サラの日記147(ま、言わなきゃ分かんないぐらいの量だと思うから、誰にも言ってない。ルセット先生にも。)

銀菓神暦2015年8月31日

実家の母に、栗色の髪の女の子が来たら、お客様カードへの入会を勧めてもらえるように話しました。
詳しい事情は……ごまかしました。
だって、ジャックさんが……とかって、母には話しづらいもん。
それに、ルセット先生が聞き耳を立てているかもしれないし。

今日炊いたのはプルーンのジャム。
プルーンのジャムは、炊き始める前に、分量の半分の砂糖をプルーンにまぶして2~6時間ほど置いておかないといけないので、下ごしらえは昨夜のうちに済ませておきました。
今朝は、灰汁(あく)を取りながら、ひたすら炊いただけ。
この間のスモモもそうだったけど、プルーンも、ジャムにすると、生の時とは違う、きらきらした赤い宝石みたいになるのが不思議で素敵。

実は、頑張ってコントロールしても、アロゼスペシャルの光の粒を完全には止められなくて、それも少し入ってる。
だから、父や母が炊いていたジャムを気に入ってくださっていて、今もそのつもりで買いに来てくださっているお客様には、心の奥で「ごめんなさい」をしてる。
ジャムの瓶に貼り付けられているラベルの生産者の欄には、もちろん工房の代表者である父の名前が入ってる。父にも「ごめんなさい」。
ま、言わなきゃ分かんないぐらいの量だと思うから、誰にも言ってない。ルセット先生にも。

今日のルセット先生は、クッキーの生地を円に絞って、真ん中に、工房用に残しておいた、この間のスモモジャムをのせて、きらきら光るクッキーを焼いていらっしゃいました。
何度かジャムをじっと覗き込まれたいたけれど、もしかして気付いちゃった?
でも、何も言われてない。

オーブンの方から、
「ソレア?」
っていうルセット先生の声が聞こえた時には、アロゼスペシャルのことを言われるのかと思って、ちょっとびくっとしちゃった。でも、すぐ安心しました。
「これ、食べてみて」
って、スモモジャムクッキーの試食に呼ばれただけだって分かったから。
クッキーの生地がこってりと甘くて、スモモジャムは見た目からの想像よりも酸っぱくて、一緒に食べるとちょうどいいって感じだった。
先日メランジェ先生が話されていた、「違うからこその美しさ」のことが思い出されました。
このクッキーの場合は、「違うからこその美味しさ」……かな。

ほんの少しだけど、秋の気配のする風が入るようになって、工房での作業は灼熱地獄ではなくなってきました。
この季節の変わり目は、ルセット先生と一緒に歩いて行ける。
夏休みに会えなくなっちゃう……なんて、心配していた頃が懐かしい。
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サラの日記146(朝からずっと、ジャックさんと廊下で立ち話をしていて、気付いたらお昼になっていました。)

銀菓神暦2015年8月30日

栗色の髪の女の子、実家の両親は知らないようでした。
知らないけど、この間、その子かどうかは分からないけど、お客さんとして、そんな子が来たって言っていました。
私と同じぐらいの年頃の娘さんだったから、私の知ってる子かもしれないな……って思いながら接客して、印象に残ってるって。
そのこと、ジャックさんに話してみたら、明日から工房の手伝いに行きたいとかって言い出して……。
私とルセット先生は、お店には出ずに、呼び名を変えて、身分も隠して、開店前の工房のことだけを手伝ってるから、行ってもその子に会えないだろうって、一応話してみたんだけど……。
ジャックさんはそれでも行きたそうにしていました。

「ジャックさん、その子にそんなに会いたいの?」
「う、うん……」
ジャックさんは顔を赤くして下を向きました。
その様子を見て確信。
ジャックさんはその子が好きなんだ。
でも、名前も何も知らないみたいってことは……、一目惚れ?
「分かった。今度その子がお店に来たら、お客様カードを勧めてもらえるように両親に話しておくわ。そうすれば名前と連絡先は手に入るでしょ?」
「え?! いいの? そんなことしてもらえるの?」
ジャックさんの目は急にきらきらして、とっても嬉しそう。
「特別よ。ほかには絶対漏らさないでね。お店の信用問題になっちゃうから。それに、ひょっとしたらお客様カードは断られるかもしれないし……」
「うん、分かった! ありがとうサラちゃん! 持つべきものは頼りになる姉さん」
姉さんか……。
同級生なのに姉さん。
ま、いいか。

「サラー! ジャックも。そんなところで立ち話してないで、こっちにおいで」
ルセット先生の声がして、部屋のドアが開いて、おいしそうな匂いが流れてきました。
朝からずっと、ジャックさんと廊下で立ち話をしていて、気付いたらお昼になっていました。

「ね、あんなに長い時間、2人で何を話してたの?」
ルセット先生が、私とジャックさんの顔を交互に覗き込まれました。
「それがね、ジャックさんが」
私が話そうとすると、
「あ、サラちゃん、まだ兄貴には……」
と、ジャックさんが小声で止めに入ってきました。
私が、了解の合図の代わりに、ジャックさんに視線を送って にっこりすると、
「なんか妬ける(やける)な……」
って、ルセット先生がつまらなそうにされました。

サラの日記145(もしかして、これって、ジャックさんの恋愛相談?)

銀菓神暦2015年8月29日

昨日の話を具体的に進めるため、先にルセット先生だけ、銀菓神局に、プラクミーヌの領地になったミカン畑を、銀菓神使の権限で管理するための申請に向かわれました。

部屋で一人、片付けものをしていたら、ノックの音が聞こえました。
ジャックさんでした。
「サラちゃんの実家の近所にさぁ、栗色の髪の女の子っている? 俺たちと同じ年頃の……」
「同じ年頃で栗色? うーん、思い当たらないけど……。今度のことで引っ越して来たのかなぁ……」
「そっか……。サラちゃんの知ってる子じゃないんだ……」
「うん。……その子がどうかしたの?」
「ん、いや、ちょっと……。ん、ありがと。じゃ、またね」
ジャックさんは、ドアのところで そんな立ち話だけして、ささっと どこかへ行ってしまいました。

その時は、何かの調べものなのかな……って思ってたんだけど、
もしかして、これって、ジャックさんの恋愛相談?
だとしたら、ちょっと興味あるなぁ……、ジャックさんが気になってる人がどんな人なのか。
ひょっとしたら、私の義理の妹になっちゃったりする人?
栗色の髪か……。いいなぁ。ちょっと憧れちゃう。
髪が栗色ってことは、目はブラウン系なのかな……。
ミシェルは、私の髪の色、どう思ってるんだろう。
目の色、どう思ってるんだろう。
肌の色はどう思ってるんだろう。
あれ?
ジャックさんのことが、いつの間にかミシェルのことになっちゃってる。

ドアが開いて、ルセット先生が帰って来られました。
「許可、1週間ほど掛かるんだって。それまでは意識体で飛ぶことにするよ」
「うん。……ねえ、ミシェルは私の髪の色、どう思う?」
「髪の色? 漆黒(しっこく)で、きれいだよ。でも、なんで?」
「目は? 目の色は?」
「え? んー、ブラックダイヤモンドみたい。で、なんで?」
「なんでもない。ミシェルにどう見えてるのか知りたかっただけ」

明日、工房に行ったら、栗色の髪の女の子知らないか、両親に聞いてみよーっと。

サラの日記144(ミシェルが作る、新しい花綵アグルムを見てみたい)

銀菓神暦2015年8月28日

国王陛下と王妃、ミシェル王太子とジャック第二王子、それから私で、ちょっとした話し合いがありました。
王位継承のことについてです。

国の現状や、国の人たちの心情を考えると、領地を失ったミシェルには王位を継承するわけにはいかないという話でした。
国王陛下は、ミシェルの領地で生活していた人々のことを思えば、ジャックさんに王位を継承させるのが良いのではないかと迷っていらっしゃるようでした。

ミシェルも私も、国王陛下の考えに賛成でしたが、ジャックさんは、
「兄貴はそんな中途半端な気持ちでサラちゃんと一緒になろうと思ったの? そんなことしたら、サラちゃんのご両親に二重に心配掛けちゃうことになるよ。国の人たちだって、兄貴に対して、無責任で中途半端な奴だってイメージが大きくなるだけだよ。こんな時だからこそ、兄貴が継承して、国のことも、サラちゃんのことも、最後まで守り通すべきなんじゃないのかな。そうだろ? 兄貴?」
と、意見を出してくれました。

ミシェルは深いまばたきを ゆっくりすると、
「本当は、国のことも、サラのことも、自分の手で最後まで守りたい。でも、国の民あっての花綵アグルムだから、国の民に受け入れられないようなことはできない」
と、ジャックさんの方に視線を向けました。

「サラちゃんを手に入れたいがために領地を失った時点で、国の民には間違いなく嫌われてるよ」
ジャックさんはミシェルに、皮肉っぽい笑みを送りました。
それから、こう続けました。
「ねぇ、兄貴。嫌われついでに、最後までその調子でサラちゃんを守ってみない? じゃないと俺、サラちゃんのことが心配で心配で、兄貴からサラちゃんを奪っちゃうかもよ? ね、父さん。父さんなら俺の言ってること、分かってくれるよね?」

ミシェルは目を閉じて下を向き、国王陛下は静かにうなずかれました。

私は……、私の口から、こんな言葉が出ていました。
「連れってって、ミシェル。最後までやり通したあとの花綵アグルムに。ミシェルが作る、新しい花綵アグルムを見てみたい」

ミシェルはゆっくりと国王陛下の方に向き直すと、
「父上。王位継承の件については父上のご判断にお任せします。ただ、新しい花綵アグルムを作っていくことは、サラを迎えることを決心した時からの、私の願いでした。許されるのなら、最後までやり遂げたいというのが本心です」
と、自分でもその思いを一つ一つ確かめるかのように言葉にしました。

「ミシェルが領地を失ったのは、私の力が及ばなかったからでもある。……ミシェルの王位継承を来年に考えていたのは、プラクミーヌとの縁談があったからなんだ。……そうだな、もう来年に縛られる理由は無い。新しい花綵アグルムの基盤ができあがるまで、王位継承の件は延期にしよう。私が、国王としてお前たちを守る。自分たちの思うように、新しい花綵アグルムを、ゆっくり作っていけばいい。ミシェル、ジャック。それでどうかな?」
国王陛下の言葉に、ミシェルとジャックさんは、ゆっくりうなずかれました。

サラの日記143(ルセット先生は、「あ!」って顔をして、その口を手でふさいで、部屋を出て行こうとされましたが、ジャックさんにしっかり捕まえられました。)

銀菓神暦2015年8月27日

昨日のこと、忘れたはずはないけれど、ルセット先生は、いつものように接してくださいました。

大学院、行きはルセット先生と一緒でしたが、ルセット先生は夏休み明けの準備で色々と時間が掛かるそうなので、私だけ先に帰りました。

ルセット先生は夕食の時間になっても戻って来られなくて、キッチンでどうしようかと考えていたら、マリーさんが、
「よろしかったら、ジャックさんのお部屋でどうですか? 私もご一緒させていただきますから」
って声を掛けてくださいました。

ルセット先生にメッセージを送ってみたら、
<いいよ。先に食べてて>
と返って来たので、ジャックさん達と夕食にすることにしました。

マリーさんと一緒にジャックさんの部屋に入ると、
「サラちゃん、久しぶりー」
と、相変わらずのジャックさんが、右手を軽く挙げて迎えてくれました。

メランジェ先生が、ジャックさんが茂らせている大葉にどっぷり漬かっている話をしたら、ジャックさんは申し訳なさそうな顔になったり、嬉しそうな顔になったりしていました。

一通りの食事が済んだ頃、ジャックさんが、「サラちゃん、もしかして……」と、私の胸のペンダントをじっと覗き込んできました。
「もしかして、……何?」
私はジャックさんの方を覗き込みました。
「いや、やっぱり俺の口からは……」
ジャックさんはマリーさんの方に視線をやって、目で助けを求めているようでした。
すると、マリーさんが、耳元で小声で教えてくださいました。
「アグルムの聖石は、事実上の夫婦(めおと)になると、少し色が変わるんですよ」
はっとして、慌ててアグルムの聖石を手で隠したら、ジャックさんが、
「おめでとう。もう奥さんなんだね」
って、少しもじもじした様子で、小さな声で、そう言いながら席を立って、棚に並べてあったハーブ酒の瓶を1本持って来てくれました。
「お祝いに飲もう」
ジャックさんはグラスにハーブ酒をついでくれました。
みんなでハーブ酒を飲もうとした時、ドアをノックする音が聞こえて、ルセット先生が入って来られました。
「あれ? みんなで食後のお酒?」と、ルセット先生は不思議そうにしていらっしゃいました。
ジャックさんは、私のペンダントを指差しながら、ルセット先生に向かって にたっと笑って、「お祝い」と。
ルセット先生は、「あ!」って顔をして、その口を手でふさいで、部屋を出て行こうとされましたが、ジャックさんにしっかり捕まえられました。

サラの日記142(お隣りのシュウちゃんが、材料の果物を納品するために工房に入って来ていたからです。)

銀菓神暦2015年8月26日

実家の工房に立てた鳥居の前は、一応、念のために、鳥居がすっぽり隠れるほどの高さのある道具入れで目隠しをしてあります。
今朝、その目隠しが初めて役に立ちました。
お隣りのシュウちゃんが、材料の果物を納品するために工房に入って来ていたからです。
シュウちゃんが納品を終えて工房を出て行くまで、道具入れの陰に隠れていました。
ルセット先生は一瞬、どうしたの?って顔で私の方を見られましたが、それ以上は何も聞かずに、一緒に道具入れの陰に居てくださいました。

何かしゃべった方がいいのかなって思いながらも、言い訳じみたことは言いたくなくて、何も話さないまま、ただ仕事だけをこなしました。

大学院に向かう車の中で、ルセット先生の意識が話し掛けてこられました。
<朝からずっと、サラの色んな気持ちが流れて来てる>
<……読めちゃった?>
<僕は、今の時代のサラを、まだほんの数か月分しか知らない。気付かなかったことにしたいのに、意識の結合のせいで分かってしまう>
ルセット先生の表情を確かめたくて、ルセット先生の方を見てみましたが、ルセット先生は進行方向を真っ直ぐ向いたままで、その表情はよく分かりませんでした。

何も返せないまま大学院に着いて、私はメランジェ先生のところへ行って……。

帰宅後も、何も返せなくて……。

ルセット先生と一緒に部屋に居るのが苦しくて、夕食の支度のどさくさにまぎれてキッチンで過ごしていたら、ルセット先生が覗きに来られました。その姿が、笑っちゃうぐらい恐る恐るだったから、思わず吹き出しちゃって、そんな私を見たルセット先生も吹き出されて、なんで一日中あんなにどんより過ごしてたんだろう……って。
時間はもうすぐ夜なのに、気持ちはやっと朝になった感じでした。

シュウちゃんのことは、きっと、ずっと、嫌いにはならない。
だけどそれは、ルセット先生に対する気持ちとは別のもの。
別のもののはずだけど、時々、はっきりとは分けられないことがある。
もしも、はっきりと分けられる方法があるのなら、二度と混ざらないように分けてしまって欲しい。
分けられないのなら、……迷子にならないように、ずっと手を繋いでいて欲しい。

サラの日記141(「うん。沙羅双樹の学名はShorea robusta(ショレア・ロブスタ)っていうんだけど、そこから取って、ソレア」)

銀菓神暦2015年8月25日

朝の実家の工房で、
これまで、呼ばなければならないような用事も無かったので、呼んだことが無かったのだけど、何となく呼んでみたくなって、ルセット先生を、「オーグ」って呼んでみました。
そしたら、ルセット先生は、私のことを「ソレア」と呼び返してこられました。

「ソレア?」
「うん。沙羅双樹の学名はShorea robusta(ショレア・ロブスタ)っていうんだけど、そこから取って、ソレア」
「ソレアね……。ありがとう。気に入った」
「どういたしまして」

そんなことをしていたら、父が、――口を動かすよりも手を動かせ――というような視線を送ってきたので、ルセット先生と私は、しゅんとして下を向いて、せっせと作業しました。

今日はスモモのジャムを炊きました。
実の重量の半分ぐらいの砂糖と、少しのレモン汁を入れて、全体が均等に赤くなって、目的の硬さの少し手前になったら、できあがり。
今日炊いたのは、直径20cmぐらいの片手鍋1つ分で、火を入れてから炊き終わるまでに1時間ぐらい掛かりました。
早朝の涼しい時間帯は、ジャムを炊くのに最適です。
この時期のジャム炊きは、日が昇ってしまうと灼熱地獄です。
ジャムを入れる瓶と蓋を煮沸するのも。
実家の工房では、要冷蔵・要冷凍ものの作業以外は、基本、自然のままの室温です。暑い……。

夏場だけでも工房全体に冷房を入れればいいのかもしれないけれど、実家のように、家族経営の規模のお店では、経費がかさんで苦しくなります。
整った環境に慣れていらっしゃるルセット先生には厳しいんじゃないかな……って心配だけど、ルセット先生はいつも穏やかに、無駄な動き無く、きれいに作業をこなされます。安心して、遠慮なく、ルセット先生を頼ってしまう。

大学院、今日はメランジェ先生がお休みだったので、久しぶりにルセット先生と地下の製菓室で過ごしました。
延し棒横笛の練習をたくさんしました。
初めて延し棒横笛を手にした時は、肩は凝るし、手はだるいし、息は苦しいし、こんなの絶対吹けないと思いましたが、今は、あの頃よりは身体に馴染んで、音を出すことを楽しく感じます。低い音なら何とかまともに出るようになってきました。
高い音は苦手です。
ルセット先生が言われるには、高い音は低い音よりも力を抜かないと出ないらしいのですが、私は高い音になるほど力が入ってしまいます。肩も首も腕も、力が入り過ぎて、かちかちになっていたら、ルセット先生が大笑いしながらほぐしてくださいました。
ルセット先生が延し棒横笛を吹かれている時の肩を触ってみたら、全然固まってなかった。

不意に、ルセット先生が、人差し指で私の唇に触れられました。
「高い音の時も、このまんまの柔らかさで吹いてみて」

肩や首や腕から力が抜けて、吹き易くなったのを感じました。

アロゼの休憩室14「比重が糖度で調整できるしくみ(今からでも間に合う小学生の自由研究)」

夏休みもあと一週間ほどとなりました。
学生の皆さんは、宿題はばっちりですか?

今日は、『サラの日記140』に出てきた、メランジェ先生が語る二層のゼリーの話にちなんで、
表題の「比重が糖度で調整できるしくみ」について、
小学校の理科の知識を使って説明していこうと思います。
『今からでも間に合う小学生の自由研究』ですよ(^^)/

簡単に言ってしまうと、重いものは沈んで、軽いものは浮くってことです。
糖度が高い=砂糖がたくさん入っている ものは沈んで、
糖度が低い=砂糖が入っていないか、入っていても少しだけ のものは浮くってことです。

具体例を出すと、
加糖のオレンジジュースで作ったゼリー液と
無糖の紅茶で作ったゼリー液を用意し、

加糖のオレンジジュースで作ったゼリー液を先にゼリー型に注ぎ、
その上から そーっと無糖の紅茶で作ったゼリー液を注ぐと、

糖度の高い(重い)オレンジジュースは沈み、
糖度の低い(軽い)紅茶は浮き、
二層のゼリーができあがるってことです。

成功させるポイントは、
糖度の高い(重い)ものから順に注ぐということと、
上の層にしたいものは、そーーっと、そーーっと、先に注いだ液をできるだけ流動させないように注ぐことです。

この方法で作る二層のゼリーは、上の層と下の層の間に、上下がぼんやりと混ざり合っている部分が出現します。
この ぼんやり感が美しかったりするのです。

はっきり くっきりと二層に分けるには、一層目が完全に固まるのを待ってから二層目を注がなければなりません。
が、これは糖度の違いで作る層ではありません。

ほかに、生クリームを使って、ムースとゼリーの二層のデザートを作る方法がありますが、
これは糖度の差によってできる層ではありません。
ちなみに、ムースとゼリーで作る二層のデザートは、比較的、層がくっきり分かれます。

というわけで、『今からでも間に合う小学生の自由研究』のヒントを
だだだーーーっと書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。
あまり詳しく書いてしまうと、ヒントではなく、模範解答みたいになってしまうので、
だだだーーーっとだけ書きました。

やってみようと思ったそこのあなた!
詳しいことは、ぜひ、自分で調べて、面白い自由研究に仕上げてみてください。

ゼリー作りには火やお湯を使います。
ケガや事故の無いように、おうちの人と一緒に作ってくださいね。

残りの夏休み、しっかり楽しんでくださいね(^^)/

サラの日記140(比重と糖度の違いを利用して二層のゼリーを作る)

銀菓神暦2015年8月24日

日の出前の2時間、実家の工房で仕事をしたあと、
花綵アグルム城に戻って、朝食や掃除、洗濯を済ませて、大学に行きました。

今日、メランジェ先生に教えていただいたのは、「違うからこその美しさ」についてでした。
「比重と糖度の違いを利用して二層のゼリーを作る」ということを例に挙げて話してくださいました。
2つのものが、きれいに混ざり切ってしまうことも、もちろん美しいのだけど、
よく似た2つのものが、混ざり切ることなく、自然に、それぞれの役割を果たしながら、1つのものを作り上げている様子もまた美しいのだと。
お菓子のことと言うよりも、ほとんど哲学でした。
でも、銀菓神使として活動していくためには必要な考え方だな……と思いながら聞いていました。

ひと段落つくと、メランジェ先生は、
「新しい生活には慣れられましたか?」と聞いてくださいました。
「はい」と、にっこりして返したら、メランジェ先生も にっこりしてくださいました。

今日はルセット先生のお仕事の方が早く済んだみたいで、ルセット先生がメランジェ先生の研究室まで迎えに来てくださいました。
メランジェ先生は、大葉のお茶を炭酸水で割って甘くしたものと、
表面に大葉を貼り付けて焼いたクッキーを出してくださいました。
最近、やたら大葉のものが多いなぁ……なんて思っていたら、
「ジャックさんが植物館で育てている大葉が茂っていましてね。使わせてもらってるんですよ……」
と、メランジェ先生。
なるほどね……。

そう言えば、私が作った雑草コーナーって、最近見に行ってないなぁ……って思って、帰りに寄ってみました。
ヨモギが育ち過ぎて、木みたいになってる。
その他、色々育っていて、何が何だか分からなくなってしまっていました。
まぁ、夏休みだし、今日は放置。

帰宅後(ん? 帰宅なのかな……。ん、帰宅。今、私の家は、花綵アグルム城。)、
夕食の支度をするまでに少し時間があったので、ルセット先生に誘われて、意識体で元領地に飛びました。
葉っぱなのか、実なのか、見分けが付かないぐらい元気な緑色。ミカン畑は それほど荒れてもなくて、ひと安心しました。
「いつもなら、この青いのを摘果(てっか)して、酢や精油にするんだ。今年は酢も精油も無理かな……」
ルセット先生は肩を落とされていました。
「ねぇ、ミシェル。……意識体じゃなくて、……そのまんま来ちゃだめなのかな。誰も居ないし……」
「今は だめだよ。誰も居なくても、ここはもう、プラクミーヌの領地なんだ。……サラが銀菓神使の仮称号を取ったら、銀菓神局に農園警護の権限の使用許可を申請するから、それまでは絶対に そのまんま来ちゃだめだ」
「はい……」

サラの日記139(花綵アグルム城の屋上に戻って来ると、ルセット先生が、 「一緒に飛んでくれる?」 と、私を覗き込まれました。)

銀菓神暦2015年8月23日

大学はお休みだったので、ルセット先生と二人で、実家の工房に出掛けました。
花綵アグルム城の屋上の鳥居をくぐって、実家の工房の、昨日立てられたばかりの鳥居に出ました。
久しぶりに嗅ぐ(かぐ)、実家の工房の匂いでした。

ルセット先生はドライフルーツの漬け込みや加工の担当、私はマーマレードを中心としたジャムを炊く担当になり、手が空き次第、焼き菓子の次回仕込み分の材料の計量をするということになりました。
1日2時間程度の、本当に手伝いの手伝い程度の作業ですが、実家の工房で、こうしてみんなで一緒に作業ができることに幸せを感じました。

今日の作業が終わって、帰り支度をしていると、両親に引き止められました。
私が使っていた部屋は、まだ空いたままだから、ルセット先生と一緒にそこで暮らせばいいと言ってくれました。
もしかしたら、そういうことも考えに入れなければならない日がやって来るのかもしれないけれど、取り敢えず今は、花綵アグルム城という場所に守ってもらっていた方が良いのではないかという話にまとまりました。

花綵アグルム城の屋上に戻って来ると、ルセット先生が、
「一緒に飛んでくれる?」
と、私を覗き込まれました。

鳥居の下に、元領地に建っているルセット先生の家が映し出されました。
意識体を出したら、意識体のルセット先生が手を繋いでくださいました。

意識体で鳥居をくぐるのは、不思議な感覚でした。
鳥居の下の空間と一体化してしまって、自分に戻れなくなってしまいそうな感覚。
怖くて、ルセット先生の手の感覚があるのを何度も確かめました。

誰も居なくなったルセット先生の家の玄関には、土埃(つちぼこり)が少し溜まって(たまって)いました。
ルセット先生が土埃に向かって手をかざされると、少し強めの風が起こって、土埃がゆっくり吹き飛んでいきました。
「意識体でできることって、これぐらいしか無いね……」
ルセット先生は笑いながらそう言われましたが、その表情は寂しそうでした。

屋上の鳥居に戻ったら、身体の方は、暑さで気分が悪くなってしまっていました。
これは、失敗してみて初めて分かったこと。
意識体で動いている間は、身体に起こっていることを察知しにくい。
ルセット先生が、部屋まで抱きかかえて運んでくださいました。

ルセット先生は、お水を飲ませてくださったり、頭を冷やしたりしてくださったあと、いつも飲んでいらっしゃる柑橘系の果実酒を少し分けてくださいました。
銀菓宝果の秘伝のソースで作った飲み物には劣るけれども、体力の回復効果があるからとのことでした。
「これ、美味しい! お酒は、香りは好きなんだけど、飲むのは苦くて苦手で……。でも、これは美味しい!」
「でしょ? 僕の自信作。でも、飲み過ぎないでね」

サラの日記138(「オレリアの私と、光の銀菓神の私と、サラの私だったら、どれが一番好き?」「……サラしか知らない」)

銀菓神暦2015年8月22日

昨夜、ルセット先生ご所望(ごしょもう)の朝の続きのあと、ルセット先生に聞いてみました。
「ミシェルは、どっちが好き? 意識体のと、こっち、どっちが好き?」
ルセット先生は小さく吹き出されました。
「サラの質問は、いつも真っ直ぐ過ぎて、どきどきする」
「だって、曲げ方が分からないんだもん。で、どっちが好き?」
ルセット先生は私をぎゅーっと抱き締めて、「んー。こっちかな」と、笑いながら答えてくださいました。
ルセット先生があっさり答えてしまわれたので、もう少し困らせてみようかな……なんて思いました。
「オレリアの私と、光の銀菓神の私と、サラの私だったら、どれが一番好き?」
ちょっとした いたずらのつもりで聞いてみたのだけど、
ルセット先生の瞳は、少しの間遠くを見詰めたあと、少し寂しそうになって私のところへ戻って来ました。
「……サラしか知らない。今より長く生きたことが無い。……今までは、サラを探し出すことだけに全力を注いできたけれど、ここから先は、どうしていいか分からない」
ルセット先生の寂しそうな瞳をなんとかしてあげたくて、とっさに、その場で思い浮かんだままを口にしました。
「私は……、オレリアだった頃のことも、光の銀菓神だった頃のことも、何も覚えていないけれど、これから先、どうすればいいのかは分かるよ」
「どうすればいい?」
「ミシェルと一緒に、新しい時間を生きて行けばいい。今、置かれている場所で」
「……そうだね」
ルセット先生は、私の頬を両手で包み込みながら、にっこり笑ってくださいました。

お昼過ぎ、大学から戻ったルセット先生は、ウィルさんを通じて、大工仕事に関して腕に覚えのある人を5名集められました。
何でそんなことをしているのだろうと、ただただその様子を眺めていると、ルセット先生が話し始められました。
「サラの実家の工房に、移動用ゲートに使う鳥居を立てさせてもらっても構わないかな。仕事がしたいんだ。もちろん無償で。それから、店には出ない。名前も、ミドルネームのオーグを名乗って、身分は明かさない」
「私は構わないけど、両親に聞いてみないと……」
すると、ウィルさんが、
「実は、ご両親には、今朝、サラさんがお掃除などされていらっしゃる間に、ミシェル殿下と私でごあいさつに伺って、既に許可をいただいているのですが……」
と、申し訳なさそうに教えてくださいました。
「国のことで大変な時に、どうして わざわざ あそこで仕事がしたいの?」
知らない間にそんな話になっていたことを知って、ちょっと いらいらしていたけれど、できるだけ落ち着いてたずねました。
「……領地を持たない王太子として、国の人たちに近いところで、国の人たちと同じ仕事がしたい。いずれは もう一度この城を出て、ちゃんと独立したい。サラの実家をその拠点にすれば、サラが工房を継ぎたいって言ってたことも実現できると思った……んだけど……。だめ? かな、……やっぱり」
「……できるの? 王太子と、工房と、大学院の教官と、銀菓神使と、私の……パートナの、5つの仕事がこなせるの?」
「できる。できなくてもやる。僕の新しい時間の生き方」
なんだか心配だったけど、ルセット先生の瞳が、これからの希望できらきらしているのを見てしまったら、「いいよ」と言うしかありませんでした。

今までは、思い立ったらすぐ行動するルセット先生を頼もしいと思っていたけれど……。

――ミシェルって、思い立ったら我慢できないタイプなんだ……。私の実家なのに、私に相談も無しに……。子供みたい――

夕食前、鳥居が完成したと報告がありました。
ルセット先生は鳥居を立てたメンバーを部屋に呼んで、一緒に夕食を楽しまれました。
「彼らには、屋上の鳥居の時にも手伝ってもらったんだ」
ルセット先生のそんな言葉に続いて、
「アフターサービスもばっちりさせていただきますからね。何かございましたら遠慮なくおっしゃってくださいね」
と、向かって一番右側に座っていらした方が言ってくださっていました。
その隣りに座っていらした方は、
「サラ様。ミシェル殿下は事あるごとに、こんな風に私達をもてなしてくださるのですが、ご迷惑ではありませんか?」
と気遣ってくださいました。
「いえ。これまで通りに遊びに来ていただいた方が、私もミシェルのことをたくさん知ることができて楽しいです。いつでもいらしてくださいね」
すると、ルセット先生が、皆さんの方に向かって、
「いつでもは困るよ。僕とサラがいい雰囲気の時には遠慮してもらわないと」
と、冗談交じりにウインクされました。

あとは、この方々にも、「様」はやめてもらえるようにお願いしておきました。
私、「様」って感じの人間じゃないし……。

サラの日記137(目を覚ましたら、ルセット先生の腕が私の胸の上に乗っかっていました。)

銀菓神暦2015年8月21日

ルセット先生が嫌な夢を見ないように、昨夜は手を繋いで眠りました。
朝になって、何だか息苦しいなと思いながら目を覚ましたら、ルセット先生の腕が私の胸の上に乗っかっていました。
ルセット先生を起こさないように、そーっと腕を降ろそうとしたのだけど、それに気付いたルセット先生が目を覚まされました。
「ごめんね、ミシェル。ちょっと重かった」
「あ、ごめん」
ルセット先生は、すーっと腕を降ろされました。
起きるには まだ少し早かったので、そのまま少し おしゃべりしていました。
不意に おしゃべりが途切れて、見詰め合っていたら、ルセット先生が髪を撫でて来られました。
心地良くて、そのままルセット先生に任せていたら、重さを感じないぐらいに優しく、ルセット先生の腕が胸の上に乗っかって来ました。
ルセット先生が、「いい?」と囁かれ(ささやかれ)ました。
うなずいて、ルセット先生に全てを任せました。

いつもの起床時間よりも少し早く、ランドリー室に行きました。
けど、マリーさんと鉢合わせてしまいました。
マリーさんはすぐに悟ってくださって、
「大丈夫ですよ」
と微笑んでくださいました。

いつもと変わらない一日が始まって、いつもと変わらないルセット先生と一緒に居るのに、ルセット先生が視界に入る度にどきどきして、胸の奥に心地良い痛みを感じました。

大学に向かう車の中でも、メランジェ先生の研究室に居る間も、帰りの車の中でも、なんだか落ち着かなくて、
ルセット先生が落ち着いていらっしゃるのが不思議でした。

夕食の時、聞いてみました。
「ミシェルは平気?」
「ん?」
ルセット先生は私の顔を覗き込まれました。
「あの……、今朝の……。私、ずっと落ち着かなくて……」
すると、ルセット先生は手元のグラスに視線を移して、
「夜になったら続きができると思って頑張ってた」
と、恥ずかしそうに答えられました。
それを聞いて、私も恥ずかしくなって、何も話せないまま、押し込むように食事を済ませました。
ルセット先生も、ずっと下を向いたまま食事をされていらっしゃいました。
変な質問をしてしまったこと、気持ちの半分で後悔したけど、もう半分では、ルセット先生の気持ちが分かって嬉しかった。

サラの日記136(「サラ様。今朝は何を食べさせてくれるの?」)

銀菓神暦2015年8月20日

朝食の支度にキッチンに行ったら、居合わせたウィルさんに、「おはようございます。サラ様」と言われました。
「様はやめて。自分じゃないみたいで変な気分だから」とお願いしたら、
「でも、サラ様は、もう、ミシェル殿下の正式な婚約者でいらっしゃいますから」と困った顔をされました。
「お願い、ウィルさん。私達だけの時は、今まで通りに……」
ウィルさんに向かって手を合わせて、目で『お願い』を訴えました。
「うーん……。かしこまりました、サラ様。では、今まで通りにサラさんと呼ばせて頂きます。私達だけの時は」
ウィルさんは、にっこり笑ってくださいました。

「サラ様。今朝は何を食べさせてくれるの?」
聞き慣れない口調に、聞き慣れた声。
えっ? っと思って振り返ってみると、ルセット先生が、いたずらっ子のように笑って、キッチンの入り口から中の様子を覗いていらっしゃいました。

ウィルさんは、しなくていいと言ってくださっているけれど、洗濯と掃除も済ませてから大学に行くことにしました。
一般の感覚を忘れたくない。
それと、奥さんって感じのことをしてみたい。

大学に着くと、ルセット先生の研究室の前で別れて、私だけメランジェ先生の研究室に向かいました。

メランジェ先生は、
「本当は、私が教えてあげられることは、もう、ほとんど無いんですよ。よくルセット先生の特別講座に付いて来られましたね」
と、大葉のお茶を淹れてくださいました。
「でも、まだ、そんなにたくさん習ったような感じじゃないんですけど……」
それが、今の私の正直な感覚でした。
「いい先生なんですよ、彼は。そして、サラさんにも、それを受け入れられるだけの資質があったってことですかねぇ……」
メランジェ先生は、大葉のお茶を一口飲まれると、話を続けられました。
「1つ教えて1つ受け取ってもらえている感覚なんですよ、ルセット先生は。でも実際には、1つだけ教えたつもりが、2つも3つも、それ以上も教えていらっしゃる。ルセット先生はご自身ではそのことに気付かれていなくて、自分が教えたことだけでは足りないと思っておられるから、私にサラさんを託されるんですよ。サラさんも、1つ教えてもらって1つ知った感覚でいらっしゃる。でも、実際にはそれ以上のことを吸収している。だから、それほどたくさん習ったようには感じないのに、いつの間にか色んなことを学んでいる。……相性のいい人に出会ったんですよ。二人とも。……まあ、そんな予感がしたので、春にサラさんを見掛けた時に声を掛けさせてもらったのですがね……」
「メランジェ先生って、占い師さんみたいですね」
春、ルセット先生のことで悩んでいた頃のこと、メランジェ先生に声を掛けて頂いた頃のことが頭に浮かびました。あの頃は、こんな場所から早く抜け出したいと思っていたけれど、今は必然の出来事だったように感じます。
「あなた方よりも少しだけ長く生きて、少しだけ多く人を見ているだけですよ」
メランジェ先生は大葉のお茶を飲み切ると、おかわりを注がれました。
頭の中だけで、
――じゃあ、メランジェ先生は1000歳以上?――
なんて、ふざけたことを考えながら、大葉のお茶をいただきいました。
大葉のお茶は何度か飲んだことがありますが、何度飲んでも、
口の中いっぱいに広がる大葉の香りが、鼻から優しく抜けて行く、不思議な感覚のお茶です。
頭の中が、表情に出てしまっていたのか、
メランジェ先生が、
「サラさんも面白いことが得意なようですね? ミシェルさんが研究生だった頃の表情にそっくりですよ」
と笑っていらっしゃいました。

「でもまあ、ルセット先生にお願いされている以上は、何もしないわけにもいかないのでね……」
メランジェ先生は、机の引き出しから1冊の本を取り出されました。
「ご婚約のお祝いに」
と、その本を手渡してくださいました。
食用植物の美しいカラー写真と、その効能や使用方法などが詳しく書かれている図鑑でした。
「ありがとうございます。大切に勉強します」

サラの日記135(……君は……誰? まぶしくて……温かい……。君は……誰?)

銀菓神暦2015年8月19日

昨夜もまた、ルセット先生はベッドでうなされていらっしゃいました。
「オレリア……、来るな!! 逃げろ! オレリアーっ! ……やめろーっっ! ……」

ルセット先生をそっと抱き締めて、メッセージを送りました。
<大丈夫。私はここに居る。もう悲しまないで。ずっと一緒に居る>
ルセット先生が、うなされながら、返事をして来られました。
<……君は……誰? まぶしくて……温かい……。君は……誰?>
<……オレリア、……光の銀菓神、……サラ。……貴方の、永遠のパートナー。何があっても、何度でも巡り会える。ずっと一緒に居る。もう、悲しまないで。ずっと一緒に居るから>
<サラ……>
ルセット先生は落ち着かれて、静かに眠り始められました。
私も、ルセット先生にそっとキスをして、再び眠りに就きました。

朝、唇に、ルセット先生の温もりを感じて目が覚めました。
「おはよう、サラ。……夜、ありがとう」
ルセット先生は、いつもの穏やかな笑顔でした。

ルセット先生と一緒に大学に出掛けました。
夏休み中なので、学生の姿はほとんど無くて、噂されるような心配もほとんど無いのだけど、休み明けからのことを考えると、ちょっぴり憂鬱です。
そんな私の様子に気付いたのか、ルセット先生が、
「休みが明けたら、別々に行く?」って聞いてくださいました。
「うーん……、明けてから考える」

今日は、メランジェ先生に、着装と着装解除を見て頂きました。

「これは……」
メランジェ先生は、着装した私を見て、しばらく止まっていらっしゃいました。
「これはミシェルさんのやり方ですねぇ……。彼らしい……」
メランジェ先生は、くすっと笑われました。
何か良くないことがあるのかと心配になって、メランジェ先生の方を見ていたら、
「大丈夫ですよ。彼はこのやり方で銀菓神使なんですから。理論よりも感性でやってる人ですよ、彼は」
と、優しい視線を向けてくださいました。
余計に心配になって聞いてみました。
「理論のやり方も知ってた方がいいですか?」
「後期の授業で勉強することになっていますよ。ミシェルさんのパートナーでいるなら、役に立たないと思いますがね」
メランジェ先生は、また、くすっと笑われました。

サラの日記134(婚約内定の発表は、朝10時から、花綵アグルム城の大広間で、小さく行われました。)

銀菓神暦2015年8月18日

婚約内定の発表は、朝10時から、花綵アグルム城の大広間で、小さく行われました。
また、その様子は、各種報道機関により、花綵アグルム国全土へと報道されました。
国の現状を考慮するという理由で、ルセット先生や私が公の場で発言することはありませんでした。

そのあと、国王陛下の計らいで、ルセット先生のご家族と私の家族だけでの、小さな婚約の儀が執り行われました。

ルセット先生宛てに、大学からの連絡も来ました。
国としては難しい事態ではあるけれども、教官として勤めるにあたっての学則には反していないので、これまで通りに勤めて構わないとのことでした。
それから、私にも。
メランジェ先生の強い推薦で、これまで通り、研究生として籍を置くことを許可すると。

「サラ。今日の内に、大学にあいさつに行っておこう」
小さな婚約の儀のあと、ルセット先生が、意を決したように立ち上がられました。
「うん」

ウィルさんが公用車を出してくださいました。

学長室を訪ねると、学長先生のほかに、各学科の学科長先生や事務職員の方が数名と、メランジェ先生もいらっしゃいました。
学長先生は言ってくださいました。
「お二人のご心労、お察しします。お二人は国同士のごたごたに巻き込まれていらっしゃるだけで、本来はおめでたいことなのですから、私達は祝福していますよ。お二人とも、これからの銀菓神界を支えていかれる貴重な方々なのですから、何か困りごとがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね。大学としてできることがあれば、微力ながら、協力させて頂きますよ。それから、これは、すでに公人であるお二人には今更なお願いなのですが、他の学生達の手前、節度ある行動をお願いしますね。大学に残っていただくための条件です」
お小言の一つ、二つ、いや、それ以上のことを覚悟していたので、拍子抜けしたり、ほっとしたり、安心したりしました。
学長先生は、銀菓神使モンテの称号の所有者です。さすがだと思いました。
そして、……私達は、銀菓神使という身分に守られているのだということを強く感じるとともに、この仕事を、一生を掛けて全う(まっとう)しようと思いました。

メランジェ先生が、研究室でお茶でもしていかないかと誘ってくださいました。

「サラさん。休み明けに仮称号の試験を受けてみませんか?」
メランジェ先生の、そんな言葉に迷っていたら、
「もう教えていらっしゃるんでしょう?」
と、今度はルセット先生にたずねられました。
ルセット先生は、メランジェ先生と私の方を交互に見ながら、うなずかれました。
「仮称号を取れば、称号所有者の指導の下(もと)、銀菓神使と同じ権限で動けるようになりますよ」
メランジェ先生が、ルセット先生と私の方を交互に見ながらおっしゃいました。

ルセット先生が「受けろ」と言ってくださるのを、心のどこかで待っていました。
でも、ルセット先生からは、何かを言ってくださる様子はありませんでした。
だから私は……、
「受けます。できるだけ早く、銀菓神使と同じ権限が欲しいです。試験対策の指導、お願いします」
メランジェ先生とルセット先生の方を交互に見ながら頭を下げました。
自分の意志で。

メランジェ先生とルセット先生は、優しく微笑みながら、うなずいてくださいました。

サラの日記133(全ては、周りの人達が判断すること。 今どんなに考えても、その時になってみなければ分からない。)

銀菓神暦2015年8月17日

昨夜、隣りで眠っているルセット先生が、突然大声で叫ばれました。
「オレリアーっ!」と。
汗をたくさんかいて、苦しそうでした。
心配になって揺すり起こすと、目を覚まされたルセット先生は、ぼんやりされていました。

「ミシェル、大丈夫?」
「……僕、……何か言ってた?」
「『オレリア』って、苦しそうに叫んでた」
それを聞いて、納得したような表情をされたルセット先生は、シャワーを浴びに行かれました。

シャワーから戻られたルセット先生は、しばらく私を見詰めたあと、私をそっと抱き締められました。
「『オレリア』は、サラの昔の名前。1000年前の……。1000年も経ってるのに、サラとも、ちゃんと出会えたのに、時々、君が殺られた(やられた)時のことが夢に出て来る。びっくりさせてごめん」

朝、ルセット先生は、何でもない様子で大学の仕事に出掛けて行かれました。
これまでも、ずっとそうだったの?
ずっと、誰にも、そんな様子は見せずに、独りで……。

ルセット先生が留守の間、屋上の鳥居の前で過ごしていました。
昨日教えてもらった通りに鳥居に手をかざして、映し出されたミカン畑を眺めながら、『延し棒横笛』の練習をしていました。
ルセット先生のように滑らかな音は出ないけれど、取り敢えずの音は出るようになりました。
まだ、腕の力がうまく抜けなくて、長くは構えていられません。すぐに腕がだるくなって、肩が凝ります。

鳥居に映し出されていた景色が消えて、誰かがこちらに向かってやって来るのが見えました。
「ただいま、サラ。ここで笛の練習をするって言ってたから、こっちから帰って来た」
鳥居から出て来たのはルセット先生でした。
「お帰りなさい! ミシェル!」
嬉しくなって、ルセット先生に駆け寄って、胸に飛び込んだら、ルセット先生は、しっかり抱き留めてくださいました。
「奥さんに『お帰りなさい』って迎えてもらえるのって、なかなかいいね」
「まだ奥さんじゃないから……」
「僕には、もう奥さんだよ。サラには、安心して全部を見せられる」
「ありがとう、ミシェル」

明日は婚約内定が発表される日です。
もう、隠さなくてよくなる。
もう、隠せなくなる。
ルセット先生は、いままで通りに大学の仕事ができる?
私は、いままで通りに研究生でいられる?
全ては、周りの人達が判断すること。
今どんなに考えても、その時になってみなければ分からない。

サラの日記132(どの景色にも、人の気配は皆無(かいむ)で、すぐにプラクミーヌの人の手が入るような様子もなくて、寂しい感じがしました。)

銀菓神暦2015年8月16日

ルセット先生に、花綵アグルム城の屋上の、鳥居のところに連れて行かれました。
七夕の日に、ルセット先生と一緒に来た場所です。
ルセット先生が鳥居に手をかざすと、鳥居の下が鏡のようになって、ミカン畑が映し出されました。
かざした手をスライドさせると、映し出される景色も、それに合わせて動きました。

「僕の領地だったところ……。青い実がたくさん付いてた……。もう、手を入れてやることはできないけど、ちゃんと育ってるか気になって、……時々見に来てる。それから、」
ルセット先生は、さっきとは違う方向に手をスライドされました。
「移動を余儀なくさせてしまった人たちの家。……戻ってもらえるように、何とかしたいけど、今の僕に、そんな力は無い。……それと、」
ルセット先生は、また違う方向に手をスライドされました。
「もう一度ここで、みんなと……」
鳥居の下に映し出されているのは、ルセット先生が一人暮らしをされていた家でした。

どの景色にも、人の気配は皆無(かいむ)で、すぐにプラクミーヌの人の手が入るような様子もなくて、寂しい感じがしました。

「私、飛べるかな」
「……飛ぶ?」
ルセット先生は、私が何のことを言っているのか分かっていらっしゃらないようでした。
「意識体で飛んで、手入れ、できないかな……。実がだめになっちゃうのを見たくないし、家だって荒れちゃうよね……」
「だめだよ、サラ。プラクミーヌに勘付かれたら危険だ」
「うん……」
本当は、ルセット先生の許可が無くても飛びたい気分でしたが、ルセット先生が私を守ろうとしてくださっている気持ちを考えると、今の状態では飛べないと思いました。

「ねぇ、私にも、この見方、教えて」
「いいよ。でも、……一人で飛ぼうなんて思わないでね」
「うん。一人では飛ばない」
「じゃあ、手を貸して」
ルセット先生は、私の手を取って、鳥居にかざす感覚を教えてくださいました。

ルセット先生が、ぽつりと口にされました。
「家は無理かもしれないけど、果樹園だけなら、銀菓神使の権限で管理させてもらえるかもしれない……」

サラの日記131(僕の婚約者を勝手に自室に連れ込まないでくれる?)

銀菓神暦2015年8月15日

国王陛下と王妃からお話がありました。
3日後に、婚約内定の発表をすると。
ただ、国の事態を考慮し、結婚の儀までの一切の行事は執り行わないと。

王妃が気遣ってくださいました。
「サラさん、大丈夫? 今ならまだ、無かったことに……」
「いえ、国をこんなことにしておいて、無かったことにはできません。このまま、ミシェル殿下に付いて行きます。ミシェル殿下の領地に暮らしていた人々に、一日も早く安心を取り戻していただけるよう努めます。ミシェル殿下と一緒に」
王妃は目を閉じ、小さく数回うなずかれました。

「サラ。ありがとう」
隣りに居たルセット先生に、優しく肩を抱き寄せられました。

ルセット先生は、そのまま、国王陛下と話を続けられていました。
その間、私は、ウィルさんとマリーさんに教えてもらいながら、部屋の掃除をすることにしました。
ウィルさんが、「あんまり上手にならないでくださいね。私たちの仕事が無くなってしまいますから」って笑っていらっしゃいました。

掃除のあと、面白い場所に案内してもらいました。
ウィルさんとマリーさんが、結婚前に逢引(あいびき)していた場所。
掃除用具庫の一番奥にある、小さなドアをくぐった先にあるバルコニー。
マリーさんは、「プロポーズも、ここだったの」と、少し頬を赤らめて、教えてくださいました。

掃除用具庫を出ると、ジャックさんがいました。
「ジャック殿下、何か御用ですか?」
マリーさんが声を掛けられました。
「ん、いや、何だか楽しそうな声がしたから……」
ジャックさんは、掃除用エプロンを着けた私を、物珍しそうに見ていました。
「サラさんがいらしてから、とっても楽しくなりましたよ。私たちの仕事に興味を持ってくださって」
ウィルさんは、にこにこしながら、ジャックさんに話されていました。

「サラちゃん、兄貴は?」
ジャックさんは、周りを見回しました。
「お父様と話されてる」
「ふーん……。ね、俺の部屋に来ない? 案内するよ。あ、えっと、一人でじゃなくて、マリーも一緒に」
どうしようかと思って、ウィルさんとマリーさんに目でたずねたら、二人とも、にっこりしてうなずいてくださいました。

ジャックさんの部屋、ルセット先生の部屋と間取りは一緒なのに、置いてあるものの色やデザインが、ジャックさんらしかった。
ジャックさんの部屋のバルコニーには、色んなハーブが育っていました。
ルセット先生は果実酒を好まれているようだけど、ジャックさんはハーブ酒が好きで、バルコニーで育てたハーブを、マリーさんが漬けてくださるのだそうです。

しばらくすると、ルセット先生がウィルさんと一緒に、ジャックさんの部屋に来られました。
「僕の婚約者を勝手に自室に連れ込まないでくれる?」
だけど、その顔は、とっても にこにこ されていました。

ルセット先生が、マリーさんに小声で話されているのが聞こえました。
「マリー。女性同士の方が話し易いこともあると思うんだ。その時は、サラのことをよろしくね」
「かしこまりました。ミシェル殿下」

アロゼの休憩室13「R指定描写はしません」

8月も半ばになりました。

サラちゃんの夏休みは、人生の分岐点の期間として過ぎて行っていますが、
皆さんはいかがお過ごしでしょうか……。

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最初に、
もしも楽しみにしてくださっていた方がいらっしゃったら申し訳ないのですが、ご報告があります。

余裕が有れば、夏休みスぺシャルとしての作品を書こうと思っていたのですが、
今回は、作者の都合で、『銀菓神使アロゼ~アロゼ誕生前の物語~サラの日記』一本で進めていくことにしました。

作品づくりは、家事・育児・体調 を優先し、無理の無い範囲で進めております。
ご理解いただいた上で応援いただければ幸いです。

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さて、表題の「R指定描写はしません」についてです。

ルセット先生とサラちゃんの関係が進展していくにつれ、ラブシーンっぽい描写も、どうしても増えてしまいます。
ですが、この作品は、小学生以上~大人を対象にしていますので、
R指定にはならない、児童&ファミリー向けの表現で綴っていくことを宣言しておきます。
安心してお楽しみくださいね。

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自分の経験を振り返ると、
場面緘黙で過ごした時期の社会経験って、無に等しいぐらい乏しいです。

経験が無かったために、人間関係で戸惑うことが、今でもたくさんあります。
例えば、我が子の友人関係。
ちゃんと遊んだ経験が無いから、経験に基づくアドバイスはしてやれません。
本人に任せて、見守るしかない。

ただ、子供時代に、母の勧めで本をたくさん読んでいたことによって、それを補えるだけの疑似体験はできていました。
実際の体験に勝るものは無いとは思いますが、
実際の体験が難しい状況にあった私には、
疑似体験でも、無いよりは、ずっと良かった。

そういった意味でも、この作品を書くことで、何かのお役に立つことができるのであれば幸いです。

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この先、ルセット先生とサラちゃんは、さらに距離を縮め、
夫婦(めおと)ヒーローとなる礎(いしずえ)を、ゆっくりと築いていきます。
どうぞお楽しみに(^^)/

サラの日記130(頭の中いっぱい いっぱいに散らかし切っていたシュウちゃんのことを、急いで小さくまとめて、隅っこに押し込みました。)

銀菓神暦2015年8月14日

ルセット先生が大学の仕事に出掛けていらっしゃる間に、ウィルさんに実家まで送っていただきました。

実家が在るのは花綵アグルムの国王陛下の領地。
私の使っていた部屋を、ミシェル王太子の領地から移って来られた方の希望があれば、私の素性は隠して、地域の菓子工房としての立場で提供して欲しいと、両親に話してきました。

帰り際、お隣りのシュウちゃんが見送りに出てきてくれました。
「サラちゃん、幸せだよね?」
シュウちゃんは私を通せんぼでもするかのように、真正面に来て、心配そうに声を掛けてくれました。
「うん! 幸せ! またね」
それ以上を言葉にすると、一緒に涙も出そうだったので、駆け込むようにして車に乗り込みました。
振り返ると、いつまでも大きく両手を振って見送ってくれているシュウちゃんが見えました。

シュウちゃんは、物心がついた頃には、いつも一緒にいて当たり前だった、1つ年上の、お隣りのお兄ちゃん。
ルセット先生は、前の時代に生きていた私を知ってくれているけれど、
シュウちゃんも、今の時代の、色んな私を知ってくれている。

初めてのおつかいは、シュウちゃん家の果物屋さんに、リンゴを買いに行くことだった。
重くて、少しずつしか歩けなくなっていたら、シュウちゃんが運ぶのを手伝ってくれた。
初めての幼稚園も、学校も、シュウちゃんと一緒だから怖くなかった。
学校の帰り道、転んで、膝をすりむいて、歩けなくなっていたら、シュウちゃんが おぶって帰ってくれた。
学校で友達ができなくても、シュウちゃんがいるから平気だった。

この間、シュウちゃん家のおば様が言ってくださっていたように、もしも、ルセット先生に出会っていなかったら、シュウちゃんと居れば、ずっと変わらない環境の中で、そのまま歳を重ねて、平凡に幸せだったかもしれない。

だけど、私は、ルセット先生に、花綵アグルム国のミシェル王太子に出会って、国の人たちを巻き込んで、いずれ王太子妃になる人として見られ始めている。

――シュウちゃん。もう引き返せないよ……――

花綵アグルム城の部屋に戻ると、ルセット先生が先に帰って来られていました。
頭の中いっぱい いっぱいに散らかし切っていたシュウちゃんのことを、急いで小さくまとめて、隅っこに押し込みました。

「ミシェル。昨日とおんなじの、して」
「何かあった?」
「何もないけど、昨日とおんなじの、して」

ルセット先生の意識体に、私の意識体が、柔らかく包み込まれて、ゆっくり溶け合うのを感じました。
<ミシェル。私を離さないでね。もう、どこにも戻れないから>
<うん。離さない。僕も、もう戻れない>

サラの日記129(どちらがどちらの意識体なのか分からないほど混ざり合って、)

銀菓神暦2015年8月13日

ウィルさんとマリーさんに、キッチンを使わせて欲しいとお願いしてみました。
未来の王太子妃がそんなことをしなくてもいいと止められたり、
城の中にも、ルセット先生と私のことを良く思っていない人がたくさんいるので、なるべく人の目に触れるような所には出ない方がいいと言われたりしましたが、
だからこそ何かしていないと落ち着きませんでした。

ルセット先生は大学へ出掛けられました。
おそらく、大学にも良くない噂が広がっていると思われるので、今後の指示を仰いで来るとのことでした。

ルセット先生は、まず、メランジェ先生に相談されたそうです。
花綵アグルムの王太子についての良くない噂はあるものの、その正体がルセット先生と私だということは知られていないようで、可能な限り、いままで通りにしていることを勧めてくださったそうです。
ですが、万が一、大学を去らなければならない事態になった時に備え、取り急ぎの引継ぎをメランジェ先生にお願いして帰って来られました。

部屋に一人になった時、アグルムの聖石のペンダントにたずねてみました。
プラクミーヌの王女のことを。
自分は領地など望んでいないのに、プラクミーヌの王がそう決断したのだと、全ては国というもののためだと、悲しみの波動が伝わって来ました。
プラクミーヌの王女は、花綵アグルムの王太子のことを祝福している、という波動も伝わって来ました。ただ、立場上、自分は王には逆らえない。領地を失ってまで自分の意志を貫こうとする、花綵アグルムの王太子を尊敬する……と。

ちょっと複雑でした。
プラクミーヌの王女は、憧れや恋愛感情を越えて、王族の世界を生きる者として、ミシェルのことを肯定している。
私は、何も分からないまま、今の状況に付いて行くのにやっとなだけ。

夕食のあと、色んな事を考えながら、ルセット先生をぼんやり見ていたら、何となくそんな気がして、意識体の私を出していました。
次の瞬間、私の意識体は、ルセット先生の意識体に包み込まれました。
だんだん、どちらがどちらの意識体なのか分からないほど混ざり合って、混ざり切ると、また、ゆっくり、ルセット先生と私に分かれました。
「サラが迷っているから、我慢できなかった」
ルセット先生の穏やかな声が聞こえるのと同時に、ひどい眠気におそわれました。
ルセット先生の優しい腕に包まれて、ベッドに運ばれるのを感じました。

ふと目が覚めて、ルセット先生の姿を捜すと、机に向かって書き物をしながら、果実酒を飲んでいらっしゃるのが見えました。
私の気配に気付いたルセット先生は、ベッドに入って来られました。
「早く一緒になりたい。サラが迷わなくて済むように、サラの全部に触れたい」
「触れる以上のことをしたくせに」
ルセット先生のおでこをつつくと、ルセット先生は、くすっと笑われました。

サラの日記128(気にしてなかった。ルセット先生には、もう、それ以上のものを預けているから。)

銀菓神暦2015年8月12日

昨日のお昼から何も食べないまま、眠らないままだったので、花綵アグルム城のルセット先生の部屋に、私の当面の荷物を運び終わった頃には、お腹がすいているのかどうかも分からないぐらいに疲れ切っていました。
着替えもせずに、いつの間にか眠ってしまっていて、目が覚めるとお昼近くになっていました。
部屋には誰もいませんでした。

身支度をして、荷物の整理をしようとしていると、ルセット先生が部屋に入って来られました。
「サラ。しばらく部屋から出ない方がいい。王からの命令だ」
「何かあったの?」
「僕らの、良くない噂が国中(くにじゅう)に広まってる。この城にも……。僕のことは、女に溺れて領地を失い、国の民の安住(あんじゅう)を奪った(うばった)王太子。サラのことは、……」
「私のことは?」
「……」
「私のことは何て?」
「……王太子をたぶらかした女。何も知らない人たちが言ってるだけだ。サラを巻き込んだのは僕だ」

そこへ、ウィルさんが食事を運んで来てくださいました。
「さ、食べてくださいね。お腹がすいていては、いい考えは浮かびませんよ」
「俺も一緒にいいかな……」
ウィルさんの後ろから、ジャックさんが様子をうかがうように顔を出していました。で、ジャックさんの後ろにはマリーさんが……。
賑やかな食卓になりました。

マリーさんが言ってくださいました。
「私の部屋で良ければ、移られますか? 困った噂も広まっていますし、婚約の儀までは女性同士の方が……」
ちょっと考えましたが、こう返してしまいました。
「ありがとう、マリーさん。でも、……こうなったら、とことんミシェル殿下をたぶらかそうと思うから、このままでいいわ」
できるだけ にっこりしてルセット先生の方を見ると、小さく吹き出していらっしゃいました。
――良かった。私が何かをすることで、ミシェルに笑っていてもらえる――と思いました。
ジャックさんが、「サラちゃん、意外と強いんだね。何か、『女房!』って感じ」って、ぽかんとしてた。

マリーさんが、「では、ベッドだけ運びますね」と言ってくださいました。
でも、ベッドが2台になったら、部屋が狭くなっちゃうしな……って思って、
「ミシェル、ベッド、狭かった?」って聞いてみたら、
「ううん」って返って来たので、
「あ、じゃあ、ベッドもここの1台でいいです。狭くなかったし」って断っちゃいました。
ジャックさんが、「えーっ! えーっ……、そうなの!? そう……」って、びっくりしたり、納得したりしてたけど、
ジャックさんが何を思ってそうなっていたのかは、あとになってから気が付きました。
気にしてなかった。ルセット先生には、もう、それ以上のものを預けているから。
ジャックさんには……、
ま、いっか。別にそう思われてても。

サラの日記127(僕の分の領地を手放した。)

銀菓神暦2015年8月11日

お昼頃のことでした。
<サラ? 話したいことがあるんだ>
いつもより、少しトーンの低いルセット先生。
<……何?>
<僕ん家に来て。ウィルが迎えに行く>
<分かった>

胸にはアグルムの聖石のペンダント。
何も怖くない。
私は、独りじゃない。
でも、嫌な予感がする。

ルセット先生は、私の顔を見るなり、私をきつく抱き締められました。
「サラ。僕の分の領地を手放した。プラクミーヌに譲渡した」
「……住んでる人たちは?」
「父の分とジャックの分は、花綵アグルムとして残っているから、そこに移ってもらってる」
ルセット先生の手には、ぎゅっと力が入って、泣いていらっしゃいました。

私を抱き締めたまま、ルセット先生は続けられました。
「僕には何も無い。当面は、父やジャックに助けてもらう生活になる。サラはどうしたい?」

私は、今できる精一杯のにっこりで、ルセット先生を見詰めました。
「ミシェルが、そこまでして私を選んでくれたなら、ミシェルに付いて行くしかないじゃない? 国同士の難しいことはよく分からないけど、ミシェルと一緒に居られるようになったってことは、何となく分かる」 
ルセット先生の腕を少しほどいて、少し背伸びをして、不安そうな その唇に、キスしました。
「泣かないで、ミシェル。せっかく一緒に居られるようになったのに。ね?」
私は、ルセット先生の涙を指で拭い(ぬぐい)ました。
ルセット先生は、少し口角を上げて、キスを返してくださいました。

「ここは? 出るの?」
「今夜出て、花綵アグルム城に帰る」
「手伝うわ」

夜、花綵アグルム城で、国王陛下と王妃に迎えられました。
国王陛下はおっしゃいました。
「こういう形でしか、力になってあげられなかった。すまない。……それから、混乱している国の民(たみ)への説明も兼ねて、近いうちに婚約の儀を執り行おうと思うのですが、サラさん、大丈夫ですか?」
「はい。どうぞ、よろしくお願いいたします……」
頭を下げていると、私のためにこんなことになって……という思いがどんどん大きくなってきて、涙が止まらなくなりました。
王妃が言ってくださいました。
「ミシェルはもう、王太子として、この国を動かし始めているのですよ。サラさんと一緒に。私たちにできることがあれば、力になりますから、ミシェルのこと、よろしくお願いしますね」
私の手を包んでくださった王妃の手は、ルセット先生によく似た温かさをされていました。

荷物を部屋に運び終わって、帰り支度をしていると、後ろから、ルセット先生に抱き締められました。
「もう少し一緒に居て」
「……明日からここで手伝えるように、両親に話してくるから」
ルセット先生の腕をゆっくりほどいて、部屋を出ようとすると、
ウィルさんが、「ならば、殿下もご一緒の方が」と、私とルセット先生に目配せ(めくばせ)されました。
ルセット先生が言われました。
「ならば、王と王妃も一緒に」

私の実家での話し合いが済んで、当面必要な荷物だけを持って、花綵アグルム城に戻ったのは、日付が変わって5時間程あとのことでした。

サラの日記126(『院を修了せずに称号を取る方法』)

銀菓神暦2015年8月10日

胸の、アグルムの聖石が力を貸してくれています。
もう、隠さなくても大丈夫だと。

朝、ルセット先生が、自らの運転で迎えに来てくださいました。
レポート提出と、メランジェ先生に報告するために、大学へ行きました。

「婚約しました。まだ、内々定ですが……」
ルセット先生が切り出されました。
どんな反応をされるのか心配でしたが、メランジェ先生は、いつものイメージの通り、落ち着いた雰囲気のまま聞いてくださいました。
「そんな予感はしていたんですよ。でも、こんなに早いとは思っていませんでしたがね……」
「いや、ここからが長くなる予定です。……国の色々があって」

メランジェ先生とルセット先生が、恩師と教え子の関係で深い話をされているのを、新鮮な気持ちで聞いていました。

メランジェ先生は、大学への報告は内定になった時点での方がいいのではないかと提案してくださいましたが、ルセット先生は後期が始まる時期を希望されました。
「学則に触れたり、他の学生に影響があるなら、サラが受ける科目から担当を外してください。できるだけ早く公(おおやけ)にして、国を動かしたいんです」
ルセット先生が、誰かに真剣に訴える姿を、初めて見ました。

ルセット先生の話を一通り聞かれたメランジェ先生は、最後に言われました。
「何かあった時に傷が深いのはサラさんですからね。サラさんがここの学生である限り、私たちにはサラさんを保護する義務があるのですよ。……でも、良かったですね。おめでとう」
ルセット先生は静かにうなずかれました。

メランジェ先生とのお話が終わったあと、二人で植物館に行きました。
「院を修了せずに称号を取る方法ってあるの?」
それとなく、軽い感じで聞いてみたつもりだったけど、ルセット先生の身体が、一瞬、びくっ としていました。
「だめだよ。ご両親に心配掛けるようなことを考えちゃだめだ」
ルセット先生はアサガオの葉っぱを見詰めたまま返されました。
それって、つまり、ある……ってことなんだな……と思いました。

ルセット先生は、帰りも一緒に……と言ってくださっていたので、
ルセット先生がお仕事をされている間に、もう一度一人でメランジェ先生を訪ねました。
目的は、『院を修了せずに称号を取る方法』です。

メランジェ先生は教えてくださいました。
「直接、銀菓神局の試験を受ける方法があるのですがね、院に籍を置いたままでは受けられないんですよ。院からの受験なら合格率は、ほぼ100%。でも、直接の場合は1%未満と言われているんです。ルセット先生は、サラさんには、そんなこと、絶対にさせないと思いますよ」

帰りに、ルセット先生がぽつりと言われました。
「あんな話になる予定じゃなかったんだけどな……」
「私、よく分からないから、ミシェルに任せることにする。ミシェルのやり方に付いて行くから、ちゃんと連れってってね」
ルセット先生は、静かに唇を重ねてこられました。

サラの日記125(いいです! ひとりでできます!)

銀菓神暦2015年8月9日

朝早く、ルセット先生からのメッセージで起こされました。
<サラ? ジャックに薬草のレポート手伝わせようか?>
はぁ……、ルセット先生の頭の中は昨日のままか……。
<いいです! ひとりでできます!>

その1時間後。
<サラ? 薬草のレポートできた?>
<さっき起きたばかりなのに、まだです!>

その30分後。
<サラ? きょ>
<もう! うるさい!>
<今日、サラん家、行ってもいい?>
<……ん、え?>
<サラん家の工房、手伝ってみたい。ジャックと一緒に行ってもいい?>
<お母さんに聞いてみる>

で、ルセット先生とジャックさんがやって来ることになりました。
ルセット先生は工房で仕込みを、ジャックさんは私の部屋で薬草のレポートを、それぞれ手伝ってくれることになりました。

ジャックさんが真剣な顔で、「兄貴、病気なんだ……」と切り出しました。
「えっ!? 病気?」
「うん……。かなり重症の」
「重症……なの?」
「うん。かなり重症のサラちゃん中毒」
「……。もう! おどかさないでよ! 本当に心配したじゃない!」
すっごい心配した直後に、すっごい安心したら、びっくりするぐらい涙が出てきました。
ジャックさんが慌てて謝ってくれました。
「ごめん、サラちゃん。本当にごめん。だけど、兄貴、『サラのレポート、手伝ってやってくれ』とか、『ジャック一人じゃ行かせられないから、僕も一緒に行く』とか、サラちゃんに会いたいモード全開で、何とかかんとか言って、俺を利用したんだぜ? 兄貴の頭ん中、サラちゃんのことばっかりで、もう中毒じゃん」
そんな話を聞いていたら、今度は、びっくりするぐらい笑いがこみ上げてきました。
「どうして笑うの?」
ジャックさんが、きょとんとして聞きました。
「なんかね、兄弟っていいなって思って。ジャックさんにだから、好きなように言ったり甘えたりできるのね。職場じゃ絶対にできないし、ウィルさんたちの前でも難しいんじゃないかな……。多分、私にもしないんじゃないかな。私には、いい格好していたいんじゃないかと思う」
「サラちゃん、……もう奥さんみたいなこと言うんだね」
ジャックさんが、きょとんとしたまま、そんなことを言っていました。

「賄い(まかない)で、もらってきたよー」と、ルセット先生が、キッシュを持って、上がって来られました。

ルセット先生のことを、かわいい……って、初めて思いました。

ぎゅってしたくなって、ルセット先生に飛び込んだら、ジャックさんが素早くキッシュを持ってくれていました。
ルセット先生の後ろから、母が飲み物を持って来てくれている気配がしたけど、それもジャックさんが受け取ってくれていました。

サラの日記124(分かったら、もう ほっといて!)

銀菓神暦2015年8月8日

前期の成績発表なので、大学に行きました。
結果は、所属研究室の教官ではなくて、当初の担当教官から聞くことになっているので、ルセット先生の研究室に行かなければならないのだけど、この数日の間に色んなことが進み過ぎて、どんな顔して行けばいいんだろう……って考えながら歩いているうちに、ルセット先生の研究室の前に着いてしまいました。

ドアは少し開いていて、先にマヤちゃんが入っているのが見えたので、ちょっと落ち着きました。
ドアをノックすると、マヤちゃんが振り返って、にっこり笑って、「私、全部合格だった」と、私にだけ聞こえるぐらいの小さな声で教えてくれて、嬉しそうに迎え入れてくれました。

ルセット先生は何でもない顔をして、
「サラさんは……『薬草応用学』以外は合格。『薬草応用学』は8月15日までにレポート提出です」と、成績表をくださいました。

評価は5段階。A~Cが合格で、DとEは不合格。
『取り敢えずやってみよう系』は得意で、歴史と薬草は苦手。見事にその通りの成績。

銀菓史C
薬草応用学D
専門製菓実習A'
銀菓製菓理論A
異次元時空間概論A
銀菓処方学A
古典製菓実習5A'
銀菓神局法規A

「はぁ……」っと、ため息をついたところに、ルシアちゃんがやって来ました。
「ルシアさんは全部合格でしたよ」と、ルセット先生がルシアちゃんに成績表を手渡されました。
私、2回目のため息……。
ルシアちゃんが「ん?」って顔をしてこっちを見たので、
「薬草、レポートになっちゃった……」と打ち明けました。
すかさず、マヤちゃんが、「いいじゃん! 薬草なら、彼氏に教えてもらえば!」と。
「ちょっと! 違うよ! 彼氏じゃないってば!」
私、成績表を振り回しながら、断固否定。
「え? 嘘ーっ! どう見ても彼氏じゃん。違うの?」と、ルシアちゃんまで……。
「もぉーっ! 違うの!」
私、成績表を握りしめて、勢いよく振り落とす。

「あの……」と、ルセット先生が……。
「続きは外でやってもらえる?」

私たちがルセット先生の研究室を出たあと、もちろん、すぐにルセット先生からメッセージが届きました。
<ね、彼氏って誰?>
<もう! ルセット先生まで!>
<誰?>
<……っ、もう、……ジャックさんよ! みんなが勝手にジャックさんのことを勘違いしてるの!>
<それで『薬草なら』……か。ジャックね。ジャックか……>
<そう! 分かったら、もう ほっといて!>

サラの日記123(ゆっくり髪に触れられるのを感じました。)

銀菓神暦2015年8月7日

久しぶりに実家の店番に入りました。
工房の方へは時々手伝いに入っていたけれど、お客様と顔を合わせての接客は苦手で……。
だけど、店番をしてみたくなりました。
ルセット先生は、ここを継げるように考えると言ってくださってはいるけれど、
ひょっとしたら、もう数えるほどしか お店に立てないのかもしれないと思うと、
何だか、お店が愛おしく(いとおしく)なりました。

お隣りの、果物屋の樫野(かしの)さん家のおば様が、
「サラちゃん、結婚するの?」って聞いてこられました。
「いえ、あの、まだ正式には決まってないんです……」
「お隣り同士だし、赤ちゃんの頃から知ってるし、うちのシュウにサラちゃんどうかな……なんて思ってたんだけど、手の届かないようなところに行っちゃうのねぇ。でも良かったわ、王家なんでしょ? おばさん、安心だわー。この商店街の自慢だわ。本当に。日取りが決まったら教えてね。お祝いするわ」
「ありがとう、樫野のおば様。でも、まだ本当に内輪だけでのお話なの」
「大丈夫よ。お相手、真面目そうな方じゃない。この辺には似合わない、すごい車が停まったから、おばちゃん、何だろうと思って見てたのよ。あの方なら絶対大丈夫だわ。本当に良かったわ。おめでとう。じゃあ、また来るわね」
樫野のおば様は、ケーク・サレを家族分買って行かれました。
「ありがとうございました。おじ様とシュウちゃんたちにもよろしくね」
「はーい」
樫野さん家のおば様は、後ろ手に小さく手を振って帰って行かれました。

夜、ルセット先生からメッセージが届きました。
<サラ? 今日は何してた?>
<久しぶりに店番に入ったの。お隣りのおば様に『おめでとう』って言われちゃった。ミシェルのことは『真面目そうな方』って言われてた>
<そっかぁ。じゃあ、もう絶対離せないね、サラのこと>
ルセット先生は、ちょっと嬉しそう。
<プラクミーヌのことが、やっぱり不安なの……>
<サラは何も心配しなくても大丈夫。周りに何を言われても、僕がサラを離さなければいいだけのこと。必ずうまくいくから>
<ミシェルのところに行きたい。行ってもいい?>
<おいで>
ルセット先生のところに意識体を飛ばすと、ルセット先生はしっかりと抱き留めてくださいました。

ルセット先生からは、昨日と同じ、柑橘系の果実酒の香りがしました。
<ミシェル、飲んでた?>
<うん。どうして?>
<昨日と同じ香りがする。柑橘系の果実酒の>
<サラ、意識体で匂いも分かるの?>
<うん、分かる。私、この香り、好き>
ルセット先生が、ゆっくり私の髪を撫でて、温かい唇で、ゆっくり髪に触れられるのを感じました。

サラの日記122(柑橘系の果実酒が香る唇で、)

銀菓神暦2015年8月6日

家でゆっくりするの、久しぶりだなぁ……って思っていたら、お昼過ぎにルセット先生からメッセージが届きました。
<サラ? 今日は忙しい?>
<ううん。家でゆっくりしてたところ>
<今、ジャックとウィルとマリーが来てるんだけど、サラも来ない?>
<どっちの方?>
<城じゃなくて、僕ん家(ち)の方だよ>
<うん! 行く!>

ウィルさんが迎えに来てくださいました。
車中、ウィルさんは、普段のルセット先生のことを色々聞かせてくださいました。
「ミシェル殿下は、以前は物静かな方でいらっしゃったんですがね、この4月からは、毎日毎日、サラさんのお話ばかりされて、『どうしたら近付ける? どうしたら仲良くなれる?』って、こちらが呆れるほど質問攻めだんたんですよ。で、『何かプレゼントして差し上げたらいかがですか?』ってアドバイスさせていただいたのですが、……何かありました?」
「……思い返してみれば、色々」
素敵なケースに入った練習用クリームのこと、四次元時空間製の木べらのこと、写真集に挟んであったメモのこと……。
そう言えば、「何で?」って思っちゃう不思議なプレゼントをもらったな……って思い出していたら、
「あったんですね。いいお顔をされてる」
と、バックミラーのウィルさんと目が合ったので、にっこり笑い返すと、
「ミシェル殿下は、侍従の私たちを友人のように扱ってくださるんです。だから、つい、お言葉に甘えて、今日みたいに集まったりするんですよ」と、嬉しそうに話されていました。

ルセット先生の家に着くと、今度はマリーさんに話し掛けられました。
「サラさんは、ミシェル殿下のどこが好き?」
「……えーっと、……目の色と、……声と、……話し方と、……優しいところと、……頼りになるところと、……お菓子の味も好き。それから……」
一生懸命答えていたら、マリーさんが、くすくす笑い出して、
「全部聞くのに何年も掛かりそう」って、ルセット先生の方に視線を流されました。
「あっ……」って、ルセット先生の方を見てみたら、ルセット先生、恥ずかしそうにして、顔が赤くなってた。
ルセット先生の隣りに居たジャックさんも、恥ずかしそうにして、顔が赤くなってた。
何だか私まで恥ずかしくなってきて、どうしていいか分からなくなってたら、マリーさんがルセット先生の隣りに連れてってくださいました。
ルセット先生の優しい視線に包まれて、柑橘系の果実酒が香る唇で、初めてのこういう場に緊張していた唇に、そっとキスされました。
<僕はサラの全部が好き>
ルセット先生から、そんなメッセージが伝わって来ました。
「もういーい?」ってジャックさんの声がして、ジャックさんの方を見てみたら、ジャックさん、目を両手で覆っていました。

ルセット先生を好きになったら、学校以外の仲間ができた。
学校の授業に必要なだけの、グループ活動に困らないだけの、その場限りの仲間関係さえ確保できていればいいと思っていた。
でも、強がりだった。
それしかできないから、それでいいと思い込むようにしていただけ。
ルセット先生を好きになってから、心の中で、表面だけを繕ってきた、中身の無い建造物が、気持ちいいぐらいの大きな音を立てて、次々に壊れていく。
ミシェルと一緒に居れば、外の世界のことを素直に受け留められる。
必要以上に造り上げてきてしまった心の防波堤が、次々に壊れていく。

サラの日記121(板挟みになっちゃうよ。)

銀菓神暦2015年8月5日

アグルムの聖石、どこかで見たことがあると思っていました。
昨日、ルセット先生が手をかざして、石が光を放ったように見えたことを思い返していたら、思い出しました。
2か月ほど前、約20年振りに見た夢の中に出て来た石によく似ています。
お城にはたどり着けない私に、魔法使いのおじいさんか妖精のおじいさんのような人が、私の手のひらに包み込むように、しっかり渡してくださった、きらきら光る石。
――あれは、今度はアグルムの聖石を受けることになるという予言か何かだったの?――
ペンダントを着けた自分を鏡に映して、そんなことを考えていたら、石から昨日よりも力強い光が溢れてきて、その光にすっぽり包まれてしまいました。
花綵アグラムのことが、たくさん伝わって来ました。プラクミーヌの王女様のことも。
――やっぱり、彼女はミシェルのことを想ってる。幼い日の憧れが、想いに変わってる――
光の中で、アグルムの聖石が伝えてくれるままを受け留めていました。
――私はどうすればいい?――
アグルムの聖石は、その質問には答えてくれませんでした。
――プラクミーヌの王女様のことを、もっと知りたい。1000年前の私のようには、なって欲しくない。彼女と話がしたい――

ルセット先生は大学院の仕事があると言われていたのですが、プラクミーヌの王女様のことが頭の中でどんどん膨らんで、一人では抱えきれなくなって、メッセージを送ってみました。
<ミシェル? 話したいことがあるの>
<夕方なら大丈夫だよ。来る?>
<うん>

「あのね、ペンダントの石が光ったの」
アグルムの聖石が、夢に出て来た石に似ていること、光に包まれたこと、花綵アグルムのことが伝わって来たこと、プラクミーヌの王女様のことが伝わって来たことを一気に話して、プラクミーヌの王女様と話がしたいと言いました。

ルセット先生が、ゆっくりと口を開かれました。
「サラ? 落ち着いて。アグルムの聖石からメッセージが伝わって来たってことだよね?」
「うん……」
「アグルムの聖石は、妃だと受け入れた者にしか反応しないんだ。サラはアグルムの聖石に受け入れられてる」
「……うん」
「だから、今は僕の両親がうまく動いてくれることを信じて、もう少し待ってて。今、サラが直談判に出たら、僕は二人の姫君の間で板挟みになっちゃうよ。自分で動くことも大切だけど、自分のために動いてくれる人に任せてみることも覚えて」
「はい……」
「だけど、話しに来てくれてありがとう。そういう考えの人、僕の周りには、あまり居ないから、ますますサラを離したくなくなった」
ルセット先生の温かくて柔らかな唇が、私の唇にそっと触れました。

「帰り、送ってくから、ちょっと待ってて」
ルセット先生が急いで片付けを始められました。
「あ、一人で帰るから大丈夫」
「サラを一人にすると、また良からぬことを考えるでしょ? だから送ってく」
ルセット先生は、柔らかな視線で私を覗き込まれました。
「う、うん」

ルセット先生は、やっぱり『殿下』だと思いました。
周りの人たちを信頼して、周りの人たちに任せることを知っている人。
私には少し難しい。

アロゼの休憩室12「ミシェル王太子殿下&サラちゃん、ご婚約内々定おめでとうございます!!」

振り返れば、4月に、教官と研究生として出会ったルセット先生(ミシェル王太子)とサラちゃん。
サラちゃんの片想いや、
ルセット先生の、サラちゃんに対する謎の行動などを経て、
めでたく、ご婚約内々定にまでたどり着きました。

ルセット先生の謎の行動の種明かしは、
『サラの日記122(銀菓神暦2015年8月6日)』の中で、ウィルさんが語ってくださいますので、
どうぞお楽しみに(^^)/

もう、ここまで来れば、あとは、突っ走るだけですね!(^^)!

まあ、色々あって、簡単には突っ走れないわけですが……。

あ、そうそう。
書いていて驚いたのは、サラちゃんって日本人だったんですね。
(フルネームからの推測。)
サラちゃん目線の作品なので、サラちゃん自身についての描写ってほとんど無くて、
容姿や人種の感覚の無いまま書いていました。

サラちゃんが、ルセット先生の淡いブラウンの瞳に憧れるのは、それ故でしょうか……。
そして、ルセット先生の目には、サラちゃんのことが、東洋系の魅力を持った女の子に映っているのでしょうか……。

身分の違いってことがポイントになっていたのに、細かく見てみたら人種も違うじゃん……って話です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、私が受けたプロポーズの話です。

夫の実家がミカンを作っているので、
家族でミカン狩りにおいでと誘われたんです。
で、両親と一緒に行ったんです。

すると、夫のお母さんは、おもてなし料理を作ってくださっているし、
夫のお父さんは、「年内でもいいと思うんですがね……」って、いきなり結納の日取りの話をされるし……。
まだ、夫からはプロポーズのプの字も無いのに。
夫のお父さん、めちゃめちゃフライング……。

夫のお父さん お母さんに気に入っていただけたのは嬉しかったけれど、
お父さんに言われたからとかじゃなくて、自分の意思で私を選んで欲しかったから、
後日、プロポーズをするという前提のデートをしてもらいました。

ある日突然、サプライズで……とかっていうのに憧れてたんだけどなぁ。
夫のお父さんに、「ある日突然」を取られちゃいました(^^;)

でもまあ、夫の家族に気に入ってもらって嫁入りできたのは、とっても幸せです。
嫁姑のごたごたも無いし。
私が、あまり(かなり)話が上手ではないので、
物足りなかったり、つまらなかったりされているのではないかと気掛かりだけど……。

あとになって夫に聞いてみたら、
あの時のお父さんのフライングが無かったら、
プロポーズのタイミングが分からなくて、そのまま何年も経っていたかも……だったそうです。

サラの日記120(ルセット先生の指の動きで、)

銀菓神暦2015年8月4日

朝、お迎えの車が来ました。
ウィルさんの奥様、マリーさんも一緒に来てくださっていて、ドレスを着たり、髪を編んだりするのを手伝ってくださいました。
こんな格好、私には全然似合わないような気がして、ルセット先生に聞いてみました。
「似合ってないよね? おかしいよね?」
ルセット先生は、口で、「きれいだよ。ちゃんと似合ってる」と言って、微笑んでくださって、
意識で、<どんな姿のサラも、どんな立場のサラも愛してる>と伝えてくださいました。

私は今の自分のことしか知らない。
ルセット先生は、ミシェルは、長過ぎる時間の中で、どんな私を見てきたの?

花綵アグルム城の入り口に、準正装のジャックさんが立っていました。
私の胸の、アグルムの聖石のペンダントに目をやって、
「こんなに早いと思わなかった。おめでとう、サラちゃん」って、にっこり笑ってくれました。
「ありがとう。私も、こんなに早いと思わなかった」って、笑い返しました。

ルセット先生のご両親、つまり花綵アグルムの王と王妃は、温かい雰囲気の、穏やかな方でした。
個人としては、ルセット先生と私の結婚に賛成してくださるとのことでした。
ただ、国としては難しいともおっしゃいました。

社交辞令の流れからの口約束ではあったのだけれども、
ルセット先生が幼少の頃、プラクミーヌの王女を、花綵アグルムの王太子妃に……という話があったらしいのです。
だから、身内の間だけでの婚約内定ということにはできるけれども、プラクミーヌの了承を得るまでは正式には進められないと……。

花綵アグルムは花綵領の柑橘類を護っている国。プラクミーヌは柿を護っている国です。
同じ準仁果類(じゅんじんかるい/果実の分類)を護る国同士が組めば、国は益々栄えるだろう、というところから、そんな話が出たのだそうです。

一通り話が済んだあと、ルセット先生の、……ミシェル王太子殿下の部屋に案内されました。
窓を開けて、バルコニーに出ると、心地良い風が吹いていました。
「ミシェルは、プラクミーヌの王女様に会ったことはあるの?」
「……子供の頃に……一度」
「もしも、今でも、プラクミーヌの王女様がミシェルのことを覚えていて、想ってくださっていたら、……私はここには居られない。想う人のそばには居られなかった気持ちを憶えているから。ミシェルのことを知るまでは、ただの夢だと思っていたけど、とっても悲しくて辛い夢だったから、……反対の立場には立ちたくない。国とか、身分とか、そういうことじゃなくて、……想う人がいる女性として、1000年前の反対側には立ちたくない」
ルセット先生は、私の頬を、両手ですっぽり覆われました。そのルセット先生の指の動きで、自分がいつの間にか泣いていたことに気付きました。
「僕が王太子でなければ、サラをこんなに苦しめなくて済んだのに」

ドアをノックする音がして、ウィルさんが入って来られました。
私たちの話の雰囲気に気付いてくださって、
「サラさん、ご実家へは笑ってお帰りくださいね。必ず良い方向へ進みますから、ご両親に要らぬ心配を掛けませんように。お疲れになられたでしょう。さあ、どうぞ」と、飲み物とお菓子を置いて、ルセット先生に目で何かを合図したあと、優しく微笑んで、部屋を出て行かれました。

「サラに確認したいことがあるんだけど」
ルセット先生が私を覗き込まれました。
「何?」
「それを付け始めてから、何か変わったことはない?」
ルセット先生はアグルムの聖石のペンダントを指差されました。
「何も……」
ルセット先生がペンダントに手をかざすと、一瞬、石が光を放ったような気がしました。
「良かった……。アグルムの聖石はサラを受け入れてくれてる」
ルセット先生は嬉しそうだったけれど、私はちんぷんかんぷんでした。
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