サラの日記85(もうちょっと悪女になれば)

銀菓神暦2015年6月30日

同じレシピで作っても、作った人によって味が変わります。

ルセット先生のは、深みのある味。
メランジェ先生のは、まろやかな味。
ジャックさんのは、素直な味。
私のは……、どう思われているんだろう……。

昨日、冷凍の銀菓宝果で仕込んだソースができあがりました。
ルセット先生はひとさじ口にすると、にっこりして、「ん、サラの味だね」と言われました。
「失敗?」と聞くと、
「ううん。できてるよ、……サラの味で」と。
どういうことなんだろうと思って、自分でもひとさじ味見してみました。
確かに、ルセット先生が作られていたのとは少し違いました。
でも、何が違うのかよく分からなくて、もう ひとさじ味見しながら考えていると、
ルセット先生が、「んー、そうだなぁ……。僕が作ると重い味になるんだけど、サラのは透明な味」と言われました。

「何か足りないってこと?」
ルセット先生は腕を組んで、おおげさに うなずいて、「うん! 足りない!」と。
「え!? 何が?」
ルセット先生はわざとらしく にやり として、「悪女っぷり」と。
「悪……女?」
先生、何言ってんの?
でも、先生はまだ続けてる。
「そ! もうちょっと悪女になれば重さが出て、深みのある味になるよ」
ルセット先生がそんなこと言うのなら、こっちだって言ってやるんだ!
「じゃあ、ルセット先生は悪い男なの?」
「そうだなぁ……。悪い男かもね。サラは透明過ぎてすぐだまされる」
「……いいもん!」
すぐに言い返せそうな言葉も見付からなくて、そのまま ふくれていました。
しばらくして、ルセット先生が私の顔を覗き込んでこられました。
「サラがだまされてたら、すぐ助けに行くよ」
ちょっと嬉しかったけど、何か仕返ししたくて、
「そんなこと さらっと言っちゃうなんて、やっぱり悪い男かもーっ!」って言ってやった。

そう、『言ってやった』なんだもん。
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サラの日記84(もう聞いて欲しくない)

銀菓神暦2015年6月29日

ジャックさんはいつもと同じように過ごしてくれていました。
でも、……いつもより少しだけ馴れ馴れしいような気もしました。

放課後、地下の製菓室で、ルセット先生が大学には内緒で大切に大切に保管している冷凍の銀菓宝果を使って、ソースの仕込みの練習をしました。

「ルセット先生はジャックさんと一緒に住んでるの?」
「ううん、僕は一人暮らし。院を修了した時に家を出た」
「そう……。どうして?」
「家の束縛から逃げたくて……」
ルセット先生は思い詰めた表情でそう言われたあと、「なーんてね」と、明るくおどけていらっしゃいました。
それから、「この仕事、一人暮らしの方がやり易いから」と付け加えられました。

でも、何となく分かりました。
仕事がやり易いというのは表向きの理由。本当の理由は家の束縛。

木べらを入れている手に、ルセット先生がそっと触れて来られました。
<もう聞いて欲しくない>というのが たくさん伝わって来ました。

扉の方から、声で「コン コン コン」とノックの音を ものまねする人がいました。
ジャックさんでした。
扉に寄り掛かって、「あーあ、めちゃめちゃ仲良さそうじゃん」と、こちらを見ていました。
「見てらんない」と、右手を軽く挙げて、どこかへ行ってしまいました。

「サラ」
「ん?」
「ジャック、本当はいいやつだから」
「うん」
「頼れば真面目に応えてくれるやつだから」
「うん」

サラの日記83(実はさぁ……、この間見ちゃったんだ)

銀菓神暦2015年6月28日

いつもなら研究室はお休みの日。
でも今日は前期の試験前の特別講習がありました。
講習をお休みの日にしなくても……。ん、でもルセット先生に会えるから楽しみな日でした。

お天気が良くて、お昼休みに中庭のベンチに座っていたら、
同じメランジェ研究室のジャックさんが、「サラちゃん、よくここに居るよね」と隣りに座ってきました。
「ここで何してるの?」
ジャックさんは私が見ているのと同じ方向を確認するような様子で研究室の方を見上げたので、視線を少しずらしました。
返事に困って「んー……」って言ってたら、
ジャックさんが「実はさぁ……、この間見ちゃったんだ」と話し始めました。
何を見られたんだろう……と、色んなことが頭をよぎって、どきどきして聞いていたら、
ジャックさんは、「サラちゃんがルセット先生に手を振ってるとこ」と、ぽつりと言いました。
そのまま聞いていたら、
「ルセット先生ってさぁ、ああ見えて手ぇ早そうじゃん。気を付けた方がいいよ。俺はこう見えてきっちり真面目だけど」と、話は続きました。
何か、思わず吹き出しちゃいました。
そしたらジャックさん、「ホント、冗談じゃなくて。……実はさ」と声をひそめながら続けました。
「サラちゃん かわいいから特別に教えてあげるんだけどさ、あいつ、俺の兄貴。メランジェ先生は知ってるんだけどさ、色々ややこしくなるからさ、みんなには伏せてる」
どう反応していいのか分からなくて、「うん」とだけ言いました。
ジャックさんは、「じゃ、何か困ったことがあったら何でも相談して」と言い残して校舎の中に入って行きました。

放課後、ルセット先生にそのことを話したら、
「ジャックのやつ……」と腕を組んで、下を向いて、しばらく考え込まれていました。
で、何かを吹っ切ったような口調で、「サラ、ジャックを呼んでくる」と言って、地下の製菓室を出て行かれました。

「……もう、何だよ……」と面倒そうにやって来るジャックさんの声が聞こえました。
部屋に入って来たジャックさんは私を見てびっくりしていました。
「サラちゃん何でここに居るの?」
「サラと、パートナーの契りを結んでる」とルセット先生が話されました。
ジャックさんは固まったまま目だけを動かして、ルセット先生と私を何度も見比べていました。
「メランジェ先生にはもう少し時間を置いてから話す」
ルセット先生がそう言うと、ジャックさんの身体がようやく動き出し、
「えーっ!? サラちゃん、兄貴のパートナーなのかよ。まだ1年目始まって3か月じゃん。兄貴、手ぇ早過ぎだよ。サラちゃんも、……っもう。ちぇっ、何だよもう……」と愚痴を散々こぼし、
「サラちゃん、兄貴に泣かされたらすぐ俺んとこ来いよー」と右手を挙げて、指をぱたぱたさせて、ウインクして、「はぁーあ……」と言いながら、そこにあった椅子にドカッと座りました。
ルセット先生の方を向いたら、ルセット先生と目が合いました。
一瞬、ルセット先生の瞳の淡いブラウンに見入ってしまっていたら、
ジャックさんが、「ちぇっ、……はぁーあ……」と言って、首をカクンと上へ向けていました。

だけど、ちょっと安心しました。
ルセット先生のことはもちろん信じているけど、
そのことを知ってくれている人がほかにいるっていうだけで、
ちょっと安心しました。

サラの日記82(それは わざわざ伝えてくれなくていいよ……)

銀菓神暦2015年6月27日

放課後、ルセット先生と心でやり取りする練習をしました。
でも、つまりは おしゃべりです。

<私に秘伝のソースのレシピを教えるの、不安じゃなかった?>
<どうして?>
<途中で裏切るかもしれない>
<サラは裏切らないよ>
<どうして分かるの?>
<サラのことはよく知ってるから>
<読んだの?>
<読まなくても入って来たんだ>
<入って来た?>
<いずれパートナーになる人だ……ってすぐ分かった>
<私は分かんなかったよ?>
<でも、僕のことを気に掛けてくれてた>
<……>
<サラがどきどきしてる>
<それは わざわざ伝えてくれなくていいよ……>
<ごめん……>
<先生はどきどきしないの?>
<しない>
<……>
<サラががっかりしてる>
<だから、そういうのは伝えてくれなくていいよぉ>
<……ね、サラ、僕の言葉が本当かどうか読んでみて……>
<……>
<何か分かった?>
<先生……本当はどきどきしてる……>
<うん……。今のが見破る方法だよ>
<……それから……、今は触れないでおいてあげる。……いつか……ちゃんと聞きたい>
<約束する>
<それと……>
<……>
<……何か……あるけど……読めない……とっても暗くて……>

「さ、この練習は今日はここまで。ソースを仕込もう」
「はい……」

ルセット先生のあのとっても暗い部分、何だろう……。

サラの日記81(全部は見せられないよ。一応先生だからね)

銀菓神暦2015年6月26日

いいこと思い付きました。
昨日の仕返しにルセット先生を読むんだ!

「ね、昨日『僕のも読んでいいから』って言ってたよね、ルセット先生」
何かを企んだ(たくらんだ)満面の笑みで言ってみました。
「う……うん」ルセット先生は苦笑いで認めてくださいました。
「じゃ、手、貸して」
目を閉じて、集中して、何か感じないか探ってみました。
真っ暗。何にも無い。昨日、読み取れそうだと感じたあの感覚も、何にもありませんでした。
「真っ暗で何にも無いよ……」とルセット先生の顔を覗き込んでみました。
ルセット先生は得意顔でにっこり。
「あー! ブロックしたんでしょ。ずるいよ先生!」

「じゃあ、これは?」って、ルセット先生が手を差し出されました。
「ん……サラノキ?」
「うん。じゃあ、これは?」
「……愛らしい……人?」
「うん、合ってる。じゃあ、最後」
「……サラ。……私?」
「うん。サラノキの花言葉。……サラにプレゼント」
本当はとってもどきどきして、すっごーく嬉しかったけど、何でもない顔をして「ありがとう」って言いました。
だけど……、ルセット先生と手が触れたままだった。
絶対先生に読まれてる。
ルセット先生には何にも隠せないってこと、もう分かってるし、別に構わないけど。
あーあ、全然仕返しにならなかった。

ルセット先生は、「全部は見せられないよ。一応先生だからね」って、得意顔で笑っていらっしゃいました。
<はいはい、参りました>
<いいえ、どういたしまして>

気になって聞いてみました。
「ルセット先生は誰のでも読めるの?」
「読めない。パートナーだけ。サラだけ」
「だけど……」と、ルセット先生は表情を硬くして続けられました。
「読まれてはならない者に読まれてしまうことは有り得る。もう少ししたら、サラにもブロックの方法を教えるから」
「はい……。で、……あの、……読ませることは? さっきの先生みたいに」
ルセット先生の表情が一層硬くなりました。
「必要なら、……偽物を読ませることもできる。だけど、……サラは知らなくていい」
「はい……」何だか見なくていいものを見てしまったような気分で、身体が固まっていました。
ルセット先生の表情はふっと和らいで、「大丈夫。サラには偽物は読ませないよ」とにっこりしてくださいました。

アロゼの休憩室8「急接近」

ルセット先生とサラちゃんが急接近しています。
小2の娘は「女の子心わしづかみ~」と言っています。
「女心」ではなく、「女の子心」だそうです。
一応、対象年齢小学生以上で書いているので、「女の子心」でOKです。

子供時代には不思議なおとぎ話ぐらいの感じ方だったのが、
大人になって読んでみたら、「あ……」って気付くぐらいの柔らかい雰囲気で書いてるつもりなのですが、
どうなのかな……。

んー、
実は、ルセット先生とサラちゃん、
当初の予定より3か月程早く急接近してしまっています。
その分、冬のスペシャルも当初の予定より複雑なお話になってくるわけです。
どうなっちゃうんでしょう……。
ま、ルセット先生とサラちゃんが進めてくれるままに筆を運ぶだけですが……。

話は変わって、
中学1年生の時、必修のクラブで文芸クラブというのに入っていました。
毎週お題が提示され、短編を作って行ったり、
変わった漢字の読み方を勉強したり、
なんか面白かったなぁ……。
書くのが好きで集まった人が多かったけど、読書が好きでって人も多かったです。
メンバーのほとんどは日本の作家さんばかり読んでいたっけ……。
私は日本の作家さんのは難しくて読めなくて、海外のSFばかり読んでいました。
児童文学用の訳し方だから、文章が簡単で読み易かったのかな……。
図書室に全集みたいなのがあって、それを片っ端から。
未だに日本の作家さんのは難しいなぁって思ってしまいます。
海外のを児童用に日本語訳してあるのが簡単で読み易い。

しばらくルセット先生とサラちゃんのプレ夫婦漫才が続くと思います。
この物語、本当はもっとシリアスな話(の予定)なので、
今のうちにプレ夫婦漫才を楽しんでおいてください。

それでは、ごきげんよう (^^)/

サラの日記80(いつか、こういうのは慣れちゃうのかな……っていう、微妙な感覚。)

銀菓神暦2015年6月25日

「昨日怠けた(なまけた)分、びしびしいくよー」
ルセット先生がおどけてみせてくれました。
だから、私も乗ってみました。
「はーい、いたずらっ子先せーい」
「それ、絶対内緒だからね。頼むよ、もう!」
そんなこと言ってるけど、ルセット先生、すっごい笑ってる。

鳥居に銀菓宝果専用のゲートを出したり消したりする練習をしました。
研究生の頃、銀菓宝果を盗んだ先生の二の舞にならないように(……なんか、やっぱり笑えちゃう)、
当面は銀菓宝果は無しで練習することになりました。

ルセット先生は私の手を取って、一緒に鳥居にかざしてくださいました。
自分達の移動用ゲートを操作するのとは少し違う感覚。
それと……、
いつか、こういうのは慣れちゃうのかな……っていう、微妙な感覚。
だけど、初めて手を取られた時には分からなかった、色んなものが読み取れてしまいそうな感覚。
もしかして、ルセット先生には最初っから読まれてた?
えーっ!? 私、どんなこと考えてたっけ……。
もういいや……。もう、全部読まれててもいいよ。
今更隠すことは何もないし……。

「サラ……」ルセット先生が何か言いたそうにされました。
「やっぱりいいや」と練習の続きをしてくださいました。
「あー……、でもやっぱり……」って、やっぱり何か言いたそうにされました。
「綺麗だね。何にもなくて……。真っ直ぐ」
――えっ? ルセット先生、やっぱり読んでる?――
「ごめん。ついうっかり……」
――ルセット先生が認めてる?――
「やだ! 恥ずかしいから離して!」って、ルセット先生の手を振り払っちゃいました。
「ごめん。もう無断で読んだりしない……」ルセット先生がしょげてた。
「もう! 先生、今でもいたずらっ子なのね! もう!」振り払った手を更にはたいちゃった。
「僕のも読んでいいから……」ルセット先生、ちょっと弱気。
「まだ読めないもん! ルセット先生のバカ!」バカって言っちゃった……。仮にも先生なのに。
「だから、ごめんって……」ルセット先生が必死で謝ってる。
「もうやだ!」製菓室を飛び出しちゃった。
ルセット先生が走って追いかけてきてくれた。
恥ずかしかったり、嬉しかったり、色々忙しかった。
ルセット先生には……、何でもぶつけられることも分かった。

サラの日記79(誰にも盗まれない方法で、信じていいと憶えている。)

銀菓神暦2015年6月24日

秘伝のソースのレシピを知っている。
誰にも盗まれない方法で。
ついこの間まで、遠くて、憧れの存在でしかなかったルセット先生がパートナーで。

怖い?
怖くない。
信じている。
信じられる?
どうして?
どうして信じていいと分かる?
秘伝のソースと同じ。
誰にも盗まれない方法で、
信じていいと憶えている。
……ような……気がする。

ルセット先生がまだ居ない地下の製菓室で、そんなことをぼんやり考えていました。
「……サラ」
――……呼ばれてる……――
「どうした?」
――あ、ルセット先生だ……――

意識がちゃんと現実に戻って来たら、隣りにルセット先生が座っていらっしゃいました。

「色んなことを……考えてしまう……」  (思い詰めてた)
「……当たり前だよ。心配しなくていい」  (あったかい)
「先生も……考えた?」  (ぜひ聞きたい)
「……考えた……」  (思い出してる)
「どんなことを?」  (早く聞きたい)
「内緒」  (ごまかした)
「聞きたい!」  (興味津々)
「……サラ……」  (諭された)
「はい……」  (しょげた)
「……練習を始めよう」  (逃走完了)
「……今日は……先生の話を聞きたい……」  (まだ諦めてない)
「……何が聞きたい?」  (根負け)
「何でも……」  (あと一押し)
「じゃあ、僕が初めて銀菓宝果を盗んだ時の話。特別だよ、サラ」  (参りました)
「……うん」  (勝利)

サラの日記78(ルセット先生の腕に導かれるままに抱き寄せられました。)

銀菓神暦2015年6月23日

メランジェ製菓室で、いつものようにシロップに木べらを入れていたら、
鍋の中いっぱいに光の粒が、まるで天の川のように湧いてきました。
見られてはいけないような気がしました。
メランジェ先生が部屋に入って来られ、
――お願い、静まって……――
そう願いました。
メランジェ先生が鍋を覗きに来られ、もうだめかな……と思って目をつぶりました。
メランジェ先生は、「ちゃんと見てないと焦げますよ」って通り過ぎて行かれ、
鍋の中を見ると、キャラメル化したシロップが煙を出そうとしているところでした。

昨日のことを思い返すと、放課後、地下に行くことをためらいました。
でも、
――きっとルセット先生も同じ。私がいつものように……――
その気持ちだけを頼りに、地下の製菓室の扉を開けました。

――真っ暗……――
そう思いながらぐるっと見渡してみると、一番奥の作業台にだけ照明が点いているのが見えました。
ルセット先生と目が合って、そのまま少しの時間が経ちました。

「もう……来てもらえないかと思った……」とルセット先生が口を開きました。
空調の音だけが静かに聞こえる時間が流れました。

「来ます! パートナーだから!」
頭で考えるよりも先に、勢いよくそんな言葉が飛び出していました。
ルセット先生の、さっきまでの硬い表情がふっと和らいで(やわらいで)、
「ありがとう」って、いつものルセット先生の笑顔が見えました。

だけど、次の瞬間、ルセット先生の表情から、再び笑みが無くなりました。
「サラ……。秘伝のソースを作れるようになって欲しい。できるだけ早く」
それからまた、にっこり笑ったルセット先生が、
「できるよ。できるまで教える」と。

「サラ……。これから秘伝のソースのレシピを教えるから、……怖がらないでじっとしてて」
ルセット先生はそう言うと、銀菓神使スーツを着装されました。
銀菓神使スーツの着装を目の前でちゃんと見たのは初めてでした。
きらきら揺れる光の粒が全身から溢れ出して、光が治まると、そこには着装したルセット先生がいらっしゃいました。
ルセット先生の腕に導かれるままに抱き寄せられました。
ルセット先生の腕が背中に回って、それからもっとぎゅっと……。
「サラ……。伝わってる……?」
紙に書かれたような理路整然としたものではない、色々な感情も伴った、でも、レシピだと分かるものが伝わってくるのを感じながら、ゆっくりうなずきました。
「サラ……、心で憶える(おぼえる)んだ……。このレシピは、この世界で、僕とサラしか知らない……」

ルセット先生の腕がゆっくりほどけて、ルセット先生は着装を解除されました。

――じゃあ、ルセット先生はこのレシピを誰から? どこから?――
と思いましたが、聞くことじゃない……と感じました。

「疲れた?」
ルセット先生が聞いてくださったので、
首を横に振ると、
「疲れないのは……いいパートナーだ。サラ」って、にっこりしてくださいました。

サラの日記77(いつの間にか銀菓神使スーツを着装しているルセット先生のマスクの唇が、優しく重なっていました。)

銀菓神暦2015年6月22日

地下の鳥居で、異次元時空間ゲートを自分の繋げたい場所に繋ぐ練習をしました。
行き先は、私の希望で、前にルセット先生が見せてくださった写真にあった、自生の草がたくさん生えているところ。
この間の大失敗みたいに渾身の力を込めなくても、普通サイズのゲートが出せました。
ゲートに入るのも、前みたいには気分が悪くなったりしませんでした。

ゲートの向こうの草は、ふかふかの絨毯(じゅうたん)みたいに茂っていて、嬉しくなって寝っ転がりました。
ところどころに大きな雲が浮かぶ青い空がどこまでも広がっていて、
目を閉じると、風の音と草の匂いが、心地良く何度も通り抜けて行きました。

唇に、冷たくて硬いものが触れているのを感じて、
何だろうと思って目を開けました。

いつの間にか銀菓神使スーツを着装しているルセット先生のマスクの唇が、
優しく重なっていました。

「言えないんだ。サラを巻き込む学則違反になってしまうから。でも、……伝えたい」
ルセット先生はマスクの唇を重ねたままでした。
無機質なマスクの向こう側から、ルセット先生の温かさと、優しさと、淋しさと、
それからもっと奥深くにある闇のようなものが、ゆっくり伝わって来るような気がしました。

「……伝わってる」
胸のずっと奥深くから湧き出てくる、何の涙だか分からない涙が、ゆっくり、ゆっくり、流れて行きました。

ルセット先生は着装のまま私の横に寝っ転がって、
私の手を握って、空を見上げていらっしゃいました。
先生の手、着装のままでも、優しくて温かいのが伝わって来ました。
マスクの下の表情は分からなかったけれど、
先生、泣いてた……
……ような気がする。

ルセット先生は戻りのゲートに入る時も着装のままで、
帰りに送ってくださった時も着装のままでした。

いつもなら「ずるい」って思っただろうけど、
今日は、「そのままでいいよ」って、「そのままでいて」って、
そう思いました。

サラの日記76(ルセット先生のことばかり見ていて、ほかの人のことは何にも見てなかった。)

銀菓神暦2015年6月21日

研究室はお休み。

昨日のことをあれこれ思い返していました。

昨日ルセット先生が好きな本だと言われていた『銀菓神伝説』は、
アロゼスペシャルの謎を解く手掛かりになることが書かれているかもしれない、と
図書館で探していた本です。
あの時は貸出中になっていて読めないままでした。
読みたいと思っていたことをルセット先生に話したら、
「でもあれ、おとぎ話だよ」って教えてくださいました。
だけど、読みたいのなら今度貸してくださるって言われました。

ジャックさんってどんな人だったっけ……、なんてことも考えたりしていました。
ルセット先生のことばかり見ていて、ほかの人のことは何にも見てなかった。
けど、そう言えば、落ち着いた雰囲気のルセット先生とは似ても似つかない、やんちゃ坊主なイメージの人。
全然違うし、まさか兄弟だとは思わなかった。
悪い人じゃないとは思うけど、タイプじゃないかな……。
あ、でもルセット先生も意外と やんちゃ坊主だなぁ……。
学則違反の名人だし。
もっと色んなルセット先生を知りたい。

嬉しかったのは、ルセット先生がメランジェ研究室出身だったってこと。
悩んだこともあったけど、何も悩まなくていいことだった。

それから、もっと嬉しかったのは……

ここには書かないでおこうかな。
書くと消えてしまうんじゃないかと思ってしまう。

やっぱり書く。

大好きな、あったかくて優しい声で、
「サラ」って呼んでくれる。

これからも、たくさん たくさん……聞きたい。

サラの日記75(誰かが手をぎゅっと握っていてくれて……。)

銀菓神暦2015年6月20日

出なければならない講義は朝の1時間だけだったので、
そのあとはずっと地下に居ました。
ルセット先生は夕方まで来られないと言われていて、その間はずっと独りでした。
――ルセット先生が来られるまでに、絶対大きなゲートを出すんだ!――って、ちょっと意地になっていました。

渾身(こんしん)の力で鳥居に手をかざして、
自分ではどうしようもない疲労感に襲われて……。

甘くて、香ばしくて、優しい匂いがして、遠くで「サラ……、サラ……」って声がして。
ぼんやり意識が戻って……。
誰かに抱えられているようでした。
誰かが手をぎゅっと握っていてくれて……。
ぼんやり、ルセット先生の手だ……って思いました。
「サラ? 大丈夫?」って覗き込んでるルセット先生が見えました。
ゆっくり うなずいたら、
「ごめんね、遅くなって」って、抱き起こしてくださって、銀菓宝果の飲み物をくださいました。

「見て。できてるよ、大きいの」ってルセット先生が鳥居の方を指差されました。
「行こう、サラ!」って、私の返事も待たずにゲートに手を引かれました。

この間と同じ、サラノキの花の香り。
「サラが繋げようと思った場所はここ?」
「……大きいゲートを出すことしか……」
「じゃあ、ゲートを出す瞬間、サラの心にあったのがここなんだね……」

銀菓宝果の飲み物を飲んでいたからか、この間のような気分の悪さはありませんでした。

周辺を歩きながら、ルセット先生は色々お話ししてくださいました。
6年前までメランジェ研究室の研究生だったこと。
メランジェ研究室に所属しているジャックは自分の弟だということ。
ジャックが弟だということは学内ではメランジェ先生にしか明かしていないこと。
研究生だった頃、学則違反常習犯だったけど、メランジェ先生によく助けてもらっていたこと。
好きな本は『銀菓神伝説』だということ。
本名がミシェルだということ……。

本名がミシェルっていうのは知ってるって話したら、ルセット先生はちょっと驚いていらっしゃいました。
でも、嬉しそうに笑って聞いてくださいました。

サラの日記74(これは救護活動。)

銀菓神暦2015年6月19日

特訓です。
何度やっても小さいゲートしか出ません。
その度にルセット先生は けらけら笑っていました。
笑ってるだけで、何にも教えてくれない。何にも手伝ってくれない。
何だか失礼しちゃうな……って思いながら、でも楽しい。

ゲートを出すのって、気付かないうちに結構体力を消耗してしまうみたいです。
1時間も練習したら、手が上がらなくなって、立つのがやっとなほど へとへとでした。

ルセット先生が、銀菓宝果のソースで飲み物を作ってくださいました。
「これは救護活動。学則違反じゃないよ」って。
真面目な顔をしてグラスを差し出してくださったから、真面目に受け取ろうと思ったのに、
グラスは揺れてるんだもん。先生笑ってる。

先生ってば、小さいゲート、そんなに面白い?

「大丈夫。必要な時は僕が連れてくから。ただ……、緊急事態の時は匍匐(ほふく)前進でどうぞ」
って、また笑ってる。
匍匐前進で小さなゲートに入る自分を想像して、もうちょっとで飲み物を吹き出すところだった。
吹き出すのをこらえたら、鼻の方に行っちゃって、涙目になった。

ルセット先生が「泣いてる?」って心配そうに覗き込んできたから、
ちょっと いたずらで「うん」ってうなずいて うつむいてみた。
ルセット先生がもっと覗き込んできて、
「嘘つき」って笑いながら、おでこを指で弾かれた。

サラの日記73(あ、これは学則違反じゃないよ。)

銀菓神暦2015年6月18日

昨日の帰り際、ルセット先生が「明日もね」と言われていたので、いつもの時間に地下に行きました。

製菓室の鍵は開いていたけれど、中には誰も居ませんでした。
今まで気付かなかったけれど、地下の製菓室には窓が無くて、天井も低くて、照明を点けなければ きっと真っ暗です。
怖い……と思いました。
今まで怖くなかったのは、ルセット先生と一緒だったから。

随分時間が経ったような気がして、だんだん不安になってきていたら、
奥の準備室のドアが重そうに開いて、ルセット先生が出て来られました。
「いつ来た? 待った?」って、いつもの笑顔で手招きされて、さっきまでの不安がスーッと消えていくのを感じました。

準備室の一番奥に、植物館にあるのと同じ鳥居がありました。
ルセット先生が手をかざすと異次元時空間ゲートが現れました。
ルセット先生は、「心配しないで。今日は行かない」と笑いながら、もう一度鳥居に手をかざされました。
ゲートは きらきらと揺れながら消えていきました。
「あ、これは学則違反じゃないよ。先取り学習なだけ」だそうです。
「かなりの」って、ウインクしながら付け加えられました。

「一緒に」っていう声とともに、ルセット先生の手が私の手を取りました。
「できるよ。信じて……」
そう言ってくださったルセット先生の言葉の一音一音に、ゲートのことだけでなく、もっと深い何かを感じたような気がしました。

お手本の半分の半分を、もう半分ぐらいにした大きさのゲートが現れると、
背中で、ルセット先生の身体が小刻みに揺れるのを感じました。
それから大きな笑い声も。
ルセット先生、「できたね。小さいけど……。うん、できてる……」って言いながら、もっと げらげら笑い始めました。
で、笑いをこらえながら、「これ、育つまで毎日補習ね」って。

サラの日記72(そういう視線だったような気がして、)

銀菓神暦2015年6月17日

直接言われたわけじゃないけど、
講義で目が合った時に そういう視線だったような気がして、
放課後、地下の製菓室に行ってみました。
ルセット先生は「分かった?」って少しおどけて。
うなずいたら、嬉しそうに笑って迎えてくださいました。

こんな子供みたいなところあるんだ……。

だけど、そういうの、ものすっごく どきどきするから、ちゃんと直接言って欲しい。

初めて銀菓宝果の実を食べました。
学則違反ですが、
ルセット先生曰く、「でも、味を知らないとあのソースは作れないからね」です。

美味しい!……ってものではなかったです。
酸っぱいし。
私が酸っぱい顔になったのを見て、ルセット先生が吹き出して笑ってました。
『味を知らないと……』には納得しました。
だけど、勢いのある たくましい味で、嫌いじゃないな。

昨日の あのソースは古代銀菓神より伝わる秘伝のソースで、
『食した者にはささやかではあるが永遠の幸せが訪れる』と伝えられているのだそうです。

昨日作ったものを一晩休ませたのを一口くださいました。もちろん学則違反で。
「僕の作り方が間違っていなければ、きっと幸せになるよ」って冗談を言いながら。

ルセット先生の作り方、きっと合ってると思う。
ソースの味は<勢いと たくましさ+優しい>になってる。
それに、私、ちゃんと幸せになってるから。

ルセット先生と一緒に居ると、いっぱい笑える。
ルセット先生と一緒に居ると、そのままの自分でいることが怖くない。

サラの日記71(早口でささやくように言って、)

銀菓神暦2015年6月16日

久しぶりの快晴でした。
中庭のベンチに出てみましたが、
身体が重くてだるくて、そのまま うとうとしていました。

お昼休みが終わって、次の講義がある研究室に向かってぼんやり歩いていたら、ルセット先生に会いました。
「放課後、地下の製菓室に来て」と早口でささやくように言って、先に研究室に入って行かれました。

地下は初めてでした。
製菓室らしい部屋は1つしか無かったので、多分ここだろうと思い、恐る恐る扉を開けました。
柑橘系のソースの匂いがして、湯気の向こうにルセット先生が見えました。

「変な場所に呼んでごめん。これを教え子に見せるのは学則違反なんだ……」と言いながら、手招きされました。

ルセット先生が使っている木べらは頂いたのと同じものでした。
ソースは無色透明で、木べらですくう度に光の粒がたくさんこぼれ落ちました。

木べらを任されたので、しばらく混ぜていると、木べらを持っている私の手がルセット先生の手に包まれました。
一瞬ドキッとしたけど、ルセット先生の手の感触は心強くて、すぐに安心感に変わりました。
「怖い?」と聞かれたので、首を横に振ったら、
「じゃあ、このまま……」って、私の手を、空中に弧を描くようにリードしてくださいました。
部屋いっぱいに光の粒が舞って、星空の中に居るようでした。
後ろから、「忘れないで」というルセット先生の優しい声がしました。

「独りでやってみて」という声と同時に、ルセット先生の手がそっと離れました。
急に手元が不安定になったような感じがして心細かったけれど、
さっきと同じように空中に弧を描くと、さっきと同じように光の粒が部屋いっぱいに舞いました。
ルセット先生の方を振り返ると、にっこり笑いながら うなずいてくださいました。

どうして学則違反をしてまで色々教えてくださるのか分からないけれど、
『僕が何をすることになっても信じていて……』って言われていたから……、信じてる。

アロゼの休憩室7「そんなに突っ走っていいの?」

「サラの日記70」はもう読んでいただけたでしょうか。
(今後の展開を理解するのに必要な部分なので、まだの方はぜひ読んでね!)

突っ走るルセット先生と引きずられるサラちゃん。

ちょっと ルセット先生!
学則違反だとかグレーゾーンだとか、
そんな危なっかしいことにサラちゃんを巻き込まないでください。
それに、「何をすることになっても」ってなんですか!
サラちゃんが不安になっちゃうじゃないですか!
いい加減にしてくださいよ ( `ー´)ノ

だけど、何となくいい感じになってるんじゃないの?

ルセット先生は一体何をしようとしているのでしょうか。
気になります。

☆彡     ☆     ☆彡     ☆     ☆彡

さて、以下は私の10代前半の頃の話。

小学5年生ぐらいの頃から中学2年生ぐらいまでの数年間だったかな……、
学校から帰ったら、宿題のあと、ずーっと書き物をしていました。
「国語12行 リーダー線入り」の、糸で綴じてあるノートに書くのがお気に入りで、
リーダー線も1行として、1ページ24行で書いていました。

学校で習う作文のルールでは物足りなくて、
当時好きだった文庫本、佐藤さとる さんの『だれも知らない小さな国』に始まるコロボックルシリーズの書き方をお手本にしながら、
更にテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の放送を書き取ってみたりしながら、読み物の書き方を覚えていきました。

うちにビデオ無かったですからねぇ。小学生の私には、書き取るのが一番手っ取り早い記録方法でした。
放送時間中にセリフやら情景やらを書き取って、何度も読み返して楽しんでいました。

ノートの表紙を取って、綴じてある糸も取って、
自分で厚紙で表紙を作って、
厚み4cmぐらいになったノートの中身だけを自分で糸で綴じ直して、
なんちゃって製本もやっていました。

人に読まれるのが恥ずかしくて、ずっと机の引き出しに隠していたのを、
母が場所を変えて大切にとっておいてくれていたはずなんですが、
いつの間にかどこにしまったのか分からなくなってしまって……。
行方不明のままです。
まあ、出てきたとしても、恥ずかしいので私は読みませんが……。

幼稚園の頃からピアノを習っていたのですが、
書き物をしていたこの数年間は、教室用の練習よりも、書いているお話のテーマ曲やシーンに合わせた曲を作って遊んでいることが多かったです。

今とやってること変わりませんね……(^^;)
変わったのは、頼れる文明の利器が増えたことぐらい?

そうそう、先日実家から『だれも知らない小さな国』のコロボックルシリーズが運ばれてきました。
ずっと実家に置きっぱなしだったんですが、ジャマだから何とかしろ!と(^^;)
村上勉さんの挿絵も独特の魅力があって大好きなんです。

子供の頃は「コロボックルのお話」として読んでいたのですが、今読むと恋愛ストーリーでもあり、ホームドラマでもあり……。

だんだん何言ってんだか分かんなくなってきたので、今回はこの辺で。

サラの日記70(ルセット先生の製菓コートからは、バターと砂糖と小麦粉の、甘くて優しい匂いがしました。)

銀菓神暦2015年6月15日

放課後、大きい方の製菓室に居たら、
「見た……?」ってルセット先生が覗き込むように。
あのことだよね……って思いながら うなずいたら、
「じゃあ、行こうか」って。

どこに行くんだろうと思いながら、言われるがままに付いて行きました。

植物館の、この間 銀菓宝果を見た鳥居にルセット先生が手をかざすと、鳥居の下に異次元時空間ゲートが現れました。
本物を見るのは初めてだったけど、すぐにゲートだって分かりました。

ルセット先生が小さな声で、「見付かったら学則違反だから早く入って」と。
何が何だか分からなくて戸惑っていたら、ルセット先生が ぎゅっと手を引いてくれました。
ゲートの中は息苦しくて、空気が重くて、何も見えなくて、
ルセット先生の手を離さないように一生懸命握っていました。

「見て」とルセット先生の声が聞こえて、いつの間にか ぎゅっと閉じていた目を開けました。
大学の植物館と繋がっている、四次元時空間施設の温室の中でした。

白い花がたくさん。
あの写真の木と同じ。
初めての匂い。
サラノキ。

ルセット先生が「大丈夫? 気分悪くない?」って言ってくださった途端に気分が悪くなって、血の気が引いていくのを感じて、その場に座り込んでしまいました。
「ごめん。ゲートは ちょっと早過ぎたかな」って言いながら、ルセット先生も隣りに座って、ゆっくり背中をさすってくださいました。

ルセット先生の優しい声が続きました。
「銀菓神使 代々の慣習なんだ……。ルセットのパートナーはアロゼ。でも、そのことでサラさんを辛いことに巻き込んでしまうかもしれない。今ならまだ……やめられる。これは学則違反ぎりぎり、グレーゾーンの情報」
私の様子をうかがうような間(ま)が空いて、「僕には強制できない。サラさんに決めて欲しい。……やめても……構わない」と。

ルセット先生と離れたくないと思いました。
「やめない」って言いながら、一生懸命、何度も首を横に振りました。
ゲート初体験で気分が悪いのか、首を振り過ぎて気分が悪いのか分からないぐらいに。

「じゃあ……、僕が何をすることになっても信じていて……」
そう言ったルセット先生の横顔には、優しい微笑みと、少しだけ悲しい影が見えました。
血の気が戻らなくて気が遠くなっていくのを感じながら、ゆっくり縦に首を振りました。

気が付いたら、薄暗くなり始めたサラノキの前で、ルセット先生の肩に頭を置いていました。
ルセット先生の製菓コートからは、バターと砂糖と小麦粉の、甘くて優しい匂いがしました。

サラノキの下で、ルセット先生と私は、銀菓神使として、パートナーであることの契りを結びました。

サラの日記69(どうして私に見せるの?)

銀菓神暦2015年6月14日

研究室お休み。

お休みで良かった。
昨日のあの調子で今日が続いていたら、ルセット先生から離れられなくなってた。

もしも、先生同士とか学生同士の立場で出会っていたら、
もしも、見ず知らずの他人で、一瞬すれ違うだけの出会いだったら、
それでも魅(ひ)かれてた?

たまたま「知ってる人」になれる環境の中で出会えたのって不思議。

ルセット先生にお借りしている橘の写真集をゆっくり眺めました。
ルセット先生が撮った橘。
先生にはこんな風に見えてるんだ……。

私のことはどんな風に見えてるのかな。
ぱっとしない教え子?
メランジェ先生のところに移っちゃった宙ぶらりんな子?
いつも製菓室で居残りしてる子?
やっぱり……、おとなしい子?

いっぱい見てもらいたい。
でも、出し方の加減が分からないよ。

写真集の最後のページにだけ、橘ではない写真がありました。
<沙羅双樹(サラソウジュ・サラノキ)>

撮影日は2015年5月10日。
――木べらの日だ――

ルセット先生の手書きのメモも。
「そろそろ白い花が咲くよ」

ねぇ、先生。これは偶然? 偶然気に入った写真がこれだったから載せたの?
どうして私に見せるの?
これも先生の仕事なの?

サラの日記68(私はデートに誘われでもしたような感覚でいました。)

銀菓神暦2015年6月13日

雨です。梅雨の真っ只中です。
中庭のベンチには逃げられなくなりました。
みんなが建物の中で過ごす時間が多くなるってことは、ルセット先生に遭遇する確率も高くなるってことです。
くすぐったくて、でもどこにも吐き出せないこの気持ちを、雨で洗い流せてしまえたらいいのに。

エレベーターだと、万が一二人っきりなんてことになったら心臓が持ちこたえられない……なんて思って、
階段で研究室に向かっていたら、上った先にルセット先生が……。
右手を軽く挙げて「おはよう」って。
大丈夫だったけど、もう少しで踏み外すところでした。
それを見た先生が更に「大丈夫?」って。

ルセット先生って、こんなに近い感じの人だったっけ……。
近い感じ……とは別に、何か懐かしい安心感も。

本当は朝一番からこんなことになるなんて、かなり嬉しかったのだけど、
それ以上に どきどきしてしまって、講義の最初の1時間は何も頭に入りませんでした。

こういうの、私にはある種の大事件なのだけど、ルセット先生には日常?

放課後、大きい製菓室の前で 入るかどうかを悩んでいたら、
「鍵、開いてなかった? あ、作業台が空いてないの?」ってルセット先生が。
流れのまま入ることになりました。

きっと日常のことなんだ。ルセット先生には。

製菓室から出て帰ろうとすると、
「植物館に寄ってく? 雨の時の抜け道 教えてあげるから、ちょっと待ってて」って。

ルセット先生にはお仕事の一環なのかもしれないけれど、
私はデートに誘われでもしたような感覚でいました。

昨日までも大好きだったんだけど、それ以上に、もう本当に大好きになってしまう。

サラの日記67(着装で隠すなんて、ずるいよ先生。)

銀菓神暦2015年6月12日

ルセット先生、朝の廊下で「見た?」って。
「少しだけ」って答えたら、
にっこり笑って うなずきながら「そう」って、そのまま研究室に入って行かれました。
足取り軽い感じで。

もう完全にルセット先生のペースに流されています。
私、茶化されてるんじゃないかな。
でも、ルセット先生のペースに流されている間はルセット先生と繋がっていられる。
茶化されててもいいかな。

迷ったけど、放課後、大きい方の製菓室に行きました。
戸締りに来られたルセット先生は銀菓神使スーツを着装のままで、
どこを見ているのか はっきり分からなくて、変に意識してしまいました。
できることなら私も着装したかった。
着装訓練、早く始まらないかな。
着装で隠すなんて、ずるいよ先生。
視線も表情も分からないから、何度も先生の顔を覗き込んでしまいました。
それ、全部見えてるんですよね、先生には。

サラの日記66(ルセット先生に壊されました。)

銀菓神暦2015年6月11日

講義中、思い切って顔を上げてみたら、いきなりルセット先生と目が合いました。
心臓は究極のどきどきだったけど、気持ちは意外に冷静でした。
先生の視線はとっても柔らかだったので、包まれるような安心感がありました。
でも、全部見透かされているような気がして落ち着きませんでした。

前は心にシャッターを下ろすこと、得意だったのに、
ルセット先生に壊されました。
んー、壊されたのなら修理すれば使えるのだけど、
取り外された……っていう感じです。
盾にできるものが何にも無い。

追い討ちは、講義後の「見てみる?」。
四次元時空間での橘の写真集。
ルセット先生自作の。
「しばらく貸してあげるよ」と。
言われるまま借りてきちゃいました……。

でも、
この一部始終ってほかの研究生たちの目にも触れてるよね?
ルセット先生には何でもないこと?
日常のこと?
それとも、すっごーく鈍感(どんかん)で何も考えていない?

それとも それとも、何でもないことに見せるために みんなの目のあるところで?
いや、それは私の考え過ぎかぁ……。

今も、どきどきし過ぎてページがうまく開けません。

サラの日記65(確かめて……みる?)

銀菓神暦2015年6月10日

こういうの馬鹿げてるって思うけど、
こんなんじゃメランジェ先生には報告なんてできないけど、
自分の記録のために ここに。

アロゼスペシャルの光、
私がルセット先生のことを考えている 且つ(かつ) ルセット先生が私のことを考えている時に出るような気がします。

でも、ルセット先生が私のことを……って、あり得ない。確かめようも無いし。

確かめて……みる?
ううん、できない。できないし、しない方がいいと思う。

今日はルセット先生と廊下でばったり会えたラッキーな日だったのに、
ルセット先生がメランジェ製菓室に入り浸り(いりびたり)で何かをされているスペシャルな日だったのに、
どきどきして顔も見れませんでした。
何かもう、同じ部屋に居るっていうだけで息が詰まりそうなほど どきどきしていました。

絶対おかしいって思われてるよね。
メランジェ先生にも気付かれちゃったかな。

でも、もし、そうだったとしたら……、
アロゼスペシャルは一人では使えない?
いやいや、それは変だよね。
一人で使えなきゃ おかしいよね。

ルセット先生、アロゼスペシャルのこと本当に知らないのかな……。
知ってたら教えてくださるはずだもんね。知らないんだよね。
やっぱり私の馬鹿げた思い過ごしかなぁ。

サラの日記64(今日は全部ダメだったけど平気でした。)

銀菓神暦2015年6月9日

朝の占い。
通学中のモノレールからルセット先生の車が見えたらラッキーな日。
見えなかったら残念な日。

午前の講義中の占い。
ルセット先生と目が合ったらラッキーな日。
一度も目が合わなかったら残念な日。

午前の休憩時間の占い。
廊下でばったりルセット先生に会えたらラッキーな日。
会えなかったら残念な日。

お昼休みの占い。
ルセット先生が研究室の窓から中庭の私に向かって手を振ってくれたらラッキーな日。
窓が閉まっていたら残念な日。

午後の講義中の占い。
ルセット先生の眠そうな顔が見れたらラッキーな日。
私の眠そうな顔を見られたら残念な日。

午後の休憩時間の占い。
研究室の半開きのドアから、めちゃめちゃ寛いで(くつろいで)いるルセット先生が見えたらラッキーな日。
見えなかったら残念な……残念じゃないけど つまんない日。

放課後の占い。
製菓室の戸締りに来られるルセット先生に会えたらラッキーな日。
会えなかったら残念な日。

特別編。
ルセット先生がメランジェ製菓室にやって来たらスペシャルな日。
思いがけない場所でルセット先生に声を掛けられたらミラクルな日。
ルセット先生のことを考えている時にアロゼスペシャルの光が出たらコスモな日。

今日は全部ダメだったけど平気でした。
私はきっと、ルセット先生をサポートできる銀菓神使になる。

サラの日記63(紫陽花の花言葉の一つに「辛抱強い愛情」というのがあります。)

銀菓神暦2015年6月8日

そう言えばこの間は、
初めて見る銀菓宝果とルセット先生の気迫に圧倒されて、雑草コーナーを見ずに帰ってしまったなぁ……と思って、
お昼休みに植物館に行きました。
植物館の雑草コーナーには紫陽花(あじさい)の花が咲いていました。
白いのと、うっすら青いのが。

紫陽花の花言葉の一つに「辛抱強い愛情」というのがあります。
私も……ルセット先生に辛抱強い愛情を注ぎます。
きっと、ずっと、ルセット先生を好きなことに変わりはないけど、
そういうのを越えて、
銀菓神使としての、ひとりの人間としての、ルセット先生の背中を見ていたいです。

私が一人前の銀菓神使になったら、例え永遠にルセット先生が気付くことがなくても、
私に与えられた場所から、私に与えられた力で、ルセット先生に愛情を注ぎ続けます。
闘わなければならない者の悲しい闇に、アロゼスペシャルの光を灯し(ともし)ます。

アロゼスペシャルの光って何なんだろうってずっと考えていました。
この小さな光の粒に何の力があるっていうんだろう……ってずっと考えていました。
どう使うのか、コードネーム アロゼに託されているのなら、
私はルセット先生の心の闇に、アロゼスペシャルの光を灯します。

この間の、ルセット先生の戦士としての気迫が私にそう思わせてくれました。
私には自ら闘えるだけの強さは無いかもしれないけれど、
ルセット先生を護る光を灯すことなら、きっとできる。

先生、私は少しは強くなれましたか?

中庭を歩きながら見上げると、ルセット先生が研究室の窓から手を振ってくださいました。
振り返しました。思いっ切り。

あれっ? 「思いっ切り」ってことがルセット先生にならできる?

サラの日記62(闘う者の気迫に包まれていました。)

銀菓神暦2015年6月7日

研究室はお休み。

昨日の植物館でのルセット先生の後ろ姿が、
振り返った時の、一瞬厳しく険し(けわし)かったあの空気が、
何度も何度も頭に浮かんでは消えます。
そして、気を許した瞬間にそっと溢れ出る温かさも。

ルセット先生はやっぱり菓子の歴史を護る(まもる)戦士です。
あの一瞬、闘う者の気迫に包まれていました。
同時に、闘わなければならない者の、悲しい闇にも包まれていました。
だけど、その心の核はとても温かい。

ルセット先生を見ていると時々感じる、冷たさと温かさのギャップは、きっとそれ故(ゆえ)です。

メランジェ先生は……
ルセット先生とは反対のような気がします。
頑丈な心の核の周りを温かさが覆っている。
表面の柔らかさに甘えていると、後で痛い目に合いそう。
研修、真面目に頑張ろう。

メランジェ先生は根っからの戦士だけど、
ルセット先生は努力して掴んだ(つかんだ)……って感じがします。

私は……
私も努力しなきゃ掴めないタイプかな。
どこをどうひっくり返しても根っからの戦士じゃないと思う。
けど、何かを護るためとか、誰かを護るためになら、闘えそうな気がします。

サラの日記61(声を掛けてくださったその人はルセット先生でした。)

銀菓神暦2015年6月6日

講義は朝の1時間だけでした。
そのあとお昼まではメランジェ製菓室で光の謎に取り組み、
やっぱりこれと言った進展は無く、
お昼は中庭のベンチで過ごしました。

いつの間にか、外でゆっくり過ごすには暑くなってきました。
花綵(はなづな)キャンパスには、じきに梅雨もやって来ます。
今のうちに中庭のベンチでたくさんの時間を過ごしておきたい気分です。
ベンチから見える景色を、たくさん見ておきたい気分です。

午後からはずっと、大きい方の製菓室に居ました。
いつもならルセット先生か代わりの先生が来られる時間になっても誰もいらっしゃいませんでした。

明日はお休みなので、様子だけ見ておこうと植物館に立ち寄りました。
植物館の中には小さな鳥居が5つあるのですが、
一番奥の鳥居の辺りに人の気配を感じました。
その人も私の気配を感じたようで、警戒した様子で振り返られました。

「あ、サラさんなら来ても大丈夫ですよ」と声を掛けてくださったその人はルセット先生でした。
戸惑っていると手招きしてくださいました。
ルセット先生がお世話をされていたのは銀菓宝果(ぎんがほうか)で、鳥居の下で神秘的な光を発していました。
銀菓宝果とは、菓子の始まりであるとされる橘(たちばな)(現在のミカンの原種)を銀菓神と一部の銀菓神使たちが育てたもので、絶滅危惧種のため厳重管理されています。
本物を初めて見ました。
ルセット先生が手をかざすと、銀菓宝果は消えてしまいました。
ほかの場所へ移したのだそうです。

「製菓室を締めたら帰るんだけど、待っててもらえたら送りますよ」って言ってくださいました。
「ありがとうございます。でも、このまま帰ります」って植物館を出ました。
ルセット先生は、にっこり笑ってうなずいてくださいました。

アロゼの休憩室6「1.皆よ! 暴走するでない! 2.先日のハートネットTV感想」

はーい!
10日って早いですね。(えっ? 歳だから? そんなぁ(/_;) )
最初は3回坊主で終わっちゃうんじゃないかと思っていた「アロゼの休憩室」ですが、
無事6回目を迎えましたー! (^^)v

「アロゼの休憩室」が金曜日に回って来るのって、ゆっくり読んでもらえそうな気がして、
今回は長々と書いてしまいますが、どうなのでしょうか。
逆に、月曜日に回って来ると、短めに終わった方がいいのかな、と思ったり……。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

早速 表題の1.ですが、

最近の「サラの日記」、
登場人物たちが暴走ぎみなので、
自分で書いておきながら、「おいおい、皆よ! 暴走するでない!」という感じです。

冬のスペシャルと繋がらなくなったらどうするんだよ!

まあ、暴走したけりゃするがいいさ。
何が何でも冬のスペシャルと繋げてやるさ ( ̄ー ̄) フフン

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

~ミニミニ茶番劇場~

話は変わるがルセット先生、
あなたの物語、「ミシェルの日記」を読んでみたいよ。
サラちゃんよりも暴走しているように思えるんだ。
あなたの身に一体何が起こっているんだい?
気のせいだったらごめんよ。
だが、
……いや、これ以上は言うまい。
好きに振る舞ってくれたまえ。
後始末は私がしてやろう。

そう言や、メランジェ先生も困るんだよ。
あんな意味深な発言。
このあとどうしろってんだ。
ちゃんと考えあっての発言なんだろうな?

ったく……。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

続きまして 表題の2.です。

2015年5月28日20時からの、「NHK Eテレ ハートネットTV」で場面緘黙についての放送、観ました。

もう、当時の私と全く同じです。
家を一歩出ると声が出ないこと、玄関を入ると堰(せき)を切ったようにしゃべり始めること。

私の場合は、大人の人や学校の先生には、ぎこちなくではあるけれども、しゃべれていました。
それと、私が首を縦か横に振るだけで答えられるような問い方で、毎日毎日しつこいぐらい話し掛けてくれるクラスメイトが数人いました。

小学校に入学して約一週間後に父の転勤で転入してから、2年生の三学期に転出するまでの約2年間、担任の先生が同じでした。
自分の母親よりも一世代年上のような女性の先生で、約2年間、毎日交換日記をしてくださいました。
家であったことを書くように言われていました。
今思えば、このことが、今私がやっているような、お話を書くことが好きな子になったきっかけだったかもしれません。

転入先の学校で、2年生の出席日数は足りているし、キリもいいからということで、「3年生になってからおいで」と言われました。
3年生の一学期の通信簿に、「無気力、無関心、無表情」と書かれました。
ショックでしたが、学校に居る時の様子としては事実でした。
だけど、そこまで気付いてくださっているのなら、何か対策してもらえなかったのかな……と今になって思ったりしています。
ただ、「陰日向(かげひなた)無くよく働く」とも書いてくださっていたので、その部分については母は喜んでいました。

父の転勤で、3年生の二学期から別の学校でした。
今ではやってはいけないことになっていますが、当時は先生のゲンコツというのは割と日常的にありました。もちろん、きちんと加減したゲンコツです。
ある日、私語がエスカレートした教室で、「しゃべっていた人は手を挙げなさい」と言われ、私を除く全員が手を挙げました。私はしゃべってはいなかったのだけど、一人だけゲンコツが無いのが寂しくて、そろーっと手を挙げました。
先生は私がしゃべっていないことは知っていたと思うのですが、みんなと同じようにゲンコツしてくださいました。嬉しかった。

またまた父の転勤で、3年生の三学期から別の学校でした。
転入初日に、同じクラスの子が近所に住んでいることが分かって、家に居る時の自由なおしゃべりができなくなりました。学校ではしゃべれないのに、家ではうるさいぐらい しゃべれていることを知られるのが怖かった。
この学区には中学3年生の三学期の1月半ばまで居ました。
先に書いた、私が首を縦か横に振るだけで答えられるような問い方で、毎日毎日しつこいぐらい話し掛けてくれるクラスメイトが数人いたというのは、この学区に居た時のことです。しつこくされるのは嫌だったけど、同じ年頃の子たちの中で過ごすということに関しては鍛え(きたえ)られました。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

さーて、金曜日ではありますが、
これ以上書くと、どんどん重い内容になっていきそうですね。
今日はこの辺りで おしまい にしておきます。
先は長いのでね、
また追い追いお話しします (^^)/

サラの日記60(『言っておきます』の相手がルセット先生だったらいいのにな、)

銀菓神暦2015年6月5日

メランジェ製菓室で研究室のメンバーが うだうだ やっている時に、
メランジェ先生が突然、
「サラさんはこんな感じの子だけど、やる時はやる子なんですよ」とおっしゃって、
私の頭の中は「え? えっ? えーっ?!」と。

――先生、突然何を言い出すの?――と思って、慌てて周りの様子を見回してみると、
「うんうん」とか「そうそう」とか「頑張ってると思う」とか、みんな口々に肯定的なことを返してくれて。

半分安心したけど、半分「先生の目的は何?」とか思ったりしていました。
で、みんなも肯定的なことは言ってくれたけど、やっぱり先生の意図が分からないような様子で。

で、メランジェ先生が続けられました。
「サラさんは今は地味で目立たない人ですが、立つべき場所に立った時には、きらっと光るんですよ」って。
で、「いい子がいるって言っておきます」って。

ますます分からない。
突然何があったの?
『言っておきます』って誰に?
で、どうして今みんなの前で?

色んな「?」が頭の中をぐるぐるしているうちに、メランジェ先生に「?」を質問し損なってしまいました。

えーっと……。
よく分からないから、いつも通りでいいのかな……。
みんなは いつも通りにしてくれているし……。

放課後、大きい方の製菓室でルセット先生を待っている間、
『言っておきます』の相手がルセット先生だったらいいのにな、とか考えていました。

サラの日記59(私はどんどん戻れなくなってしまう。)

銀菓神暦2015年6月4日

昨日からずっと、夏休みの事が頭の中をぐるぐるしていました。
1か月以上もの間 顔を合わせなかったら、やっぱり遠くなっちゃうのかな……、とか。

だから、メランジェ製菓室にはもちろん毎日行くけど、
そのあと、放課後は大きい方の製菓室で過ごすことにしました。
いつもそこに居て当たり前で、居ないと違和感のあるような存在になっていたいから。

でも、だからと言って何をするわけでもなくて、ただそこに居るだけ。
だからルセット先生はきっと何も気付かない。

だけど……、
ひょっとしたら、
「熱心に練習している研究生だな」ぐらいのことは思ってもらえるかもしれない。
ひょっとしたら、夏休み中のある日、
私の居ない製菓室を見て、
「あ、夏休みなんだな」ぐらいのことは思ってもらえるかもしれない。

ルセット先生が放課後の製菓室の戸締りに来られたので、製菓室を出て植物館に行きました。
植物館で「自生種」が無事なのを確認して、
植物館から門に向って歩いていたら、横にルセット先生の車が停まって、モノレールの乗り場まで送ってくださいました。
先生にとっては、よくある何でもないことなのかもしれないけれど、
私はどんどん戻れなくなってしまう。

サラの日記58(今みたいには会えなくなるんだ……。)

銀菓神暦2015年6月3日

何もしていなくても木べらから光の粒が出たこと、メランジェ先生に話してみました。
どうしてなのかはメランジェ先生にも分からないようでした。

今日はメランジェ先生もずっとメランジェ製菓室にいらっしゃるってことだったので、
シロップの練習を見ていただきました。

途中で暑くなって窓を開けたら、ルセット先生が中庭のベンチで本を読まれているのが見えました。
窓を開けた気配に気付いたのか、ルセット先生が笑って手を振ってくださったので、木べらを振り返しました。
あとで きっと淋しくなるから、そうしない方がいいって分かっていたけど、
その時は頭よりも先に心が動いて、気が付いたらそうしていました。
そしたら、木べらから出た光の粒が、窓から入ってきた風に流されて、メランジェ先生の方へ。

そう、ルセット先生の姿を見付けた瞬間から、メランジェ先生がいらっしゃることをすっかり忘れてしまっていました。
メランジェ先生に全部悟られ(さとられ)てしまったような気がして どきどきしました。

でも、やっとメランジェ先生に光の粒が出るところを見ていただけました。
ただ、何をどうしたら光の粒が出るのかは、まだ全然分かりません。

メランジェ先生が、「夏休み明けには着装訓練に移れそうですね」と言ってくださいました。

夏休み? 夏休みか……。
今みたいには会えなくなるんだ……。
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