サラの日記116(このままのルセット先生でいて欲しいから、)

銀菓神暦2015年7月31日

試験は「銀菓処方学」と「古典製菓実習5」の2科目でした。
どちらもルセット先生の科目。
当たり前の話だけど、今日は、試験が終わるまでメッセージを送り合うのは禁止。
メッセージを送り合えることは、メランジェ先生にもジャックさんにも話していませんが、後々ばれた時に問題になってもいけないので、ルセット先生がブロックを掛けられました。
試験が終われば、また伝え合えるようになるのだけど、いつもできていることが できなくなるっていうのは、やっぱり心細い。

「銀菓処方学」は筆記試験。
「古典製菓実習5」では、クリームの絞りだけで立体の装飾物を作るという課題に取り組みました。
ルセット先生は、課題の副評価員をメランジェ先生に頼まれていたようで、私の作品はメランジェ先生が評価してくださいました。
だけど、やっぱり、とってもやりにくい。
意識し過ぎて息が詰まりそう。
早く院の課程を修了してしまいたい。

試験は2科目とも午前中に終わって、お昼休みになると同時にルセット先生からメッセージが届きました。
<サラ? ブロック解除完了ーっ>
ルセット先生は笑っていらっしゃしました。
<あ、ルセット先生? はぁ……。すっごーく疲れたぁ、気持ちが……>
<僕もだよ。もう、へとへと。お昼、地下に来る? ウィルがサラの分も用意してくれてるんだけど>
<うん、行く!>

宝石箱みたいなお弁当箱が2つ。

やっぱり、何だかんだ言っても、ルセット先生は身分に守られている。
家を出たと言っても、侍従が居る。
本当の独りを知らない。
仕事だって、銀菓神使の教官という、温室のような環境に守られている。
私と居るとこを選んだために、それが壊れるようなことがあってはいけない。
ルセット先生は私を守りたいと言ってくれたけれど、
私もルセット先生を守りたいと思う。
私と居ることを選んだために、ルセット先生が変わらなければならなくなるようなことにはしたくない。
私は……
ルセット先生に、このままのルセット先生でいて欲しいから、ルセット先生と居ることを選ぶ。

向かい合わせは落ち着かないから、今日も横に並んで座りました。
「ごちそうさまでした。ウィルさんに、『おいしかった。ありがとうございます』って伝えておいて」
「うん、伝えとくよ」
ルセット先生の笑顔は、いつも穏やかです。
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サラの日記115(ちょっとした宝石箱みたいな)

銀菓神暦2015年7月30日

今日の試験は、朝一番から「異次元時空間概論」でした。
ルセット先生との放課後の練習で、異次元時空間への移動は何度も体験はしているのだけど、それを教科書の中の文字で理解しなければならないとなると、私にはかなりの負担。
『訳が分からないけど取り敢えずやってみようか方式』の方が得意かな。
まあ、今日は1科目だけだったので頑張ったけど……。
こんなのでルセット先生のパートナーやってていいのかな……って思ったりする。
だけど、もう、今更、離れたくないもん。勉強、頑張ろ。

試験のあと、学食でお弁当を買ってみました。
――あ、そうだ!―― と思って、ルセット先生に聞いてみました。
<ルセット先生? 学食のお弁当買ったんだけど、先生も要る?>
<僕、持って来てるからいいよ。試験監督、あと1時間あるから、地下で待ってて。一緒に食べよう>
<うん、分かった>

ルセット先生のお弁当箱は、ちょっとした宝石箱みたいなデザインでした。
中身は、贅沢ではない、整った内容。
――ルセット先生のお弁当って完璧だなぁ―― って思いながら覗き込んでいたら、
「僕の専属の侍従(じじゅう)が用意してくれてるんだ。僕が城を出た後も、毎日通って、よくしてくれてる。ウィルっていうんだけど、サラの実家の調査を頼んだもの彼。毎日通ってくれているのは、父が僕の監視を頼んでいるからかもしれないけどね」
と話を始められました。
――「彼」か……。「彼女」だったら、侍従って分かってても焼きもち焼いちゃう―― なんて、ちょっぴりほっとして、にっこりしながら、黙って聞いていたら、ルセット先生は続けられました。
「お昼、誘ってくれて嬉しかったよ。監督中だったから、びっくりしたけど」
「えっ? ごめんなさい。タイミング悪くて……」
――しまった……―― と思って、恥ずかしくなって、うつむいていたら、ルセット先生は、優しく私の髪を撫でながら、なぐさめてくださいました。
「大丈夫だよ。誰にも聞こえてない。僕には、思った時に、そのまんまを、ぶつけてくれて構わないから」
顔を上げたら、向かい合わせに座っているルセット先生と目が合って、何だか恥ずかしくなって、ルセット先生の横に移動しました。
<この方が落ち着く>
<うん、そうだね。僕もこの方が落ち着く>

午後からは『延し棒横笛』の練習をしました。
頑張れば音が出るようになってきたので、曲も少し教わりました。

サラの日記114(決めたら言うよ)

銀菓神暦2015年7月29日

「銀菓製菓理論」の試験は午後からだったので、午前中は家で最終チェックをしていました。

自宅の1階は菓子工房です。
2階の私の部屋には、今日も朝早くから、焼き菓子の焼ける匂いが上がって来ました。
職人の父と、そこに嫁いだ母。
私は、銀菓神使の称号を取ったら、銀菓神使の仕事の傍ら(かたわら)、菓子工房も継いでいくつもりでいました。
――私がルセット先生のところへ行ったら、いずれは、ここを閉めることになるのかな……。
ルセット先生とも一緒に居たいし、工房も続けたい――

「銀菓製菓理論」の試験のあと、地下の製菓室に行きました。
少し緊張していました。
この問題を投げ掛けたら、ルセット先生はどう思われるのかを聞いておきたかった。

「聞いておきたいことがあるの」
「うん、いいよ」
ルセット先生の声は温かで、緊張がほぐれているのを感じました。
「称号を取ったら、実家の菓子工房を継ぐつもりだったの」
「うん」
「でも、花綵アグルム城に行くことになったら、継げなくなってしまう」
すると、ルセット先生は、ゆっくりと微笑まれ(ほほえまれ)ました。
「ごめんね。サラのことに気付いてすぐの頃、侍従(じじゅう)に頼んで調べさせてもらってた。サラのご実家のこと。サラを城に閉じ込めちゃうわけじゃないんだから、大丈夫だよ。方法はいくらでもある。そういうこともひっくるめて、サラと一緒に時代を変えたいと思ってる」
「……分かった。ちょっと安心した。……ありがとう」

私のことを考えてくれるのは当たり前で、そうでないと安心してルセット先生のところには行けないのだけど、
私の実家のことも、当初の目的が何だったのか、ルセット先生の「ごめんね」が少し引っ掛かりはするけれど、
それはこの際措いて(おいて)おくとして、随分早い時期から気に掛けてくださっていたことに、ルセット先生の誠実さを感じました。

「サラの試験の最終日はいつ?」
ルセット先生は、自分のスケジュールも確認しながら、そう聞かれました。
「8月1日で終わり」
「じゃあ、2日に、……会える?」
「うん、いいよ。2日ね? どこに行けばいい?」
ルセット先生は、「そうだなぁ……」と天井を見上げて、「決めたら言うよ」と、私の方に柔らかな視線を戻されました。
悪いことではなさそうな雰囲気でした。

サラの日記113(平気?)

銀菓神暦2015年7月28日

午前中の2時間を使って、「専門製菓実習」の試験がありました。
課題は目指す称号によって様々で、私の課題は季節のシロップでした。
最近は、意識していない時ほど光の粒が溢れてきてしまうのですが、他の研究生に見られたくないので、なるべく光の粒を出さないように仕込みました。
試験のあと、メランジェ先生が小声でアドバイスしてくださいました。
「できることは、あまり抑え込まなくていいんですよ。抑え込み過ぎると、本当にできなくなってしまうこともありますからね」
その言葉に安心したとたんに、シロップの鍋から光の粒が吹きこぼれました。
メランジェ先生が、採点表に「A´」と記入されるのが見えました。
――やった!――

午後、地下の製菓室に行ってみたら、ルセット先生はいらっしゃらなかったので、明日の科目、「銀菓製菓理論」の勉強をしていました。
1時間ぐらいすると勉強にも飽きてきて、『延し棒横笛』を吹いてみました。
ルセット先生が吹かれていた時のことを思い出すと、心地良い感じに胸の奥が痛くなります。

そろそろ笛にも飽きてきた頃、準備室のドアが開いて、ルセット先生が出て来られました。
「試験中って人が多くってさ、植物館経由の裏庭経由だよ。サラは大丈夫だった?」
「えっ? 私、何にも考えてなかった……」
「サラが称号取るまでは、この仕事クビになりたくないから、協力してね」
ルセット先生は明るくそう言うと、ウインクされました。

そう言えば、いつの間にか、放課後は地下に来るのが当たり前になっていて、学則違反ぎりぎりのことを(時々、違反も)しているっていう意識が薄くなっていました。

「音、少し聞こえたよ。貸して」とルセット先生が『延し棒横笛』に手を伸ばされました。
「サラが吹いたあと、あったかいね」って、笛の全体を確かめるように触ったあと、吹き始められました。

どうしても気になってしょうがなくて、聞いてみることにしました。
「平気?」
「ん?」
ルセット先生は、少し目を大きくして、こちらを見られました。
「私が吹いたあと、平気?」
すると、いつも冷静な雰囲気のルセット先生が、少し恥ずかしそうにして答えてくださいました。
「……僕が吹いたのをサラに渡すのよりも、サラが吹いたのを貸してもらう方が平気」
「私も。……私も、私が吹いたのをルセット先生に渡すのよりも、ルセット先生が吹いたのを渡してもらう方が平気」
「昨日さ、サラが嫌な顔したらどうしようかって心配だった」
「全然嫌じゃないよ。貸して」
ルセット先生の手から『延し棒横笛』を取って、吹いてみました。
ルセット先生に響きを思い出させてもらった笛は、さっきまでよりも滑らかな音がしました。

サラの日記112(さっきまでのルセット先生の温もりを感じました。)

銀菓神暦2015年7月27日

前期の期末試験が始まりました。

試験の前日にあんな話を……とも思ったけど、やっぱり、思い切って聞いておいて良かったです。
ルセット先生の気持ちをちゃんと知ることができて、今日は試験に集中することができました。
今日の科目は「銀菓史」と「薬草応用学」でした。

放課後は地下の製菓室に行きました。
昨日のことを思い返すと、ちょっと会いづらいな……とも思いましたが、ルセット先生は、いつものように迎えてくださいました。

「試験、どうだった?」
「んー、歴史関係は昔っから苦手だし、薬草応用学は難しかったぁー。学部生の時、薬草学、落とし掛けたことあるし。落としてたらどうしよう……」
昨日の空気を吹き飛ばしたくて、わざと大げさに頭を抱えて(かかえて)みました。
「そりゃー、追試になるか、夏休み返上で補習になるか、もしくはレポート地獄だね」
ルセット先生は笑っていらっしゃいました。ちょっと安心しました。

「音、出た?」
ルセット先生は笑った勢いのままで、その話に持ってってくださいました。
「出ない……」
「貸してみて」
差し出されたルセット先生の手に、『延し棒横笛』を渡しました。
ルセット先生は『延し棒横笛』を吹き始められました。
奏でているのがルセット先生だからなのか、この間聞いた『木べらギター』と同じ系統の音色が、部屋いっぱいに響きました。
「サラがちゃんと音を出せるようになるまで、時々僕に吹かせてくれる? 笛って、ちゃんと響かせてやっとかないと、鳴らない笛になっちゃうんだ」
「はい……。お願いします」
――私の知らない世界だ……――と思いながら、ぼーっとしていると、ルセット先生は再び『延し棒横笛』を吹き始められました。
透明で、きらきらしてるけど、繊細で、すぐに壊れてしまいそうな音色。

「はい、どうぞ。吹いてみて。今なら出易いと思うよ」
ルセット先生が返してくださった『延し棒横笛』から、さっきまでのルセット先生の温もりを感じました。
ルセット先生が吹かれるような澄んだ音色ではないけれど、ひどくかすれてもいない音が出ました。
ルセット先生は、うなずきながら、にっこりしてくださいました。

笛を構える唇から伝わってくる、ルセット先生の温もりに、とっても どきどきしていたことは、ルセット先生には内緒です。

サラの日記111(二番目とか三番目とかでもいいよ……)

銀菓神暦2015年7月26日

<おはよう、ミシェル>
昨日、気になって一晩中考えてしまっていたことがあったので、研究室はお休みだったけど、ルセット先生にメッセージを送ってみました。
<おはよう、サラ。どうした?>
<あのね、花綵アグルムの王太子妃って……一人だけ……なの?>
<ん?>
<私、やっぱり職人の娘だし、そういう教育受けてきてないし、二番目とか三番目とかでもいいよ……って思ったり……>
<ね、サラ? 今から会える?>
<うん……>
<じゃあ、植物館の鳥居の前で待ってる>
<……はい>

鳥居の前に行ってみたら、ルセット先生が先に着いていらっしゃいました。
「四次元でいい?」
ルセット先生は鳥居に手をかざしながら、私の手も取られました。
前に来た草原。前に来た時よりも力強くなった草花が、静かに風に揺れていました。

「サラに出会うのが、あと1年遅かったら……、サラを二番目にしようと思ったかもしれない」
ルセット先生は、私の手を引いて、歩き続けられました。
「今、両親にサラのことを話したら、……二番目なら許してもらえるかもしれない」
ルセット先生は、足を止めて、私に向き合って、目を覗き込みながら話してくださいました。
「でも、僕は、サラだけをアグルムに迎えたい。婚約の話が進む前にサラに出会えたんだ。もう、無責任に形だけで誰かを迎えるなんて……できない」
「……ありがとう。でも、途中で……、職人の娘なんかやめておけば良かったって思うかもしれない。いつか、やっぱり違うって思うかもしれない」
「大丈夫。気持ちは1000年経っても変わってない。それどころか、『永遠の記憶の呪縛』のおかげで、忍耐力には磨きがかかってる」
ルセット先生は、にっこり笑うと、優しく抱き締めてくださいました。
「サラ。不安に思わせてごめんね……」
私も、ルセット先生に、ぎゅっと抱き付きました。
「ミシェル、今日はプライベートの匂いがする……」
「サラも……」

ルセット先生は、もう一度、私の目を覗き込み直されました。
「夏休みになったら、サラを僕の両親に紹介しようと思ってる。サラのご両親にも、ご挨拶に伺おうと思ってる。銀菓神使の称号があれば、身分を越えられる」
「……でも、私、まだ称号は」
「大丈夫。サラにはもう、仮称号と同じぐらいの力が付いてる。闇の銀菓神の記憶を持つ僕が保証する」
「……はい」

アロゼの休憩室11「花綵アグルムとお菓子な楽器」

夏休みですねー。
社会人にはあまり関係ないような気もしますが、
それでも やっぱり、外出時に見掛ける人の層が、「あ、夏休みなんだなー」と……。

さて、まずは、最近頻繁に出るようになった、「花綵(はなづな)アグルム」という言葉について少し。

「花綵アグルム」は、ルセット先生の実家が治めている国の名前です。
「花綵」は日本列島の美称、「アグルム」は柑橘類を意味するフランス語です。
つまり、ルセット先生の実家は、「日本の柑橘類を護っている国」ということです。

中には「どういう設定?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、
8月初旬の頃に掲載予定のお話を読んでいただければ、
「そういう設定なのね」って感じになっていただけると思いますので、
どうぞお楽しみに(^^)/

というわけで、お次の「お菓子な楽器」でございま~す。

大きな木べらがベースの『木べらギター』と
延し棒ベースの『延し棒横笛』。
「これ、いつか実際に作ってみたいなぁ~」という気持ちを込めて登場させましたのでございます。

笛は、リコーダーとフルートの経験があります。
リコーダーは中学校の部活動で、
フルートは高校の部活動がきっかけで始めて、高校卒業後に、15年間、個人レッスンに通いました。
フルートで音楽方面の学校に進みたいな……と本気で取り組んでいたこともあったのですが、
当時、まだ自分を外に表現するということが苦手だった私には、
やりたい気持ちはあっても、実際やってみると、ちょっと難しかったかな……。
本気で取り組み始めて1年半後に、きっぱり趣味に切り替えました。

その時に通っていた音楽教室、
高校卒業後に、
生まれて初めて自分で見付けて、自分で交渉して、自分で申し込んだ教室です。
母が言ってくれたんです。
「習いたいのだったら、自分で見付けて来なさい。自分で決めて来たら、月謝は用意してあげる」って。
与えられたものを こなすことは できるようになっていましたが、
自分から何かをするってことをやったことはありませんでした。
そもそも、自分から何かをしたいと思う⇒自分で行動に移す……という発想がありませんでした。

当初の、音楽方面への進学という目的は果たせませんでしたが、
当時、母の言ってくれた一言で、
「自分から何かをしたいと思う⇒自分で行動に移す」の楽しさとか、やりがいを知ることができました。

次回の「アロゼの休憩室」の頃には、ルセット先生とサラちゃんの関係が、決定的発展を遂げている予定です。
どうぞお楽しみに(^^)/

サラの日記110(今できる一番のにっこりで)

銀菓神暦2015年7月25日

講義は午前の1時間だけでした。
夕方、ルセット先生が来られるまで、地下の製菓室で『延し棒横笛』の練習をしていました。
息をいっぱい吹き込むと、かすれた音が出るようにはなりましたが、
頭はくらくらするし、肩は凝るし、とても曲なんか吹けないと思いました。

「どう? 音、出るようになった?」
ルセット先生が部屋に入って来られました。
「ううん……、頭がくらくらして、もうだめ……」
「久しぶりに、あれ、飲む?」
ルセット先生は銀菓宝果のソースで救護用飲み物を作ってくださいました。

「ねぇ、ルセット先生。どうして今、楽器の練習なんかするの? 試験が終わってからじゃだめなの?」
ルセット先生の表情が少し曇りました。
「現代の銀菓神使に必要な技術だから……少しでも早く教えたくて……」
「そうなの?」
ルセット先生の表情が更に曇りました。
「……ごめん。本当は……」
「違うの?」
ルセット先生は更に表情を曇らせて、声を小さくして言われました。
「……本当は、……花綵アグルムの王太子妃に必要な条件だから……」
「急いでる?」
「うん……」
「……なーんだ。そんな顔するから、もっと大変な何かがあるのかと思って、どきどきしちゃった。ん、分かった。そういうことなら、私、頑張るから」
ルセット先生を安心させようと思って明るく答えたってのもあるけど、本当に――なーんだ、そんなことか――って思いました。
ルセット先生は、そんなことぐらいで、私に「ごめん」って思ってくださってる。
ルセット先生は、そのあとも気遣ってくださいました。
「僕は、サラには、そのまんまのサラでいて欲しいのに、僕の勝手な都合で、サラを王太子妃の枠にはめ込むようなことをしてしまうかもしれない……」
「大丈夫。嫌な時は、嫌って言うから。楽器はやってみる。興味あるし。……上手にならなかったら、ごめんね」
今できる一番のにっこりでルセット先生の顔を覗き込んでみたら、ルセット先生に抱き締められました。

夜、ルセット先生からメッセージが届きました。
<サラ、ありがとう。おやすみ>
<ミシェルも、ありがとう。おやすみなさい>

サラの日記109(ルセット先生は延し棒(のしぼう)を差し出されました。)

銀菓神暦2015年7月24日

放課後、地下の製菓室の扉を開けたら、心地良い音が聞こえてきました。
ルセット先生が大きな木べらを弾いて……
弾いていらっしゃいました。ギターみたいに。
華奢(きゃしゃ)で、すぐに壊れてしまいそうな音。
繊細(せんさい)で、透明な音。
ルセット先生が弾き終わるまで聴いていました。

「弾いてみる?」とルセット先生が『木べらギター』を渡そうとしてくださいました。
「こういうの苦手で、弾けないの……」
ルセット先生が『木べらギター』を持たせてくださって、指も1本ずつ弦の上に置いてくださいました。
弦を弾く(はじく)と、ルセット先生の音には程遠い、ぎこちない音が部屋の中に響きました。

「サラは、お菓子と音楽に共通する力って何だと思う?」
ルセット先生は、また自分で『木べらギター』を弾きながら、そんな質問をされました。
「……癒し?」
「癒しだけ?」
ルセット先生は、穏やかに微笑みながら、私を覗き込まれました。
「んー……」
分かっているつもりでも、改めて聞かれると、答えは中々見付かりませんでした。
「僕は、心を動かす力だと思ってる。お菓子も音楽も、喜・怒・哀・楽の全てを動かせる力を持ってる。その力をうまく引き出すことも、僕ら銀菓神使の仕事だ」
「はい」
「サラもやってみるといいよ。何にする?」
「何に……って、何が?」
「楽器だよ。何にする?」
「えー……っと……」
「こんなのどう?」
ルセット先生は延し棒(のしぼう)を差し出されました。
「延し……棒?」
「うん。延し棒で作った横笛。どう?」
「えーっと……」
「ん、じゃ、決まり。サラは横笛ね」
「あの……。私達、1000年前とか500年前とかにも、こんなことしてた?」
「してないよ。現代の銀菓神使が使うようになった技(わざ)」

夜、ルセット先生からメッセージが届きました。
<サラ。音、出るようになった?>
<そんな急に出ないよ。試験勉強もあるし……>
<了ー解っ。じゃ、おやすみ、サラ>
<おやすみなさい、ミシェル>

サラの日記108(朝まで一緒に居て、)

銀菓神使2015年7月23日

意識の中だけでの話だけど、
ルセット先生は、一晩中抱き締めてくださっていました。
朝まで一緒に居て、<おはよう>って言って、2時間も経たないうちに講義室でまた会うのは、ちょっと照れくさかったりしていました。
あとは……、ちょっと身体がだるい。
ずっとルセット先生を感じていたくて、あんまり眠れていませんでした。
それと、長時間意識を飛ばすのは、やっぱり負担が掛かるみたいです。
こういう時は、中庭のベンチで、うとうとするのが気持ちいい。

「隣り、いい?」って、ジャックさんがやって来ました。
「んー、眠いからだめー」
だめだと言ってるのに話を続けるジャックさん。
「遅くまで勉強してるの?」
仕方ないので答える私。
「勉強……じゃなくて実験かな? うん、実験してたの」
だめだと言ってるのに、「ふーん……。でも、なんか、幸せそうだね」って言いながら、隣りに座り込んだジャックさん。
「うん。幸せな実験だったの。ジャックさんは勉強進んでる?」
「うん、まあね。……ね、幸せな実験って何?」
「ないしょー」
「なるほどねー。兄貴がらみ?」
ジャックさんが気付いてくれたのが嬉しくて、つい、元気よく「うん!」と。
「そっかぁ……。ねぇ、サラちゃん」
「ん?」
「兄貴がどこまでサラちゃんに話してるのか知らないけどさ。……サラちゃんが姉さんになるんだったら、俺は大歓迎だから。周りが なんだかんだ言ってもさ、俺はサラちゃんを歓迎するから。兄貴んこと、よろしくね」
「えっ? うん。……ありがとう」
「それからさ、」
「うん」
「サラちゃんの、ゆっくり、ひと言ひと言大事にしゃべる しゃべり方、好きだよ。上辺(うわべ)だけじゃなくて、ちゃんと考えてしゃべってくれてるんだなって感じがする。兄貴にもぴったりだと思う」
「……ありがとう。……ちょっと涙出てきちゃう」
「あ、ごめん」
「ううん。嬉しい方の涙だから」

結局、全然休めないお昼休みだったけど、ジャックさんが私のしゃべり方を好きだと言ってくれたこと、とっても嬉しかった。

放課後、ルセット先生が、「やっぱり、こっちの方がいいな」って言いながら、ぎゅって抱き締めてくださいました。
「私も……こっちの方がいい」

サラの日記107(夜が待ち遠しくて、待ち遠しくて……。)

銀菓神暦2015年7月22日

放課後が待ち遠しくて、待ち遠しくて、走って地下に下りました。

「ルセット先生! 昨日の!」
「面白かった?」
「うん!」
「じゃあ、今夜はサラが来てみて」
「どうやるの?」
「思うだけ」
「思うだけ?」
「うん。待ってる」

で、今度は、夜が待ち遠しくて、待ち遠しくて……。

<ミシェル? 行ってもいい?>
<うん。おいで>
……
<私、ちゃんと行けてる?>
<……うん。ちゃんと隣りに居るよ>
<このまま眠ったりとかできるの?>
<うーん、それは分からないな……>
<やってみていい?>
<どうしようかな……>
<いいよね? おやすみ、ミシェル>
<う……ん。おやすみ……>
ルセット先生は、ちょっと困ってたみたいだけど、
夜眠る時もずっとそばに居るのってどんな感じなんだろう……って、興味がありました。
……
<なんかね、離れてるのに、あったかくて安心する>
<うん、そうだね。おやすみ、サラ>

サラの日記106(多分、進化してる。)

銀菓神暦2015年7月21日

放課後、ルセット先生からメッセージが届きました。
<今日も、メランジェ研究室の方でいいからね>
だけど……、
会いたいから、会いに行きました。

今日のルセット先生からは、チョコレートの匂いがしました。

「何を作ってるの?」
「チョコレートソース。サラ用のレシピを作ってるところ。味、みてみる?」
「うん!」

鍋が2つありました。
1つは一般的なチョコレートソースで、もう1つは私用の。
一般的なチョコレートソースの方は、よく見る普通のソースだったけど、
私用のソースには、オレンジ色の光の粒が、ふわふわと漂っていました。
味は、どちらも同じだけど、感じるものが何か違う。何だろう……。

「勉強は進んでる?」
「う……ん」
「サラならできるよ。僕の規定外講座にも余裕で付いて来てくれてる」
「落としたら、称号が遠くなっちゃうよね……」
「うーん。落としたのがメランジェ先生の科目なら、規定外講座の分の加算で何とかならないかってお願いしてみるよ。……って、そんなに自信ないの?」
「……前期の試験は大丈夫だと思うんだけど、……年内に称号が取れなかったら……とか考えてしまう」
「大丈夫。その時は別の手を考えるよ。ごめんね、面倒な思いをさせて」
ルセット先生はそう言うと、頭を優しく撫でてくださいました。
「ううん。今聞いてもらったら、ちょっと安心した。メランジェ研究室、行ってくるね」
「行っておいで」

夜、ルセット先生からメッセージが届きました。
<サラ、目を閉じてみて>
<え?>
<試してみたいことがあるんだ>
<うん、閉じたよ>
<何か感じる?>
<……うん。目の前で、ぎゅーってされてる感じがするけど、どうしたの?>
<多分、進化してる。意識の結合の力が>

サラの日記105(これまでよりも深いところで信じてる。)

銀菓神暦2015年7月20日

放課後、地下に行ったら、ルセット先生が言ってくださいました。
「メランジェ研究室、勉強会あるんでしょ? 行っておいで」
「でも……」
「大丈夫。行って欲しくない時は、行って欲しくないって言うから」
「うん!」
ちょっと嬉しかった。
ルセット先生に、ちゃんと信じてもらえているような気がしました。

ルセット先生は、いつも私にちゃんと伝えてくれる。
私がうまく伝えられないことを引き出してくれる。

私にとって、ルセット先生と同じ場所に居てもらえる人は、他にはいない。
見て欲しいところも、見せられないところも、ルセット先生はそっと見てくれている。
何となく知っている過去も、何も覚えていない過去も、ルセット先生は知ってくれている。
そう思ってしまうのは、
『永遠の記憶の呪縛』の影響を受けているせいかもしれないけれど、
その相手は、他の誰でもなくて、ルセット先生だった。
全部を安心して預けられる。
これまでも、ちゃんと信じてたつもりだけど、これまでよりも深いところで信じてる。

メランジェ研究室の勉強会、
ジャックさんがいつものように手を挙げて迎えてくれました。

パートナー同士のようには読めないのに、
ルセット先生とは違った方法で、
自分にできる方法で、
仲間のことを一生懸命に知ろうとしてくれる人。

もしも、ルセット先生のことが分からなくなった時は、
ジャックさんに助けてもらおう。
全部を預けられる人が、
あの日、何気なく、
『いいやつ』だと、
『頼れば真面目に応えてくれるやつ』だと、……教えてくれていた。

サラの日記104(他の人には感じない、絶対的な安心感。)

銀菓神暦2015年7月19日

研究室はお休みの日。

ルセット先生に会いに行くかどうか、ずっと迷っていました。
先生は10時にって言われていたけれど、時計を見ると、12時を過ぎていました。
先生からは、「遅い」とも「早く来い」とも、何も連絡は無い……。
でも、……行けば、きっと待ってくれてる。
こういう待ち合わせだけじゃなくて、
求めれば必ず応えてくれると思える、他の人には感じない、絶対的な安心感。
『永遠の記憶の呪縛』の影響なのかもしれないし、一対(いっつい)の光と闇の銀菓神だった頃の影響なのかもしれない。
ひょっとしたら、ルセット先生からそんな話を聞いてしまったから、思い込んでいるだけなのかもしれない。
でも、他の人ではあり得ない安心感。

<ミシェル、遅くなってごめんなさい。今からでも……いい?>
<いいよ。待ってるから、早くおいで>

「寄り道してた……。でも、帰って来た」
「……寄り道……か」
ルセット先生はその意味を分かっているような、穏やかな表情をされていました。
「ただいま、ミシェル」
「おかえり、サラ」
ぎゅってして欲しくなって、何にも考えずに飛び込んでみました。
ルセット先生はちょっと驚いていらっしゃいましたが、ちゃんと受け止めてくださいました。
ルセット先生のお腹が鳴っているのが聞こえました。
<お昼、食べずに待っててくれたの?>
<一緒に食べようと思って用意してあるんだ。ここの野菜で作ったんだよ>
<ありがとう>

今日のルセット先生からは、お菓子の匂いはしませんでした。
季節の野菜のスープの匂い。
柔らかで温かい匂い。

光の粒が出るのは、お菓子のソースだけじゃないことを知りました。
ルセット先生が作ったスープからも、お菓子のソースと同じような光の粒が溢れていました。

ルセット先生は強い。
淋しい時には淋しいと、ちゃんと伝えてくれる。
真っ直ぐに、ちゃんと伝えてくれる。
だから私は、安心して帰ることができる。
私は、ルセット先生の強さに守られて、やっと立ってる。

サラの日記103(そんなことがたくさん書かれていました。)

銀菓神暦2015年7月18日

ジャックさんのノートを覗いてみました。
何のノートだろうってぐらい落書きだらけでした。
でも、よく見てみると……、
講義中の、
先生や友達の服装、髪型、表情、仕草、ちょっとした一言……、
そんなことがたくさん書かれていました。
ジャックさんはそういう人。
私のことも、たくさん書いてあるのが、ちらっと見えました。

ジャックさんが、「俺んで良かったら貸してあげようか?」って、いつもの笑顔で言ってくれたけど、
何が書かれているのか怖くて、借りませんでした。

放課後も、ずっとメランジェ研究室のメンバーと一緒にいました。
ルセット先生には行くとも行かないとも言っていなかったけど、
先生からも何も連絡はありませんでした。

もし……、
もしもこのまま、ルセット先生と離れていったら……、
銀菓神使になることをやめたら……、
私が居た場所には他の誰かが来て、
だんだん、それが当たり前になって、
何となく回っていくのかな……。

夜、ルセット先生からメッセージが届きました。
<サラ……>
<はい>
<淋しい>
<……>
<サラがいなくなってしまいそうな気がして……淋しい>
<……私を……読んだ?>
<読んでないよ。淋しくなったから、淋しいって伝えてる>
<……>
<サラ……>
<……>
<明日、10時に、植物館の鳥居の前で……、待ってる>
<……>

サラの日記102(ジャックさんといると ほっとしてしまう。)

銀菓神使2015年7月17日

ルセット先生は特別な人。
今はもう、ルセット先生がいない世界は考えられないし、想像できません。
だけど、……ジャックさんといると ほっとしてしまう。
何にも縛られずに自由でいられます。
他のことなら、何でもルセット先生に相談できるけど、これだけは……、ルセット先生には言えない。絶対に言えない。
『永遠の記憶の呪縛』が無ければ、私は、もしかしたら……。でも、気付いてしまうのは怖い。

今日も、ルセット先生には、メランジェ研究室の試験対策だと言って、放課後の練習はしませんでした。
試験対策だけなら、一人でもできた。でも、ジャックさん達と一緒に、何でもないことを話しながら、何でもないことで笑ってみたりしていたかった。

ジャックさんはいつも、取って引っ付けたような、わざとらしい やり方で笑わせてくれます。
でも、取って引っ付けたようでも、わざとらしくても、笑っていると、いつの間にか本当に前向きな気持ちになってきます。
ジャックさんは、そういう力を持っている人。
だけど、ジャックさんも、……花綵アグルムの王子。私には釣り合わない人。

ルセット先生は勘のいい人。 
闇の銀菓神の記憶を持っている人。
つまり、闇の銀菓神の力を使う術(すべ)を知っている人。
気付かないはずはない。
私が不安定なのに気付いていて、そっとしておいてくれているのかもしれません。

今夜はメッセージは来なかった。
メッセージ、少し、期待していた。
ちょっと淋しいな……って思ったり、
やっぱり本物はルセット先生だ……って……思えたりしている。
不安で、他に安心を求めたくなっているだけ。

頼れる人はたくさんいるのに、孤独で淋しい。
強くなりたい。
頼りたい時に、頼りたい人に、素直に頼れるように、強くなりたい。

サラの日記101(もしも、『永遠の記憶の呪縛』にかかってなかったら、……私に気付いてなかったよね……)

銀菓神暦2015年7月16日

「ねぇ、ルセット先生」
「ん?」
「もしも、『永遠の記憶の呪縛』にかかってなかったら、……私に気付いてなかったよね……」
「……」
「私も……ルセット先生に、気付かなかったかもしれない……」
「サラ、どうした?」
「……今思ってることが……、今感じてることが……、本当なのかどうか分からなくなっちゃった……。『永遠の記憶の呪縛』にかかってなければ、ルセット先生は、もっと素敵な人に巡り会えてたかもしれない。私も……、身の丈に合った人と……」
黙ったままのルセット先生に抱き締められました。

「僕は……、『永遠の記憶の呪縛』は、呪縛じゃないと思ってる。サラにたどり着くための道しるべだったと思ってる。記憶でサラを選んだんじゃない。サラに会いたくて記憶をたどった」
「……」
「サラは、……僕じゃ嫌?」
「……ううん。嫌じゃない」 ――大好き……――
<ん? 今、何か……ブロックした?>
<ルセット先生と同じ。今は言わない。内緒>
<分かった……>
ルセット先生は着装すると、マスクの唇で、私の唇に そっと触れました。
ルセット先生にこうされると、いつも胸の奥がぎゅっとなって、ちょっと苦しくて、だけど、安心感に包まれます。
ずっとルセット先生と一緒に居たくなります。
ルセット先生もそう思っていてくれたらいいな……って思いました。

「今日はジャックさんたちと待ち合わせてるの。メランジェ研究室の試験対策で」
「分かった。行っておいで」

夜、ルセット先生からメッセージが届きました。
<もしも、サラ以外に想う人が見付かっていたら、『銀菓神伝説』のことも、『永遠の記憶の呪縛』のことも、誰にも明かさなかった>
<……うん>
<おやすみ、サラ>
<おやすみなさい、ミシェル>

アロゼの休憩室10「運命っていうのは、おとぎ話のようにキラキラしたものばかりではなくて」

はーい (^^)/
お話の方は、おかげさまで第100話を迎えることができました。
アロゼの休憩室も、めでたく10回目ですね。

いつもご愛読ありがとうございます。

☆   ☆   ☆

第100話に書いた手つなぎのエピソード、実話を基に書いてみました。
私に手を差し出してくれていたのは現在の夫です。
ルセット先生は1回でサラちゃんの手をさらったけど、私たちは5回ぐらい掛かりました。
デート5回分ほど、差し出されているこの手を繋ぐべきかどうなのか……って、夫の数歩後ろを、手ばっかり見て歩いていました。
で、ある日、とうとう さらわれました。
そして、揉みくちゃエピソードも……。

気に入ったら使ってみてね。
それをきっかけに話がはずんだりするかもしれません。

それって若い子向けでしょ? って思った、そこのあなた。
いえいえ、そんなことはありません。多分、すべての年代に使えるはずです。
私たちは30代前半の、いい大人でした。
あれから10年ほど経ちましたが、いい思い出になっています。

☆彡     ☆彡

夫とは、私の妹の当時の職場がらみの紹介で知り合ったのですが、
どうしても気が進まなくて、会う前に2回ほどお断りしたんです。

でも、お断りしているのが通じたのか通じていないのか、全然引いてくれなくて、
わざわざ他県から時間を作って来てくださるっていうので、取り敢えず会ってみてからお断りするつもりで会いました。

渋々会ったその日も、「宅配便の再配達を時間指定で頼んでいるので」なんて理由で、時間制限を付けて帰りました。

で、翌日、お断りの連絡を入れたのですが、気が付いたら次のデートの約束になってしまっていて……。
次のデートだけ行ったら、今度こそお断りするつもりだったのですが、気が付いたら、また次の約束になってしまっていて……。

一緒に居て嫌な人ではなかったので、そのうち、断る理由も無くなって、言われるままに会うようになっていました。
そう、ここが大事なのです。一緒に居て嫌な人ではなかった。
もしも、一緒に居ることすら嫌な人だったら、このあとの展開は確実に変わっていたと思われます。

ですが、夫には「ごめんなさい」ですが、当時は、別にうまくいかなくても、どうでも良くて、
できれば私の態度を理由に断ってもらえたら……なんてことも考えていたりして、
会っていても必要なこと以外は無理してまでしゃべらなかったし、
合わない趣味の話には全く合わせなかったし、
おしゃれな服を着てみるってこともしなかったし、
お化粧も普段以上にはしなかったし、
ドライブ中に道のりの半分以上寝ていることも多々ありました。

夫は愛媛、私は広島の中距離恋愛(ん?恋愛でいいのか?)のため、普段の連絡は携帯メールだったのですが、
ほぼ1日1通ずつで、急ぎ返信が必要な時のみ1日2通になったりしていました。
そのほとんどは夫から発信。
夫からのメールが無い日は無いままで、私からメールするってことは、何か用事でもない限りありませんでした。
それでダメになるんならダメになるんで別にいいや……ぐらいの感覚でした。

だけど、気が付いたら、家族と同じ感覚でおしゃべりできる、数少ない貴重な人になっていました。
で、家族になってしまいました。

運命っていうのは、おとぎ話のようにキラキラしたものばかりではなくて、「そういうこと?」って思ったりしています。

☆彡     ☆彡

えーっと……、寄り道 回り道をしてしまいましたが、手つなぎエピソードに戻ります。

ルセット先生とサラちゃんは、第100話の前に、すでに、何度も手を繋いだり、手を合わせたりしているわけですが、
それとこれとは違うんですよ (^_-)-☆

☆   ☆   ☆

さて、ここからの数話は、サラちゃんの迷いを描くことになりそうです。
どうぞお楽しみに !(^^)!

サラの日記100(私さえ手を伸ばせば、)

銀菓神暦2015年7月15日

四次元時空間の研修施設で、秘伝のソースを仕込む練習をしました。
ソースに勢いが無くて、全然だめでした。
五次元のレシピを四次元で使うことの難しさを痛感しました。

「気分転換に、ちょっと歩こうか」と、ルセット先生が誘ってくださいました。
数歩先を歩いているルセット先生は、後ろに居る私の方に手を出して、私さえ手を伸ばせば、いつでも手が繋げるような格好をしていらっしゃいました。
でも、変に意識してしまって、手を伸ばせなかった。
気分転換にはならなくて、周りの景色も見えなくて、ただただルセット先生が出されている手ばかりを見て歩いていたら、その手がすっと伸びて来て、ぎゅっと握ってくださいました。
ルセット先生は、何も起こらなかったかのように、黙ったまま、さっきまでと同じペースで、同じ格好のまま歩き続けていらっしゃいました。
でも、ルセット先生は、その手の中で、私の手をわざとらしく揉みくちゃにするから、だんだんおかしくなって吹き出しちゃいました。
ルセット先生は私の方を振り返って、にっこり笑うと、更に私の手を揉みくちゃにしてこられました。
「もう! ルセット先生、やめて!」
「サラの手、くちゃくちゃにしやすいんだ」
やり返そうと思って、ルセット先生の手を掴んでみたけど、ルセット先生の手は大きくて、うまく揉みくちゃにできませんでした。

ルセット先生の手が止まりました。

「考えたんだ」
「……」
「花綵アグルム城に戻ろうと思ってる」
「……」
「サラと一緒に……時代を変えたい」
「……」
「銀菓神界の王族が庶民の血を受け付けないのは、身分がどうとかってことじゃないと思うんだ。王族同士が、自分達の身を守るために身分という手段を利用しているだけ……。きっと、どうなるか分からないことをするのが、壊れてしまうかもしれないのが怖いだけなんだ……。王族同士でなくても大丈夫だということが分かれば、きっと時代は変わる」
「……」
「来て……くれるよね……?」
私は、ルセット先生の手を、ぎゅっと握り直しました。
<また、1000年前と同じになるのが怖い……>
「大丈夫。1000年前とは違う。ここは銀菓神界。銀菓神使の力があれば、身分の差に立ち向かえる。僕には、500年前、闇の銀菓神だった時の記憶もある。おそらくサラにも光の銀菓神だった時の記憶が少し……。だから、やっぱり、できるだけ早くアロゼの称号を取って欲しい。アロゼの称号を取れば、闘える。時代と。それから……、1000年の呪縛とも」
「私にも……光の銀菓神の記憶が……?」
「……何も教えなくても僕のことを気に掛けてくれた。……何も教えなくてもアロゼの道を選んだ。……何も教えなくてもアロゼスペシャルの光が出せた。……何も教えなくても」
「分かった。分かったよ。……分かったけど、……少し考えたい」

サラの日記99(昨日、ジャックさんがあんなこと言うから、)

銀菓神暦2015年7月14日

昨日、ジャックさんがあんなこと言うから、ルセット先生が他の女の人と話しているのが気になるようになってしまいました。
学校の中で話してる分には、先生同士だからとか、業務連絡だろうとか、学生に質問されたから教えてるだけだろうとか、分かってるけど、気になるようになってしまいました。
1000年も想ってくれてたって言っても、その先も絶対そうだとは限らない。いつどうなるか分からない。ひょっとしたら、もう……。
その不安定な気持ちは、ルセット先生にも伝わってたみたいです。
何となくぼんやりしていたら、ルセット先生が、「サラ。何か考えてる?」って聞いてくださいました。

「ううん。別に……何も……」
「本当?」
「うん。でも……、あの……、あのね」
「うん」
「ちゃんと分かってるんだけどね」
「うん」
「ルセット先生が他の女の人と話していると、焼きもちを焼いてしまう……。けど、お仕事だって分かってるから大丈夫」
「……」
「ごめんなさい。困らせるようなこと言って……」

黙ったままのルセット先生に、そっと抱きしめられました。
ゆっくり頭を撫でられていたら、少しずつ気持ちが落ち着いていきました。

しばらくしたら、ルセット先生が、「大丈夫?」って聞いてくださいました。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「いつでも……何でも教えて欲しい。サラの思ってること」
「はい……」って言いながら、涙がたくさんこぼれてきました。
ルセット先生は、私の顔を両手で包み込んで、涙を親指で拭って(ぬぐって)くださいました。

夜、ルセット先生から、いつものメッセージが届きました。
<おやすみ、サラ。これができる相手はサラだけ>
<おやすみなさい、ミシェル>

サラの日記98(ルセット先生は、それを聞いて、くすっと笑われました。 「いいね。同級生同士か……」)

銀菓神暦2015年7月13日

休憩時間にマヤちゃんとルシアちゃんに話し掛けられました。
「最近、まあるい感じになったね」って。
「太った?」
「ううん。中身がまあるい感じになった」
「そうかなぁ……」って言いながら、
――そうかもしれないなぁ……―― って、ルセット先生のことが頭をよぎりました。

そんなこんなしていたら、ジャックさんが教室の外から声を掛けてきました。
「サラちゃーん! こっちこっちー!」と手招きして。

マヤちゃんとルシアちゃんは「まあるい原因」がジャックさんだと勘違いしてるような雰囲気でした。
――丁度いいかな……。ジャックさんには隠れ蓑(みの)になっててもらおうかな……――

ジャックさんは窓の外を指差していました。
見ると、ルセット先生が、女性職員の方と、親しそうに何か話されていらっしゃいました。
「サラちゃん、妬く(やく)?」
「もう! やだ! そんな風に言われたら、そんな風に見えちゃう!」って、ぷんぷんしてたら、
ジャックさんは「やっぱり妬くんだ」って、にたーっと笑ってる。
「もう! ジャックさん嫌い!」
「おっ! 出たなっ。『ジャックさん嫌い!』」
「やだ! 真似しないで!」
「じゃあ、好き?」
「えっ? ……ううん! 好きは絶対違うーっ! 何でそうなるの!」
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん」
「もう! ジャックさんの意地悪ーっ!」

「はーい、廊下で大声出さなーい」と注意される声が聞こえて、はっとして声の方を向くと、いつの間にかルセット先生がいらっしゃいました。

色んな意味で しゅんとして教室に戻ったら、マヤちゃんとルシアちゃんが、「サラちゃんって、本当は面白い人?」って笑って迎えてくれました。

こういう感じの、何だか ごちゃごちゃした学校生活に憧れてた。
色んな人たちのお陰で、その中に居る。

放課後、ルセット先生に聞かれました。
「ジャックに何か言われた?」
「あのね……、同級生同士の秘密なの」
ルセット先生は、それを聞いて、くすっと笑われました。
「いいね。同級生同士か……」

サラの日記97(<言って欲しいの?> <言って欲しい>)

銀菓神暦2015年7月12日

何を着て行こうかな……って迷ったりしてみたかったけど、迷うほど持っていませんでした。
結局いつもと同じ格好。
張り切って30分も早く着いてしまって、どうしようかな……って思いながら植物館に向かっていたら、100メートルぐらい先にルセット先生が歩いていらっしゃるのが見えました。
――製菓コートを着ていないルセット先生、「プライベート」って感じがする――

「おはようございます! ルセット先生」
「早いね」
「ルセット先生も早いよ」
そんなやり取りをしていたら、メランジェ先生が来られて……。
「おや? ルセット先生、今日は補習ですか?」って……。
ルセット先生、「いえ、デートです」って、あっさり言っちゃった。
一瞬、メランジェ先生の目が大きくなって止まってた。
ルセット先生は、そのまま堂々と、
「そろそろお話しようと思っていたのですが、サラさんとパートナーの契りを結びました。ジャックには話しています。ほかには伏せています」って。
どうなっちゃうんだろう……って どきどきしていたら、
メランジェ先生は、「良かったですね、ミシェルさん。それから、サラさん」って言って、にっこりして、そのままどこかに行かれてしまいました。
<ね、いいの? 大丈夫なの?>
<大丈夫だよ。メランジェ先生は、正直に話せば大抵のことは分かってくれる。それに、僕らは悪いことをしてるわけじゃない。真面目に、真剣にパートナーの契りを結んだんだ……>

「ねぇ、サラ。今日はデートだからさ、……先生じゃなくて、ミシェルって呼んで欲しい」
「はい……」
「呼んでみて」
「……ミ……えーっ、やっぱり恥ずかしい……」
「聞きたい」
「ん、……じゃあ、……ミシェル」
「サラ」

「どこに行きたい?」
「ミシェルが連れてってくれるところに」

ルセット先生は、四次元時空間の草原に連れて行ってくださいました。
手を繋いで、たくさん歩きました。

たくさん話もしました。
ルセット先生のご実家はアグルムの王族で、花綵(はなづな)領を治めていて、その城は花綵アグルム城と呼ばれているということを聞いたり、
私の実家は代々続く菓子職人の家系だということを話したりしました。

今日のルセット先生からは、お菓子の匂いはしなかった。いつもはお菓子の匂いに隠れているシャンプーの香りと、肌の匂いと……。

帰り際にルセット先生が言われたこと。
「僕たちが、おじいちゃんと おばあちゃんになって、その時が来るまで、一緒にいようね」
表面だけ聞くと、プロポーズのような言葉。だけど、1000年前と500年前の2回も、想い半ばで命の光を失わなければならなかった記憶を持っているルセット先生には、本当に、純粋に、ただ一つの願いなんだろうな……。

夜、今日もルセット先生からメッセージが届きました。
<おやすみ、サラ>
<おやすみなさい、ルセット先生>
<今のはプライベートだよ>
<言って欲しいの?>
<言って欲しい>
<おやすみなさい、ミシェル>

サラの日記96(君たちは、神聖な作業台の上で何をしている?!)

銀菓神暦2015年7月11日

私の講義は朝だけ。
ルセット先生は夕方までお仕事。
一人でのんびり地下の製菓室にこもっていようかな……って、扉を開けたら……。
「よっ!」と、こっちに向かって手を挙げる人が……。
一瞬ルセット先生かと思った。けど、ジャックさんだった。遠目で見ると、ちょっと似てる。
「兄貴、夕方まで来ないんだろ? いいよね?」って、一緒に居る気満々。
「う……うん」
「今日は何するの?」
「ルセット先生が来られるまで、のんびりしようと思ってた……」
「ふーん……」
ジャックさんは部屋の中を珍しそうに見回しながら、ゆっくり歩き始めました。

「サラちゃんってさ、休みの日とかは何してるの?」
「んー……。家でゆっくりしてたり……、気が向いたらお散歩に出たり……」
「明日は? 明日、どこかに行こうよ!」
「えっ? えーっと……」
「うそだよん! 冗談! やっぱ、兄貴とじゃなきゃ行かないよね?」
「……うん」

そのあと、ジャックさんは、これと言って話すことも無くなったみたいで、
私が作業台に伏せてお昼寝しようとしている隣りに来て、同じようにお昼寝し始めました。
私も、昨日までの精神的な疲れが どっと押し寄せて来て、いつの間にか熟睡していました。

「おーい! 起きろーっ! 起ーきーろーっ!」ってルセット先生の声がして、起きたら、ジャックさんは まだ隣りにいました。
「君たちは、神聖な作業台の上で何をしている?!」ってルセット先生が少し冗談めかして言うから、
「ひーるーねー」って答えたら、ジャックさんも同時に同じこと言っていました。何か面白かった。

ジャックさんは帰り支度をしながら、ルセット先生に、「サラちゃん、兄貴とじゃないとデートしないってさ」って報告してた。

今日は着装の練習をしました。
だんだん慣れてきて、前ほど怖くない。

夜、ルセット先生からメッセージが届きました。
<サラ。デートしよう>
<え? デート?>
<明日、10時に、植物館の鳥居の前に>
<うん! 明日、10時に、植物館の鳥居の前に>
<おやすみ>
<おやすみなさい>

あれ? 長距離でも やり取りできるようになってる……。

サラの日記95(何だか疲れて、反発する気力も薄れて、何にも考えたくなくなって、……もう一つの気持ちに気が付きました。)

銀菓神暦2015年7月10日

大学には行きました。
でも、ルセット先生の講義には行けませんでした。
ずっと、図書館の一人用ボックス席に居ました。

これまでのことは全てルセット先生が計画的に進めてきたことなのかと思うと、何もかもに反発したくなりました。
受け入れられませんでした。

ルセット先生から、私への呼びかけが何度も届きました。
でも、何を答えていいのか分からなくて、何も返せませんでした。

閉館のアナウンスで、いつの間にか夕方になっていたことを知りました。

図書館を出てはみたけれど、そのまま帰る気にもなれなくて、図書館の前のベンチに座って、ぼんやりしていました。
何だか疲れて、反発する気力も薄れて、何にも考えたくなくなって、……もう一つの気持ちに気が付きました。

過去に何があったとか、ルセット先生に振り回されてたとか、そういうのを取っ払ったら……、取っ払っても……、

<今、この時間のルセット先生と一緒にいたい>

<……サラ?>
<やっぱりルセット先生と一緒にいたい!>

一生懸命走って、涙でべちょべちょになって、地下の製菓室に着いたら、
ルセット先生が とっても心配そうな顔をして待っててくださっていました。
――ごめんなさい―― と言おうと思ったのに、息が切れて、ちゃんと声になりませんでした。
ルセット先生が、抱き留めて、手を取ってくださいました。

<ごめんなさい。過去のことはよく分からないけど、今の時間のルセット先生と一緒にいたい>
<僕も、……勝手に思い出に巻き込んで、ごめん……>
<ううん。……私は何も覚えていなかったのに、……1000年も……想っていてくれてありがとう>

「だけど先生……」
「……」
「逃げるのはやめて」
「……」
「家に戻って、ちゃんと継いで。……私は……一緒になれなくてもいいよ。今の時間に、……同じ時代にいられるだけでいい」
「変わらないね……」
「変わらない?」
「1000年前も、500年前も、そう言ってくれた……」
「……」
「逃げないよ。でも……、認めてもらえる方法を考える」
ルセット先生はそうおっしゃると、銀菓神使スーツを着装して、
マスク越しに唇を重ねてこられました。

誰かが階段を駆け下りて来る足音が聞こえたような気がしたけど、
ルセット先生は気にされていない様子だったので、そのままでいたら……、
「サラちゃん! だ……大丈……夫……みたいだね」って、
気まずそうな感じのジャックさんが……。

<もしかして……、ルセット先生、ジャックさんに見せ付けた?>
<んー……、うん。いや……、うっかりしてた>
<もう! 絶対気付いてた!>
<ううん……。全然気付かなかった>
<うそ!>
<ごめん、……見せ付けた……。サラを一番厄介なライバルに取られたくない>
私、ルセット先生に軽く肘鉄(ひじてつ)。

ジャックさんには、ルセット先生と私の、この ごたごたした やり取りは聞こえていません。
多分、私がいきなりルセット先生に肘鉄した……って見えてる。
私って、凶暴な女?

サラの日記94(……読み終わるまで……そばにいて)

銀菓神暦2015年7月9日

放課後、地下の製菓室の前で、扉を開けるのをためらっていたら、ルセット先生の声が届きました。
<あの本、読んだ?>
<怖くて読めない……>
<ゆっくりでいいよ>
ルセット先生が扉を開けて、迎え入れてくださいました。

ルセット先生の顔を見た途端、頑張って押し込んでいた不安が、涙になって一気に流れ出しました。
「ごめんなさい……。いっぱい……出てきちゃう……。止められない……」
ルセット先生は、私が落ち着くまで抱き留めてくださっていました。

「……継承者……なの?」
「継ぎたくない……」
「……」
「サラがアロゼの称号を取ったら……」
「……」
「二人で逃げよう……」
「二人……で?」
「うん。一緒に……」
「……今、……今読むから、……読み終わるまで……そばにいて」
「分かった……」

『銀菓神伝説』は二つの章で構成されていました。

一つは今から約1000年前の話。
ある国の王太子と、その城に仕えている菓子職人の娘は、互いに想い合う仲だったが、
王太子には決められた相手がいた。
王太子は王に菓子職人の娘との結婚を認めてもらえるよう懇願したが、
願いは通らず、菓子職人の娘は暗殺されてしまった。
そのことを知った王太子は、菓子職人の娘の後を追って自ら命を絶った。

もう一つは、一つ目の話から約500年後の話。
身分の差の無い世界で生まれ変わることを願った二人は、銀菓神界に転生した。
女は光の銀菓神に、男は闇の銀菓神となった。
二人は離れてはならなかった。どちらか一方では存在できなかった。
しかし、闇の銀菓神の力に ただならぬ恐怖心を抱いた(いだいた)光の銀菓神の家臣は、闇の銀菓神を討ってしまった。
同時に光の銀菓神も消滅し、銀菓神界は無となった。
それから約200年後、銀菓神は光と闇には分かたれぬものとなり、新たな銀菓神界が誕生した。

私が読み終わったのを見計らって、ルセット先生は静かに口を開かれました。
「討たれた矢に、『永遠(とわ)の記憶の呪縛』が掛けられていた……。……覚えてるんだ……何もかも……。……生まれる場所が変わっても、……その姿が変わっても、……その名前が変わっても、……僕がいつも大切に想っていた人は……、……君なんだ、サラ」
「……」
「新しい銀菓神界で、僕は『永遠の記憶の呪縛』に導かれ、王族に生まれた。年が明けたら……、婚約と王位継承の話が動く。だから……その前に、僕と一緒に逃げて欲しい。……もう、身分の違いだとか何だとかで、サラを失いたくない……」
「……私、……覚えてるよ」
「えっ!?」
「子供の頃……、何度も同じ夢を見た。お城の……。誰かに会いに行くんだけど、……いつも会えなかった。……ただの夢だと思ってた。……あれ、ルセット先生だったんだ……。私達は光と闇の一対の銀菓神だったから……、私にも少し……『永遠の記憶の呪縛』の影響があったのかな……」
「じゃあ!」
「でも! できない。一緒には逃げられない……」
「……」
「戻って……。ちゃんと継いで。……お願い」
「嫌だ……」
「自分のことばかり押し付けないで! 今をちゃんと見て! 私を……悪者にしないで……。 お願い……」
「……嫌だ……」
「一緒になれなくても……、ずっとそばにいるから……。ずっと……信じてるから……」
「……嫌……だ……」

サラの日記93(ルセット先生はルセット先生で、何も変わらない。)

銀菓神暦2015年7月8日

昨日は驚いたけど、
でも、私の心の中は、不思議なほど何も変わっていません。

ルセット先生がどういう家の生まれで、どういう生い立ちであったにしても、どういう立場に立っているとしても、
ルセット先生はルセット先生で、何も変わらない。

ルセット先生が何か悩んでいらっしゃるのだとしたら、そのことは とても心配だけど。

何も変わらない。

だから、いつものように放課後の地下製菓室に行きました。

いつものように、ソースやゲートの練習をして、
いつものように、何でもない話をたくさんして、
何でもないことで たくさん笑って……。

だけど、部屋を出ようとした時、いつもとは違うルセット先生を感じました。
ルセット先生の心が、色んな感情の中で震えている……。
何かと闘っている。何かに怯えている。

「サラ……。やって欲しいことがある」
「何?」
「今年中にアロゼの称号を取って欲しい」
「え?」
「サラを守りたい」
「どういうこと? 何があったの? ルセット先生は、今何をしてるの?」
「これを……」
ルセット先生は『銀菓神伝説』の文庫本を差し出されました。
「これを読めば分かるの?」
ルセット先生は目を伏せ、うなずかれました。

サラの日記92(「短冊無いから、願い事だけして」 「えー。書くより ばれちゃう」)

銀菓神暦2015年7月7日

秘伝のソース、
ルセット先生は「サラの味」って言ってくれるけど、やっぱりもう少しルセット先生の味に近付けたくて、
この間作ったソースを炊き直していたら、いつの間にか遅い時間になってしまっていました。

<終わったら植物館においで>
ルセット先生の声が届きました。
<はーい>

植物館に着いたら、ルセット先生が笹を切っていらっしゃるところでした。
「あ、サラ。七夕しよう」
「うん!」
「短冊無いから、願い事だけして」
「えー。書くより ばれちゃう」
「読まないよ」
ルセット先生は小指を差し出されました。
「じゃあ、先生のも読まない」
私も小指を差し出して、指切りしました。 

「サラ。星の見えるところに行こう」
「うん」

ルセット先生に手を引かれて、異次元時空間ゲートを抜けて着いたところは、どこかの屋上でした。
頭上には、薄い雲の向こう側に、天の川がぼんやりと広がっています。
でも……
「ねぇ、先生。ここ、四次元時空間じゃない……よね」
「正解! 五次元だよ。……僕の実家の屋上」
――実家?―― と思いながら、辺りを見回してみました。
「……ね、先生のご実家って……。まさか……」
ルセット先生は人差指で私の唇を止めました。
「今日は空だけ見ていたいんだ」
ルセット先生は、その場に仰向けに寝っ転がって、切って来た笹を空に向けて揺らしながら、ぼんやりしていらしゃいました。
私もルセット先生の隣りに仰向けに寝っ転がってみました。

「……ジャックに譲るつもりで家を出た。戻れと言われてる。でも……僕は戻らない。身分に縛られるのは……嫌いだ」

サラの日記91(私のマスクの唇に、ルセット先生のマスクの唇が触れて、小さくカチッと音が鳴りました。)

銀菓神暦2015年7月6日

午前の講義で目が合った時も、
午後の講義で目が合った時も、
ルセット先生の視線はいつもより冷たくて、鋭く感じました。
放課後の地下製菓室の扉を開けた時も。

「着装して」
ルセット先生は鋭い視線のまま、そう言われました。
先日ルセット先生が着装させてくださった時よりも時間は掛かりましたが、何とか一人で着装できました。
私が着装完了するのと同時に、ルセット先生も着装されました。

ルセット先生の手にに導かれるままに、両手の掌(てのひら)をルセット先生の掌に合わせました。
合わせた掌の隙間から、光が放射線状に溢れ、
合わせた掌を通して、
私の中の何かがルセット先生の中に吸い込まれていくのを感じ、
ルセット先生の中の何かが私の中に入ってくるのを感じました。

<意識の結合をした。手を触れなくても伝え合える。但し、読まれてはならない者に読まれるリスクは高くなる。多用はしない方がいい>
<もしかして、昨日……>
「読んでないよ。……サラが……飛び込んで来た」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい。嫌なら意識の結合なんてしない。僕は、どんな立場のサラも……」
ルセット先生のその言葉に続くかのように、心の中に、ふんわり丸くて温かいものがやって来るのを感じました。

私のマスクの唇に、ルセット先生のマスクの唇が触れて、小さくカチッと音が鳴りました。

ルセット先生の、今まで私には隠していた心の痛みが、
幾つも、幾つも、悲しい雨のように、私の中に降り注いで来るのを感じました。

アロゼの休憩室9「タジマモリ」

第88話に書いたタジマモリの話、
興味のある方は、『古事記』と『日本書紀』も読んでみてくださいね。

『古事記』や『日本書紀』のタジマモリの話を元に書かれた、山田風太郎作『橘傳來記』もおすすめです。
現代表記ではないので、少し読みにくいかもしれませんが、入り込むと面白いお話です。

☆     ☆     ☆

小学校低学年の時、休憩時間でも真っ直ぐ前を向いて席に座って固まっていることを知った母は、
友達と話したり遊んだりできないのなら、本を読んでいたらいいとアドバイスしてくれました。

特に本好きってことではなかったのだけど、ただ固まっているのも苦痛だし、ほかにできることもなくて、
取り敢えず本を読み始めました。
最初は学級文庫から。

そのうち、図書室へなら一人で行けるようになりました。
図書室に通うようになると、次第に常連組や図書の先生に顔を覚えてもらえるようになって、
話はしないけれど、「あ、今日も来てるね」みたいな雰囲気で。

ついでに保健室にも遊びに行けるようになりました。
保健室の中に入るのは、本当に用事のある時だけでしたが、
廊下側の壁に貼ってあるポスターやプリントを見るのが好きで、
図書室に行くついでに毎日ポスターやプリントを見に行っていました。

これまでの「アロゼの休憩室」で書いたように、転校が多かったのですが、
転校する度に一番にチェックしていたのは、もちろん図書室の場所でした。

☆     ☆     ☆

明後日は七夕ですね。
もう短冊は書かれましたか?
ルセット先生とサラちゃんの七夕もお楽しみに。

☆     ☆     ☆

『する5.1 対 しない4.9』で迷ったら、「する」でいいと思う。
0.1から始まった何かは、そのうち10になると思う。

でも、
『する4.9 対 しない5.1』なら、絶対やめておくべきだと思う。
最初は0.1だった後悔が、いつか10になってしまうかもしれない。

サラの日記90(プライベートでは、きっと そうじゃない。)

銀菓神暦2015年7月5日

研究室お休み。

高校時代の友人から連絡がありました。
夏休みに集まらないかって。

行きたいと思いました。

今の私の事情を知らない人に、
相手がルセット先生だと分からない表現で、
ごく普通の学生にありがちな恋の話として、
話を聞いて欲しかった。

銀菓神使としてはパートナーだけど、
プライベートでは、きっと そうじゃない。

ルセット先生を読もうとする時に伝わって来る、
深い部分にある、あの闇のようなものが、
プライベートでは そうじゃないと、
言っているような気がする。

お休みの日に会えないのは、
連絡さえ無いのは、
それを補う言葉さえ無いのは、
プライベートでは そうじゃないからだと、
言われているような気がする。

ルセット先生を信じているけど、
何も心配していないけど、

こんなに近くに居るのに、
とっても遠くに感じて、
……淋しい。

サラの日記89(身体の中が熱くなってきて、)

銀菓神暦2015年7月4日

「メランジェ先生にはまだ言わないで」とルセット先生が前置きされました。
何のことだろう……と、そのままルセット先生を見ていると、
「銀菓神使スーツの着装を教える」と、改めて真剣な表情で言われました。
色んな不安や疑問が溢れてくるのを感じましたが、どう言葉にしていいのか分からなくて、
それを読み取って欲しいと思って、ルセット先生の手を取りました。
ルセット先生は少し表情をゆるめて、
「驚かせてごめん。少し先取りしておくだけだよ。心配しないで」と、私の手を両手で包んでくださいました。
溢れていた不安や疑問が、ルセット先生から流れて来た温かい気に一つ一つ包まれて、ゆっくり溶けていくのを感じました。

気持ちが落ち着いた頃、
ルセット先生は、「最初は僕が着装させるから、何にも考えずに僕の目を見てて。感覚だけ覚えて」と言われました。
言われた通りに、ルセット先生の淡いブラウンの瞳をじっと見ていました。
身体の中が熱くなってきて、光が溢れ出してくるのが分かりました。
怖くなって、目を逸らし(そらし)たくなりました。
ルセット先生が小さく首を横に振って、「まだだ」という表情をされました。
そのまま耐えていると、熱かった身体がゆっくり落ち着いて、溢れ出していた光も治まりました。

ルセット先生とは目を合わせたままでした。
「サラらしいスーツだね。きれいだよ」と、ルセット先生はステンレスの壁を指差されました。
ステンレスの壁には、銀菓神使スーツを着装した私が、ぼんやりと写っていました。

銀菓神使スーツは、着装者によって形態が変わります。
ルセット先生は黒が基盤のスーツですが、私のは白が基盤でした。
そして、マスクの額には、秘伝のソースを思わせる半球状の輝きが、大・中・小の3つ。

後ろで、ルセット先生の優しい声が聞こえました。
「初めての着装、おめでとう。……アロゼ」

着装解除も、感覚は着装の時と同じでした。
身体の中が熱くなって、光が溢れ出して、とっても不安になります。

着装解除が終わった瞬間、急に力が抜けました。

「さ、少し休もう」
ルセット先生は秘伝のソースで飲み物を作ってくださいました。
「規定のカリキュラム通りなら、それほど不安は無いはずだし、こんなに疲れないんだ。無理させてごめん」
「大丈夫」<ルセット先生のパートナーだから>
<ありがとう。サラ……>
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