サラの日記732<最終話>(銀菓神局附属大学 花綵(はなづな)キャンパスで、学部と大学院合わせての入学始業式が行われました。)

銀菓神暦2017年4月7日

銀菓神局附属大学 花綵(はなづな)キャンパスで、学部と大学院合わせての入学始業式が行われました。

モンテ学長の、「新任で学部非常勤講師の、銀菓神使アロゼ先生です」という紹介とともに壇上に立ちました。
ほとんどの人たちが拍手で迎えてくださる中、一人、私の方に向かって大きく手を振っている人がいます。
気になって目を凝らすと、研究生に成り立ての、私の一番弟子、ナナちゃんでした。

入学始業式が終わって、控室に戻ろうとしていると、「アロゼ先生、待ってーっ!」とナナちゃんが走って来ました。
「ねえ、アロゼ先生。アロゼ先生は院には教えに来ないの?」
「院?」
「はい! 私、アロゼ先生にみてもらいたいから」
「そうねぇ……。銀菓神局かモンテ学長から辞令をいただかない限りは行かないかな……」
「そっかぁ……。じゃあ、私が学部に行くのは? それなら大丈夫ですよね? あ、もちろん、アロゼ先生のご都合にあわせます!」
「いいわよ。でも、所属研究室の先生に許可は取っておいてね」
「はい! それなら絶対大丈夫です! 所属、メランジェ先生のところだから!」
「フフッ……」
「えっ? なんで? どうして笑うの? アロゼ先生」
「……そうねぇ。どうしてかなぁ……」
「えっ? どうして、どうして?」
「どうしてなのかは、……自分で見つけるのよ、ナナちゃんが。これからじっくり二年掛けて」
「はぁーい」

<ねえ、ミシェル? 私、なんとなく思ってるの。今の私そのものが、ミシェルが手回ししておいてくれた仕掛け。……そうでしょ?>

今日も雪の花が、桜の花びらに交じって元気よく舞っています。


★★★★★★★★

『銀菓神使アロゼ~アロゼ誕生前の物語~サラの日記』 完
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サラの日記731(雨の匂いと桜の香り。)

銀菓神暦2017年4月6日

明日、新学期が始まります。
これまでとは立ち位置の違う新学期です。
着ていくスーツ、鞄の中身を何度も確認しました。
泣きはらした顔になっていないかも気になって、何度も鏡を見ました。
大丈夫。もう泣きません。
私を先生だと慕ってきてくれる学生たちのために。
私を信じて火星勤務に出ることを決めたルセット先生の、ミシェルのために。

外は小雨。
でも、久しぶりに外の空気が吸いたくなって、商店街の桜並木を散歩してみました。
五分咲き。
雨の匂いと桜の香り。
今の私の心の中と同じ。

すぐ近くに、ミシェルの波動を感じました。
まさかと思いながらも交信を試みてみました。
<ミシェル? ミシェルなの?>
でも、当たり前のことだけど、返事はありません。
だけど、波動はさっきまでよりも強くなりました。
ついでに、さっきまで落ち着いていた つわりもひどくなってきました。

<分かったわ。これはキズナね。ミシェルにそっくり……>

雨に散る桜の花びらに入り交じって、雪の花が舞いました。

サラの日記730(それは、存在するはずだったそのモノたちの存在を消してしまうこと。)

銀菓神暦2017年4月5日

急に涙が止まるわけもなくて、
急に気持ちが吹っ切れるわけもなくて、
でも、日々やらなければならないことはあって……。

やらなければならないこと……。
どうしてやらなければならないんだろう。

私が、それをやめてしまったら、それは一体どうなるんだろう。

やらなければならないことがあるということは、
私の居場所があるということ。
私がそれをやめてしまったら、
私によって生み出されるはずだったモノたちの存在はなくなる。
それは、存在するはずだったそのモノたちの存在を消してしまうこと。

だったら、
涙が止まらなくても、
気持ちが吹っ切れなくても、
私は止まれない。
ただ、私の居場所でできることをやり進めていくだけ。

サラの日記729(それ故の、深い、深い温かさ。)

銀菓神暦2017年4月4日

今日は着装無しでは自分の部屋を出ることができませんでした。
一晩中泣いて、それでも涙が止まらなくて、
朝になったら、まぶたが真っ赤に膨れ上がっていました。

こんな顔、誰にも見せられない。

それでも菓子工房ミヤマエの仕事場では、
いつものように私の仕事が待っていました。
仕方がないから、着装して仕事に出ました。

両親はミシェルの火星勤務のことを知りません。
ミシェルの姿が必要な時は、シュウちゃんにお願いしています。
多分、それがミシェルではなくシュウちゃんであることに、両親は気づいていません。

だから、こんな顔をして両親の前に出ることはできないのです。

でも、自分の部屋に居る時や食事の時にまで着装姿でいるのは変だと思われるだろうから、
カリンさんに側にいてもらうことにしました。

部屋に一人の時、カリンさんは手を繋いでいてくれました。
不思議な感覚が伝わってきます。
ミシェルの、ルセット先生のもとから離れようとした時の、嵐のような感情の流れと、
それを乗り越えて、手に入れた強さ。
誰にも頼ることはできず、ひとりで乗り越えた強さ。
それ故の、深い、深い温かさ。

サラの日記728(いつもの時間に交信が無いこと。)

銀菓神暦2017年4月3日

分かってはいるけれど、
覚悟もできていたけれど、
それでもやっぱり……

さびしい。

いつもの時間に交信が無いこと。
それでももしかしたらと交信を試みること。
やっぱりそうよね……と思うこと。

私の中に、
ミシェルの意識体の半分が存在している 。
でも、それはミシェルじゃない。
ミシェルの意識体の力を持った、私の一部でしか

ない。

サラの日記727(……今……から……くぐる……よ)

銀菓神暦2017年4月2日

<……サラ? ……今……から……くぐる……よ>
<……うん。……行ってらっしゃい>
<何……か言い忘れ……てることな……いかな>
<忘れてたらすぐに帰って来て>
<そ……うだね。そう……す……るよ>
<うん>
<行っ……てきま……す>
<行ってらっしゃい>
<……じゃ……あ>
<……じゃあね>
<……愛……してる。サ……ラ……>
<……愛してる。……ミシェル>

サラの日記726(気に……入らな……い?)

銀菓神暦2017年4月1日

<……サ……ラ? 就任式はど……うだ……った?>
<うん。無事に終わったわ。今日からあのキャンパスの講師よ。非常勤だけど>
<そっ……か。おめ……でとう。『非常……勤だけど』なんて言……うぐらいなら、半……年を待たずに長期へ……の契約更新を申し……出てみれば? サラな……らきっと大丈……夫だよ>
<ううん。非常勤でいいの。多分、銀菓神使アロゼの居場所は学校じゃないから>
<そ……うだね。サラがそ……う思うのなら、そうなのかもし……れない。あ、そうだ>
<なあに?>
<名前。考……えたんだけ……どさ。絆(きずな)ってい……うのはど……うかな>
<絆……>
<うん。気に……入らな……い?>
<ううん。いいわ。絆……。絆・ブルジョン・ダグルム=フェストン>
<じゃあ、絆……で。間に合っ……てよかったよ。明日星間移動……用鳥居をくぐ……る>
<うん……>
<くぐ……る前に、必ず交信を入……れるから>
<うん……。待ってる>

サラの日記725(とうとう明日になっちゃった)

銀菓神暦2017年3月31日

<……サラ? ……サラ?>
<はい。今日は早いのね>
<明………日、……就任式だ……よね?>
<うん。とうとう明日になっちゃった>
<できる……だ……け繋がって……るから>
<うん。ありがとう>
<サ……ラを誇り……に思うよ。教え子と……しても、パー……トナーとしても>
<うん。私も。私も、ミシェルを誇りに思うわ。恩師としても、パートナーとしても。……ルセット先生>
<その呼び……方、懐……かしいね>
<また、戻るんでしょ? 研究室に>
<戻……れ……るかな……>
<戻って。銀菓神使ルセットには、あそこが一番似合ってる>

サラの日記724(……いい……よ。今行……く)

銀菓神暦2017年3月30日

<ミシェル? ミシェル?>
<……>
<ミシェル?>
<……サラ……>
<繋がりにくくなってきたわね>
<……そうだね……。……大丈夫?>
<うん、大丈夫>
<……よし。それで……こそ……僕の奥さんだ>
<いつくぐるの?>
<……何事も……無け……れば………二、三日……中に>
<うん。……手を繋いで欲しい。繋がっていられるうちに>
<……いい……よ。今行……く>

サラの日記723(おいおい、どっちだよ、サラ)

銀菓神暦2017年3月29日

<今日はね、船内の畑の当番だったんだ>
<船では何を作ってるの?>
<なんでも。色々作ってるよ。ほとんどは食料用だけど、観賞用の区画もあるよ>
<タンパク源は?>
<動物性のものは地球から持って出たものだけ。植物性のものは、地球から持って出たものが尽きたあとも畑で作れるよ。この船すごいんだ。火星での生活拠点に使える仕様に造られてる。まあ、地球からの食料が尽きる前には地球に帰って来たいものだけどね>
<じゃあ、火星に新しく建設したりはしないの?>
<うーん、どうかなぁ……。船の限られたスペースでの生活に耐えられる人には不要だろうね。でも、自由を求める人は新しい住まい造りを始めたりするかもしれないね>
<ミシェルはどっちの人?>
<僕は……、そうだなぁ……、建てちゃおうかなぁ>
<建てちゃうの? 建てちゃうんだ……>
<どうした?>
<心配だから……。何か事故でもあった時に、……心配だから>
<じゃ、やっぱり建てるのやめよっかな>
<えーっ? やめちゃうの?>
<おいおい、どっちだよ、サラ>
<……どっちでもいいの。ただ、無事に帰って来て>
<うん。分かってる>

サラの日記722(あ、だけどさ、あまり気にし過ぎるな。)

銀菓神暦2017年3月28日

<サラ。いいか? 信用していいのはカリンとシュウくんだけだ。他は……疑えとは言わないが、用心しておいた方がいい>
<ジャックさんも? ジャックさんも信用しちゃだめなの?>
<……分からない。けど、分からないものは、完全な白でないものは、信じ過ぎてしまわない方がいい。銀菓神局も、信じ過ぎない方がいい>
<……>
<ただ営利の追求のためだけに、銀菓神界をかき回そうとしてる者たちが居ることは確かなんだ。……正体はつかめないんだけど、局と密に通じている者かもしれない>
<うん……>
<銀菓宝果は任せたよ。あれは銀菓神界の源。万が一の時は、花綵(はなづな)アグルムのことよりも銀菓宝果の方を守って欲しい。国は僕らが頑張ればもう一度立て直すことができるが、銀菓宝果は一度失ってしまったらもう戻らない>
<はい>
<あ、だけどさ、あまり気にし過ぎるな。サラはすぐに顔に出る>
<……>
<これまで通りに、いつも通りにしてればいいよ>
<うん……>
<何かあれば、小さな彼女が きっと力になってくれる。半分は僕の血を引いてる>
<……>
<僕が居ない間のことは、あらかじめ、できるだけの手を回してある。僕の想定内なら、サラが困るようなことは何も起こらない>
<うん……。……ねえ、ミシェル>
<ん?>
<ミシェルは、……分かってるのに行く……ううん、なんでもない>
<……サラが今思ってる通りだよ。僕に火星勤務の辞令が出たのは、どこかの誰かさんからしてみれば、……挑戦状なんだよ。『止められるものなら止めてみな』ってね>

サラの日記721(今日はいつもより薄いの)

銀菓神暦2017年3月27日

<ミシェル? 今日はいつもより薄いの>
<薄い? 何が?>
<交信の感じ方っていうのかな……>
<そっか。サラには隠せないね>
<もうそろそろなの? 交信、できなくなるの>
<いや、まだ大丈夫だよ>
<じゃあ、どうして薄いの?>
<星間移動用鳥居の準備が始まったんだ。力の一部を、少しずつ別の場所にプールしてる>
<そうなのね……。もうすぐなのね>
<サラ。そんなに寂しそうにしないで。心配で気持ちがぶれてしまう>
<うん……>
<大丈夫だよ。さっさと行ってさっさと帰ってくる。さっさとこの仕事を終わらせて、僕たちを一緒に居させたがらない奴らの陰謀もあばいてくるよ>
<うん……>
<サラから、色んなのがあふれてる>
<うん……>
<一粒も残らず受け止めたい>
<うん……>

サラの日記720(手刀方式の集団バージョン)

銀菓神暦2017年3月26日

<ねえ、ミシェル?>
<ん?>
<星間移動用鳥居って安全なの?>
<んー。自分たち次第……かな。鳥居は、地球圏でやってる手刀方式の集団バージョンで出すわけだからね>
<え? 手刀方式の集団バージョン? そんな不安定なので行っちゃうわけ?>
<うん、行っちゃうわけ。あ、でも大丈夫だよ。みんな経験五年以上の中堅だから>
<中堅? ベテランの人はいないの?>
<んー。新人ではもちろんだめだし、ベテランでもだめなんだ。ベテランさんには年齢的なものからくる不具合が……>
<……そうなのね>
<あ、でも、船長はベテランさんだよ。何かあれば心強いアドバイスは受けられる>
<ふーん。そうなのね……>

サラの日記719(星間移動用鳥居までには間に合わせるから)

銀菓神暦2017年3月25日

<サラに言っておかないといけないことがあるんだ>
<何?>
<地球の磁気圏を抜けたら、星間移動用鳥居をくぐるんだ>
<星間移動用鳥居?>
<うん。このままの速度だと、片道だけで何ヶ月も掛かっちゃうからね。……でさ、星間移動用鳥居をくぐると……>
<うん、分かってる。もう、繋げなくなるのね>
<うん……>
<あ、そうだ。ミシェル、昨日言いかけてたことがあるでしょ? 何?>
<あ、うん。子どもの名前。ミドルネームにさ、ブルジョンはどう?>
<ブルジョン? つぼみとか芽生えって意味の?>
<うん>
<分かった。そうするわ。私も気に入ったから。で、ファーストネームは?>
<もうちょっと待ってて。星間移動用鳥居までには間に合わせるから>
<うん>

サラの日記718(ミシェルは心配する?)

銀菓神暦2017年3月24日

<ミシェル? 交代の時間で合ってた?>
<お、うん。……ちょっと待って。今終わる。……どうした?>
<あのね。シュウちゃんが部屋に来たの。……気にする?>
<シュウくんが? 何かあったの?>
<ううん。何もなくて、ただおしゃべりしに来たの>
<ちょっと待ってて。シュウくんの意識体を覗いてみるから……>
<うん……>
<……えーっと、シュウくんは……。んー……。ん、大丈夫だよ。サラを一人にしておくのが心配で来てくれただけ……かな。サラが心配しているようなことは……多分無いよ>
<ミシェルは? ミシェルは心配する?>
<心配しないよ。シュウくんを信頼してる。……それと、……サラを信頼してる>
<うん……>
<あ、それよりさ……。あ、ごめん。呼び出されてるんだ。行かなきゃ>
<うん。じゃあ、またね>

サラの日記717(許すってなんなんだよ。許すって。)

銀菓神暦2017年3月23日

<今日は何してた?>
<……ミシェル、ちゃんと繋いでくれてた?>
<繋いでたよ。ずっと>
<じゃあ、どうしてそんなこと訊くの?>
<繋いでたよ。繋いでたけど、なんとなく訊いてみただけだよ>
<じゃあ、今日、私が何してたか言ってみて>
<サラは今日、シュークリームをたくさん焼いて、クリームもたくさん炊いて……>
<いいわ。許してあげる>
<許すってなんなんだよ。許すって。僕、何も悪いことしてないよね?>
<うん。ミシェルは何も悪いことしてない。ちゃんとずっと繋いでいてくれてた。だから許してあげる。で、ミシェルは? 今日は何をしてた?>
<船の中の設備の使い方を色々勉強してた。やっぱり、もらってたマニュアルだけじゃ分かんないことだらけだよ。この分じゃ、火星に着いてからも分かんないことだらけだろうな……>

サラの日記716(あったかい……。)

銀菓神暦2017年3月22日

<ミシェル? 今日はね、桜餅をたくさん作ったのよ。でも、よく売れたのは桜餅じゃなくて>
<シュークリーム?>
<うん!>
<桜、咲いた?>
<うん。少しずつね>
<……名前さぁ。サクラにしようか……。それとも、モモとかウメがいいかな>
<もう、ミシェルったら。生まれてくるのは秋なのよ?>
<秋か……。じゃあさ、ミドルネームに春の花の名を入れよう>
<ミドルネームに? ミドルネームにはお義父さまやお義母さまの>
<いいよ。もうそういうのは考えなくていいよ。僕たちだけで決めてしまおう。新しい時代をつくろう>
<……ミシェル、ずるいわ>
<ずるい?>
<だって、この子が生まれる頃、ミシェルはきっと、まだ火星勤務中よ。直接申し出ることになるのは私だもの>
<大丈夫だよ。僕が銀菓神使になったことも、僕がサラを選んだことも、僕が火星に行くことも、全部許してきてくれた最強の両親だ>
<そうかなぁ……>
<そうだよ。そして、サラにとってはもっと最悪なことに、僕は、そんななんでも来いの両親の血を継いでる。……いきなり一人にしてごめん……>
<……うん。……でも大丈夫。もう慣れちゃったわ。ミシェルは最初っからそうだったもの>
<……泣かないで。……そうだ。ここならまだ……>
<あったかい……。すぐ近くに居るみたい……>

サラの日記715(中心部はとっても温かいのに、)

銀菓神暦2017年3月21日

<ねえ、ミシェル? 今、ミシェルには何が見える?>
<地球の、全体が見えるようになったよ>
<月は?>
<ん……、月は見えないな。今ここからは>
<そっかぁ……。ね……、私たち、月までは飛べるじゃない?>
<うん>
<月まで飛んで、ミシェルが乗ってる船に飛べるかな……>
<えっ? だ、だめだよ! そんな危ないこと>
<大丈夫。ちょっと思っただけ。本当にはしないから>
<うん……。ね、サラ>
<なあに?>
<緊張してる?>
<ん? どうして?>
<サラの心が、……中心部はとっても温かいのに、表面がかちかちに固まってるのを感じる>
<大丈夫。中心部が温かいのなら、そのうち溶けるわ>
<ありがとう。強くなったね>
<うん……>
<……じゃ、そろそろ交代の時間だ>
<うん。でも、繋げておいて。お願い>
<もちろん。じゃあ、また>
<うん。また>

サラの日記714(二人が居てくれるから、)

銀菓神暦2017年3月20日

港に行ってきました。
ミシェルが乗る、火星行きの船を見送るために。
一人で行くつもりだったのだけど、カリンさんとシュウちゃんが一緒に来てくれました。
泣かないつもりだったのに、二人が居てくれるから、前が見えないほどの涙が出てきました。

船が出発して一時間ほど経った頃、誰かから交信が入りました。
ミシェルからです。
<……あ、サラ。良かった。ここからなら、まだ話ができそうだ>
<うん! 今どの辺りなの?>
<まだ、地球の全体は見えないくらいのところだよ>
<……交信、いつまで繋がる?>
<分からない。でも、多分、地球の磁気圏にいる間は大丈夫だと思う>
<じゃあ、このまま切らないで。話すことがない時は、何も話さなくていいから>
<いいよ。じゃあ、このまま、繋がっていられるだけずっと>
<うん。ありがとう……>

サラの日記713(小さく、小さく執り行われました。)

銀菓神暦2017年3月19日

花綵(はなづな)アグルム城の大広間で、ミシェル殿下と私の結婚の儀が、小さく、小さく執り行われました。
このことは、国の広報紙の隅っこに、小さな小さな記事として掲載されました。

結局、ミシェルが明日から火星勤務だということは、ミシェルの希望で、銀菓神局の人事関係者と、私たち二人の両親、それにカリンさん、シュウちゃんしか知らないままとなりました。
あ、そんなことを書いていたら、今、お腹から小さな訴えが伝わってきました。
<私も知ってる>って。

ミシェルが最後の支度をしています。
「忘れ物があるぐらいの方がいいよね。すぐに戻って来るための理由にできる」
ミシェルはそんなことを言って笑っています。
私は、できるだけ空気が重くならないように、一生懸命笑顔をつくりながら言いました。
「それなら、大きな忘れ物があるわ。この子の顔を見るっていう忘れ物」
ミシェルは声には出さず、ただ何度も何度も、大きくうなずいていました。

サラの日記712(時間の余裕も心の余裕も)

銀菓神暦2017年3月18日

銀菓神局附属大学 花綵(はなづな)キャンパス 大学院の修了式でした。
世の修了生の多くは、今日のような日、研究室の先生や同級生と別れを惜しんで遅くまで思い出話に花を咲かせていたりするのでしょうが、
結婚の儀を明日に控えた私には、そんな時間の余裕も心の余裕もありませんでした。
明日の結婚の儀に備え、今夜は城に泊まりです。
実家の両親にあいさつを済ませ、城に向かいました。

久しぶりの城での夜。
万が一の時は、ルセット先生と過ごす城での最後の夜になるかもしれない時間。
お腹の子と、家族三人水入らずで過ごす、城での最後の時間。
万が一……。
そんなことを考えてしまう自分が嫌になってしまいます。

明日、
宮舞枝 沙羅(みやまえ さら)ではなくなる日。
明日、
私は、
沙羅・ダグルム=フェストンになる。
両親に与えてもらっていた人生から、
自分で歩く人生へと進み始める日。

サラの日記711(銀菓神使の数ある称号の中から、)

銀菓神暦2017年3月17日

銀菓神局附属大学 花綵(はなづな)キャンパス 大学院の修了式を明日に控え、
銀菓宝果のチェックとセッティングをしました。

作業をしていると、色々なことでざわざわしていた心が落ち着きました。

銀菓宝果の管理は歴代の銀菓神使アロゼが行ってきました。
私は銀菓神使アロゼ。
このキャンパスで学ぶことがなくなったあとも、銀菓神使アロゼとして、銀菓宝果の管理者として、このキャンパスとずっと関わっていく。
そう思うと、明日の修了式はただの通過点に過ぎないと考えられるようになりました。
それから、明後日の結婚の儀や明々後日のルセット先生の出発も、きっとただの通過点です。
そうだったと振り返ることができるような、そんな人生にしたい。

銀菓宝果の豊かな光は、今日も私を優しく包み込んでくれています。
銀菓神使の数ある称号の中から、アロゼの称号を選んで……アロゼの称号と出会えて、私は幸せです。

サラの日記710(このなんとも言えない不快感を)

銀菓神暦2017年3月16日

ルセット先生が、銀菓宝果の飲み物に、つわり止めの加工をしてくださいました。
飲むと、数時間は楽になったような気分になります。
そう、気分になるだけで、実際に楽になっているのかどうかは自分でもよく分かりません。

ルセット先生が私のお腹に向かって話し掛けます。
「ちびちゃん、お願いだ。元気なのは分かったから、あまり君のママを苦しめないでくれ」
そのあと、不意に数秒間の沈黙が続き、私は思わず吹き出してしまいました。
ルセット先生も、私につられて吹き出されました。

ルセット先生と一緒の時は、このなんとも言えない不快感を笑い飛ばしていられます。
でも、ルセット先生が出発されてしまったあとは……。
ひとりで耐えなければならないのかと思うと、不安で不安で仕方ありません。

サラの日記709(ジャックさんからお誘いを受けました。)

銀菓神暦2017年3月15日

ジャックさんからお誘いを受けました。
邸宅の方に開設予定の研究室の準備ができたとのことで、その見学に来ないかというお誘いです。
ジャックさんは銀菓神局附属大学 花綵(はなづな)キャンパス 大学院の研究室を修了後、個人で薬草関係の研究を続けるのだそうです。

ドアを開けると、乾燥した薬草の香りがふんわりと心地よく漂ってきます。
天井には、薬草なのか観賞用のドライフラワーなのかよく分からないたくさんの種類の植物がぶら下げられています。

いい香り……のはずでした。
はずだったのですが、急に気分が悪くなって、立っていられなくなって、そばに居たルセット先生に寄りかかりました。
ルセット先生はジャックさんに、「ごめん。ちょっと……」と言い残して、手刀で緊急用鳥居を出し、私を抱きかかえて自宅に戻ってくださいました。

お腹の誰かさんが、私にいたずらをしているようです。

サラの日記708(でも、それは全てルセット先生の存在があったから。)

銀菓神暦2017年3月14日

後悔はしていませんが、
迷ってもいませんが、
幸せだと思っていますが、
それでもやっぱり不安です。

私は、本当にこのまま、花綵(はなづな)アグルムに嫁いでいいのでしょうか。
ルセット先生が居ない花綵(はなづな)アグルムで、ちゃんとやっていけるのでしょうか。

確かに、二年前に比べれば、私を助けてくれる人の数は驚くほどに増えました。
でも、それは全てルセット先生の存在があったから。

ルセット先生は、私の中の意識体の半分は自分だと言ってくださいますが、
それは私たち二人にしか分からないこと。
何も知らない一般の人たちにしてみれば、
私は、商店街の菓子職人のもとに生まれた娘で、一応銀菓神使ではあるけれど、だからどうなんだという存在。
ルセット先生と一緒でなければ、ただの新米銀菓神使。

サラの日記707(これで、私たちの引っ越しは全て終わりました。)

銀菓神暦2017年3月13日

カリンさんとシュウちゃんに、花綵(はなづな)アグルム城の自室を案内しました。
もちろん極秘にです。

正門、裏門、その他の門は絶対に使わず、
出入りは全て、移動用鳥居か手刀の鳥居を使ってもらうルールです。

これで、私たちの引っ越しは全て終わりました。

カリンさんとシュウちゃんからは、もっと色々な質問が出るかと覚悟していましたが、
二人とも神妙な面持ち(おももち)で、必要最低限のことしか訊かれませんでした。

ミヤマエの地下室に帰って二人になると、ルセット先生は私に言われました。
「もしも僕が火星勤務に出たあとで、カリンやシュウくんから何か尋ねられたら、どうするのかは全てサラに任せるよ」
不安になって、何も言葉が返せませんでした。
すると、ルセット先生はこう付け加えられました。
「大丈夫。サラの意識体の半分は僕の意識体。サラの判断の半分は僕の判断。堂々としていればいい」

サラの日記706(一週間後に迫った結婚の儀の)

銀菓神暦2017年3月12日

一週間後に迫った結婚の儀の最終打ち合わせでした。
ですが、この結婚の儀は大きくは発表しない予定です。
内々(うちうち)だけでの行事となる予定なので、打ち合わせもごく簡単に終わりました。

この結婚の儀は、王太子が結婚の義を行わずに婚約者を残して、いつ戻れるかも分からない火星勤務に出てしまうというのは、やはりまずいので、取り急ぎ形だけでも行っておこうというものです。
ルセット先生が火星勤務を終えて無事に帰ってこられたら、その時大きく取り上げられることになるのでしょう。

王と王妃にたずねました。
「ミシェル殿下がお留守の間、代わりのその立場をお守りするのは、本当に私でいいのですか?」
王妃が答えてくださいました。
「あの子が私たちのところに連れてきたのは、後にも先にも貴女だけなのですよ、サラさん。ほかに、その役目を果たせる人はいません」
それを聞いた王も、優しくうなずいてくださいました。

サラの日記705(職人は現場仕事ができてなんぼ)

銀菓神暦2017年3月11日

雇用契約書にサインをしました。
今回は一学期間の契約です。
半年後に契約を更新するかどうかは、その時の大学側の条件と私の気持ち次第です。
それから、私の身体がどんな状態になっているかも分からないし……。
でも、サインをしたからには、これからの半年間は、私が居させてもらえる場所で一生懸命頑張ろう。

保証人欄へのサインも必要だったので、実家の父に書いてもらいました。
父は、
「色々決まりごとはあるんだろうが、頭でっかちな教育はするな。職人は現場仕事ができてなんぼなんだから」
と言いながら、サインした契約書を渡してくれました。

サラの日記704(一気に緊張がとけて、)

銀菓神暦2017年3月10日

模擬授業最終日。
その最後に、びっくりするようなことが待っていました。
私の模擬授業を見ていた先生方が、一斉に拍手をしてくださったのです。

モンテ学長が立ち上がって、
「銀菓神使アロゼ先生。来月からよろしくお願いしますね」
と言ってくださいました。
「はい」
と返事をしながら、一気に緊張がとけて、涙が止まらなくなってしまいました。

サラの日記703(何とか今日を乗り越えました。)

銀菓神暦2017年3月9日

何とか今日を乗り越えました。
帰りに、メランジェ先生のところへ行ってきました。

「おやおや、サラ先生。研修の方はいかがですか?」
そう言って研究室に迎え入れてくださったメランジェ先生のことが、これまでよりも少し遠い存在に感じました。
メランジェ先生が、来年度の研究生を迎え入れる準備に取り掛かっていらっしゃることも、そんな気持ちを大きくさせます。

少しずつ、でも確実に、自分の居場所が変わっていくのを感じています。

学部での、研修という名の模擬授業は明日で終わり。
頑張って新しい居場所を、
居心地が良いと感じられるような居場所を、
少しずつ作っていこう。

サラの日記702(今夜は眠りたくありません。)

銀菓神暦2017年3月8日

模擬授業週間の半分が終わりました。
今日一番不安だったのは、モンテ学長がいらっしゃらなかったことです。
ほかに知っている先生の姿がないか、模擬授業をしながら教室を何度も見回しましたが、見事なまでに知らない先生ばかり。

帰宅後、ルセット先生にその話をしてみたら、
「当たり前だよ。受け持つ学生は毎年変わるんだから。知らない人だらけの方がいい練習になるよ」
と笑っていらっしゃいました。

今夜は眠りたくありません。
眠ってしまったら、また明日がやってきてしまう。
あーあ……

サラの日記701(何が怖いって、先生方からの反応が薄いのが)

銀菓神暦2017年3月7日

学部の先生方を前にしての模擬授業二日目。
相変わらずこれといった注意もなく、ただただ緊張感に包まれた時間が過ぎていきました。
何が怖いって、先生方からの反応が薄いのがとっても怖いんです。

ルセット先生に相談してみましたが、ルセット先生は、
「いいんじゃない? だめならだめだって言ってくれるだろうから……」
なんて、あっけらかんとした表情です。
そんなルセット先生に、人のことだと思って……という気持ちが半分、さすが王太子……という気持ちが半分。

でも、そうよね。
これから先の仕事は、ルセット先生ぐらいにあっけらかんと進めていかないと。
ん、がんばろう。

サラの日記700(野次(やじ)の一つでも入れてもらえたなら)

銀菓神暦2017年3月6日

学部での模擬授業が始まりました。
新しく作ってもらったばかりのスーツを着て、学部の事務所に向かいます。
師弟としては何度も話したことのあるモンテ学長が、ちょっぴり遠い人に見えました。
ちらほらと姿の見える学部生の皆さんは、私に気付くと会釈をしてくださいます。
廊下ひとつ歩くにも、学生さんからの視線が気になって、どんな顔をして歩けばいいのか分かりません。

手の空いている先生方を相手に模擬授業を進めます。
学生さん相手だった教育実習とは勝手が全く違います。
息をうまく吐ききれなくて、ひと言話すたびにこっそり吐きます。
先生方は身動き一つなく、私語の一つもなく、真剣にこちらを見てくださっています。
野次(やじ)の一つでも入れてもらえたならどれだけ楽だろうと思いながら、最初の一日が終了しました。

サラの日記699(プロとして、公私の区別はきちんとつけよう。)

銀菓神暦2017年3月5日

明日からの一週間、学部での模擬授業です。
ふとした時に、色んな事が頭をよぎるけれど、プロとして、公私の区別はきちんとつけよう。

テキストやノートの見直しを、細かく細かくします。
でも、あんまり細かく見ていると、自分が何を見ているのかが分からなくなって、何度もタイトルを見直します。

そうよね。
ルセット先生の火星勤務が明けた時に、
思っていた目標に少しでも近付いていられるように、
歩くべき道を見失わないように、しっかり前を向いて行こう。

大丈夫。
私の中の意識体の半分は、
ルセット先生の意識体。

一緒にいたい時も、
一緒にはいたくない時も、
いつでも一緒にいる。

サラの日記698(それから……)

銀菓神暦2017年3月4日

昨夜の梅の花びらを薄い紙に包んで、ルセット先生の講義で使っていたテキストに挟み込みました。
三年ほど経って、お腹の子とおしゃべりできるようになったら、この押し花を見ながら話すんです。
「お父さんが火星勤務に出発するまでには桜のお花見は間に合わなくて、桃もまだ咲いていなくて、梅のお花見をしたのよ」って。
その頃にはルセット先生は火星勤務を終えて地球に帰ってきていて、
三人でお花見のお菓子を作って、
三人で梅のお花見に行って、
その子が、
生まれてからもネージュの力を保持しているのなら、
まだ咲いていない桃や桜の木に、雪の花を咲かせて……。
それから……、
それから……

サラの日記697(桜じゃなくて、ん……桃もまだ早いな。)

銀菓神暦2017年3月3日

実家の菓子工房ミヤマエ。
なぜだか店舗がにぎわっています。
ショーケースのケーキがほとんど売れてしまっています。
――なんでだろう……――
そう思いながらカレンダーをチェック。
――あ! ひなまつり……――

慌てて補充用のケーキを仕上げていると、ルセット先生からの交信が入りました。
<ね、サラ? 今夜、お花見に行こう>
<え? まだつぼみも膨らんでいないのに?>
<そうだなぁ。桜じゃなくて、ん……桃もまだ早いな。……梅にしようか>
<うん>
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