立場になってみて思うのは、
私は親に守ってもらっていたってことです。

幼児期から中学生までの長い間を場面緘黙の状態で過ごしてしまった私は、友だちと遊んだという経験が極端に少ないです。
我が子の一般的な友だち付き合いに戸惑いを覚えてしまいます。
親になったんだから……と頑張っていても、怖いです。
「場面緘黙」という状態からは脱しましたが、「じゃあこれで きれいさっぱり さよなら~」って訳にはいかないものを感じています。
だけど、いつか我が子が親の立場になった時に、今の私に近いようなことを思ってくれたら……、と歩いています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうそう、500円玉の裏面(数字で500と書いてある方)には、小さな橘(たちばな)が描かれています。
このことは、ついこの間、この『500円玉事件』の回を書くために500円玉のことを調べていて知りました。
私が、製菓を通した環境教育・科学教育及び場面緘黙児支援のための活動として、
タジマモリと橘のお話をつまみながら
『銀菓神使アロゼ』のお話を書いていることに、不思議な縁を感じました。

サラの日記200(つまりこれは、使うとどちらにも苦しい技。)

銀菓神暦2015年10月23日

早朝の地下製菓室。
この間の逆パターンを練習しました。
私の中のルセット先生の意識体が優勢になっている時に、ルセット先生の意識体に引っ込んでもらって私の意識体を優勢にする練習。
「これを使うようなことにはさせないけど、緊急時用に一応ね」
ルセット先生は穏やかに微笑みながらそう言われました。
反対の、
ルセット先生の中の私の意識体が優勢になっている時に、ルセット先生の意識体が無理矢理優勢になって出て来るっていうのも体験しました。

出て来る側が、優しく勢いよくいかないと、引っ込められる側は引きちぎられるように苦しい。
引っ込められる側が全てを委ねて(ゆだねて)くれないと、出て来る側は張り裂けそうに苦しい。
緊急時にそんなこと考えていられないと思う。
つまりこれは、使うとどちらにも苦しい技。
緊急時用。

だるくて重くて くたくたで、1時間目の授業には出られない……って思っていたら、
「さ、これ飲んで」
ルセット先生が銀菓宝果の飲み物をくださいました。

「サラ?」
銀菓宝果の飲み物を飲んでる私をルセット先生が覗き込みました。
「なあに?」
グラスに唇を当てたまま答えました。
「それ、もう自分で作れるよね?」
「ん? うん……」
色んなことが頭をよぎって、ちょっと不安になりました。
「ん、いや、もしも僕の留守中に切らしちゃっても大丈夫だよね……って思っただけだよ」
ルセット先生はいつものように、私の瞳に優しい視線を注ぎ込みながら、髪を撫でてくださいました。

サラの日記199(ジャックさんは柿をほおばりながら、青い空に浮かぶ白い月を指差しました。)

銀菓神暦2015年10月22日

お昼休み。中庭のベンチに座っていたら、後ろから誰かの手が伸びてきました。
外皮が緑っぽいミカンを持った手。

「極早生(ごくわせ)。ちょっと酸っぱいかもしんないけど」
ジャックさんでした。
ジャックさんの手には もう1つ、オレンジ色の何かが握られていました。
――柿?――
「えっ? ジャックさん、プラクミーヌに行ったの?」
びっくりして聞いたら、
「違うよ。これは俺んとこで育ててるやつ。柑橘ばっかじゃ つまんないじゃん? 今年はなかなかいい出来だと思うんだけどな……。食べてみる?」
って、その場で柿をむき始めました。

柿は苦手だと思ってたけど、ジャックさんの柿なんだな……って思いながら食べると おいしかった。

ジャックさんは柿をほおばりながら、青い空に浮かぶ白い月を指差しました。
「今朝行ってきたよ。たまたま今日ミカンと柿持って来てたからさ、丁度よかったよ。支局に差し入れできた」
「え? あの建物、人が居るの?」
夏休みに体験した『月行き』の恐怖がよみがえりました。
「え? 居るよぉ。グラセさん、月の支局長だよ?」
ジャックさんは、私が月の支局のことを全然知らないことに驚いていました。

「サラちゃん、支局の建物に入らなかったんだ」
「うん……。怖くて、すぐ戻って来ちゃった」
「んじゃ、俺が仮称号取ったら一緒に行こうぜ。グラセさんに、『もう無称号じゃねえよ』って、『地球でのタツキちゃんは俺が守ってやる』って言いに行くんだ」
「けんかしないでね。私、月で癒しのアロゼとかって絶対無理だから……」
「分かってるって。もうサラちゃんには迷惑かけないよ」
ジャックさんは私の肩をポンポンと軽くたたきました。

サラの日記198(もしも、ミシェルの中の私を優勢にしたまま、ミシェルの身体を返さなかったらどうする?)

銀菓神暦2015年10月21日

今日も早朝の地下製菓室で意識体切り替えの練習。

「ねぇ、ミシェル。もしも、ミシェルの中の私を優勢にしたまま、ミシェルの身体を返さなかったらどうする?」
ちょっとした冗談のつもりでした。
でも、ルセット先生は、
「いいよ。サラが使ってくれるなら。ずっと預けたままで構わない。ただ……、サラにはまだ、早いかな……。まだ、身を守る術(すべ)を教えていない」
と、表情を曇らせました。
「どういうこと?」
「……僕の、『永遠(とわ)の記憶の呪縛(じゅばく)』を利用しようとしてる奴らがいる。僕が闇の銀菓神だった頃の記憶を利用しようとしてる奴らがいる」
「……」
「大丈夫だよ。銀菓神使の力は奴らに劣らない。さ、時間だ。教室に行こう」

タツキちゃんに聞いてみました。グラセさんとの意識体でのやり取りのこと。
意識の結合や意識体での会話はするけど、
お互いの半分を相手に預けるようなことはしていないって。
自分の意識体を100%使えないなんて、そんな効率の悪いやり方はしないって。

じゃあ……、
ルセット先生は、自分が狙われていることを知っていて、
自分がやられても私の中にその半分が残ることを願って、
私の中に自分の半分を預けているの?
そしてその反対も?
――そういうこと?――

<そういうことだよ、サラ。僕に万が一のことがあった時には、サラが守るんだ。光と闇の銀菓神の記憶を。神聖な記憶が悪用されるようなことがあってはならない。サラに万が一のことがあった時には、僕がサラを守る。まあ、万が一のことにはさせないけどね。あ、今日も放課後は天戸(あまと)だから。ごはん、先に食べてていいよ>
ルセット先生からのメッセージが流れ込んできました。

私が今、ルセット先生と一緒に居るのは、
好きだとか嫌いだとか、そんな単純なものではなくて、
銀菓神界の大きな時間の流れの中で、
そうあるべくして そうなっているのだと、
なんとなく ぼんやりと見えた気がしました。

サラの日記197(<痛いよ、サラ。それじゃ有刺鉄線(ゆうしてっせん)みたいだ>)

銀菓神暦2015年10月20日

早朝の地下製菓室。

「サラの中の僕を優勢に切り替えるから、感覚を覚えて」
ルセット先生がそう言い終わるのと同時に、自分の意識が何かにすっぽり覆われているような感覚になりました。
それ以外のことは何も感じない。
なんにも無い。
だけど、何かに守られているような安心感だけはあって……。

しばらくすると、私の意識をすっぽり覆っていたものが無くなって、自分の感覚が戻ってきました。

「やってみて」
ルセット先生の声が聞こえました。

ルセット先生の中の私の意識体で、ルセット先生の意識体を包み込む。
ルセット先生のお手本のように すっぽりとはいかない。
薄くて、レースのカーテンぐらいにしかなれない。

「怖がらないで。もっと強気になっていいよ」
ルセット先生がそう言ってくださったので、強気に がつんといってみたら、
ルセット先生の身体がびくっと動きました。
<痛いよ、サラ。それじゃ有刺鉄線(ゆうしてっせん)みたいだ>
<ごめんなさい……>
<いいよ。もう1回>

今度は有刺鉄線にならないように、ふんわりしたイメージで挑戦。
<綿菓子みたいだね。痛くないけど透け透けだよ>
とルセット先生。
――んー、綿菓子か……。じゃあ……――
と、今度はマシュマロをイメージ。
そしたら……、
ルセット先生の意識体を感じなくなりました。
自分が2人居るような感覚。
そのうち1人はルセット先生の身体なのに、自分の身体のように歩ける。
――怖い――
そう思った瞬間、いつもの感覚に戻りました。

「いいよ。今のでできてる。なんのイメージ?」
ルセット先生が聞かれました。
「マシュマロ……」
「マシュマロかぁ。いいね」
ルセット先生はにっこり笑ってくださいました。

放課後、ルセット先生は天戸キャンパスでした。

サラの日記196(「だてに教官の弟やってないからねー」)

銀菓神暦2015年10月19日

ジャックさんがメランジェ先生に願書を出していました。仮称号試験の。

「あれ? もう願書出すの?」
ジャックさんに聞いてみたら、
「うん。来月まで待てないから、来週受けることにした」
って、いつもの ちゃらちゃらした感じで返ってきました。
「えーっ! 準備は? 勉強は?」
驚いていたら、
「だてに教官の弟やってないからねー」
って、今度はウインク付きで返ってきました。
ジャックさんって、普段はあんなに ちゃらちゃらしてるのに、ここぞって時には やっぱりちゃんとしてる。

「実は兄貴からの指令。兄貴、来月は留守神の仕事で帰れない日が多くなるからさ、『何かあった時にサラを助けてやれるように、早めに仮称号取ってくれたら助かるんだけどなー』なんて のろけられちゃってさ。ま、今んとこタツキちゃんはグラセさんにべったりでセカンド君の出番も無いしさ、サラちゃん助けてやってもいっかなーなんて」
ジャックさんは天井を見上げて口笛を吹き始めました。
「ありがとう、ジャンクさん。助けてもらうようなことが起こらないことを祈るけど」

夕食の時、ルセット先生に聞かれました。意識体のメッセージで。
<来月、独りで大丈夫?>
<大丈夫。私の意識の半分はミシェルだから。独りじゃない。それに、ミシェルの意識の半分は私だから、一緒に行ってるのと同じこと。姿が見えないだけ。もしもの時はジャックさんも居るし。大丈夫>
ルセット先生に送ったメッセージだけど、半分は自分に言い聞かせていました。
<そうだね。じゃあ、サラの半分は大切に連れて行くから、僕の半分をよろしく頼むよ>
ルセット先生はいつものように穏やかに微笑んでくれました。
それから続けられました。
<明日から、サラの中の僕の意識を優勢に切り替えることを教えるから>
<はい>
<僕の中のサラの意識を優勢に切り替えることも>
<はい>

サラの日記195(おかげさまで、本番中は特殊着装のことばかり気になって、演奏での緊張は忘れていました。)

銀菓神暦2015年10月18日

銀菓神社での奉納演奏。
ルセット先生は大学院修了の時に1度やったことがあるそうです。

本番は日暮れからなのだけど、出発は早朝でした。
でも、準備に色々と時間が掛かって、早朝の出発でも足りないぐらいでした。

奉納演奏の観覧には一般の方もいらっしゃるので、素性を知られないよう、銀菓神使スーツ着装での演奏です。
弦の演奏は普通の着装でも大丈夫なのだけど、管の演奏は普通に着装したのではできないので、管楽器演奏のための特殊着装というのをやりました。
簡単に説明すると、他は普通に着装しているのだけど、口元だけ着装の幻影です。
今日ルセット先生から教えてもらうまで、そのことを全く知りませんでした。

もう……。分かってるんだったら もっと早く教えといてよね。
おかげさまで、本番中は特殊着装のことばかり気になって、演奏での緊張は すっかり忘れていました。
これは、ルセット先生の作戦?
私を緊張させないための?
ん。作戦だったって受け止めておこう。

銀菓神さまにもお会いできました。
ベールの向こう側にいらっしゃって、直接お顔を拝見できたわけではないけれど。

500年前に、私たちは一対(いっつい)の銀菓神だった。
ルセット先生が闇の銀菓神。私が光の銀菓神。
歴代の銀菓神に、「ありがとう」と思う。
私たちが、500年前に、ある意味放棄してきてしまった銀菓神界を、この時代まで守り通してくれて、「ありがとう」と思う。
銀菓神使という、今私に与えられている場所から、銀菓神さまや銀菓神界に、一生懸命お仕えしたいと思う。

奉納演奏のあと、ジャックさんが宣言しました。
「俺、来月の仮称号試験受けるよ。無称号でこんな舞台に立たせてもらったなんて、恐れ多くて」

うん。ジャックさんなら受かると思う。
私みたいに、偶然とがむしゃらでしか技の使えないようなのでも仮称号取れたのに、
ちゃんと自分の意志で技が使えるジャックさんなら、間違いなく受かると思う。

サラの日記194(大きな粉ふるいの木枠に10数本の弦を張った、「粉ふるいハープ」を弾いているジャックさんが居ました。)

銀菓神暦2015年10月17日

もちろん今日は練習三昧(ざんまい)で過ごしました。
大学院は午前中だけだったので、午後からは花綵アグルム城の屋上で練習していました。

私の のし棒横笛の音に合わせるように、背後から弦の音が聞こえてきました。
でも、ルセット先生の木べらギターの音とは少し違うし、第一、仕事中のルセット先生がここに居るわけがないし……と思いながら振り返ってみたら、

大きな粉ふるいの木枠に10数本の弦を張った、「粉ふるいハープ」を弾いているジャックさんが居ました。

「明日、俺も行くから。よろしく」
ジャックさんは演奏を続けながら そう言いました。
私も、のし棒横笛を続けながら うなずきました。

ルセット先生の木べらギターは、私の のし棒横笛をすっぽり包み込んでくれる感じの音。
ジャックさんの粉ふるいハープは、私の のし棒横笛に寄り添ってくれる感じの音。

私の音は?
きっと危なっかしいんだろうな……。
だから、包み込んだり寄り添ったりして支えてくれてるって感じるんじゃないかな……。

空が赤くなってきた頃、鳥居の中から木べらギターの音が聞こえて、ルセット先生が出て来られました。
「さ、練習はこれぐらいにして、今夜はゆっくり休もう。疲労感いっぱいの演奏じゃ銀菓神さまに申し訳ない」

もしも、いつか、ジャックさんがゾエさんを花綵アグルムに迎えることになったら、
ゾエさんの楽器って何が似合うかな……。

サラの日記193(「サラがアロゼの仮称号を取ったら、一緒にやりたいことがあるって言ってたの覚えてる?」)

銀菓神暦2015年10月16日

「サラがアロゼの仮称号を取ったら、一緒にやりたいことがあるって言ってたの覚えてる?」
ルセット先生は木べらギターの弦を弾き(はじき)ながら言われました。
「うん。何?」
「急なんだけど、明後日、銀菓神社の奉納演奏に行かない?」
「うん! 聴きたい聴きたい!」
なんだか わくわくして はしゃいでいたら、
「違うよ。聴きに行くんじゃなくて、僕らが奉納演奏するんだよ」
ルセット先生が真面目な顔をされました。
「えっ? できないよ……」
「できるよ。いつも通りでいいんだ。ね、行こう。仮称号の記念も兼ねて。ね?」
「う……。うん……」
「よし、行こう! もう予約してあるから」
ルセット先生は自分の膝(ひざ)をパン!とたたいて立ち上がりました。
「えーっ! だったらもっと早く教えといてよ!」
ルセット先生の膝(ひざ)を軽くたたきました。
そしたら、
「時間をあげるといらないことを考えるでしょ? サラは」
と、もっともなことを言われてしまいました。
「時間が無いのも焦る(あせる)んだけど……」
言い返したつもりだったけど、
「だから2日前に発表したんだよ」
と、やられてしまいました。
だけど……。
「来月じゃだめなの?」
念のために聞いてみました。
「来月は銀菓神さまが忙しいんだ。神在り(かみあり)のご出張で。僕も留守神(るすがみ)の仕事で忙しくなる」
って返ってきました。
そうか……。来月は神在りの……。
「うん、分かった。明後日でいい」

来月、ルセット先生は留守神の仕事で帰れない日が多くなる。
それでなくても天戸キャンパスに行っちゃったりしてるのに……。
今のうちに、ルセット先生とたくさん一緒に居たい。

サラの日記192(昨日、ルセット先生とあんな話をしたからかもしれません。 でも、感じる。)

銀菓神暦2015年10月15日

午後、ルセット先生は花綵(はなずな)キャンパスには居ませんでした。
その訳を知ってはいても、やっぱり心のどこかがぽっかりしちゃうな……って思いながら中庭のベンチに座って、テキストをぼんやり読んでいました。

「よっ! アーロゼっ!」
大きな声と同時に背中をベチっとたたく人が……。
「痛ーいっ!」
振り返るとジャックさんが、
「隙ありーっ!」
って笑っていました。

「タツキちゃんは?」
「王子様がお迎えに来られましたー」
ジャックさんは空を見上げながら、気の抜けたような声で言いました。
「グラセさん?」
「うん。2人で仮称号の自主練するんだってさ。セカンド君の出番なし」
「あ! じゃあねぇ、『銀菓薬膳』の勉強付き合ってよ」
「兄貴の科目じゃん。兄貴に聞けばー?」
ジャックさんは空を見上げたまま。
「ルセット先生とミシェルは別人なの。勉強のことに関しては」
「ひょー。厳しんだね。いいよ。やろうぜ」
ジャックさんは隣りに座って私のテキストを覗き込みました。

昨日、ルセット先生とあんな話をしたからかもしれません。
でも、感じる。
ジャックさんの中にゾエさんを感じる。
1000年前に寂しい想いを抱えることになってしまった彼女の、精一杯輝こうとする、照らそうとする強い波動を、
ジャックさんの中に感じる。

サラの日記191(「知ってる。僕の意識の半分はサラだから」)

銀菓神暦2015年10月14日

ルセット先生が話されました。
「ジャックとグラセの一件で、ゾエが、銀菓神使ルヴィーブルの候補者として銀菓神局からの引き抜きを受けたんだ。ゾエは、銀菓神局附属大学 天戸(あまと)キャンパスの大学院に籍を置いてる」
「天戸(あまと)って……」
「うん、銀菓神局本部内にある、エリートじゃないと入学できない、完全護衛付きの超一流キャンパス。なんてったってプラクミーヌのお姫様だからね、ゾエは」
「ミシェルも花綵(はなづな)アグルムの王子様なのに? どうして天戸に行かなかったの?」
「僕は身分を隠して入ったからね。天戸じゃサラに会えなかった」
それを聞いて、ちょっと くすぐったくなって、ルセット先生から視線をそらしました。
ルセット先生は続けられました。
「花綵キャンパスの仕事が無い日は、天戸キャンパスに、ゾエを教えに行くことになった。ゾエには僕たちの素性は明かしていない。銀菓神使としてだけの関係だ。ゾエの前で銀菓神使スーツの着装を解除したこともないし、これからもしない。明かすのは、ジャックと、銀菓神使エルブとパートナーの契りを結ぶ時。どちらかが拒めば、ゾエが僕たちの素性を知ることはない。ずっと。……だけど、……このことが花綵アグルムとプラクミーヌの良い国交に繋がって欲しいとも願ってる」
「ジャックさんは? このこと知ってるの?」
「ジャックにも、ゾエの準備が整うまでは知らせない。……でも……、ジャックとゾエの波動は、これ以上ないほどに共鳴してる。ゾエの準備が進むにつれて、ジャックには自然に伝わってしまうかもしれない。それならそれで、無理に隠すこともない」
「うん。分かった」

そのあとルセット先生は、さっきまでよりも少し柔らかな口調で話し始められました。
「これは僕の勝手な想像なんだけど、ジャックとゾエは1つだったんじゃないかって感じるんだ」
「どういうこと?」
「前に話したことがあったよね。ゾエは1000年前の婚約者だった人だって……」
「うん」
「彼女の欠片(かけら)がジャックなんじゃないかって感じることがあるんだ。立場を変えて僕やサラのそばに居て、僕やサラを癒してくれてる。……そう感じることがあるんだ」
「うん」
納得して聞いている私の顔を覗き込んで、ルセット先生は
「笑わない?」
って……。
「うん、笑わない。だって、私の意識の半分、ミシェルだもん。おんなじこと思ってた。ただ……」
「ただ?」
「やきもちは焼くかも……」
「知ってる。僕の意識の半分はサラだから」

アロゼの休憩室19「写真集『鳥居のある風景』を読んでの驚きと感動」

サラちゃん、銀菓神使アロゼの仮称号を取りましたね(^^)

さて、
秋です。
芸術の秋です。
読書の秋です。

というわけで、
鳥居が頻繁に出て来るお話を書いているわけだし、鳥居の出て来る本が無いかな……と探していたところ、
『鳥居のある風景』(ISBN 4-88591-933-9 2005年)
という写真集がバーゲン本としてお安くなっているのを見付け、早速買ってみました。

その中の解説を読んでみると、私が『銀菓神使アロゼ』で描いている世界に通ずることが書かれていて、
あまりの偶然に、驚きと感動を覚え、
是非ここで紹介させてもらいたいと思い、今回のお題にしてみました。

で、私が驚きと感動を覚えた部分というのは、
この写真集の20ページで『古事記』のタジマモリのことについて触れられていたことと、
22ページに「鳥居とは多世界が境を隣接する渦巻く磁場である。」という一文があったことです。

私には鳥居や神社に関する専門的知識は無く、
宗教には関係の無い範囲で神社にお参りに行ったり、神棚のお札に手を合わせるぐらいのことしかしていません。
なんとなく浮かんできたタジマモリや鳥居のことを使わせていただき、なんとなく感じるままに作品にしているのですが、
この写真集の解説には私の感じていたことと同じことがうまくまとめられて書かれてあったので、
驚きと感動を覚えたというわけです。

興味を持たれた方は、是非読んでみてください。
(写真集だから、見てみてくださいかな?)

ちょっと見てみたいだけなら、秋のお散歩のついでに図書館の利用もいいかもしれません。

買いたい派の人へは、
下に Amazon、楽天市場 でのネット販売のリンクも張っておきます。
バーゲン本なので、お店によって価格が色々で、安い物は早い者勝ちです。
リンクをご覧になるタイミングによっては売り切れの可能性もあります。


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サラの日記190(それから少しかがんで、にやっとしながら私を上目づかいに斜めに見上げて、)

銀菓神暦2015年10月13日

メランジェ先生がにこにこして、私の方へ向かってこられました。
なんだろう……って色んなことが頭の中をぐるぐるして、だんだん不安になっていたら、
「仮称号、授与されましたよ」
と言われるのが聞こえました。

「仮称……。えっ! 仮称号、受かったんですか?」
そう言えば、仮称号試験を受けたこと、半分、いやそれ以上忘れていました。
「受かりましたよ。銀菓神使アロゼの仮称号が授与されたんですよ」
メランジェ先生は にっこりして通知書を手渡してくださいました。
「ありがとうございます……」
そう言いながら、すぐには信じられなくて、何度も何度も通知書を読み返しました。

「但し、正式な称号とは違って、ちょっとした不祥事で すぐに取り消しになりますからね。2回目は厳しいですよ。気を付けて」
メランジェ先生は微笑みながら、私の顔を覗き込まれました。
「はい。気を付けます……」

通知書を握りしめてルセット先生の研究室へ走っていたら、ジャックさんとタツキちゃんが追いかけてきました。
「何かあったの?」
ジャックさんが聞いてきたけど、黙って走りました。
だって、1番に報告したい人はルセット先生なんだもん。

ルセット先生の研究室のドアを、今思い返せば、ノックもせずにいきなり開けて、
「受かった!」
って、ルセット先生の顔の前に通知書を広げました。

「待って待って。近過ぎて見えないよ」
ルセット先生は通知書を自分で持って、ゆっくり目を通されました。
それから少しかがんで、にやっとしながら私を上目づかいに斜めに見上げて、
「おめでとう、サラ。やっと半人前になったね」
って、通知書を返してくださいました。
ジャックさんは指笛で、タツキちゃんは拍手で喜んでくれました。

夕食に、ジャックさん、ウィルさん、マリーさんを呼んで、小さなお祝いをしました。

サラの日記189(ドアを開けると、いきなりグラセさんがジャックさんをにらみ付けました。)

銀菓神暦2015年10月12日

放課後、グラセさんがいらしてるということで、ルセット先生の研究室に呼び出されました。
ジャックさんとタツキちゃんも一緒でした。

ドアを開けると、いきなりグラセさんがジャックさんをにらみ付けました。
「無称号のくせに、よくもやってくれたな」
が、すぐににっこりして握手を求められました。
「よろしく頼むよ、ジャック。君になら、安心してセカンド・パートナーを託せる」
「お、おう……」
ジャックさんは戸惑いながら、照れながら、握手に応じました。

タツキちゃんがグラセさんの隣りに歩み寄りました。
「私たち、パートナーの契りを結んだの。サラちゃんみたいになりたい。この間の、ルセット先生の『知らなくてもやれーっ!』にちゃんと応えてるサラちゃんに憧れちゃった……」

謹慎と停学中の1週間、タツキちゃんは毎日グラセさんのお見舞いに通っていたそうです。
その間中、ルセット先生の『知らなくてもやれーっ!』の話ばかりしていたみたい。
あの時は必死だったけど、今思い返してみると、『知らなくてもやれーっ!』は私も気に入ってる。
いつもは穏やかなルセット先生があんなに叫んで、怖かったけど、ちょっと格好良かった。

「さ、僕はもう少し仕事をするよ。構内中どこに居ても、教え子を危険な目に遭(あ)わせた先生って視線が飛んで来るんだ。早いとこ名誉挽回しないとつらいよ。お茶、自由に飲んでってね」
ルセット先生はそう言うと、早速 机の書類に向かわれました。

結局私たちは、ルセット先生が今日の仕事を終わりにされるまで、そのまま研究室で お茶をして、なんでもない おしゃべりを延々と続けて過ごしました。

夕食の時、ルセット先生が、
「調子悪いの?」
って聞かれました。
「ん? 元気よ?」
「でも、サラ、全然食べてないから」
「お茶とお菓子でお腹がいーっぱい! ……なの」
ルセット先生は私のおでこを、指で小さく弾き(はじき)ました。

サラの日記188(朝から退院の準備をしていました。)

銀菓神暦2015年10月11日

朝から退院の準備をしていました。
と言っても、手荷物程度のことだけど。

病室のドアをノックする音が聞こえたので、ウィルさんが迎えに来てくださったんだと思って、荷物の中をごそごそしたまま、
「ウィルさん? どうぞ入って」
と返事をしました。
でも、誰も入って来る様子が無くて、ウィルさんじゃないのかな? とドアの方を振り返った瞬間、ゆっくりドアが開いて……、
ドアの向こうにはルセット先生が立っていらっしゃいました。

なんにも考えずに、ルセット先生の胸に飛び込んでいました。

「ごめんね、サラ。銀菓神局からの特命だったんだ」
ルセット先生の、いつも通りに穏やかな声が聞こえました。

ルセット先生の1週間分の意識が、大きな流れになって、私の中に入って来ました。
「今、サラに伝えられることはこれだけ。あとは極秘事項」
伝わって来たのは、銀菓神局の施設の中で、ゾエさんに何かを教えているルセット先生。
「うん。分かった」
急に居なくなってしまった理由が、銀菓神局の特命だったってことと、ちゃんと無事だったってことが分かれば、それで充分だと思いました。

「身体は大丈夫?」
ルセット先生の両手が、私の全身を確かめるように、優しく動きました。
「うん、大丈夫」

銀菓神局からの特命。
1親等内の親族(つまり、配偶者、自身の父母、配偶者の父母、自身の子、配偶者の子、自身の子の配偶者、配偶者の子の配偶者)には、特命で出掛ける1日前から留守にする旨を話しておくことができるのだそうです。
でも、私たちはまだ婚約状態なので、話すことができなかったのだそうです。
急な特命だったので、王と王妃にも黙って出掛け、ルセット先生がどこに行ってしまったのか、誰も知らないという状況になっていたみたいです。

明日は久しぶりの大学院です。

サラの日記187(散歩程度なら動いても構わないと許可が出ました。)

銀菓神暦2015年10月10日

散歩程度なら動いても構わないと許可が出ました。
熱っぽさが無くなって身体は動かし易くなったし、
太腿の傷も きちんとした手当てをしてもらえて、痛みは弱くなっていました。

ジャックさんが肩を貸してくれて、廊下を歩いてみました。

「あの日、ミシェルの戻って来るのがもう少し遅かったら、葉っぱの小刀、もう1回刺してるとこだった……」
って、私はとっくに笑い話になったつもりで言ったのに、
「もうそんな無茶しないでね、サラちゃん」
と、ジャックさんは真剣に返してくれました。
「無茶させないでね、ジャックさん?」
って、冗談めかして返したら、ジャックさんは やっと笑ってくれました。

「兄貴、帰って来ないね……」
ジャックさんはまた真面目な表情になりました。
「大丈夫。……私たち、意識の結合をした者同士だから。だから、連絡が取れなくても、意識体での交信ができなくても、なんとなく大丈夫だって分かる」
私は できるだけなんでもない顔をして言ったけど、
「意識体の応答も無いの?」
と、ジャックさんはさっきよりも心配そうな顔になりました。
「意識体に話し掛けてもブロックが掛かってる……。あ、でも、ブロックが掛かってるってことは、ちゃんと自分の意志でコントロールできてるってことだから、だから無事ってこと。無事で居るならそれでいい」

急にジャックさんの表情が緩みました。
「あーあ。いいなぁ、兄貴。こんないい女がパートナーで」
「……もうすぐ、ジャックさんには最高の人が現れる」
「え?」
「ような気がする……。ミシェルと意識の結合をしている私の勘」
自分でもなんでこんなこと思っちゃったんだろう……って、動揺を隠すために、わざと大げさに笑ってみました。
「なーんだ。ただの勘かぁ」
ジャックさんは私の笑いにつられて笑ってくれました。

サラの日記186(ね、本当は何をやってるの?)

銀菓神暦2015年10月9日

病室の中で1日過ごしました。
今日はマリーさんが一緒に居てくださいました。
病院のような所に居て、万が一お腹の赤ちゃんにさわるといけないので、遠慮を申し出てみたのだけど、
「私、ジャック殿下の専属でもあるけど、3人の銀菓神使の専属でもあるんですよ? 大丈夫だから」
と言って、ずっと一緒に居てくださいました。

マリーさんは いたずらっぽい顔をして、こんなことも言われました。
「銀菓神使って、お菓子のことだけやってるんじゃないんですね? 小刀が刺さってみたり、行方不明になってみたり、熱で倒れてみたり……。ね、本当は何をやってるの?」

「実は……」
私もマリーさんに乗っかって、わざと小声で言ってみました。
「実は?」
マリーさんが興味津々の目で聞き返します。
「お菓子のことだけやってるつもりが、こんなことになっちゃう人たちの集まりが、銀菓神使なんです」
「なるほどねー」
マリーさんは何度も首を大きく縦に振って笑っていらっしゃいました。

今日もジャックさんがお見舞いに来てくれました。

ルセット先生のことは、もう捜していません。
意識体にブロックを掛けているってことは、無事でいるって証拠だから。
不安だけど信じてる。
何か特別な事情があって、連絡を取ることができないだけ。
だって、ジャックさんとグラセさんを助けるために あんなに必死だったルセット先生が、特別な理由も無く、ジャックさんとグラセさんの予後を確かめもせずに居なくなっちゃうわけない。
きっと、何か大事な仕事をしているだけ。

サラの日記185(目が覚めたら、知らない部屋で眠っていました。)

銀菓神暦2015年10月8日

目が覚めたら、知らない部屋で眠っていました。

「良かった、サラさん。目が覚めましたね」
ウィルさんの声が聞こえました。
「今、先生を呼んで来ますね」
ウィルさんが部屋から出て行かれるのが見えました。

眠っていたのは病院のベッドでした。
太腿の傷からの細菌感染で高熱が出て、意識がはっきりしない状態になっていたみたいです。

打っていただいた抗生剤が効いているのか、眠る前より身体が軽いです。
でも、まだ動いてはいけないと言われました。
ジャックさんとグラセさんを回復させることや、ルセット先生が居なくなってしまったことで頭がいっぱいで、自分の異常には気付いていませんでした。

ジャックさんがお見舞いに来てくれました。
「サラちゃんの傷、俺がやっちゃった?」
「ううん。自分でやったの。気付け刺し(きつけざし)」
「気付け刺し?」

それからジャックさんに、
あの日、ジャックさんとグラセさんが倒れたあとのことを話しました。

「こんなになるようなことさせて ごめんね。ありがとう」
そう言いながら髪を撫でてくれるジャックさんの仕草の中に、ルセット先生の面影を探していました。

今日もルセット先生は居ません。

サラの日記184(「そう言えば、兄貴は? 俺がへましちまったから怒ってる?」)

銀菓神暦2015年10月7日

「そう言えば、兄貴は? 俺がへましちまったから怒ってる?」
バルコニーでハーブを眺めながら、ジャックさんがたずねてきました。
「……どこかに……」
「どこかに?」
「……どこかに行っちゃって、見付からないの」
「え!? いつから?」
「……あの次の朝、目が覚めたら……居なかった」
ジャックさんに打ち明けたら、急に涙が出てきました。
ジャックさんの動きが止まっているのを感じました。

一生懸命 涙を止めようとしていたら、ジャックさんが背中に腕を回して、肩をゆっくり撫でてくれました。
止まりかけていた涙が止まらなくなって、しゃくり上げてしまいました。

止め方が分からなくなって泣き続けていたら、頭が痛くなって、身体がだるくなって、眠気も襲ってきました。
「サラちゃん。やっぱり熱あるんじゃない?」
ジャックさんがそう言って心配してくれましたが、
「ひどい泣き方しちゃったからかな……。ごめんね。ありがとう。ちょっと休んでくる」
って、部屋に戻りました。

なんだか疲れちゃったな……。
書きかけの始末書を仕上げたら、今日はもう休もうかな……。

サラの日記183(昨夜、ルセット先生は帰って来られませんでした。)

銀菓神暦2015年10月6日

昨夜、ルセット先生は帰って来られませんでした。
私は始末書の文面を考えながら、そのまま机に伏せて眠ってしまっていました。

目が覚めると実家の工房の仕事に出掛けるのにちょうどいい時間だったので、いつものように身支度を整えましたが、身支度の間立っているだけでも太腿の傷の痛みが辛くて、しばらくお休みすることにしました。

<ミシェル? 大丈夫? ちゃんと食べてる? ちゃんと眠ってる? どこに居るの?>
昨日と同じように、ルセット先生の意識体はブロックされていて、何も感じることはできませんでした。
それから鳥居のスクリーンにも、ルセット先生の姿は見付かりませんでした。

昨日はベッドを降りることができなかったジャックさんでしたが、今日はバルコニーのミニハーブ園をゆっくり歩けるようになっていました。
ジャックさんに肩を貸していたら、
「サラちゃん、熱あるんじゃない?」
って言われました。
「え? 私、熱い?」
「うん」
ジャックさんは観察するかのように、私の顔をまじまじと覗き込んでいました。
「ジャックさんが重いから熱くなっちゃったのかな?」
熱があるような自覚はありませんでした。

自分の部屋に戻って、太腿の傷の手当てをしました。
ジャックさんを支えるのに思いっきり力を入れて立っていたからか、閉じかけていた傷口が、また少し開いてしまっていました。
自分で『癒しのアロゼ』を掛けてみましたが、必死だったあの時のように うまくは掛けられませんでした。

多分、今夜もルセット先生は帰って来られません。
鳥居のスクリーンにはゾエさんの姿も見付からない。
一緒に居るの?

<信じてる。信じてるから大丈夫だけど、元気でいるのかどうかだけは知らせて欲しい>

サラの日記182(朝、私が目を覚ました時にはもう、ルセット先生の姿はありませんでした。)

銀菓神暦2015年10月5日

ルセット先生とグラセさんは1週間の自宅謹慎、ジャックさんとタツキちゃんと私は1週間の停学処分になりました。

だけど、
朝、私が目を覚ました時にはもう、ルセット先生の姿はありませんでした。
ベッドから降りようとすると、太腿(ふともも)に、昨日、葉っぱの小刀を刺した痛みがよみがえりました。

マリーさんにお願いして、ジャックさんのそばに居させてもらうことにしました。
ジャックさんの呼吸、血圧、傷の様子に異常はありませんでしたが、ジャックさんは昨日のあれから1度も目を開けていませんでした。

お昼過ぎになって、ジャックさんは目を覚ましました。
「……ねぇ、サラちゃん」
「あ! ジャックさん!」
「ゾエちゃんは? どこ?」
ジャックさんは部屋の中をぐるっと見回しました。
「帰った……よ?」
そう言いながら、気を失っていたはずのジャックさんがどうしてゾエちゃんのことを知っているんだろう……と不思議でした。
「帰っちゃったんだ……」
ジャックさんはゆっくり目を閉じました。
「お水、飲む?」
グラスを差し出したら、ジャックさんはゆっくり目を開けました。
ジャックさんが上半身を起こすのを手伝って、グラスを手渡したら、ジャックさんが話し始めました。

「真っ暗でなんにも見えなくてさ……。困ってたんだ。どっちに向いて歩けばいいのか分からなくて。……じっとしてたら、ぼんやりと明かりが見えて・……、でもやっぱり暗くて……。そしたらさ、そのぼんやりとした明かりの中から、ゾエちゃんの声が聞こえたんだ。「こっちこっち」って。……ゾエちゃんが伸ばしてくれた手に届いて、なんかほっとして、そのまま眠っちまってた。あ、グラセさんは? 大丈夫?」
「うん。ジャックさんよりは まし」
「兄貴は?」
「あ、それが……、朝から居ないの。ちょっと捜してくる」
椅子から立ち上がった瞬間、太腿に痛みが走りました。
「痛っ!」
「サラちゃん、どうかした?」
「ううん、大丈夫。捜してくる」

もう一度部屋に戻って捜してみたけど、ルセット先生はいませんでした。

屋上の鳥居に手をかざして、心当たりの場所を映し出してみましたが、ルセット先生はいませんでした。
昔のルセット先生の家やミカン畑にも、ルセット先生の姿はありませんでした。

<ミシェル、どこ? ジャックさん、目が覚めたよ>
しばらく待ってみたけれど、返事はありませんでした。
ルセット先生の意識を読もうと集中してみましたが、ブロックしている時のように何も感じませんでした。

多分……ブロックしてる。
どこに行っちゃったんだろう……。
……ゾエさん?
いつもの鳥居じゃなくて、手刀で切った鳥居を使ってた……。
あれは緊急事態だったから? それとも……。

月が柔らかな光を放ち始めても、ルセット先生はまだ戻って来られません。

サラの日記181(「『癒しのアロゼ』なんて知らない!」 「知らなくても やれーっ!」)

銀菓神暦2015年10月4日

ジャックさんとグラセさんは銀菓神使スーツを着装し、2人の対決がこの間の湖のほとりで始まりました。
今回はタツキちゃんは巻き込まないという条件なので、タツキちゃんは私たちと一緒に2人の様子を見ていました。

タツキちゃん無しでの対決は徐々にエスカレートしていきました。
ジャックさんはとがった草の葉を10枚ほど小刀のように変化させて、グラセさんに向かって飛ばしました。
グラセさんはそれを湖から作った鏡で跳ね返しました。
次の瞬間、
グラセさんがジャックさんに駆け寄って、ジャックさんの名前を何度も叫んでいるのを見て、ジャックさんに何か大変なことが起こったのを悟りました。

私たちもジャックさんの方へ駆け寄ってみると、
ジャックさんの胸に葉っぱの小刀の1つが突き刺さっていて、ジャックさんの意識はありませんでした。
私たちがジャックさんの様子を確認するのと同時に、グラセさんがその場に倒れ込みました。
グラセさんの胸にも葉っぱの小刀の1つが突き刺さっていました。

「サラ! 『癒しのアロゼ』を注げ!」
ルセット先生が叫ばれました。
「『癒しのアロゼ』なんて知らない!」
「知らなくても やれーっ!」

必死になっていたら、グラセさんとジャックさんに光の粒が舞い降り始めました。

それを確認したルセット先生は、
「タツキさんはセカンド・パートナーの力を2人に注いで、『癒しのアロゼ』を増幅させるんだ!」
と、タツキちゃんの両手を2人にかざすように促しました。

「足りない……。ゾエを連れて来る! 素性を知られないように着装してろ!」 
ルセット先生は手刀で描いた鳥居の中に入って行かれました。

ルセット先生の姿が無くなったあと、まだ1度も着装したことが無いと言うタツキちゃんの着装を手伝うために、『癒しのアロゼ』を注ぎながらタツキちゃんにも誘導の波動を送りました。
こんな同時進行ってあり得ないって思っているうちに、自分の意識も薄れそうになってきて、
近くに落ちていた葉っぱの小刀を拾って、自分の太腿(ふともも)に刺しました。

タツキちゃんの着装誘導はなんとかうまくいったのだけど、2人が『癒しのアロゼ』を底無しに ぐんぐん吸収して、再度意識が薄れてきて、2つ目の小刀を刺そうかと思っていた時、空中に赤い光の鳥居が現れて、ルセット先生とゾエさんが出て来られました。

ルセット先生、ゾエさん、タツキちゃんと私の4人は手を繋いで輪になり、
グラセさんとジャックさんを囲みました。
「ゾエがミロワールとアロゼの力を増幅してくれるはずだ」
ルセット先生の声色(こわいろ)は、懸命に冷静さを保とうとしていました。

しばらくすると、青白かったグラセさんとジャックさんの顔色が戻って来るのを感じました。

「ありがとうゾエ。ゾエのおかげで助かった……」
ルセット先生は、ゾエさんを、力無く寄り掛かるようにして抱きしめたあと、その場に崩れ落ちました。

アロゼの休憩室18「友達からの電話」

小2の娘。
友達からの電話に普通に出て、普通に話しができるんです。
教えていないのに……。
「よっ! 立派な我が子よ!」なんて思ってしまいます。

って書いたら、「当たり前じゃん。おかしいんじゃないの?」って思われてしまうかもしれません。

でも、

友達からの電話に普通に出て、普通に話しが……
できないのが普通だったんです。私が小2だった頃は。

顔を合わせてってことなら、表情や雰囲気を読み取ってもらうことで なんとか意思の疎通ができるのですが、
電話って口でしゃべらなきゃならないわけだから、
しかも、相手が聞き取れる程度の大きさの声で、相手が聞き取れる程度に はっきりと しゃべらなきゃならないわけだから、
場面緘黙時代の私には、電話は恐怖の機械でしかなかったわけです。

そんな私が、どうやって友達からの電話に応対していたか……。

私の持っている受話器に、母が反対側から耳を押し付けて、友達が何を言っているのかを聞き取り、返すべきセリフを耳元で教えてくれていました。
私は母が教えてくれた通りを声にするだけ。

この方法は、電話だけではなくて、
おけいこごとの先生との会話にも使っていました。
いつも母がそばにいて、私がしゃべるべきセリフを、母が耳元で教えてくれていました。

そう、決まったセリフがあれば、電話ででも、外ででも しゃべれたんです。

だから、学芸会で発表する合唱や劇は大好きでした。
次に何をしゃべればいいのか なんて考える心配のない環境で表現することは大好きでした。

そんな母も、私が高校生になる頃から、少しずつ手を放すようになりました。
すると どんなことが起こったでしょう……。

部活動などで ちょくちょく回って来る、電話での連絡網がちゃんと回せなかったんです。
いつも私のところで間違った情報に変わってしまっていました。

聞いてるってことを声にして伝えること(つまり相づち)だけで精一杯で、
メモをちゃんと取る余裕はないし、緊張のあまり内容は頭に残っていないし、もう一度聞き返すってことも思い付けなかったし……。

当時ご迷惑を掛けてしまった方、
本当にごめんなさい。

だから、

友達からの電話に普通に出て、普通に話しができる 我が子の様子を見ていると、
親バカとかじゃなくて、
本当に心から「すごいなぁ……」って思ってしまうんです。
いわゆる「一般」の枠の中に入ってる子って こんな感じなんだなぁ……って、
この位の年頃の子供って こんな感じなんだなぁ……って、
まじまじと感じてしまうんです。

ちなみに今は、
娘の学校の保護者の連絡網、
ちゃんと回せますよ(^_^)v
電話応対はOL時代に随分頑張って練習しましたから(^^;)